松尾豊氏(以下、松尾):松尾です。みなさんよろしくお願いします。

まず自己紹介しますと、僕は東京大学で人工知能の研究をしています。学生の頃からずっと、もう20年近く人工知能の研究をしています。

人工知能学会という学会をメインに活動していて、編集委員長を2年ほどやりまして、今は、倫理委員長をやっています。

人工知能の話をしていきたいと思います。人工知能っていうのは、かなり哲学的な要素も入ってまして。今日も最終的にはビジネスの話もしていきたいと思いますが、1番最初はすごく哲学的なところで、「人間の知能とは何か?」ということです。

なぜ「人間の知能とは何か?」を考えるのかというと、みなさん、中学生とか高校生の頃とか……今もかもしれませんけども、「この世界って不思議だな」と思ったこと、ありますか?

自分が存在していて、なんだかわからないけど「この世界がある」ということ。まぁそのうち死んじゃうわけですよね。それで、死んでいなくなるんだ、ということに対して「不思議だな」と。自分の存在が「不思議だな」と思ったことがある方?

(会場挙手)

多いですね。もう8割~9割方「Yes」ですね。

じゃあもう1問聞きます。僕はこう思うんですね。例えば今、自分は教室にいると思っている。そして、みなさんと話してると思ってる。「でもこれ本当なのかな?」と。本当に自分がここに存在していて、本当にここにテーブルがあるのか。どうなんだろう、と思うわけです。

要するに、自分が見えてる世界が「存在する」と思うか、あるいは「存在するかどうかわからない」と思うか。Yes/Noで答えてもらえますか? 存在すると思えば「Yes」、そうじゃないかもしれないと思えば「No」で。

(会場挙手)

これは半々……赤の方(NO)がやや多いぐらいでしょうか。6:4ぐらいでNOが多いですかね。

「世界がある」不思議

ということは、半分ぐらいの人は、自分が見てる世界というのが「本当なのかな?」と思ってるということですね。これは、昔の哲学者もそうに思っていたわけです。じゃあ「世界がある」という我々の認識を作り上げてるのは、人間の中では脳ですよね。脳の仕組みによって、我々が「ある」と思っている世界が作り上げられている。これ、けっこう不思議なことですよね。

しかも今、科学技術がすごく進んできていて、いろんなことがわかるようになってきました。宇宙のこともだいぶわかるようになってきたし、素粒子の物理学なんかもけっこうわかってきたし。にもかかわらず、我々の認識の仕組みって未だにわかんないんです。

どういう仕組みで、脳がどういうふうに動いて、「世界がある」と思ってるのか、という仕組みが、未だにわからない。これ、不思議なことじゃないですかね?

僕は、これをすごく不思議だなぁと思って……「なんなんだろうな」と。自分がここにいると思ってる、でもそのうち死ぬといなくなる。こういう現象って一体何なのか。これを脳が作り出しているとすると、この脳の仕組みは、なんで未だにわかっていないのか。

……というのがすごく謎で、それをやりたいと思ったのが、もともと人工知能という分野をやろうと思ったきっかけなんです。ですから僕は、わりと昔から……中学生ぐらいの時から、「自分の存在って一体何なんだろう、よくわかんないな」と思っていた。と同時に、コンピューターというのが「すごいな」と思っていたので、コンピューターで認識の仕組みが解き明かせるのかもしれない、と思ってきたわけです。

知能とは何か?

じゃあこの我々人間が、こういうふうに「世界がある」ことを意識していて、何か考えてる……自分について考えたり、いろんなこと考えたりできる。これは「知能」なわけですけども、この人間の「知能」とは、一体何なのか。知能とは何かがわかれば、それを作る方法もわかるかもしれないわけですが、人間の知能って一体何でしょうね? もし誰か答えていただける方がいれば、答えてもらえますか?

(会場挙手)

学生1:高3なんですけど……他人の気持ちを考えたり、ロボットができないような感情的なことが、人間の知能だと思います。

松尾:人間以外の動物には感情がないですかね?

学生1:動物はある……かな?

松尾:動物はありますね。人間に特有じゃない。

(会場挙手)

学生2:会津大学から来ました。1年生です。ちょっと緊張して、うまく言えないかもしれないですけど。生き物というのは、発生してからどんどん淘汰されていって、今生き残ってる人、というか存在は、生き残るために必要なさまざまな能力というか形質を持っているはずなんです。

その進化の過程でさまざまな形質を獲得していって、そういうものがどんどんDNAに書き込まれていったと思うんです。そのDNAに書き込まれていった情報を蓄えて、実行するハードウェアが脳で、DNAは、そのさまざまな能力を蓄えておくためのライブラリみたいなもので。それで知能というのは、そのライブラリから引き出したいろいろな機能を組み合わせて実装される、複雑なプログラムみたいなものなのかな、と思いました。

