人材の時間軸に合わせて種を蒔いておく

岡島悦子氏(以下、岡島):私は15年ほど組織を作ってきていて、みんなから「これが一番の金言だ」と言われていることがあるんです。ICCやNewsPicksなどですごいバズっていたので、すでにお読みになった方もいらっしゃるかもしれないですけど。もう「姐さんからこれを言われたことを守っておいてよかった」と言われていること。聞きたいですか?

石見陽氏(以下、石見):聞きたいです(笑)。

(会場笑)

岡島:そんなもったいぶらないでもいいんですけど(笑)。

井手直行氏(以下、井手):僕は記事で読みました。

岡島:記事でお読みになった方もいらっしゃると思うんですけど、「この人」って思った人にだけでいいんですが、「いつか一緒に働こうね」「働きたいですね」って言っておくことが非常に大事なんです。

会社が人材を欲しているタイミングに、候補者の「スケジュールが空いているかどうか」「時間軸が合っているかどうか」。もう少し踏み込むと「家族の財務的にそれでOKかどうか」が合致しているかどうか、それはまったくわからないので、ちゃんと種を撒いておくんです。

採用では「もしかしたら、今のタイミングじゃなかったのかな?」ということが起きます。だから、「ブレイクしちゃった」というケースもありますし、採用だけでなく「ちょっと提携しよう」みたいなときもそうだと思うんですけど、タイミングが合わなかったときに、「井手さん、いつか一緒に働きましょうね」と言っておく。そう言われて、嫌な気は絶対しないじゃないですか。

その言葉が想起されると、今度は井出さんが自分のタイミングで「次のことを考えようかな」と思ったときに、「そう言えばあのとき、岡島悦子からあんなこと言われたよな」といった感じになるので、これは非常に有効なんですね。

これについては私にはまったくフィーが入ってこないんですが、さまざまな経営者がこういう技を使ってるんです。みなさんちゃんと仲間を増やしていっているんですね。

石見:確かに。それにそういったことを言ってないと、気づいたら起業してたとか。すごいやばいですよね(笑)。

岡島:ありそう。

石見:「あれ? 起業したの?」みたいな(笑)。

岡島:「気づいたらライバルになっていた」とかあるじゃないですか、「え、動けたの?」みたいな。

石見:なるほど。

岡島:最近のメルカリでいうと、「え、青柳直樹さんメルカリに行ったの!?」みたいなことになるわけじゃないですか。なので、「いつか一緒にやろうよ」と言っておくのは絶対にいいですよね。本当に必要だと思います。採用は長期戦なので「声をかけておく」というのが大切になってくると思います。

井手:うちもそれはすごい気をつけているのと、あとは実際にあったことなんですが、過去に採用の最終面接まで来たけれど、ほかの企業と悩んでいた応募者が最終的にほかに行ったことがありました。

そういうときも僕は「縁がなかったな」と思ってなくて、「次のところに行って何かあったらいつでもうちに声をかけておいでよ」と言っています。

「何かあったらいつでも僕は君と一緒に働きたいと思うよ」なんて言うと、次のところに行って2〜3年ぐらいで「なんかちょっと違う」と思ったら、やっぱり受けに来てくれるんですよね。僕もちゃんと覚えていて、「お前来たのか!」「はい。お恥ずかしながら」となりますね。

岡島:覚えてもらってたら、本当にうれしいですよね。

井手:はい。

離職者を快く送り出す精神性について

岡島:あとは辞める人も同じなんです。おそらくベンチャーだと辞められるとき「このタイミングでかよ?」とイラッとするじゃないですか。なんだか自分を否定されたように思ってしまう。

「もう辞めてくれて本当にハッピー」という人だったらぜんぜんいいですよ。だけど「いや、こいつやっぱりちょっともったいないよな」という人には、ためらいますね。

もし快く送り出してあげることができれば快く送り出してあげて、「でも、またあなたのタイミングが合ったら戻ってきてね」と言っておくんです。そうすると、戻ってきたりするんですよ。最近のベンチャーでは出戻りがめちゃめちゃ多いんです。

石見:うん。

岡島:外を見てきていることによって、その会社に対するエンゲージメントがものすごく上がっているので戻ってくるんですね。

石見:半年前までエースだった人が、人数が増えるといきなりエースでなくなるといったことってよくある話ですよね。そのステージごとに活躍できる人ってやっぱり違うんだなと思っています。だからその逆に「まだあのとき早すぎたのかな? 今いれば活躍するのに」って思うケースは確かにありますよね。

