エビがランニングマシンを走る実験

オリビア・ゴードン氏:科学者たちは数多くの複雑な研究をしています。彼らが実験する際には、想像力を駆使した問題解決法を考えなければなりません。

ときどき、何十年にも渡って行われてきた使い古された研究が、まったく異なる分野で大きな貢献をすることがあります。これまで思いつかなかった方法を適用したり、貴重で高価な素材をより上手く活用する新基準を生み出したりすることがあります。

まったく不思議なことに、科学的研究は、奇妙で役に立たず、お金の無駄に思える研究から生まれることがあります。

しかし、よくよく観察すると、一見無駄に思える研究が、ときどき命を救うほどの大きな成果を社会にもたらすことがあります。それでは、思いもよらない形で生まれた、6個の重要な科学的進歩を見ていきましょう。

10年以上前、エビがランニングマシン上を走る映像が発表されました。

以来、オンラインやオフライン上で拡散され、無駄の典型となりました。2002年、この映像を作ったチームは全米科学財団から42万5,000ドルの研究費用を得ました。誰もが「なんて無駄なのだ」「意味がわからない」などと叫びました。

無駄だと思われた実験が大きな成果をもたらす

研究者たちは、エビを小さなランニングマシンにただ乗せて、どれほど速く走れるのかを見ることが目的ではありませんでした。より大きな研究の序章に過ぎなかったのです。

その研究とは、海中の気候変動が魚介類の健康にどのような影響を与えるかということです。生き物が自らの生存や海のエコシステムに影響を与えるストレスに、どのような反応を示すのか。これは大変重要な研究だと言えます。

少なくとも、あなたのお腹に入るエビが、食用になる前に細菌感染していないかは気になるはずです。

この実験を行うために、研究者たちは、研究所に転がっている廃材を利用してランニングマシンを作りました。かかった費用は、わずか50ドル以下でした。

エビはとても活動的な生き物です。なので、ただエビを寝かせていても、細菌感染にどのように反応を示し、克服するのか知るための適切なモデルにはなり得ません。

そこで、研究者たちはこの装置を使って、健康なエビと病気のエビの行動の違いを比較することにしました。

水槽のなかでは、海中の気候変動によって生じる、ストレスの多い環境が作り出されました。低い酸素濃度、高濃度の酸性などです。この研究費用によって、4年間の研究が可能となり、映像中のバナメイエビのみでなく、さまざまな甲殻類に関する7本の論文が発表されました。

エビなどの甲殻類が病気の場合、活動量が減少し、水中の環境が悪いと、動きが悪くなり細菌感染への抵抗力が弱まることがわかりました。

それ以来、研究者たちは、気候変動の副作用として、甲殻類の健康に関わる遺伝子にどのように作用するかに注目し始めました。

結晶化した尿を調査してみると…

気候科学について言うと、数千年前の地球の気候がどのようなものであったのか、を調べる伝統的な手法が存在します。それは、結晶化した尿の調査です。

ハイラックスは、地中に穴を掘って巣とする哺乳類です。モルモットより少し大きく、サハラ砂漠以南のアフリカや中東の乾燥地域に生息しています。

50ほどの群れが、何世代にもわたってまったく同じ場所を公共トイレとして使用します。これは「ため糞」と呼ばれます。南アフリカのあるため糞は、なんと5万5,000年前から使用され続けています。

これらのため糞は、穴のなかや岩場の下に作られ、ときに何メートル四方にもおよびます。中にはベタベタした糞尿が何層にも重なり、結晶化してヒラセウムと呼ばれる琥珀状の物質となります。ちなみに、このヒラセウムは香水の材料として使用されます。

乾燥地域では、過去の地球がどのような気候であったのか調査するための一般的な証拠を見つけることができません。湖の底や泥炭沼に沈む沈殿物などです。

そこで、研究者たちは巨大なため糞を切断し、一つひとつの層を研究しました。まるで、気候学者がアイスコアや木の断面を分析するように、糞尿や混入したちりを分析しました。とくに、炭素や窒素など異なる成分の混入比率に注目しました。これによって、数百年から数千年前の餌となる植生やどれほど乾燥していたのかを知ることができます。

たとえば、とある気候モデルによると、6千年前の地球の太陽周回軌道は、今とわずかなに異なっていたことから、北半球は今よりも乾燥しており、一方、南半球は湿度が高かったと言われています。

