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6人たどれば世界中の人々とつながる! 社会を動かす「六次の隔たり」を俳優ケヴィン・ベーコンが解説

6人たどれば世界中の人々とつながる! 社会を動かす「六次の隔たり」を俳優ケヴィン・ベーコンが解説

知り合いを6人たどれば、世界中の人々とつながるとの理論「六次の隔たり」。Kevin Bacon(ケヴィン・ベーコン)氏は、この理論を紹介しつつ、人とのつながりが容易となったネット社会において、様々な課題解決のためにネットワーキングが果たせる役割の大きさを語ります。(TEDxMidwestより)

スピーカー
俳優・ミュージシャン Kevin Bacon(ケヴィン・ベーコン) 氏
参照動画
The six degrees:

ケヴィン・ベーコンと六次の隔たり

ケヴィン・ベーコン氏 まず、これまで私たちが関心を寄せてきた自分たちの死に対する考え方は、もう終わりにしたいと思います。葬式には誰が参列するとか、あの人は涙を流すだろうかとか、そういったことです。 病的だとか、そういうことではありません。こうした場面を経験していない世界を不思議に思っても、おかしくはありません。しかし私は俳優ですから、関わり合い方ももっと深いわけです。 (会場笑) そんなことを思っていても、私の場合は話が少し違ってきます。以前、有名人の名前を勝手に持ち出すのはよくないとボブ・ディランに言われたことがあるのですが、飛行機に乗っていて、同乗者の中にブルース・ウィリス、デミ・ムーア、ニコール・キッドマン、トム・クルーズがいたことがあります。万が一、この飛行機が墜落しても、自分の名前がニュースで大きく扱われることはないなと思わざるを得ませんでした。 (会場笑) ですから、ビッグスターと乗り合わせてしまうと、墜落事故があっても死ねないのです。死亡記事を実際に手にしたわけではありませんが、おそらく、「ケヴィン・ベーコン(俳優)、死亡。オスカー受賞歴なし。しかし彼の名前に因んだゲームがある」といったような内容になるのではないでしょうか。 「ケヴィン・ベーコンと六次の隔たり(Six Degrees)」です。ご存じない方のために少し説明すると、すでに亡くなっている方も含めてすべての俳優は、共演者を6回以内たどれば、私に行き着くというのです。

ゲームが考案されたきっかけ

例を挙げるために、「オラクル・オブ・ベーコン」というウェブサイトで確認してきました。私にも得意なことが1つや2つはあるのですが、このゲームはそうではないのです。ルドルフ・バレンティノを例に取りましょう。1922年に映画『巨岩の彼方』に出演した俳優です。皆さんもよく覚えておられるでしょう。 彼はこの映画でガートルード・アスターと共演、彼女は1955年の『足ながおじさん』でジェームズ・クロムウェルと共演、彼は2009年の『Beyond All Boundaries』で私と共演しました。つまりルドルフ・バレンティノは、ベーコン指数3ということになります。もちろん、本人は指数が3であることなど、まったく気にしていないと思いますが……。 ところで、どういう経緯でこうしたことが始まったのか。1994年、私は映画を制作して、家族を養っていました。私の人生に入り込んできたこの話を最初に耳にした時のことは、はっきりとは覚えていません。 誰かが近づいてきて、やあ、うちのいとこがあんたを題材にしたゲームを作ったんだよ、と言ったのだったか、昨夜はちょっと飲みすぎちまって二日酔いだ、あんたの名前がついたゲームをしていてな、ひどい気分だ、と言ったのだったか……。 いずれにしてもショックでした。よく言われることですが、俳優は白い歯とか裾の短いドレスといった「仮面」の奥に、深い不安を隠しているものです。ですから、最初に聞いた時は、私をだしにしたジョークだと思いました。 自分が物笑いの種にされているのだと。みんなが、あんな小物がローレンス・オリヴィエやマーロン・ブランドやメリル・ストリープといったすごい役者とつながるなんて、信じられるか? と言っているのだと思ったのです。しかも当時は実際にメリル・ストリープと仕事をしていました。 その頃、このゲームを考案した人間が「ハワード・スターン・ショー」に出演すると聞きました。そうか、これで終わりだ、これは私のキャリアが終わる兆しなんだ、と思いました。ゲームの考案者は、オルブライト大学に在籍する4人の学生でした。

