ニコ動のクリエイター奨励プログラム

加藤貞顕氏(以下、加藤):クリエイター奨励金の話をしていただいてもいいですか?

川上量生氏(以下、川上):あれはプレミアム会員の一部の何%かをユーザーに還元するんですよね、再生数とかそういうものに応じて。その式は工作されないようにしているんですけれども。

加藤:なるほど。式を発表するといろいろ工作されちゃいますものね。要するに沢山見られるとお金が入るという仕組みなんですよね。

川上:そうですね。

加藤:それで暮らしている人もいるんですか。メルマガだけじゃなくて。

川上:暮らせる金額を払っていますね。暮らしているかどうかは知らないんだけれども、暮らせる金額を払っています。

加藤:サラリーマンくらいの年収を受け取っている人も結構いるという?

川上:数千万単位でもらっている人もいますよね。チームでやったりして、そういう人も現れて、ニコ動からの直接収入で100人以上なんですよ。実際にはそれ以上にコミケとかそういうイベントとかで稼いでいる人がもっといるので。

加藤:マーケティングの場として使って有名になって。

川上:今は、1000人にはいかないかもしれないけれどもニコ動の周辺で多分500人ぐらいは食えるクリエイターというのが出ていると思うんですね。

加藤:多分そうでしょうね。

川上:それが1000人とか2000人とかになってくると、やがてそこが巨大な人材のプラットフォームになるなというふうに思っています。

レコード会社による青田買いを放置したのは失敗だった

加藤:人材が沢山盛り上がって面白いものができていく目的というのは、何をしようとしているのかが知りたいのですけれども、それを使ってニコ動が何かをプロデュースしていくというわけでもないですよね。

川上:そうですね。

加藤:場所は提供すると。

川上:ただうちのほうでも若干支援している人はいるのですよ。

加藤:ほーほー。

川上:歌い手とかボカロPとか、僕が問題だと思っているのは色々なレコード会社とかの草刈場になっているんですよね。

今、1からアーティストを育てるだけの予算って音楽業界にとってはあまりないので。そうするとニコ動とかの有名人って素人なんだけれども、イベントやったら1000人とか集められる人間がゴロゴロいるんですよね。

そうすると、最近デビューする変な新人なんかよりよっぽど集客力があるんですよ。だからすぐに契約をしてすぐに使い捨てられてというケースが多いので、そこはもう少し僕ら自身がちゃんと育てる仕組みを作りたいなと思っているんですけれども。今のところ放置ですね。放置をしていて最近失敗だったなぁと思っております。

加藤:なるほどね。

川上:そこをやるのはあまりよくないなあと思っているんですけれども。

ニコ動を出会い系サイトにしたかった

加藤:僕、こないだ初めてニコニコ超会議にうかがって、すごいびっくりしました。文化祭、しかもヲタの文化祭ですよね。どちらかというと、僕もオタクなんですけれども。どうなんだろう。

川上:サブカルチャー寄りの。

加藤:すごい感動したのがみんな1人で来ているのに、すげえ楽しそうで。ぼっちだけれどもみんな楽しくて繋がっているという、ニコニコ見ている時の雰囲気がそのまま会場にも保たれているのがすごいなと思ったのですけれども、あれはなんとか意図してやっていらっしゃるのですかね。

川上:そうですね。意図はしていますよね。やっぱりこういう言い方をするとすごく語弊がありますけれども、特に出会い系サイトを作りたいわけですよ。

加藤:どういうことですか?

川上:ニコ動というのを出会い系サイトにしたくて、ネットの人の出会い系サイトを作りたいんですよ。出会い系サイトってよく批判されますけれども、あれって要するに、金を持っている大人が若い娘を買いあさる出会い系がまずいのであって、別に同世代の若い子同士が何の問題があるのだろうと。

加藤:素晴らしいですね。

川上:しかも日本の出生率とかって今1.1とか1.2とかそんなもんでしょう。そういうことを考えたらもっと、そういう性的な目的ではなくて、普通に人間が出会える場、特にネットの人というのはひきこもりが多いから、そういう人にとって出会いの場をつくるのは僕は社会的に大事だと思っているんですよ。

