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「すべての才能は借り物」 ベストセラー作家が生みの苦しみの末にたどりついた、”天才”の正体

「すべての才能は借り物」 ベストセラー作家が生みの苦しみの末にたどりついた、”天才”の正体

著書『食べて、祈って、恋をして 女が直面するあらゆること探求の書』が全世界で累計700万部以上のベストセラーとなった作家、エリザベス・ギルバード。そのプレッシャーから次作の執筆に苦しんだ彼女が、そこから逃れようとしてたどりついた答えは、驚くべき発想の転換でした。クリエイティブに関わるすべての人に贈りたい、永久保存版のスピーチ。

スピーカー
Elizabeth M. Gilbert/エリザベス・ギルバート
参照動画
エリザベス・ギルバート "創造性をはぐくむには"

ベストセラー執筆後の不安とプレッシャー

私は作家ですが、書くことは仕事以上のものです。ずっと情熱を注いできたし、今後もそれは変わりません。 と言いつつ、最近変わった体験をしました。公私にわたって、仕事への姿勢を考え直すことになりました。最近、回顧録を書き上げました。題名は「食べ、祈り、愛する(eat, pray,love)」。あきらかに今までの作品と違います。どういうわけか各国語に翻訳され、話題を呼び、世界的ベストセラーになりました。 その結果として、今ではどこでも「運が尽きた人」扱いされます。本当に、もう終わり、なんです。みんな心配顔で、こう言います。「あれを超えられなかったらと、不安では?」「不安にはならない?」「一生書き続けようとも、注目される本が書けないって」「もう二度と」。まあ、勇気づけられますこと。 もっとヒドい経験もあります。20年以上前、10代の頃、言ったのです。「作家になりたい」と。人々は今と同じ不安顔でした。「成功しなかったら?」「拒否される屈辱に耐えられる?」「一生書き続けて、何も完成しなくて、口は失敗の苦汁で満たされ、敗れた夢の山なす残骸の上で、のたれ死んでも?」 【会場笑い】 そんな感じでした。これらの答えは、端的には「イエス」です。もちろん不安です。常に不安です。怖いものは山ほどあります。他人が分からないものも。海藻などもゾッとします。でも執筆に関しては、最近ずっと考え続けています。理にかなっているかと。天職だと思っているものを恐れるのが当然とみなされるのが? 06 クリエイティブの世界が他と違うのは、精神を気遣われる、ということ。他の職業ではあんまりないでしょう? 父は科学技術者でした。私の記憶では、40年勤めた間に「仕事が不安か」と訊いた人はいません。「最近、科学技術スランプは大丈夫?」ありえないでしょう? もっとも科学技術者のほうは、何世紀も風評とは無縁です。「躁うつの飲んだくれ」という風評とは……。 【会場笑い】 作家にはつきものです。いえ、全クリエイティブ業界で、精神不安定で知られているし、無惨な死者の数を見ても明らかです。20世紀だけで 偉大な創作者だちが、どれだけ早世し、自殺しているか。実際の自殺ではなく、自分の才能に殺された人もいます。 ノーマン・メイラーは生前、言いました。「作品がジワジワと私を殺す」。ライフワークに対し尋常ではない考え方ですが、誰も驚かないでしょう。長年聞き慣れた話ですから。当然のことだと捉えられています。創造に苦悩はつきものであり、芸術性は必ず最終的に苦痛をもたらす、と。

ヒントは古代ギリシャとローマに

今日の提起はここです。これでいいと思います? 変だと思いません? よく考えてみても……? 私には引っかかります。忌まわしいし、危険な発想でしょう。次世紀に残してほしくない。むしろ生き続けるよう、励ますべきでは? 自分の状況から見ても、わかります。あの暗い前提を受け入れるのは危険でしょう。ことに私の、今の状況を考えるなら。つまり、このとおり、まだ若く、40そこそこ。仕事もあと40年続けるかもしれない。今から先書き上げるものは間違いなく、この前出版した本と比較されるんです。信じられないくらい売れたあの本と……。ここだけの話、率直に言うと、今後代表作を書ける見込みは低いんです。ああ、なんてこと! こんな風に考えて、人は朝9時からジンを飲むようになるんです。 【会場笑い】 それはごめんです。好きな仕事を続けたい。そこで考えます。どうやって? 振り返ってじっくり考えました。書き続けるためになすべきことは、心理的に守れるものを作ることだろう、と。安全な距離を保てるようになること。「作家としての私」と「未来の作品の評価を心配する私」の間に。 昨年中、手本を探し続けました。歴史もさかのぼり、様々な社会も探りました。よりよく、まっとうな見解はないかと。創作者を助け、創作につきものの精神的リスクを管理できないか。 古代ギリシャとローマにありました。ついて来てください。じき戻りますから。古代のギリシャとローマでは、信じられていませんでした。人間に創造性が備わっているとは。創造性は人に付き添う精霊で、遠く未知のところから来たのです。人間の理解を超えた動機から。古代ギリシャ人は精霊を「ダイモン」と呼びました。ソクラテスはダイモンがついている、と信じていた。遠くから叡智を語ってきたと。 ローマ人も同様でしたが、肉体のない創造の霊を「ジーニアス」と呼びました。彼らは「ジーニアス(天才)」を“能力の秀でた個人”とは考えなかった。あの“精霊”のことだと考えていた。アトリエの壁のなかに生き、ハリーポッターの精霊ドビーのように。創作活動をこっそり手伝い、作品を形作るんです。 素晴らしい! 先ほど話した「距離」が存在します。作品の評価から、心理的に守られるものが。そういうものだと人々は信じていました。古代のアーティストは守られていたのです。たとえば、過剰な自惚れから。どんなに立派な作品でも、自分のだけの功績ではない。霊が助けたと知られていたからです。失敗しても、自分のせいじゃない。「ジーニアス」がダメだったんです。 07