ゲームの開発者たちとの出会い

オルブライト大学といえば、ペンシルベニア州のレディングにあって、私が育ったフィラデルフィアから遠くありません。 ある日、4人が寮でしゃべっていると、私の出演している映画がテレビに映ったのです。その時、この六次の隔たりという関係性を突き止めようと思ったそうです。この着想は、インターネットによってあっという間に広まりました。オルブライト大学を飛び出してウェブ上に掲載され、皆の知るところとなったのです。 私は、何だったかは忘れましたが、映画のプロモーションを行なっていた時期で、「ジョン・スチュワート・ショー」という、MTVが深夜に始めた新しいトーク番組への出演依頼を受けました。ですが、ケヴィン・ベーコンの開発者たち(彼らは「ケヴィン・ベーコンの開発者」と呼ばれています)も同じ番組に出演することになっていました。 私は自分がトーク番組のゲストに迎えられたのではなく、1時間にわたるジョークのオチに利用されるのだと思い、腹が立ちました。でも考え直して自分にこう言い聞かせました。逃げていてはだめだ、立ち向かって嫌なことでもやらないといけない時があるのだと。 私は出演依頼を受けることにしました。4人の学生たちの目を見て、なぁいいか、笑いものにするなら他の人間を選んでくれ、と言うつもりでした。ケヴィン・スペイシーもいるし、ケヴィン・コスナーやケヴィン・クラインだっているじゃないか。誰か他の人間にしてくれと。 楽屋に戻ると学生たちもやって来て、私は完全にもうまったく怒る気をなくしました。彼らは落ち着かない様子でしたが、頭が切れて、楽しい連中で、自信に満ち、こちらが想像していた人物像とはまるで違ったのです。

9.11をきっかけに考えた自分にできること

その日の仕事を終えてから、こう考えました。よし、上出来だ、すべて終わった。私も怒らずに済んだし、いつまでも続くものではないだろう。3か月もすれば「ケヴィン・ベーコンの六次の隔たり」だなんて、誰も話題にしていないはずだと。 しかし、びっくりするほど長い潜伏期間がありました。地下鉄などで人が近づいてきて、俺は0だ、私も0よ、ぼくも0だよ……、と言ってくるようになったのです。 (会場笑) 「ケヴィン・ベーコン、オサマ・ビン・ラディンと六次以内のつながり」と書かれました。政治やスポーツ、他にも科学や数学など、どんな分野を扱った記事でも話題にのぼりました。 数年後、飛行機がワールド・トレード・センターに突っ込みました。私はいつもより早く娘を迎えに行きました。私も娘も、目を見れば怯えていることがわかりました。 戦争が始まって、どこを見回しても人々は動揺していて、病気の人がいたり、家族の誰かが癌と診断されたり、何かの中毒で友人を亡くす人がいたり、私はただただなす術もなくもっと何かしなきゃと思いました。こっちで寄付を募り、あっちでは投票を呼びかけ公共広告で流れているものを紹介するとか……。 冷蔵庫の扉を開けると、トマトソース缶のラベルに描かれたポール・ニューマンが私を見つめてきます。すごいことだと思います。 私はポール・ニューマンが大好きです。俳優としても大好きですし、彼が現役時代、生きている間に実現したことも素晴らしいです。サラダ・ドレッシングを作ることを好み、トマトソース作りにも精を出し、3億ドルを生み出しました。それがチャリティにとってはいまだにある意味で大きな力となっているのです。 自分はどうかと考えました。私はポール・ニューマンではありませんが、自分を商標に利用して何かを持てるだろうか。「フットルース基金」というのはどうもしっくりきませんでした。 (会場笑) そして、いや、ちょっと待てよ、と思ったのです。「六次の隔たり」です。私は急いでパソコンを立ち上げ、「sixdegrees.com」と打ちこみました。不動産のウェブサイトのようでした。あ、いや、違う、「sixdegrees.org」です。そのサイトを見ると、引き取り手を募集していました。