加藤:なるほど。社会的に。

川上:そういうのは強制的に出会わさないと嫌がる人たちが多いので。

若い世代に、オタクやリア充の境界線はあまりない

加藤:会場で出会うための仕組みなどは用意をされているんですか? 何かジャンケンをするとか。確かジャンケンだったり、将棋を指したりだとか。多少はありましたねそういうのとか。

川上:無理やり出会わせる必要はないんですよね。勝手に出会う人は出会うし、出会わない人というのは、まず人に慣れることから始めたほうがいい(笑)。人ごみに慣れるとか。

加藤:あれはそういう場所なんですね。

川上:そういう1番最初のベーシックな場所になれば、実際に歌い手とかのライブとかニコニコ大会議でやっていましたけれども、アンケートをとると若い人たちは人生で初めてのライブはニコニコ大会議という人が多いんですよね。

加藤:たしかにあそこはお客さんの層が多種多様で、すごいリア充っぽい人もいるし、すごいオタクっぽい人もいるし本当にいろいろですよね。

川上:若い世代ってそこらへんの境界線あまりないので。

加藤:そうなんですよね。僕自身は、パソコン通信時代からコンピューターをしている完全なオタク系なんですけれども、ニコニコのすごい面白いなあと思うのは全然オタクじゃない人も見ているところですよね。

川上:そうですよね。

加藤:インターンとかで会社に来る人も中学生の頃からすごいニコニコ見ていたとか。

全然関係ない人からサービスについて言及されると嬉しい

川上:だからコミケとかそうですよね。毎年少しずつ入場者が減っていって、それで平均年齢が毎年1歳ずつ上がっていたという時代があったのですけれどもそれが一挙に若返って旧来からのコミケファンに「ニコ厨うぜー」と言われたのが2007年なわけですよ。

それはニコニコ動画が始まって、コミケの人数がまた増え始めたんですよね。そして一気に低年齢化が進んで、その時ににわかオタクというのが大量に発生したという現況として、ニコ動がすごい批判されたんですね。

ニコ動は発生の時からそうですよ。サービスをやっていて嬉しいのが全然関係ない人からサービスのことを言われたりするのが嬉しいんですよ。僕が着メロサイトをやっていることを全然知らないで、「いろメロミックス」というサイトがあるということを親戚の子たちが言うとすごい嬉しいじゃないですか、

もしくは電車に乗っていて女子高生たちが「いろメロミックス」を使っているということを聞くのがすごいうれしくて、サービスを作るときの目標で全然関係ないところからサービスのことを聞くというのが目標だったのですよ。

「いろメロミックス」の時はそれが1年かかったのですけれども、ニコニコ動画の場合は1ヶ月でそれがあったんですよ。それでその時の相手が誰かといったらエイベックスの人だったんですよね(笑)。エイベックスの人からニコ動というめちゃくちゃ面白いサイトがあるよと言われて。

加藤:文化が大分違う人ですよね。

川上:1番対極にある人から言われたので、これはうまくいったよなと思いましたね。

雑誌が売れなくなるのを目の当たりにした

加藤:最初はYouTube上からもってきた動画にコメントをつけてというのを始めて、そこから先ほどの話、1000人ぐらい食べられるというところを、最初から目指していたわけですか?

川上:それでブロマガを作ったわけですよ。そういう目標も考えられるなということを思ったので、メルマガをやろうと思ったんですよ。やっぱりビジネスサイズとして小さいし、初めはやるつもりがなかったんですけれども。

加藤:そうですよね。そこすごい不思議だったんですよ。そんなに儲かるものでもないですし。

川上:儲からないんですよ。全然儲からないので、あれをやろうと思ったのは要するにクリエイター1000人つくろうプロジェクの一個の柱になるなと思ったからなんですよ。

加藤:なるほど。僕らの「cakes」というサービスは、実はブロマガが始まるタイミングとほぼ同じくらいに始めたんですね。2012年の8月にブロマガが始まって、cakesは9月に始まっているんですよ。

一生懸命サービスを作っているときにブロマガが始まって「いやあ、参ったな」と思ったんですけれども、僕はもともと1番最初にアスキーという会社にいて、雑誌がびっくりするぐらい売れなくなるのを目の当たりにしたんですね。