岡島:だから1,000人ぐらいのベンチャーになってくると逆に困ってしまうのは、例えば「もうスマホシフトについていけなくなった世代」です。今のアラフォー世代が、40歳で、逆に使えなくなってきてしまうということも出てきて、「どうする?」といったことが今多くのネットベンチャーのお悩みだったりします。これはけっこうつらいです。

井手:今、言われた「辞める人」も、昔はひどくて、どん底のときはみんな悪口陰口を言って辞めていったんですが、そういう人もいろいろ転職を繰り返していくと「自分がやっぱりいけなかったんだ」というところもかなり認めるようになるようなんです。僕らが少し注目されるようになってきたんですが「あのときは自分が間違ってた」なんて、いろいろ連絡くれたんですね。「よなよなエールの活躍を陰ながら応援してる」と言ってくれるのはかなりうれしいなと思っています。

岡島:(笑)。

井手:基本的にうちの会社はみんな辞めないんですが、やっぱりいろいろな事情でたまに辞める人が出たときには、僕は残念に思うんです。今は嫌な人いませんし……。

岡島:離職率はどれぐらいですか?

井手:150人の社員がいて、1年間に1人辞めるか辞めないかぐらいですね。その辞める理由も「実家の事情」というものです。今年1人辞めた社員は「家業が非常に厳しい状態だから立て直しに行きたい」と泣きながら辞めていったんです。

そういうときも、大変なんですよ。まさか辞めるなんて思ってないから。ただ反面、事情もわかるので、「大変なことがあったらいつでも相談に来て、またそっちが解決したらいつでも戻っておいでよ」なんて言うと、残りの期間本当に一生懸命働いてくれるんです。

まだ出戻りはいませんが、戻ってきたらそれはそれで僕はすごくいいなと思っています。違う社会を見て、そこでいかに僕らの会社がよかったかというのがわかって戻ってくるからです。

岡島:だからさっきの「個のゆらぎ」みたいな話でいうと、個人の中の多様性みたいな部分に寄与するから出戻りってやっぱりいいですよね。「ほかの経験をしている」「ほかの視点を持っている」といったものを持っていて非常にいいので、出戻りもウェルカムだと思うんです。

でも、今日いらっしゃる会社ではどんな感じかわかりませんが、私が15年間さまざまな経営者の話を聞いた限りでは、離職率は10パーセントぐらいが適切だと思っています。ですから、むしろ辞めなさすぎ。

井手:そうなんですよ。辞めないのもそうなんだけど、以前は辞めすぎて、誰も残らなかった。

岡島:(笑)。

井手:どのへんがいいのかなというのはありますが……。

岡島:会社の状況にも非常に左右されるので簡単には言えませんが、離職率はある程度会社の新陳代謝を担っているので、あまりに辞めないのも厳しいかなと思います。

離職に関する企業のカルチャーや価値観の違い

井手:なるほどね。僕は逆にけっこういい人が入ってくれているので、現在は競争率100倍ぐらいで入ってくるんですよ。とても経営理念に共感していて優秀なので、家庭の事情とかいろんな事情で辞めるのはしょうがないなと思っていたり。

あとは、日本企業らしいところなんですけど、できれば定年までずっといてほしいというのが僕の願いでもあります。「社員は家族」という価値観で。

なので、いろいろあったら全力で支えてあげて、「何かの都合で辞めるのは仕方ないけれど、また戻ってきていいよ」という感じなので、一般的には入れ替えがあったほうがいいのかもしれませんが、僕はできるだけ……。

岡島:それはカルチャーだと思うから、ぜんぜんいいと思いますよ。業務ともすごく親和性がよければ、家族みたいなのはすごいいいと思うし。

ですから少し難しいのは、最近言及されている、会社の中の信頼性や文化といったことですね。井手さんのところはすごく信頼の文化があるからみんなが助け合うという話だと思うんですけど。

おそらくヘルスケアの世界もスペシャリストの非常に多い業務ですが、1個の機能だけでやれることはほとんどないので「かけあわせ」になっていくんですね。

ステークホルダーがとても多いので、結局「何かを共に創る」ということをやったときはお互いを認め合わないと事業がほとんど成り立たないんです。そうなったときに多くの企業が非常に注目しているのは、「信頼の文化をどうやって会社の中に作るか」ですね。

「プロフェッショナルとしてお互い立つ」というところの信頼感を作るときに、理念やOKRといった制度、仕組みと文化の合わせ技にするということは、ちょっと青臭いですがやっていますね。

井手:あとはうちが独自なのは、僕がダメ社長だった時代に、あまりにも自分に才能がないので、我流はダメだと思って「チームビルディング研修」を受けに行ったんですよ。それが人生の転機になって。

