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「死の直前、人がとる行動は3つにわけられる」 ある救急救命士が、生と死の狭間で見たもの

「死の直前、人がとる行動は3つにわけられる」 ある救急救命士が、生と死の狭間で見たもの

死の淵にたった時、人はいったいなにを思うのか--救急救命士としていくつもの「死」と接してきたマシュー・オライリー氏が、そのリアルな実情を吐露しました。(TED@NYC 2014より)

スピーカー
ニューヨーク州救急救命士 Matthew O'Reilly(マシュー・オライリー) 氏
参照動画
「私は死ぬのでしょうか?」真実を答える

患者へ「死」を宣告するかどうか

gazou1 マシュー・オライリー氏  私はここ7年間、ニューヨーク州サフォーク郡で救命士として働いています。交通事故からハリケーン・サンディに至るまで、私は数々の事件で救急救命をしてきました。 もしみなさんが普通の人なら、死というものは最大の恐怖のひとつでしょう。中には、死が近づいてくるのが見える人もいます。まったく気づかない人もいます。 「差し迫った悲運」という、あまり知られていない医療用語があります。それはほとんど症状のようなものです。医療従事者として、私は他の症状と同じようにこの症状に対応するように訓練を受けています。だから、心臓発作を起こしている患者が私に向かい「私は今日死ぬんだ」と言えば、私は患者の状態を再診断するように訓練されています。 私はこのキャリアを通して、患者が後数分しか余命がなく、手の施しようがないような事故にたくさん対応してきました。このような時、私はジレンマに直面します。 彼らにすぐに死ぬだろうと伝えるべきか、それとも安心させるために嘘をつくべきか? 初めの頃は、嘘をつくことで単純にこのジレンマに対応しました。私は怖かったのです。もし真実を伝えたら、その人が恐怖を感じながら、人生の最後の瞬間にしがみつこうとしながら死んでいくのではないかと、私は恐れていました。 しかし、それはある事件で変わりました。5年前、私はバイク事故に対応しました。運転手は本当にひどい重篤な怪我をしていました。彼の怪我を診断すると、彼のためにできることは何もないとわかりました。そして他のケースと同様、彼は私の目を見てあの質問をしました。「私は死ぬの?」。 その瞬間、私はいつもと違う対応をすることにしたのです。私は彼に真実を伝えることにしたのです。私は彼に「あなたはすぐに死にます。そして私にできることは何もありません」と伝えることにしたのです。彼の反応は驚くべきものでした。彼の目を見ると、彼の中に安らぎが見えました。彼はただ横になり、それを受け入れた表情を見せたのです。

人生の最期に取る行動3パターン

その瞬間から、私は死にゆく人を私の嘘で安心させるのは、私の仕事ではないと考えたのです。それ以来、患者が瀕死の状態で、私たちにできることは何もないという状態の多くの事故に対応しましたが、たいていの場合、彼らは真実に対して同じ反応をしました。安らぎと受け入れです。 実際には、これらの状態のとき、私は3つのパターンを見つけました。 一つ目は、いつも私を驚かせます。宗教や文化的背景に関係なく、許しを請うという願望がありました。それを罪と呼ぶとしても、ただ単純に後悔と呼ぶとしても、罪の意識というものは世界共通です。 私は一度、心臓発作をおこしているお年寄りの男性の対処をしたことがあります。今にも起こる心停止に備え私が準備をしているとき、私は彼に差し迫っている死を伝えました。彼は私の声のトーン、ボディ・ランゲージからすでに、それを悟っていました。 これから起こることに備え、私が彼の胸に除細動器のパッドを置いたとき、彼は私の目を見て言いました。「自分の時間に自分勝手にならず、子どもたちや孫たちともったたくさんの時間を過ごせばよかった」。 差し迫る死に直面し、彼が欲したものは許しだったのです。 二つ目のパターンは、記憶への願望です。それが私の記憶の中でも、彼らの愛した人の記憶の中であったとしても、彼らは生き続けるのだと感じたいのです。愛した人、私、私の同僚、周りにいる誰であっても、その人の心の中、頭の中では永遠なのだと感じたいのです。数えられないほどの患者が、私の目を見て言いました。「私を覚えていてくれる?」。 最後のパターンは、いつも私の魂に触れるものです。死にゆく人は、自分の人生に意味があったのだと知りたいのです。彼らは、自分の人生を意味のないことのために無駄に費やしはしなかった、ということを知りたいのです。 これは私が仕事を始めたばかりのときに起こりました。私は呼び出しに応答しました。50代後半の女性が車に挟まれ、ひどい状態でした。彼女は高速の車に真横から突っ込まれ、非常に重篤な状態でした。消防が彼女を車から救出しようとする中、私は車によじ登り、彼女の手当てを始めました。 彼女と話していると、彼女は「人生でやりたいことがもっとたくさんあった」と言いました。彼女はこの世に生きた証を残せていないと感じていたのです。私たちが話を続けるうち、彼女は2人の養子を迎えた母であることがわかりました。 その2人は医学部を目指していました。彼女のおかげで、2人の子どもたちは養子にならなければ得られなかったであろうチャンスを手にし、医療分野で医者として命を救う道に進むのです。彼女が車から解放されるのに45分かかりました。しかし彼女は解放される前に亡くなりました。 私は映画の中で見たものが真実だと信じていました。人生最後の瞬間は、恐怖に満ちたものになるのだと信じていたのです。しかし私の出した結論は、どのような状況であろうと、一般的に死の瞬間は安らぎと受け入れることで満ちているのです。そして最後の瞬間に安らぎを与えてくれるものは、些細なこと、ある一瞬にあなたがこの世界にもたらした、小さなことなのです。 ありがとうございました。

  
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「死の直前、人がとる行動は3つにわけられる」 ある救急救命士が、生と死の狭間で見たもの

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