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世界で一番「民度」が高いのはチベット人–日本人が失った、気高き精神性の正体とは?

世界で一番「民度」が高いのはチベット人–日本人が失った、気高き精神性の正体とは?

中国共産党から50年以上も弾圧を受け続けているチベット民族。長きにわたる国難を耐え忍ぶチベット人から見えてきたのは、彼らが持つ高度な精神文化でした。現地を足掛け15年間撮り続けた映画監督、故・岩佐寿弥氏が語ります。(TEDxSeeds 2012より)

スピーカー
ドキュメンタリー映画監督 岩佐寿弥 氏(故人)
参照動画
チベットからの学び

チベットと日本、共通点は「国破れて山河あり」

岩佐寿弥氏(以下、岩佐) 岩佐と申します。立って話せるんですけど、突然座って喋りたくなりました。椅子を用意していただきましたので、座って話させていただきます。 iwasa_R 始めにですね、この、老いた一介の映画人が、どうしてチベットと長い関わりをもったか、ということから始めたいと思います。 実は私は15年前、それは私の還暦をすぎて2、3年経っておりましたが、全く偶然にチベット人の難民と出会ったんです。その彼が、自分が育ったというネパールにある難民キャンプに私を連れて行ってくれました。 そこで初めて私はチベット人と出会ってるんですけれども、その生活ぶりを見ていてですね、まてよ、我々日本人は大変大切なものを失ったんじゃないか、ということに気づいたわけです。 その失ったものとは、何であるのか。それを探る為に、そしてまた、そのチベット人特有の魅力もありまして、私はそれから15年間チベットと関わって参りました。その間に3本の映画を作りました。その最新作『オロ』という映画が、今年の早々に完成しまして、この夏東京を皮切りに公開をいたしました。今も地方でやっております。 この『オロ』という映画は、チベットに住む6歳の少年がヒマラヤを越えて、チベットの亡命政府が運営している寄宿学校に生活を始めまして、そして10歳になったところで映画と出会いました。その「オロ」という少年はこれです。 0215 この映画をクランクアップしましたのが、昨年(2011年)の1月。インドで撮り終わって、私は日本へ帰ってきまして、ほんのしばらくした時にですね、これの編集を始める前に、かの3月11日東日本大震災をむかえたわけです。あの地震、津波、そして打ち続く原発の事故のニュースを、毎日目の前に置きながら、私は不思議なことにとてつもない、遠い昔のことを思い出しておりました。 それは私が10歳の時。日本国が敗れたあの日。つまり、昭和20年8月15日。あの時のニュースを聞いていた少年がですね、「国が壊れる」っていう感覚を持って迎えていたわけですね。それが、今、テレビの前を見ながら、テレビの画像を見ながらですね、その感覚が甦ってきたわけです。 国破れてこれから生きる10歳の少年「オロ」。そして私もまた、国破れてこれから生きなければ。これからの人生が始まる10歳の少年との間に、奇妙な一致をそのとき感じたわけですけれども、その時にですね、もうひとつ原発事故というものが起こったならば、これは単なる仮定ではなくて、充分起こりうる危険性を持っていると思います。 そうなった時はですね、おそらく、日本国内に吸収しきれない難民が国外に出ざるをえないだろうと。つまり、国際法上の難民になるだろうと。本当に奇妙なところで、チベットと我々は、こんなに近いところになってしまったんだという思いがしたわけです。

