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その途上国支援、本当に必要ですか? 17歳で”世界一貧しい国”に飛び込んだ女性の言葉が響く

その途上国支援、本当に必要ですか? 17歳で”世界一貧しい国”に飛び込んだ女性の言葉が響く

15歳の時に聞いた講演で衝撃を受け、17歳にして発展途上国支援のためネパールへ渡った社会起業家・向田麻衣氏。理想に燃える彼女を待ち受けていたのは、貧しいながらも幸せそうに暮らす、想像とは全く異なる現地の人々の姿でした。ともすれば「わかりやすい成果」を求めがちになる既存の途上国支援に、一石を投じる講演です。(TEDxSapporo 2013より)

スピーカー
社会起業家 向田麻衣 氏
参照動画
Social business for trafficked girls in Nepal

苦しむ女性を化粧で笑顔に

向田麻衣氏(以下、向田) では始めに、この女の子の声を聞いてみてください。 (女の子たちの話声、笑い声) はい。今の言葉が何語かわかる方。ほとんど皆さん、先ほどの紹介で想像がつくと思うんですが、これはネパール語です。ネパール語の女の子が、私が施してあげたお化粧をすごく楽しんで、私すごく綺麗になった、とっても幸せっていう風に言ってくれていました。 0103_R このネパールの女の子ですが、推定年齢は14歳。彼女の名前はわかりません。彼女はどこかの村からやってきましたが、その村がどこかもわかりません。彼女はある日突然、インドに売られて強制労働されて、売春婦をされていました。数年間監禁されて、一歩も外に出られずにです。 彼女が暮らすネパールという国。どんな国でしょうか。行った事がある方、いらっしゃいますか? ……はい、何人か。多いですね。インドと中国に挟まれた小さな国ですが、人工3000万人くらい、海の無い小さな国です。そこはヒマラヤ登山が有名で、トレッキングの観光客が非常に多くやってくると。ですから、農業と観光業が主な産業となります。 その国では1年間に1万5000人の女の子がインドに売られるという風に言われています。そして、インドからネパールに戻ってくる10代の女の子の約60%が、HIVに感染しているという風に言われています。 そんなネパールに暮らす女性の顔。見てください。 0228_R 笑顔、笑顔。彼女たちはネパール人の女性です。そして、私のお化粧のワークショップに参加してくれた女の人たちの笑顔なんですね。このように、女性たちの心の中にどんな変化が起きて、そして彼女たちがどんな可能性を掴み始めているか。そんなお話を今日はさせていただきたいと思います。

15歳でネパール行きを決意、17歳で離日

そもそも、なぜ私がこのネパールに関心を持ったか。ネパールと関わることになったきっかけなんですけれども、私が15歳の時に、高校生の時に講演会に行きました。そこではネパールのNGOで働いていた高津亮平さんというNGOの職員さんがいらっしゃいまして、彼のお話を聞いたんですね。彼はこんな風に、私たち、まだ10代半ばの小さな学生に教えてくれました。 その時のパフォーマンスはですね、テーブルをコツコツと叩いて、講演の始まりに、彼はテーブルをコツコツと叩き始めました。皆さんこの音は何の音かわかりますか。今世界では、貧困などさまざまな理由によって、5歳に満たない子どもが3秒にひとりなくなっています。私の講演会が終わる頃、いったい何人の子どもがなくなるでしょうか。 もちろん、私は15歳で、そのとき世界中に様々な問題があって、世界には貧困があったり紛争があったり、そういうことは知識としてはわかっていた。それでも初めて、鳥肌が立つような、自分に初めてその現実が迫ってきたんですね。現場で働く彼の話を聞いて、あのような子どもたちの写真を見て、本当にその世界があるのかと。 ショックを受けました。そしてその講演会の後に、高津さんの後についていってですね、話しかけたんですね。 高津さん、ネパールに行って何かしたいです。行ってもいいですか、と。高津さんのお家に行ってもいいですかと。今思うと、とんでもないことを言ったなと思うんですが、言ってしまったんですね。そしたら、驚いていましたけれども、おそらく15歳の女の子が何か思いつきで言ったんだろうと思ったと思うんですね。そして彼は「いいですよ」という風に言ってくれました。 そして2年後。私はアルバイトをして貯めたお金でネパールに旅立ちました。