しかしながら、研究者たちによると、ハイラックスのため糞を分析すると、異なる仮説が導かれることを発見しました。南半球もまた乾燥していたと言います。

ゆで卵を戻すというのは、エントロピー的な意味で、すごく良いデモンストレーションと言えるでしょう。しかし、実際には非常に重要な応用が可能だということがわかりました。

生卵を熱した際、卵白たんぱく質の結合が解けます。形状が変化して、結合部分が一体化します。ゆで卵を戻すということは、これらの結合をほどくということです。これによって、結合部を再編するスペースが生まれ、元の形状に戻ることができます。

高価な廃棄物=崩れたたんぱく質

ある研究チームは、これをより簡単に行う方法を2015年に発見しました。

固ゆでにした卵のかけらを取り、尿素溶液に漬けて分解しました。つまり、尿に含まれるのと同じ構成物です。

当然ですが、食べることはできませんよね。こうして、結合されたたんぱく質が分解され、微細な塊となります。これによって、取り扱いが簡単になります。

この溶液を、VFD(Vortex Fluidic Device)と呼ばれる渦を作り出す装置に入れます。この装置は1分間5,000回という超高速で回転します。回転によってガラス管の壁に薄い膜ができます。ガラス管に近い液体ほど、高速で回転します。

この速度の違いによってたんぱく質の結合がほどけます。そして、一度結合がほどけると自然と折りたたまれる現象が起こります。

研究者たちは、この実験に鶏の卵を使用しました。なぜなら安いからです。しかし、同時に、いくつかの異なるたんぱく質を検査しました。その1つが、カベオリン1と呼ばれるものです。従来の方法では、これを取り出すのに4日間かかりました。しかし、VFDを使用することで、わずか数分で取り出すことが可能となりました。

正しく配列されていない、つまり、崩れたたんぱく質というものは、多くの産業、とくに医療研究や製薬産業において、たいへん高価な廃棄物でした。

しかし、この手法を使うことによって、役に立たないたんぱく質を再び立体構造に折りたたむことができ、再利用することができるのです。

たとえば、がん治療に使われるいくつかの抗体は、高価なハムスター卵巣細胞から作られます。しかし、VFDを使えば、より安価に生成することができます。たんぱく質の構造に不具合が発生しても、たんぱく質を修復することができます。抗体の生成コストが下がれば、必要とする人々に治療を届けることができ、より多くの命を救うことができるでしょう。

子ネズミの背中をなでる実験は命を救う

命を救うという点では、別のバカバカしく思える研究があります。しかし、実際には大きな影響を与えた研究があります。それは、子ネズミの背中をなでるというものです。

1979年に遡ります。研究者たちは、どのような要因が子ネズミの成長に関係する化学物質に影響を与えるのか、研究していました。母ネズミが子どもを守ろうと攻撃的になるのを避けるために、子ネズミと母ネズミは離されました。しかし、驚くべきことに、引き離された子ネズミは成長するにつれ、彼らが調査しようとした化学物質の増加が止まりました。

栄養など別の要素を除けば、母ネズミが毛づくろいをしたり、子ネズミを舐めたりすることが子ネズミの健全な成長に重要なであることがわかりました。

そこで、研究者たちはカメラのレンズを掃除するような小さなブラシを用意し、子ネズミの背中をなでました。そうすると、子ネズミは再び通常量の成長化学物質を生成し始めました。

のちに、小児科に勤務する心理学者がこの研究の存在を知り、未熟児で生まれた人間の赤ちゃんに適応しました。

彼女の研究によると、1日3回15分間、優しくマッサージを行った場合、保育器にただ寝かされた場合より、未熟児の体重増加が、47パーセント早まることがわかりました。ちなみに、保育器に寝かすのは標準的な方法です。

どちらの赤ちゃんも同じ量を食べていたにも関わらず、マッサージを受けた赤ちゃんは神経の発達も早かったのです。つまり、より活動的で敏感だと言えます。そして平均として、入院期間も6日間短かったのです。

今では、全米の病院でベビーマッサージセラピーが行われています。これによって、年間47億ドルの医療費削減となっています。

ゴールデン・グース賞の誉れ

これらの研究者たちは、2014年にゴールデン・グース賞を授与されました。これは、一見風変わりに見えながら社会に大きな影響を与えた研究に贈られる米国の賞です。

2016年には、ゴールデン・グース賞がある研究者たちに与えられました。彼らは、ミツバチの研究を行い、その成果をインターネットに適応しました。

彼らの研究は1980年代に始まりました。ミツバチの群れがどのように蜜を集めるのかモデル化する研究です。これは簡単に聞こえるかもしれませんが、実際はたいへんな研究です。