松尾:はい。ありがとうございます。今の説明も、一緒かもしれないんですけど、他の動物にも当てはまると思うんです。それで、他の動物よりも、人間はなんか賢いわけです。例えば、我々が世界があるのかどうか思い悩んでいるというのは、たぶん犬とか猫はあんまり思い悩んでないと思うので、人間に特有ですよね。きっと。じゃあこの人間が他の動物よりもやっぱりすごく賢い、っていうのは、何が理由なんでしょうか? どういう仕組みによってそうなってるんですかね。

機能とらしさ

松尾:ちょっと言い方を変えますと、「鳥」っています。昔、人類は鳥になりたいと思って、空を飛ぶということを一生懸命工夫してきました。羽ばたくような仕組みを作ったり、いろいろやって、結局飛行機ができたわけですけども、それはどういう仕組みによってできたかというと。「飛ぶ」には「揚力」を得ればいいんだと。自分の体重を上回るような揚力、持ち上げる力を得ればいいんだ、ということがわかった。これはけっこう単純な原理だった、と。

それを工学的にいろいろ工夫すると、飛行機ができちゃって、もう大陸間を自由に横断できて、海外旅行にも行けるようになっちゃった……ということですね。それで、鳥は飛ぶこともできるんだけども、それは鳥の「機能」の1つで、「鳥らしさ」はまた別にある。朝になると鳴くとか、巣を作るとか、ひなを育てるとか、虫を食べるとか。いろんな「鳥らしさ」があるわけです。

だけども鳥は生きていくために、「飛ぶ」という「機能」を上手に使っていると考えると、人間も同じだと思っていまして。人間は、「知能」という他の動物よりも圧倒的に高い(「機能」を持った)道具を使っている。「人間らしさ」は別にあって、例えばいろんな人と協力したり、音楽を聞いたり、いろんなことを含めて人間ですけれども、人間の知能の仕組みっていうのはたぶん原理があるんじゃないか。

じゃあ、「知能の原理」って、なんだと思います?

(会場挙手)

学生3:東京大学2年です。人間特有の知能は、たぶん今先生もおっしゃられたように、揚力とかそういう「目に見えない概念的なものを考えられる力」かな、と思います。

松尾:概念的なものを考える力は、どういうふうにできてると思います?

学生3:どういうふうに……? 言葉とかでそういうものを定義することで、目に見えなくても考えられるようになってるのかな、と思います。

松尾:なるほど。はい。素晴らしいですね。他にありますか?

(会場挙手)

学生4:慶應義塾大学1年のハマノといいます。人間の知能の原理は、1つは疑うこと、とくに自分とか自分の見てるものとか、そういう自己にまつわることについて疑うことなのかなと思いました。

知能の根源は「予測能力」

松尾:ああなるほど、そうですね。自己に注意を向けられる、ということで、これもすごく重要な人間の知能の働きですね。「知能ってなにか」というのは、実はいろんな研究者がいろんなことを言っていて、いろんな定義があります。だから人工知能の定義もすごくたくさんあるんですが、これはなぜかというと、知能の考え方が人それぞれ違うので、それによって人工知能の定義も違う、ということなんですね。

ただ、僕は何が1番知能の根源かというと「予測能力」だと思っています。人間は「予測能力」がすごく高いんですね。予測能力を高めるために、いろんな仕組みを作り出していて、その1つが先ほど答えにもあった、「見えないものを見る力」。これはある種の抽象化能力と言ってもいいと思います。

例えば、「りんご」。なんで「りんご」と言うんでしょう? 「りんご」という言葉のラベルはどうでもよくて、別にアップルでもりんごでも、どっちでもいいんですけど……あるものを「りんご」というふうにカテゴライズするわけです。なんでカテゴライズするのかというと、これは予測性を上げているんですね。

なぜかと言うと……たくさん果物の実が落ちてます。「この実は食べられるかな?」「食べたらどんな味がするかな?」というのは、食べてみるまでわからない。全部違う実ですから、1個1個食べてみるまで本当に美味しいかどうかわからない。

だけどこれを「りんご」とひとくくりにすることによって、食べなくてもわかるんですね。これ「りんご」だから、「食べたら美味しいんでしょ?」ということがわかるわけです。

要するに、個々の事象・事物を1段抽象化することによって、未知のものに対してもその属性を予測できるようになるんです。これが抽象化能力で、これと言葉を紐づけることによって、「りんご」っていう名詞的な概念が成立しているということですね。

例えば人間の場合、いろんな行動の計画をすることができます。川に行って、バケツに水を汲んで、家の中に置いておく。そうするといつでも水が飲めるようになるわけです。これは賢い行動だと思いますが、なんでこんなことができるのかというと、「川に行くと何が起こるのか」が予測できるわけです。自分が川に行った状況を思い浮かべられる。

そこでバケツに水を汲むと「あぁ、こうなるんだ」と。そこから、ちょっと重いけどがんばって持って帰ると、家の中にバケツに水が汲まれた状態になる。そうしておくと、いつでも水が飲めるようになる……ということを思い描いて、つまり未来を予測して、そのとおりに実行するんですよね。

