怪我を治療するアリがいる?

ハンク・グリーン氏: 大怪我をしたら誰しもが病院へ行って治療を受けるでしょう。ですが動物には医者がいません。

怪我をしてしまえば傷口からの感染がすぐに起こってしまい、その先に待っているのは死です。

ですがその常識が通用しない種類のアリがいます。ドイツ人の研究者チームが今週発表した論文によれば、アフリカに生息するマタベレアリはシロアリとの激しい戦いで傷口ができるとお互いに治療し合うのです。

昆虫にこうした行動が観察されるのは初めてのことでした。

1日に2~4回、マタベレアリはシロアリを襲撃します。斥候のアリが狙い目の蟻塚を見つけると、本隊を連れて戻ってくるのです。

ですがシロアリは強力な下アゴを持っているため、襲撃はアリにとってもかなりの危険を伴います。

6本ある足のうち何本かが噛みちぎられることもよくあります。

怪我をしたアリが下アゴからフェロモンを出して仲間を呼び、自分を巣まで運んでもらう現象については、すでに発見さていました。ですがラボでの研究と現場の調査を重ねることで、その次の段階も明らかになったのです。

ほぼすべての足がなくなるような瀕死の重症を負ったアリはのたうち回るため、仲間は運ぶことができずそのままにされます。足を1、2本なくすといったまだマシな重症を負ったアリは救助を受け入れ、巣へと運んでもらいます。

こうすることでリソースを無駄しないようにしているのです。怪我したアリが巣に帰ってくると、他のアリたちが傷口を数分間舐め続けます。

舌こそ持っていませんが、口を使って傷口を丁寧にきれいにするのです。

治療は合理的な選択

この実験によれば、足を失った後に治療を受けなかったアリは80パーセントの確率で死亡しました。ですが舐めてもらえば10パーセントにまで下がったのです。研究者たちはこの治療によって汚れやゴミといった病原体を運ぶ原因が取り除かれるため、傷口から感染する確率が下がるのではないかと考えています。

この治療が行われなかったとしても、アリはある種の抗菌物質を受け取ります。傷口が癒えれば、4、5本の足が残っているアリはまた出かけていってコロニーのために働きます。

この治療は思いやりや気遣いによって行われるのではなく、合理的な選択なのです。アリは怪我をした退役軍人であっても、依然として貢献することが求められるのです。

アリの治療薬には驚かされますが、人間の薬にも依然として興味深い点があります。今月サイエンス誌に発表された研究では、脳の障害について新しい発見がなされました。投薬方法はたいてい、発疹や腫瘍といった物理的な要素によって決められます。

ですが精神医学の分野では違います。 精神科医は脳の異常な箇所をスキャンすることができないため、気分や行動に基づいて処方するしかありません。特定の遺伝子異常が、ある種の遺伝子疾患と結びついていることはわかっていますが、生物学には多くの疑問がありその多くは答えが出ていません。

すべての細胞は同じDNAを持っているので、遺伝子配列を調べることでどの遺伝子に異常があるかわかります。ですが細胞内のすべてのRNAを調べる「トランスクリプトーム」という手法によっても、どの遺伝子がそうなっているのか調べられます。

DNAに収められているすべての情報はRNA上に復号され、必要なタンパク質を合成するために使われます。それぞれの臓器の細胞ごとに必要なタンパク質は異なり、そのために発現する遺伝子も異なります。

ですが自分自身が置かれた環境など、別の要素によっても異なってきます。脳の細胞もその1つであり、ちょっとした化学物質の変化によって自分がどのように考え、感じ、行動するかが異なるのです。

ヒトの治療でも応用はできるか

この研究は、亡くなった700人の脳のサンプルを調べた9つの研究結果を統合した、メタアナリシスによって行われました。研究者たちはとくに、多くの情報の処理や行動の決定を行う脳の表面、大脳皮質のRNAに着目しました。

自閉症、統合失調症、双極性障害、うつ病、アルコール中毒の患者の組織サンプルを、健康な人のものと比較したのです。トランスクリプトームのデータをたくさんの数学的手法を用いて分析し、遺伝子が発現するパターンを見つけます。

異なる病気とそれに伴う異なった症状があるため、それぞれの病気ごとに原因となった脳の細胞は異なるだろうと考えられました。ですが症状がどのように重なり合っているかを調べることで、研究者たちはこうした患者を助けるヒントを得られました。そのパターンの中には研究者たちは驚かせるものもあったのです。

例えば双極性障害とうつ病には気分障害などいくつか同じ症状がありますが、まったく別物でした。アルコール中毒は基本的に他の病気と重なりある症状こそ無いものの、以前の研究によればうつ病と原因となる遺伝子が同じでした。

一方で統合失調症や自閉症は類似性が見られました。どちらの病気でも患者は、ニューロン間でコミュニケーションに必要な遺伝子がほとんど発現せず、炎症が見られました。

炎症に関係した遺伝子は自閉症のサンプルで一層見られ、遺伝子の過剰発現が大きな原因となっている証拠となりました。

他にも小さな結果はいくつかありましたが、決定的なものは見つかっていません。むしろこうした研究は、脳の機能がどのようにして異常を発するかを調べるステップの1つに過ぎません。

トランスクリプトームは、わたしたちが症状や脳の部位について一層多くのことを知らなければ本当の役にはたたないでしょう。ですが精神障害が生物学的な脳にどのような影響を与えるのかが少しずつでも明らかになれば、いつの日か一層効果的な治療法が見つけられるかもしれません。