なぜなら、花は異なる場所に生息し、バラバラのタイミングで開花します。そして、蜜の量もそれぞれ異なります。つまり、ミツバチにとっての価値が常に変化します。

研究者たちは、個々のミツバチが群れのなかでどのように関わりあうのか観察するために、4,000を超えるミツバチ1匹ずつに小さな番号をつけました。すべて手作業です。

彼らは、ミツバチの意思決定戦略に関するコンピュータモデルを生成することに成功しました。

そして、2002年、彼らが生成したモデルは一見まったく異なる分野に適応されました。それが、インターネット・トラフィック管理です。

ウェブ・ホスティング・サーバーを保有する企業をミツバチと見立て、蜜の代わりに、サーバーへのアクセスを要求するウェブサイトやアプリケーションからできるだけ多くのお金を集めたいとします。つまり、オンライン上のサーバーにアクセスします。

サーバーはミツバチ・アルゴリズムを利用することで、トラフィックに対する需要と供給の変化に応じて、サーバーの時間分配を修正することができます。

たとえば、Netflixの人気番組で紹介された紫色の恐竜のパーカーを購入するために、大勢の人が科学博物館のウェブサイトにアクセスしようとしたとします。この場合、このウェブサイトはより多くのサーバー容量を必要とします。

基本的に、ミツバチ・アルゴリズムは広告版のように使われます。その企業のサーバーに対してさまざまなウェブサイトから現在どれほど需要があるのかを示します。

リクエストが多く、支払いも多いウェブサイトに関しては、より頻繁にポップアップされ、長く表示されます。これによって、より多くのサーバー容量をそのウェブサイトに割きます。

また、ミツバチ・アルゴリズムによって、インターネットがうまく機能することができます。アクセスにかかる時間を節約し、突然アクセスの増えたウェブサイトがクラッシュすることを防いでくれます。

交通システムの構造と似た変形菌

最適化について言うと、頭脳を持たない単細胞生物が都市設計家になり得るとは考えないでしょう。しかし、モジホコリについてみなさんに話をさせてください。

2010年、研究者たちは、モジホコリが現実社会の交通システムによく似た構造に成長することを発見しました。彼らは、この変形菌を東京エリアの2次元マップ上に配置しました。隣接する36ヶ所の都市にオートフレークを設置しました。

変形菌は、東京を出発して、食料を探して均一に枝を伸ばしました。そして、美味しいフレークを発見するとすぐに、都市間の細胞経路は太く成長し、必要のない枝は縮んでいきました。

このようにして、非常に効率的に身体の構造計画をもってエネルギーを節約し、自身を維持しているのです。26時間の間にモジホコリは、細い管を張り巡らせたネットワークを完成させました。そして、それは東京の実際の鉄道ネットワークに酷似していました。複数の実験において、同様な結果が得られました。

リソース配分という点では、変形菌のネットワークは日本の鉄道ネットワークよりも効率的でさえありました。しかし、現実の交通システムは、回復力という点ではまさっていました。つまり、都市間の接続が切れたとしても、再び回復することが可能です。

科学実験の価値は一見するとわからないが…

この研究から判明したもっとも重要なことは、変形菌がたいへん効率的なネットワークを、私たちが現実社会で行うよりも短時間で構築することができるという点です。それは、現実社会ではエンジニアたちが考えもしない手法です。つまり、あらゆる場所に鉄道を敷設し、その後、使われない鉄道は破壊するというものです。

別の研究者たちも同様の実験を行い、さまざまな国のシミュレーションを作りました。ある研究グループは14の国または地域について実験しました。マレーシア、イタリア、そしてカナダの主要交通ネットワークは、変形菌の効率的なネットワークと一致することがわかりました。一方で、アメリカ合衆国はまったく一致しませんでした。

しかしながら、これらの実験の多くは、山脈や河川など自然の障害を考慮していません。

これらの研究から得られるコンピューターモデルは、最適なリソース配分のための交通システムを設計するのに利用することができます。とくに、建築コストと各地を結ぶことによる利益を最適化することができます。

コンピュータ―モデルがあれば、もちろん、変形菌モデルは必要とされないでしょう。しかし、その奇妙な設計図を参考にすることはできます。

以上、紹介したように、科学実験の価値というものは、一見風変りかどうかで、判断することはできません。ぱっと見ると滑稽に見える実験でも、研究者たちは問題に取り組むとても独創的な解決策を見つけることがあります。