日本が失ったもの、チベットに残るもの

最初のですね、チベットにどうしてこんなに関わったかということに入っていきたいと思いますが、最初に案内されたネパールにあるチベットの難民キャンプってのは、すでにその時点で40年の歴史を持っていました。従って、チベットを知らない、第三世代の子どもが、すくすく成長している時期でした。 つまり、言い換えますと、それは難民といえども本当に普通の日常生活がそこにあるわけです。そこに私が立ってほんのしばらくした時に、またしても、私は子どもの頃のことが身体の芯から甦ってきたんです。 このキャンプに住んでいる人々老若男女はですね、おじいさんと子ども、赤ちゃんとおばさん、誰々と誰、どういう組み合わせをもってしてもですね、その千数百人いるキャンプの中の生活の営み、人と人との関係が、道路で立ち話したり、壁越しに話したり、あるいはちょっとした労働を一緒にしたりしながら交わしている。 彼らの人と人との関係を眺めていると、そこには確かな絆、あるいは、何て言いますかね、しっとりとした親和感といいますか、そういうものが私には見えてくるわけです。 これは私が子どもであった、あの戦中戦後の日本に確かにあった、そういうものではないかと。いったい、これが生きてるという姿ではないか。幸せとはなんだろう。私は豊かな日本からキャンプにやってきて、難民の人を見ながら、幸せそうだなと思ってるんですね。この、我々が失ったものはいったい何なんだろう。それを考えたわけですけれども。 ひとつはその敗戦。日本国の敗戦。私は10歳でしたが、その敗戦の時に、それ以前に持っていたあらゆる制度や習慣や、そういう様々なことをかなぐり捨てて、新しい日本に向かって出発した。これは当然それでいいわけですけれども、そこに同時に非常に大切だったものも、一緒くたに捨てちゃったんじゃないかなということを感じました。 それから、もうひとつは、そのころから60年間の今日までの間、私たちは便利さを追い求め、富を追い求めて、近代科学に支えられながら本当に大きな文明を築いていく過程で、長い時間をかけて失ったものでもある。これは世界的なことだと思いますけれども、そういうことを思ったわけです。 それと同時に、チベットの人にはですね、私が子どもであった頃にもない、何か奇妙な魅力があるんですね。それはおそらく、あのヒマラヤの向こうにあるチベットの千数百年の歴史の中で培われた文化だろう、という風に思いまして、そのチベットの文化歴史というものに、ほんの一歩私が踏み込んだんですけれども。 そのとき、その真ん中にどーんとですね、チベット仏教という仏教の思想があり、その教えが生活のヒダのヒダまで入って、チベット人の中に打ち込まれている。それが証拠に、あのヒマラヤを越えて半世紀過ごしているチベット人の難民が、そういう自分たちの文化を本当に大事にしてる姿が目の前にあるわけです。 それは、生きとし生けるものへの、慈しみ。つまり、大乗仏教の像が本当にそういう形であるわけです。 例えば、夏の日にコンクリートといいますか、石の上にミミズが這ってちょっと干乾びそうになっていると、チベットの人はそっとそれをつかんで湿った土の所へ返してやる。これが、誰が見ていなくても本当に子どもでもやるんですね。大人も子どもも、そういうことを当たり前のこととして身体でやってます。 そういう自分たちの文化を本当に抱きしめるようにして生きている彼らを見ているうちにですね、私はそれが何だか美しく見えてきまして、彼らと出会った3、4年目にそのキャンプに住むおばあさんを主人公にした『モゥモチェンガ』という映画を作りました。

障がい者との応対でわかった精神性の高さ

こうやって、私はいつのまにか15年、チベット人と付き合い、他の映画も作ってきたわけですが、これから「これぞチベット人」という、ひとつのエピソードを話させていただきたいと思います。 これはですね、私の友人が体験した話なんですけれども、私は15年チベットと付き合って、チベット人はこれなんだということを本当に一番上手く表現出来るエピソードだと思いましたので、その話をしたいと思います。 私のチベット好きの友人がですね、ラサに行って、ラサというのはチベットの首都でありますが、その首都から地方に向けて馬で旅をしたい、と思って始めるわけです。そうするとそこに、5、6人のチベット人の男が、一緒に馬に乗って同じ方向へ行くというのがわかったので、同行して移動したわけです。 そして初めての村で、一度休憩しましょうということで、休憩小屋に入るんですね。で、座っていると、その店の娘さんがバケツに水を持って、ものすごい”びっこ”で、バケツの水があふれんばかりの、こぼれんばかりのびっこをひきながら、そっとその水を置いてその小屋からまた出て行ったわけです。 そうすると、ひとりの男が「あいつの歩き方、こんなんだったね」って言ったら「お前、全然似てないよ、こうだったよ」と、つまりゼスチャーごっこをして遊び始めたわけです。私の友人は、身体的なハンディキャップを持った娘さんのことをあんなにして遊ぶなんて、本当に心無い人たちだなと思って、冷ややかに眺めていたわけです。 そうすると、その女の子がまたびっこで入ってくるわけですけれども、そうすると、またひとりの男が「こいつがお前の真似して、こんなことやるんだけど、似てないから。もうひとりのこいつのほうが似てた」みたいなことを言って、また始まったんですね。 そうすると、その女の子もですね、ゲラゲラ笑いながら「私のはこうだよ」みたいなことを言って、みんなで打ち興じて遊んでるわけですね。 それで私の友人は、さっきはあんな風に思ったけれども、これは違うんじゃないかと。おそらく、ああいう姿を見たら、私たちは「可哀想に。昔何があったんだろう」とかいう風なことを考えるけれども、この人たちはありのままのその姿を見て、即座に遊んで、本人も一緒になって同じレベルで遊んでいると。 これはひょっとすると、大変精神性の高い世界の話じゃないかっていう風に、彼女は思ったわけです。 つまり、これはおそらく、仏教でいうところの「無分別」。これが最強の人間の心であると言われているんですけれど、つまり、無分別というのは、ものを区別して、差別して見ない。目の前にあるものをありのまま見て行動をする、行いをする。これこそが、仏教で言う所の無分別の境地じゃないかと私は思いました。