合理的人文思想が芸術家たちを殺してきた

この考えは、長らく西洋に浸透していましたが、ルネッサンスが全てを変えました。とてつもない考えが現れた。世界の中心に人間を置こうではないかと。すべての神と神秘の上に。神の言葉を語る生き物は消えた。合理的人文主義の登場です。人々も信じ始めました。創造性は個人の内から表れるものだと。史上初めて、芸術家が「ジーニアス」と呼ばれるようになりました。「ジーニアス」が側にいるのではない。 これは大きな間違いですよ。たったひとりの人間を、男でも女でも、ひとりの人間を、神聖で創造的な謎の本質で、源だ、と信じさせるなんて。繊細な人間の心には、少し重荷では? 太陽を飲め、と言うようなものです。歪んだエゴでしょう。それが作品への過剰な期待を作り、その期待のプレッシャーが、過去500年、芸術家たちを殺してきたのです。もしこれが事実なら、事実だと思いますが、問題は今後です。 他に道はないでしょうか? 創造性の謎と、上手に付き合うには。昔の考え方にならえばいい? おそらく無理でしょう。500年に及ぶ合理的人文思想を消すには。18分はスピーチではね。おそらくこの会場にも、科学的な正当性を疑う人がいるでしょう。妖精というアイデアに。彼らが作品に甘い蜜をかけるなんて? 深入りはしませんが、提起したいのはここです。「いいじゃない?」「何がいけない?」と。 今まで聞いたどの話より、納得がいきます。創作過程の、意味不明な気まぐれが説明できます。何か創ろうとしたことがある人なら分かる。つまり、みなさんご存知の、あの非合理な過程です。ときに超常現象とさえ感じられる……。 03