コンピューターの雑誌って1番最初にネットにやられたので。ネットでこんなにビジネスモデルは変わっちゃうのかと体験をして、本のほうに移って一生懸命作っていたのですけれども、やっぱり下がってきているので、クリエイターはこのままいくと食べられなくなるなあと、すごく痛切に感じたんですね。

同時にネットが盛り上がっていて、ネットでコンテンツを作って売ろうという会社をやっているんですね。

コンテンツのばら売りは、大きなビジネスになりにくい

加藤:川上さんの本の中でも書かれていたのですけれども、電子書籍というコンテンツがあるじゃないですか、電子書籍についてはどのように考えていらっしゃいますか?

川上:電子書籍は1個の大きな柱になると思うんですけれども、ばら売りというものはあまりうまくいかないなと思っているんですね。そもそもネットって1回払って終わりじゃないですか。

大きなビジネスになりにくいなぁと思っていて、やっぱり固定制ですよね。月額固定のモデルというのが1番安定して本命だと思っているんですよね。電子書籍が例えばページをめくるたびに100円とられると、例えば次のページをめくるときに200円取られると。ソーシャルゲームみたいな仕組みだったら儲かるかもしれないんですけれども、そうではなくて誰でも同じ金額という良心的なモデルじゃないですか、そうすると特に雑誌は厳しいと思いますよね。

加藤:継続課金がいいなというのは、着メロをしているときに体験しているんですかね。

川上:そうですね。

加藤:着メロというのは単体で売るのと継続課金で売るの、両方あったと思うんですけれども、継続の方が儲かるのですか?

川上:はい。うちは継続しかやらなかったですね。個別課金はやらなかったです。最近は諸事情によりやっていますけれども。基本はやらなかったです。

アップルのプラットフォームは儲からない

加藤:僕らも電子書籍をやらないといけないなということがあって、僕はダイヤモンド社にいたのですけれども、その時はまだキンドルはなかったので、電子書籍のアプリケーションをiPhoneアプリで作って、『もしドラ』とか売ったんですね。

それは10万以上ダウンロードされたんですけれども、同時に、ああこれは絶対無理だなぁと思ったんですね。単体で売るというのは毎回マーケティングをしてクロージングしなければいけないからすごいビジネスの効率が悪いし。

あとはマーケティングがすごくやりにくくて、結局アップルのマーケティングで用意しているのはランキングしかないので、ランキングから消えると、ないのと一緒というふうになっちゃうしランキングの上の方に出るためには価格を下げるしかないんですよね。

そうすると猛烈な価格の叩き合いが起こって、クリエイター、コンテンツホルダーが全く儲からなくなるだろうなという体験をして。あとはどう考えてもWebで見るほうが便利ではないかということで、Webでコンテンツを売買するようになるだろうなと思ってやってるんですけれどもね。

川上:そうですね。アップルの公平なプラットフォーム、一見、消費者にとって得になると見えるマーケットというのはだいたい失敗するんですよ。それは全く儲からないマーケットになりますよね。

コンテンツにお金を払わないのは、親のしつけが悪いから

加藤:あとはアップル側の色々な制限が入るんですよね。表現とかに対しても。アップルにこれは大丈夫なんですという言い訳のメールを送るようなことになってしまって。出版社というのはもともと情報のプラットフォーマーなんだけれども、なんで俺たちの間に入ってきてるんだろうという。

川上:言論の自由がないですよね。

加藤:そうなんですよ。漫画とかも絶対あの場所ではできないですよね。ただWebで課金をするのは同時に難しいなぁというのがあるんですよね。本の中で書いてらしたと思うんですけど、結構川上さんはコンテンツの課金というのは普及していくなと思っていらっしゃるんですか?