「sixdegrees.org」を新たに設立

希望者は担当者まで連絡をくださいとあったのですが、ウェブサイトの購入方法なんて、どうすればいいのかわからない、それでこういうことに詳しい知り合いに連絡しました。彼が確認し、私の代理人に連絡し、3,500時間後には、私は「sixdegrees.org」の運営責任者になっていました。でもそれからどうすればいいのかわかりませんでした。 私は友人や家族に話して回りました。この分野では、私はまったくの初心者でした。自分で何をしているのか、何もわかっていませんでした。何かネットワーク作りのようなことをしたいとは思っていました。 何かいいことに活用したいと考えていたのですが、慈善事業を無礼な活動とみなす人もいると知って驚きました。 私は資金集めをしたかったのですが、これが自分の主な仕事にはならないこともわかっていました。なにしろ忙しい人間ですから。 それでチャリティ活動を通じて出来た知人に自分がやっていることについて話すと、この男に連絡してみるといい、その男はあの男を知っているから、というようなことを言われ、「ネットワーク・フォー・グッド(N4G)」というものについて勉強するようにと教えられました。 今度は「N4G」です。残念なことに、まさに私がやりたいと思っていたことがすでに行なわれていました。結局、私は世間知らずで、自分が素晴らしいアイデアを新たに思いついたものとばかり思っていたのです。 それなりの慈善家になって、インターネットを駆使した立派な人間になるのだと思っていたのです(笑)。今のこのデジタル社会において、アイデアはまるで7月4日の花火みたいに、あちこちで飛び交っています。

ビル・ストラットンの協力

私は「N4G」のビル・ストラットンという男に連絡しました。何かアドバイスをもらえないかと思ったのです。驚いたことに、彼らは私に協力すると言ってくれました。私を競合相手としてではなく、好機到来ととらえてくれたのです。 私は激しい競争社会であるショービジネスの世界に身を置いてきました。誰もが映画の役をもらうために脇目も振らず、他の誰を差し置いてでも1番になろうとするような世界です。 しかし、彼らは協力すると言ってくれました。本来、そうあるべきなのでしょう。私たちは「sixdegrees.org」に何ができるか、どういう存在になれるか、ということについて、アイデアを具体的な形にすることに取りかかりました。そして、有名人に協力してもらうことを前提にしようと決めました。それから組織についても考えました。 たとえば、女優は妙なブーツを履きます。トレーラーから撮影現場まで、自分の靴を履いて行くことを好まないのです。私はアメリカ人の女優のことは尊敬していますが、時々気にしすぎるところがあります。 爪先が濡れたり、ヒールで転んだりすることを嫌がるのです。彼女たちが妙なブーツに履き替えてトレーラーから撮影現場まで移動すると、パパラッチが現われて、写真を撮り、それが雑誌に掲載され、世界中の女性がエスキモーみたいなブーツを履くようになるのです。 (会場笑) そこで私は、これをチャリティに活用する方法はないかと考えました。有名人が使っているからという理由で同じものを買うのであれば、有名人が関心を寄せることに寄付をしてくれるのではないかと考えたのです。私たちは有名人として「N4G」の顔のような存在になることにしました。

チャリティの難航

ちょうどその頃、私たちはサンダンス映画祭に赴くようになりました。私たちのウェブサイトに協力してくれる有名人を見つける場として最適だと考えたのです。Tシャツやボタンを持って現地に行き、そこでブースを設けます。私が有名人に近づいていくと、みんなとても嬉しそうにしてくれました。 有名であるということは素晴らしいことです。私は何を引き換えにしても有名人であることを放棄したくありません。朝から晩まで、特別な理由もなしに、みんな私に親切にしてくれます。しかしたいていは、私に何かを求めてきます。 だから私は、有名人に対して何かを求めるようなことはしたくありませんでした。近づいていって、やあ、元気だった? なんて言いながらハグして、向こうもハグしてきて、頬に軽くキスして、向こうも軽くキスしてきて、「ねぇいいかな、ちょっとお願いがあるんだけど、きみの写真をもらえないかな」「どんなことが目的だったら協力しようと思うかな」「この申込書に署名してもらえないかな」。 時々、彼らの目に変化が見られます。それまでは仕事仲間だったのに、急に何かを求めてくるようになったからです。たまに付き人に頼まないといけないこともあります。でもそれもいいと思います。私たちはサンダンス映画祭を後にしました。大勢の有名人から署名を集めて大満足でした。 バッジも作りました。これは言ってみれば、移動式ウェブサイトです。ブログに貼りつけたり、メールに添付したりできます。このバッジには有名人の写真と、彼らが協力している目的が掲載されていて、「寄付」ボタンをクリックできるようになっています。 金額は自動で計算され、総額が表示されます。それからサンダンス映画祭を後にしました。種を蒔いた後は、椅子に座ってお金が入ってくる様子を眺めていたのです。それほどの金額にはなりませんでした。 わかったのは、みんな有名人と同じような匂いを身にまといたい、映画の中のタフな主人公と同じ時計を腕に巻きたいと思っているということでした。しかしチャリティはもっと個人的なものです。 もっと家族や友人、それぞれが大事に思っていることや、影響を受けてきたことなどとの関係が大事になってきます。ペットは飼い主が可愛がっているという意味で、とても重要な存在です。 このバッジを公開すると、それなりの初期トラフィックはあっても、なかなか十分な成果はあげられませんでした。数字も順調に上がらず、困りました。要するに、失敗したと思いました。