降ってきたアイデアを掴めなくてもいい

最近、非凡な詩人ルース・ストーンに会いました。90を越えても現役の詩人です。彼女はバージニアの田舎で育ち、畑仕事をしていたときに、詩の到来を感じたそうです。大地の彼方からやってくるのを。ものすごい一群の風のようなものが、大地を越えて突進してくるのを、地面の振動を感じて察したそうです。なすべきことは、ただひとつ。「がむしゃらに走る」こと。がむしゃらに家に走り、詩に追われながら、素早く紙と鉛筆を手に取り、詩が身体を通り抜けるときに、捕まえ、書き留める。 間に合わないときもありました。走っては走って、間に合わず、身体から素早く抜けてしまった。彼女いわく、「おそらくそのまま、次の詩人を探しに行った」と。 別の機会には、これは秀逸ですが、逃がしそうなときがありました。必死で走り、紙を探し、詩が身体を通り抜けようとした瞬間、鉛筆をつかみ、もう一方の手を伸ばし、捕まえたそうです。詩の尻尾をつかみ、身体のなかに尻尾のほうから取り込み、書き写していったんです。詩は完璧にできましたが、すべて逆さまでした。それを聞いて思ったんです。「まさか」と。私のやり方とソックリだったので。 【会場笑い】 身体を通る部分じゃないですよ! 私は頑固なので、仕事は毎朝同じ時間に起き、苦心してコツコツ書いています。そんな私でも、出会う瞬間があります。みなさんも経験あるでしょう。アイデアが降りてくるんです。どこからともなく。これは一体? 取り乱さずに、どう対処しましょう? 正気を保ちながら? 対処法の現代におけるお手本は、ミュージシャンのトム・ウェイツです。数年前、雑誌の取材で会い、この話をしました。彼の人生は典型的な、苦渋する現代アーティストでした。扱いにくい創作の衝動を制しよう、と努力していました。内面の衝動を。 歳をとり、穏やかになり、ある日、L.Aのフリーウェイを走っていて、すべてが変わりました。飛ばしていたら突然、頭に曲の断片が聞こえてきた。とらえ難く、もどかしい閃きとして。たまりません。たまりません。素晴らしくて待ち望んだ瞬間なのに、紙も鉛筆もないんです。テープレコーダーもない。いつもの焦燥に駆られました。「これを逃して、一生悩まされる。俺はダメだ、無理だ」。慌てる代わりに止めました、思考回路を止め、斬新な行動に出ました。空を見上げ、「なあ、運転しているのが分からないのか?」 【会場笑い】 「今、曲が書けるとでも?」「書いてもらいたきゃ出直してこいよ、面倒見てやれるときに。でなきゃ、よそを当たってくれ。レナード・コーエンにでも」。 以降、作曲の姿勢が変わったそうです。作風は変わりないですが、作曲の姿勢とそれに伴う不安は、「ジーニアス」を出したら、消えたのです。問題の元を本来の場所に戻し、葛藤しなくてもよい、と気付きました。奇妙で一風変わった共同作業です。彼と、変わった外部のモノとの対話。別モノとの対話です。 この話を聞いて、私も少し仕事の姿勢を変え、助かったんです。あのベストセラーを執筆中、絶望に陥ったとき、頑張っても上手くいかず、悲惨な結末を考え始めました。最悪になるわ、と。悪いどころか史上最悪! 葬ろうかと思い始めたときに、トムの話を思い出し、やってみました。原稿から顔を上げ、部屋の片隅に話しかけたんです。「ちょっと」と声を出して。「仮にこの本がイマイチでも、私ひとりの責任じゃないわよね? 全力投球なのは分かるでしょ? これ以上は無理。その気がないならいいわよ。良くしたければ、役目を果たして。その気がないならいいわよ。私は自分の役目を果たすだけ。しっかり書いておいてね、私はやることやったって」。 【会場笑い】
【会場拍手】
04

奇跡が起きても起きなくても。不屈の精神に「オレー!」

だって、ご覧のとおりじゃないですか? 昔、北アフリカの砂漠では、月夜に踊りと歌の祭典がありました。明け方まで何時間も。見事なものです。プロの踊りは素晴らしいです。たまにごくまれに、踊り手が一線を越えることがある。何の話かおわかりですよね? そんな場面に出会ったことありません? まるで時が止まり、踊り手が、ある境界を抜ける。いつもの踊りと変わらないはずなのに、すべてが符号し、突然、人間には見えなくなる。内から足下から輝き、神々しく燃え上がるんです。 当時の人々はそんなとき、何が起きたか察し、その名を呼びます。両手をあわせて唱え始めます。「アラー、アラー、神よ、神よ」「あれは神だ」と。 歴史の本によると、ムーア人は南スペイン侵略時、その慣習も持ち込みました。長年かけて発音も変わり、「アラー、アラー」から「オレー、オレー」へ。今でも闘牛とフラメンコで耳にします。スペインでは、演者の驚異的な動きに、「アラー、オレー、すごい!ブラボー!」と言います。神を垣間見るんです。すばらしい。まさにこれです。 ただし、厄介なのは翌朝です。踊り手が目覚めると、火曜の朝11時で、もう神はいません。膝の悪い老いた人間がひとり……。おそらくあの高みに再び上ることも、回転しても、神の名を呼ぶ人もいない……。残りの人生は? つらいことです。最も辛い現実です。創造的な人生上で。 いえ、そこまでヒドくないかも。もし初めから、非凡な才能が自分に備わっていたと信じなければ。その力が借り物だと思い、謎の源から人生に添えられ、終えたら他へ行くものと思えば……。そう考えれば、すべて変わります。 私もそう考え始め、この数ヶ月、考え続けてきました。もうすぐ出る本を書いている間に、危険なほど期待された最新作、異常な成功の、次の作品です。自分に言い聞かせ続けました。「のまれそうになったときに、恐れない、ひるまない、やることをやるだけ。結果を気にせず続けよ」と。 踊るのが仕事なら、踊るだけ。気まぐれな精霊が割り当てられ、あなたの努力に対し、一瞬でも奇跡を見せてくれたら……「オレー!」。見せてくれずとも踊るだけ。それでも自分に「オレー!」。 そう信じますし、広めませんか? それでも「オレー!」と。真の人間愛と不屈の精神を、持ち続けることに対し。ありがとうございました。ありがとう。 【会場拍手】 司会者 「オレー!」 08

  
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