日本での「当たり前」が現地で崩壊

0517_R これは今から13年前のネパールの写真です。初めてのネパールは、私は仙台出身なんですけれども、仙台から関空に。関空からネパール行きの直行便があったんですね。深夜につく飛行機でした。その飛行機に乗って、現地に夜中に着きました。 もちろん、いろんなお話を聞いて、お水でお腹を壊すよとか、ちょっと衛生環境の悪いものを食べるとすぐにお腹を壊しますよとか、いろんなお話を聞いていたんですが、私の目に映ったネパールは本当に新しい場所でした。 例えば町を歩いていて、チョコレートのドーナツ食べようかなって思ってショーウィンドーの中を見ると、それはチョコレートじゃなくて、ドーナツに蟻が群がってるだけだったりとか。 例えば、移動のとき、タクシーに乗ってたんですね。そのタクシーがボロボロのタクシーなんですね。日本では廃車になるだろう、確実に、というような、そんなタクシーに、ちょっと下が開いていて外が見えてるような車に乗っていて、ヨロヨロ走っていると、横の坂道から自転車がバーッと走ってきたんですね。そしてその自転車をひいてしまったんですね。 私はもう、車にひかれたら確実に死ぬだろうと、教え込まれて、おばあちゃんにも両親にもそう言われて生きてきたので、確実に私はひいてしまったと。亡くなったかもしれないと。 その運転手に「何でそんなことして、まだ走ってるの」と、早く降りて病院にとか、そんな話をしていたら、後ろでそのタクシーがひいた自転車に乗っていた男性が、むくっと立ち上がって、自転車にもう一度乗って、リーンってまた走って行ったんですね。なんだろう、これはと。 もちろん車もボロボロだったですし、ゆっくり走っていたけれども、すごい生命力だと思いましたし、私が今まで当たり前だと、車にひかれたら死ぬものだと思っていたら、死なないんだと。なんだかいろんな価値観が崩壊したんですね。 そして、私を一番悩ませたことというのは、助けなきゃいけない人がたくさんいるはずだったネパールが、すごく幸せそうな国に見えたということでした。 もちろん着いてすぐに、ゴミだらけの道の中に、ストリートチルドレンが子犬と一緒に寝転んでいたりとか、裸足で砂利道の中を走って遊んでるこどもがいて、あ、靴がなくてかわいそうだなって思ったりとか。 始めはそんなことを思って胸が痛くなったりしたんですけれども、よくよく見ると、みんな足の裏すごく固くてですね、全然平気で歩ける。生まれた時からずっと裸足だから全然平気だと。あ、そうか。靴を履かなきゃいけないのは、日本人とか限られた国の人なんだなとか。逆にそんな風に思い始めたりですね。 ですから、価値観が本当に崩壊してしまって。何をしたらいいのか、私はてっきり支援が必要で、その支援はクリアにわかっているものだと思っていたのに、その支援は本当に必要なのかなと思い始めるようになったんです。

メイクで心の傷を癒やす

そして、どうしていいかわからなくなった私は、大学在学中にアジア10カ国をめぐるフィールドワークを企画しました。そしてNGOの支援を受けている方々にインタビューをして回ったんですね。 何でもしたいとしたら、何がしたいですか? という、シンプルなクエスチョンを皆さんに投げかけました。 多くの女性が意外な答えを私にくれたんです。お化粧がしたいとか、おしゃれがしたいとか。私がもっていたポーチの中の使いかけのチークをすごく欲しがったり、使いかけの口紅をどうしても付けたくって、私にどうしても、どうしてもってお願いをするんですね。 普通にお茶飲みなんかをしていると、口で「私なんて化粧もちゃんとしたことがないのよ」なんて、言っている。同じ女性として、高校生ながらも何となくそれは切実なニーズのように感じて、そして日本に帰国して化粧品を持って現場に戻りました。 0946_R 0946_2_R 小さなワークショップをはじめたんですね。 0952_R このようなかたちで、女性たちにお化粧をはじめました。 私が一番始めにお話しした、人身売買の被害にあった傷ついた女性のケースです。この写真の人物とはちょっと別です。プライバシーの関係で別の写真を使っています。 彼女は、自分の名前も年齢も、先ほど言いましたように覚えていないです。それは彼女自身が、彼女自信を守る為に忘れたことだと思います。そして彼女は、私が初めてシェルターでワークショップを行ったときは、目の焦点が全くあわずに、シェルターの中を徘徊して歩いてました。そして口はパカっとあんぐり開いて、閉まららずに口からよだれが流れているような、そんな状態でした。 彼女は、私が初めてワークショップを開いた時は、みんなで丸くなってお化粧して楽しい時間が流れているんですけれども、柱の影から見てるんですね。チラっと見てる。 次の週、彼女はもうちょっと近くに寄ってきてくれました。そしてまた次の週、輪の中に入ってきて、私が日本に帰る前の最後のワークショップの時に、私の目の前に、10cmくらい前に、正座して私を待ってたんです。 彼女はそのとき、まだ言葉を発する事が出来なかったんです。これはきっと、お化粧したいってことですよね、ってスタッフに確認をして、じゃ、やりましょうと。その日、一番のお客さんが彼女でした。 まず、始めに、まだまだ14歳のピチピチのお肌ですから、ファンデーョンは使いません。アイシャドーと口紅の色で楽しみましょうと。 何色がいいでしょうって見せたら、アイシャドーのたくさんのカラフルなパレットで始めは戸惑うんですね。わからないと。何でもいいよ、好きな色は? どんな気分? 青を選んだ女の子がいます。そして、アイシャドーが青だったら、口紅はちょっとベージュ系で落ち着きを持ったメイクアップをしていきましょうかと。 そんな会話をしながら、彼女のお化粧を仕上げました。それまでダラーっと口からよだれが垂れていて、それを拭いて綺麗にしてあげた彼女は、自分で鏡をもって見た時にですね、それまで目がクルクル動いていたんですけれども、ビシッと鏡を見たんですね。そして初めて私に振り返って、サンキューと英語で話しかけてくれたんです。 私はそのとき、こんな変化があるのかと。こんな小さな、短い期間のワークショップで彼女が少し話せるようになった。とても驚いたんですね。