心の気高さを持つチベット人が見せる、中国への抵抗

私は『オロ』という映画を撮ってきたわけですが、映画を撮ってきたということはつまり、カメラを通してチベット人を見てきたわけです。そこから見えてくるチベット人というものについて、話したいと思います。 カメラというものは、もともと大変暴力的なものです。ここに、自然に行われている生活の中にカメラを持って行って、これから私たちは映画を撮るので、この姿を撮らせてください、と。これは、この空気を完全に乱すわけです。映画側の人はよく「いつものように仕事をなさって、ごく自然にやってください」と頼むわけですけれども、これは愚の骨頂です。 なぜなら、その事によって撮られる映像というものは、おそらく、”いつもらしい不自然”を撮っている。このことは、記録映画、劇映画を問わず映画の生命線なんですね。リアリティを確保する生命線。 このことに、はるか昔になってしまいましたが、ヌーベルバーグ(1950年代における仏の映画運動)の旗手と言われたジャン・リュック・ゴダールっていうフランスの映画監督が、シネマヴェリテ、シネマ=映画、ヴェリテ=真実ですね。「映画の真実」といいますか、そういう方法を打ち出して、この問題に挑もうとしたわけですね。挑んだわけです。 それは正確に言いますと、カメラを持ち込むことによってそこに新たに生じた真実、つまり、カメラが回っていることを逆用して、そこにさらに刺激を思いっきり与えて、そこに波だってくる人の心理っていうのを、ここに非常にビビッドな形で映像化していくと。この方法を使って、彼は大変面白い作品をいくつも作ってるわけです。 私はちょうどそれと出会った頃が、私の映画を始めた、本当に若い頃でありました。私はその方法に大変影響を受けて映画を始めたわけですけれども。 今回、このチベット人を撮ってるうちにですね……その前に、今でも僕は撮影時に、どこかにそのシネマヴェリテっていう方法が、頭のどこかにこびりついているところがあるんですけれども。どうもチベット人を撮っていて、あのシネマヴェリテはこの人たちにあんまり通用しないんじゃないか、っていう感じがしてきたんですね。 それはどういうことかと言いますと、彼らはカメラがあることを意に介さない。意にに介さないというよりは、カメラがあることを彼らはよく知っているんですね。それから、映画のほうが何を撮りたいかということを非常に良く理解するんです。 ところが、そういうことに煩わされないで、その上に立って自分が言わなきゃならないこと、言いたい事というものを、誠にすっくとした気持ちの中でそれを表現してくるわけですね。で、そのモモ・チェンガにも初日からそういう感じがありましたし、オロにしても、ほんの短い間にその境地に近づいてしまったわけです。 私は世界のあらゆるところで人間を撮っておりますが、やっぱりチベットというのはひと味違うな、っていう感じがするんです。 このひと味違うっていう意味は何なんだろうと。それは、無垢とか、イノセントというような言葉で言えるような感じがするんですけれども、もうひとつ、彼らには何か、このチベットという土壌のなかで打ち込まれている体質というのがあるのではないかと。それは、ちょっと極端に言いますと、本当の意味で心の気高さというものに通じるように、私は思いました。 このような精神性の高い彼らが、半世紀以上に渡って中国政府による圧迫を受けております。現在でも、毎日と言っていいくらいの人が、焼身自殺をもってその理不尽な政策に対して抗議をする。つまり、無武力を持って、棒切れひとつ持って戦わない仏教徒たちが、自らの命を絶って抗議をするということが後を絶たない。 そして、命懸けのヒマラヤ越えをして今でも難民が、自ら難民になろうとする人が出ていると。そういう状況が続いているわけです。

苦境のチベット人から学んだ「希望」の意味

15年もチベットに付き合ったわけですから、それじゃあ彼らの痛みがわかりましたかと問われるならば、それは私はわからないと答えるしかありません。なぜなら、私はチベット人ではないからです。 しかし、人間には想像力っていうものがある。その想像力をもって、相手の痛みに近づくことは可能です。そのことによって、相手は、閉ざしていた心を開いてきます。そして、そこに交わされる交歓っていうものが、やがて喜びに変化していく。 そういうことを体験してきたわけですけれども、その喜びがあるわけですども、私たちは3月11日に自分たち自身の大きな痛みを覚えました。そして、今もそれは続いているわけです。その痛みの地点から相手の痛みに想像を及ぼす時に、去年の3月11日よりもっと豊かな想像力を持って、彼らに迫ることができるということを、私は感じております。 そしてそこに交わされる交歓が、喜びであると同時に、その喜びそのものが希望なんだという感じがしているわけです。 つまり、私はですね、50年、100年後の人類がどうなってるかと問われたら、まあ、正直に言いますと、私からは大変絶望的な答えが返ってくるんですね。 しかし、そんなことよりも、今、日々交わされている、今言ったような交歓、そのような意味の日々の希望と、そういうものを持続させていくことが、まさにそれが希望なんだっていう風に私は今感じておりますが、これは本当にチベット人から教わったことだと感じております。 今日の話はこれで終わらせていただきます。

  
※ログミーでは、TED Talksおよび各TEDxの定めるCCライセンスを遵守し、自社で作成したオリジナルの書き起こし・翻訳テキストを非営利目的のページにて掲載しています。
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