予測を支えるさまざまな能力

予測能力がめちゃくちゃ高いわけです。この異常に高い能力の「予測」を、どうやるかというと、いろんな仕組みを使っています。1つは抽象化能力で、先ほどのような「言葉」。ある概念を抽象的に捉えて、言葉を使う。

それからその言葉を、他の人とも共有するわけです。そうすると意思疎通、知識の伝達ができますから、例えばある人が「りんごの中には虫がいることがあるよ」と言うと、「あ、そうなのか。りんごの中には虫がいることもあるのか」というのが、1回もそんな状況にはないにも関わらずわかるわけです。

これはけっこうすごいことで、例えば僕は「エベレストに登ると寒くて死にそうだ」ということを知っているわけです。だからエベレストにもし登るとしたら、すごい防寒具を着て、いろいろトレーニングして行くと思うんです。でも本当は、僕は1回も経験していないことなんですよ。

それを学習しようと思うと、僕はたぶん500回ぐらいエベレストに行って、490回ぐらい死ぬ、っていう体験をしないと(笑)。「エベレストは寒くて死ぬ」ということを学習できないはずなんですね。

ところが、それを我々は言葉を使って、誰かが発見した知識を自分も使うことによって、すごく予測能力を上げているわけです。それから先ほど、「自分に注意を向ける」というのもありましたが、これもすごく重要な能力です。こうやって「考えている自分」を1段メタに見ることによって、例えば「自分と誰が似ているのか」「この人があることをして失敗したんだったら、じゃあ自分も同じことをして失敗しないようにしよう」という学習もできるわけです。

この、アテンションをいろんなところに向けることができて、その1つを自分にも向けることができる。それも全部この「予測能力」を上げている、しかもできるだけ少ないサンプルで、ということじゃないかという思ってます。

「人間の知能」とはなんなのか?

じゃあ、次の問いは。そうだとして、人工知能って未だにできていないですよね。人間のような知能というのは未だに原理もよくわかってないし、それをコンピューターで作ろうというのもできていないわけです。世の中、「人工知能」という製品やサービスはたくさんありますけど、人間のような知能はできていなくて。ただ、「今の技術にしてはより新しいもの」「より賢そうに見えるもの」っていうのはたくさんできてます。これを「人工知能」って言う場合が多いんですけど、「人間の知能」は未だにできてない。これはなぜなのか。

これもすごく難しい問いというか……不思議なことで。人間の脳って所詮、電気信号なんです。多少科学的な変化が起こって構造が変わっても、まあ電気回路なんです。やっていることは、何らかの意味での情報処理なんですよ。だからコンピュータでできることと、本当は変わらないはずなんです。なんですけれども、未だにこの脳の仕組みっていうのはわかっていない。これはなぜなのか。

僕はずっと、脳の仕組みが電気信号でできていて、何かの情報処理をしてるんだとすると、それをコンピュータでできない理由がないと思ってきましたし、人工知能の研究をしている人の中には、そういう考え方をする人もかなりいると思います。

とくに初期の人工知能研究の人はみんなそう思っていた。できるはずだ、と思っていたけれども、なかなかできない。これはなぜか。ちょっと人工知能は今どういう状況にあるのか、というのをお話ししていきたいと思います。

人工知能ができない理由はなにか

もう1問だけ「人工知能がなぜできないのか」ということに対して、「こうじゃないか」っていう人います?

(会場挙手)

学生5:スライドの1番下にもありますけど、「人が合理的じゃないから」だと思います。例えばどこかのレストランに行くとして、金銭とかを考えればこの店の方が絶対良いんだけど、味とかその日の気分とか、数字で測れないようなことも考えて、なんとなく決めるということは少なからずあると思うので、その合理的な側面と非合理的な側面が自分たちでもわかってない以上、それを組み込むのは現時点では難しいんじゃないかなと思います。

松尾:でもその非合理なディシジョンというのも、何らかの脳の中の電気回路でできてるわけですよね。

学生5:そうですね。

松尾:だとすると、別にそういうプログラムを作れない理由はないですよね、きっと。

学生5:あー……確かにそうですね。でも、そこでその非合理的なプログラムを作ったとすると、「合理的に非合理」っていう矛盾する結果になってしまうような気はするんですけど……ちょっと、自分でも混乱してます。

松尾:はい。ありがとうございます。ほか、ありますか?

(会場挙手)

学生6:人間という体のハードウェアを作るのが大変なんじゃないか、という考えを持っています。人間の五感、見るとか聞くという入力情報に対して、さまざまな処理をすると思うんですけども、その時にDNAによる……例えばニューロン、シナプスがどのような情報伝達物質をどのくらいの量で出すのか、というのをそれぞれ人工的に作る場合は、設定していかなければいけないので。

人間の場合は自然淘汰の中でだんだんと獲得してきたものだとは思うんですけども、それをすべて、人の手で人工的に設定していくとなると……やはりちょっとそれは無理があるのではないかな、という考えとなります。

松尾:設定するのが大変ということですか?

学生6:はい。

松尾:なるほど。これもおもしろいですね。