まる1日の研修が3ヶ月ぐらいで5回あって、3ヶ月でいろいろ学ぶんですよね。いわゆる普通のテキストに書いてあるチームビルディングと、あとアクティビティを通してやるものがあるんですよね。それを受けて、感銘を受けて今どうしてるかって、毎年1回僕が講師役でチームビルディング研修をやるのを9年続けているんですよ。

岡島:うん、すばらしい。

井手:そうすると社員の多くがその研修の卒業生で、僕は自分が受けた研修しかできないので、それを頑なに9年間ずっとやっていると、こんなことでも少しうまくなるんですよね。

石見:全員分やるんですね。各部門。

井手:いや、これ希望者だけです。やりたくない人は基本的に受けませんが、ほとんどみんな受けるんですよ。受けてないのは主にパートさん。地元採用のパートさんはちょっと荷が重い。

岡島:やっぱり共通体験や共通言語ができるというのがいいんでしょうね。

井手:そうですね。

岡島:「あのときめんどうくさい研修をみんなでやったよね」みたいな同じ釜の飯感はおそらく非常に重要なんですよね。あとは研修そのものというよりは、もしかしたらその体験のほうが重要なのかもしれません。

井手:いや、重要ですよ。今度新しく12月から新任アシスタントになる男性。彼は数年前のチームビルディング研修で一番の問題児だったんですよ。問題児で、彼が卒業するときに僕は大泣きしたんですよ。彼も少し泣いていました。仕事の研修やってて泣くんですよ。大の大人が。

岡島:いや、大事。

井手:でも先週末、新規の歓送迎会をやるときに「覚えてる?」「いや、覚えています」「僕あのとき号泣したけど、君のことを思って……」なんて言いながら大の大人が飲み会中に「うー」とか泣いてるわけですよ(笑)。

信頼性の文化浸透を経営者がどこまで意識できるか

岡島:それね、最高ですよ。AIに最もできないことです。「共感して泣く」なんてまったくできないですよね。だから「共通体験がある」というのはたぶん一生覚えてますよね。すごい大事だと思いますね。

石見:ちょっとあと、盛り上がってるんですけど、あと3分……。

井手:え、もう時間ですか。

石見:最後にひと言ずつ、経営者として「組織の成長」において大事と思っていることをバシッと1つ「これです」ということをお願いします。

井手:いろいろありますが、今日のテーマに一番近いのでいくと「文化」ですかね。文化を浸透させて普通に実行していく。これができるとみんな同じ方向を向いて同じ会社のカラーがある状態になるので非常に楽なんですね。

同じビールを造ったらビールの味は真似することはできますが、会社のカルチャーは絶対真似することはできないんですよ。「企業の文化」こそ最大の差別化戦略だと僕は思っているんです。

なので、本当に差別化しようと思ったらプロダクトだけではダメ。マーケティングだけでもダメ。企業カルチャーを差別化する。それが僕らの今の成長にとても活きているんだろうなと思っています。

石見:ありがとうございます。

岡島:ありがとうございます。私も文化はすごく大事だと思っていいます。おそらく文化は会社の中での普遍な武器だと思いますが、一方で「会社がどう変化に適応していけるか」という仕組みを作っていくのも重要です。

「変化上等」にしていかないと、とくにヘルスケアの分野は規制もありますし、一方で変化がすごく激しいケースもあるので、この縦横をいかに経営者が意志を持って作っていくかだと思います。

ですから変わらないことが文化としては非常に重要ですし、理念も同様ですが、「変わっていくものはなんなのか」を定義していくことを経営者が意志を持ってやっていくというところが大事かなと思います。

石見:ありがとうございます。僕は講演などの機会をいただいたときはだいたい「ビジョン」や「会社が目指しているゴール」を丁寧に説明することですと言っているんです。今日話していて、目指すゴールに向かっての歴史の積み重ねがやっぱり会社の文化になっていくのかなって思いました。

あと、今日すごく響いたのがその先にある「信頼」。信頼を醸成していくって自然にやってるようだけど、やっぱり意識しないと作れないのかなと思いました。

揺らぎを生み出すような、いろいろなプロジェクト、組織として横でごちゃごちゃにする、一人ひとりをごちゃごちゃというか、いろんなダイバーシティ受け入れるみたいな、そのへんを通して信頼関係を作り上げていくことはやっぱりテーマなのかなと思いました。

じゃあ時間ピッタリで。今日はどうもありがとうございました。

井手:ありがとうございました。

(会場拍手)