つながりを持つことの重要性

みんなで電話会議を行なったところ、誰かがこう言ったのです。そうだ、一般の人も目的を持てば有名人になれるっていうのはどうだろう? と。いい考えだと思いました。みんなが自分のバッジを作って、敬愛する有名人の隣りに公開すればいいのではないか。 これを実行に移すために、私たちは最も多くの寄付数を集めた6人に、6万ドルの補助金を出しました。ここがポイントなのですが、最も多くの金額を集めた者ではなく、最も多くの寄付数を集めた者に補助金を出したのです。 つながりを持つということと、与えるという発想を一気に広めることは、金額と同じぐらい重要だと考えたからです。その結果には驚くばかりでした。 いくつか例を挙げると、多発性硬化症(MS)と診断されて入院していた女性が、私たちが「sixdegrees.org」の挑戦について話しているのを待合室のテレビで見たそうです。 彼女はまるでトライアスロンの選手かと思うほど精力的で、病気だということで辛い気持ちになるのではなく、その分のエネルギーをすべてMSの研究費用の調達に費やしたのです。 また、自閉症を患う息子さんを持つ別の女性も、弱音を吐いたりせず、周囲の人たちに声をかけて、何千人、何万人という人からの協力を得て、資金を調達しただけでなく、ご自身の経験を踏まえて自閉症に対する考え方を広めることに成功したのです。

我々は世界の反対側にまで影響を与えている

その後、何社かの企業が私たちのスポンサーとなると言ってくれました。それからも新しい試みを続け、いずれも非常に満足のいく結果を残してきています。数年前にはサンダンス映画祭を再訪し、「良心のカード」というものを始めました。 一種のギフトカードで、このカードに10ドルとか、20ドル、50ドル……、と一定の金額をチャージしたうえで誰かに贈ります。もらった方は家でそのカードを見ながら、そのお金をどうしたいか、どこに寄付しようかと考えるのです。 カードを贈ったことで喜びを感じ、もらったカードを使うことで喜びを感じ、2回、3回と喜べます。双方にとって嬉しいカードです。 今は大学生を対象にすることを検討しています。次の素晴らしい企画を検討中です。何かいいアイデアをお持ちの方は、ぜひご連絡ください。私たちは常に、どんな時でも変化と改良を心がけています。 「Six Degrees」を始めたのはそれほど前のことではないのですが、あれからあっという間に月日は経ちました。当時はハッシュタグが何なのか誰も知らず、Facebookは出会いの場でしかありませんでした。 私たちは可能な限り、時代を先行していたいと考えています。これまでに多くのことを学びました。今も学んでいる最中です。しかしウェブに関することとなると、私はあまり出来がよくないのです。 種だけ蒔いて、後は知らないと言って立ち去ることはできません。水を撒いたり、肥料をあげたり、必要であればグローランプも設置しなければなりません。しかし何と言っても、六次の隔たりという発想から抜け出す考え方ができれば、それは実に素晴らしいことです。 私たちは実際に皆がつながり合っていて、今このエリアにおける私たちの活動が、世界の反対側にいる人たちや、町の向こう側にいる人たちに影響を及ぼしているのです。 インターネットは、それを作った人間がつながり合っていることの最も顕著な例です。私たちは自分たちの作ったもののおかげで、常につながり合っていられるようになったのです。それを善いことのための手段にする方法を、これからも考え続けないといけないのだと思います。 ご清聴ありがとうございました。

  
※ログミーでは、TED Talksおよび各TEDxの定めるCCライセンスを遵守し、自社で作成したオリジナルの書き起こし・翻訳テキストを非営利目的のページにて掲載しています。
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