人生の”美しい瞬間”を創る

1306_R 私はこのプロジェクト、この活動にコフレプロジェクトという名前をつけて今も活動しています。主に途上国といわれる国で女性たち、とくに心が傷ついた女性たちにワークショップを実施しています。そして自分たちに自尊心を取り戻す、そんなお手伝いをしています。 お化粧するのは、本当に一瞬のことですよね。化粧品は食べられません。そんなものが何の役に立つのかと男性の多くは思うのではないでしょうか。 でも、私は皆さんに聞いてみたいです。人は食べていけたら幸せですか? お金があったら幸せですか? 生活が安定しているっていうのは、本当に幸せなんですか? 答えは様々だと思います。でも私が、この短い30年の人生ですけれども、これだけは確かだと言い切れることがあります。それは、途上国とか、先進国とか、女性とか男性とか、レズビアンだとかゲイとか、そんなこと関係なく、人はみんな、きっと、美しい瞬間を欲しいと思っていることを。 それは、生きていてよかったなと思うような、嬉しい瞬間。そういう瞬間がみんな欲しいんじゃないかということです。 1322_R その美しい瞬間も、様々だと思います。例えば、研究者の方が、美しい数式を見つける瞬間かもしれないし、音楽を聴いて心が揺れる瞬間かもしれないし、旅をしていつもと違う空気を吸って、太陽の光をたくさん浴びるときかもしれないし、誰かに夢中になって恋をしているときかもしれないし。 私が普段おこなっている、美しい瞬間っていうのは、お化粧をしているとき。私が普段支援してる女の子たちに、お化粧をするというのも、その美しい瞬間のひとつなんじゃないかなという風に思っています。 彼女たちはそれまで、売春宿で働かされて、そこで客のために、自分を買う男のために化粧をしてたんですね。その女の子たちが今、自分のために自分を愛する為に化粧をしています。 その女の子の小さな変化、そして彼女たちが今、掴みかけている可能性。彼女たちが今、外に出たいとか、喋りたいとか、もっともっと、外に出て自分を表現出来るんじゃないか。そういうことに気づき始めた彼女たちの可能性をもっと開かせたいなと。そう思って、私たちコフレプロジェクトは仕事を作ることに決めました。

目に見えない支援のカタチがあってもいい

1600_R そして今年、Lalitpur(ラリトプール)というネパールの古都の名前をいただいたブランドを立ち上げました。 ここでは、先ほどのシェルターで自分の名前も忘れてしまっていた彼女を含む、25人の女の子たちがここでパッケージを作ってくれています。そして、中身になっているバスソルトや石鹸、そういったものを作ってくれている女性たちは、主に貧困層の出身の、読み書きが出来ない女性たちです。 その7人の女性たちが、今、私たちの化粧品を作ってくれています。彼女たちの中でも、特に意欲のある女の子がひとりいて、彼女は朝の仕事が始まる前に学校に通って、今は読み書きが出来るようになりました。 このように、少女たちの変化というのは、これからも続いていくと思います。私が始めたプロジェクトは、一番始めの、始めの、始め、誰にも理解されなかったんです。そんなことをして、何になるかと。でも、このような形で女性たちの可能性を開花させるような、そんなきっかけになった。 私は今の既存の支援というのは、わかりやすいことや、短期的に結果がでることに、そういうことに偏っているんじゃないかという風に感じます。そのほうが支援者が集まるから。そのほうが応援されやすいから。そのほうがお金が集まるから。でもそれって、何だか少し、せせこましいなって思うんですね。 本当はみんな、説明出来る事だったり、再現、可能性があることだったり、効果測定出来ることだったり、そんなものを飛び越えた、もっと先にある煌めきや、一度きりの感動を見たいのではないかなという風に思っています。私はそんな風に感じて活動しています。 「世界一貧しい」と言われる国に、夢みたいな瞬間を。 最後に、もう一度シェルターの女の子たちの声を流したいと思います。 1827_R お化粧すごく楽しかった。また来てね。っていう風に言ってました。 今日、皆様と、私が普段活動の中で体験している美しい瞬間を、シェア出来ていたら、嬉しく思います。ありがとうございました。

  
※ログミーでは、TED Talksおよび各TEDxの定めるCCライセンスを遵守し、自社で作成したオリジナルの書き起こし・翻訳テキストを非営利目的のページにて掲載しています。
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