川上:そうですね、払うのが楽だし。本当は楽なんですよ。本当はもっと売れるんだけれども、ただみんなその習慣がないからですよね。僕はずっと言っているんですけれども、コンテンツに金を払わないというのはしつけの問題だという話はずっとしていて。

『フリー』という本を書いた、クリス・アンダーセンですかね、僕は大嫌いなんですけれども、嘘つきやろうと思っているんですけれどもね。彼がデジタルネイティブの世界はビットとアトムの価値で、何が大事かよくわからないんだけれども、訳のわからないことを言っていて。

とにかく新世代はコンテンツに金を払わないんだみたいな、彼らのほうが賢いんだと言うんですけれども、それは金を払わないで、物を手に入れるという習慣を教え込まれた泥棒集団なわけですよ。親がしつけを間違えていますよね、確実に。そういう問題ですよね。

加藤:では、しつけはこれからできると。

川上:しつけはできますよ。

日本人は、ただなものに値段をつけて売るのがうまい

加藤:そうですよね、すごい前のことを思い返すとネットで物を買うなんてとんでもないという時代があったんですよね、結構みんな忘れかけているんですけれども。そうしたらアマゾンとか楽天とかで普通になって、だってそちらのほうが便利じゃんという話になって、コンテンツはもっと便利ですからね。どう考えても払うのが普通になると。

川上:払うのが普通になりますよ。そうじゃなかったらソシャゲーとかに何十万も払うような馬鹿な人たちが、いや、そもそも人間は馬鹿な生き物なんですけどね(笑)。 だってソシャゲーとかって、ただのデータだろうと。そんなものを、さもありがたいかのようにしてやるかっていうのは、おかしいですよね。

おかしいけれどもそれをやっちゃうのが人間でしょう。そういう非合理的な生き物なんだから、僕は非合理性をむしろ大事にしていきたい。特に日本人って、コンテンツっていう非合理で、ただのものに値段をつけているわけですよ。色々な理屈をつけて、値段を高くするわけですよ。世界的に見て日本人というのはそれがうまいわけですよ。

その1番の代表が吉原からくる今のキャバクラとかホストクラブとかの伝統ですよね。あれがすごいのって何かというと、金を払うともっと金を払う権利がもらえるんですよ。これってすごいモデルだと思わないですか(笑)。

よくネットで「オプーナを買う権利をやろう」という有名なアスキーアートがありますけれども、あれって本当にあるんですよ。キャバクラの世界では。永久指名制ってそれなんだよとかね。疑似恋愛の仕組みだとか、そういう本来、何の価値もないものを払わせるようにするっていうのは、日本人は江戸時代からうまいわけですよ。

加藤:そうですね。狭い社会の中で色々楽しくやるために生まれてきたものなんですよね。

川上:そういうものなんですよ。そもそもお金なんてバーチャルなもんだし、そもそも馬鹿らしいですよね、というのが現れるとそういう現象になると思うんですけれども。

馬鹿なことにお金を使うことは正しい

川上:僕は、そういう馬鹿なことにお金を使うというのはすごい正しいと思っていて。馬鹿なことにお金を使わない人間というのは実際何だろうといったら、飯代と衣食住しか使わない人間。そういう人間が皆さんの理想像なのかという話ですよね。

そうしたら、その他の趣味にお金を使うというのはどう説明をするのかといったら、それは原価まで使おうといったらそれは本質的な問題なのかという。本当は原価とか関係なくて、そのものが自分にとってどれだけ大切かということで、お金の値段って決まるはずなんですよ。原価関係ないはずなんですよね。

加藤:欲しい価格がその価格ですよね。

川上:みんな何万円もする服とかにお金を払ったりしますよね。1万円とか2万円とかあれば、もはや一世代古くなったiPhoneとか買えるし、ゲーム機とかも2~3万円で買えますよね。

それの精巧さってすごいじゃないですか。でも、みんな服とかの方にお金をかけたりするわけでしょ。それってバカですよね。本当に。馬鹿なんですよ。

どう考えてもその人間が作ることの難しさということを考えたら世の中の人間は、服とかユニクロでいいんですよ。みんなDSとかゲーム機とかを買い続けていればいいんですよ。そっちのほうがはるかに価値が高いものなんですよね。

でも実際にはそういう行動をみんなしていないじゃないですか。だからそもそも価値なんてその程度のもので。もっと馬鹿なことにお金を使うというところのね。

制作協力:VoXT