目的は志で、お金はガソリン

井上高志氏(以下、井上):ありがとうございます。いったん自己紹介はよろしいですか?

影山知明氏(以下、影山):はい。

井上:お話をうかがっていて非常にいいなと思ったのが、そうなんですよ、目的とツールとか手段を履き違えてしまうことって往々にしてあって。従業員を道具にしないとか。要はお金とか数字を達成することが目的化しちゃってるけど、本来逆じゃないですか。

影山:そうですよね。井上さんも「志が目的で、お金はガソリンだ」って。

井上:そうなんですよ。利益がないと「あそこに行こうぜ」といってバスにみんなが乗っても、「すみません、ガソリンないっす」「おい、アホ」って言われるだけじゃないですか。やっぱりそれはそれでしょうがないんだけど、利益を稼ぐということが目的化しちゃうと、合理的なこととか効率的なこととかばかり目指し始めておかしくなっちゃうと思います。

なので、僕ら、ちょっと手前味噌というか自己紹介ですけど、社是を「利他主義」と言っていて。「世のため、人のためにやることが、すべての存在理由だ」というふうに置いていて。

社名も「ネクスト」からこの4月に「LIFULL」って変えたんです。造語なんですけど、「あらゆるLIFEをFULLにする。世界中のすべての人たちの、ありとあらゆる生活の毎日のシーンも、それから一人ひとりの人生もFULLにするんだ」という強い意志を込めて社名変更しました。

従業員も、12年前ぐらいから「日本一働きたい会社を作ろう!」といって。「そういう会社にすると、お客様に対しても一般消費者のみなさんに対してもいいサービスを提供できるはずだ」といって。今年日本一になったんですけど。

影山:ねぇ、すごいですよね。

井上:そういうのを積み重ねてきてるので、影山さんのお話はすごく刺さるんですよね。

資本主義のパワーゲームは変えられるか

井上:ここでちょっと逆の見方をうかがってみたいんです。

とはいえ、僕自身が株主資本主義社会のど真ん中にいます。だから東証一部に上場していて、いろんな株主さんがいます。例えば、ニューヨークのウォール街に行くと「まだこんな人いるんだ」というようなすごくえげつないファンドマネージャーとかに会うんです。

それが資本主義社会のものすごいお金を扱ってる。つまり富の99パーセントをトップ1パーセントが持っているようなところで彼らがルールを作ってると、僕らがなんとか抗おうとしても、なんとなくパワーゲームで巻き込まれて行く感覚があって。それにずっと抗ってるんですけど。

例えばこんな話があります。ニューヨークなどに投資家向けの説明会に行くことがあるんですけど、会社の社会的意義とかそういうのは全く度外視で、競合企業を買収して企業規模をどんどん大きくしていく戦略をとるべきなんじゃないか、とか言ってくるような、規模の論理しか考えていない、「お前どうかしてんじゃないのか?」という感じの人がたくさんいるんです。そういう人が何兆円ってお金を動かしているんですよね。

お聞きしたいのは、「どうやってこれを変えていったらいいですかね?」という。

影山:めちゃめちゃ難問ですね(笑)。

井上:つまり、パワーゲームで来る側と、ここにいらっしゃるみなさん「いや、そんなんじゃないよ」というすごい利他的であったり倫理的だったりする勢力がいるわけですよ。どうしたらルールチェンジャーになってルールメーカーになれるのかを、前からずっと考えていたんですね。

影山:本当、Yahoo!ファイナンスとか、ああいう掲示板とか読んでいると嫌になります。

井上:なりますね(笑)。

影山:なりますよね。あれがすべてではないと思うんですけど。

金銭価値に換算されない投資市場を作る

影山:僕ももともと投資ファンドの分野にいたので金融ってとても関心があって。実は僕の次のステージの夢というか、やってみたい仕事というのは「東京証券取引所に代わる次の新しい資本市場を作る」ということなんですよ。

井上:いいですねぇ。

影山:そこでは、お金を投資していくらお金が増えて返ってきたかという金銭価値だけに換算されない価値のキャッチボールができるような市場にしたくて。実際、それを部分的にやっているのが、自分も創業以来ずっと経営メンバーをやらせてもらっているいるミュージックセキュリティーズという会社の「セキュリテ」というプラットフォームなんです。

この間、僕らがさっきご紹介させていただいた国分寺に2つ目の喫茶店を作った時に、そこで資金調達をクラウドファンディングというかたちでさせていただいたんです。その中の1つでチャレンジでやったのは、1口3万円なんですけど、3万円預かったときに、最初から返すお金は計画どおりいっても2万1千円です、という。

もうその時点で7割になっちゃう、想定利回りマイナス30パーセントのファンドを組んだんです。「30パーセント減ってしまうけど、じゃあどうしてくれるの?」ということに対しては、別になにも僕らからは言わずに、ただ「僕らが今日申し上げた意義のお店をちゃんと実現し、嘘なくやっていくということを約束する」という。

「こんなファンド募集して、本当にお金集まるのかな?」ってことでやったんですけど、結果的には何百万円という単位で投資家の方はお金を出してくださったんですね。

だからその方たちとの間では、お金を返すということだけじゃなくて、お金を受け取り、その結果、街の中でホッとできる場所ができるとか。あるいは僕らを通じて地域の中での経済循環がより豊かになるとか、あるいは新しい経済のモデルができるとか。そういったことが価値であると思ってくださる方は、お金が30パーセント減っても構わないという。そういうことをもう少し広げた資本市場を形成できないかってことは思い浮かべてるんです。

お金に関する価値観の変化

井上:出資者というのは何人ぐらいなんですか? 

影山:それを今集計してるところなんですけど。全体でいうと200何十人。そのうち「マイナスになってもいい」という人がたぶん3分の1ぐらい。一部「まったく返ってこなくていい」という人もいたので、そういったのも含めると3分の1ぐらいはそういう投資をしてくださいました。

井上:でも、それすごいありがたい投げかけで。強欲でなにか株主資本主義的な、金融資本主義的な方々もまだまだ世界中にたくさんいるんですけど、そういう人よりも、なんとなく影山さん的な感じの人とか、そういう人たちすごく増えてる感じがするんですよ。

影山:増えてはいるんでしょうかね。

井上:先ほども竹村先生からもお話ありましたけど、「『r > g』みたいなのってどうなのよ?」って話とか、ユニバーサルベーシックインカムみたいな話が出てきたりだとか、そういうものがだんだん集合的になってじわじわ動き始めてる感じがするんですよね。

影山:ただ、それが今の資本市場だったり資本主義を100パーセントひっくり返すということではないんじゃないかとは思ってるんですね。やっぱり一度に2,000億円みたいなお金を動かせることのおもしろさだったり、それが生み出している世の中の革新というのも僕はあると思っているので。こっちはこっちでそういう文脈でやりたい方がやっていき、でも、結局お金だけじゃないよねということも感じる人はそれはそれでいて。

井上:そうですよね。お金に関する価値観って変わってきてるように感じてますけど、そのへんはじわじわきてますよね。

影山:そうですね。

お客さんを消費者的にしない

井上:これは実際にクルミドコーヒーやってるとそういう人ばっかり来るんですか?

影山:いや、そうでもないですね。とくにお客さんとの関係でいっても、お店側がどういうお客さんのスイッチを押すかで、相手の顔つきって変わってくるんですよね。

つまり、僕らがお店の中で決してやらないことにしていることの1つが、ポイントカードとか10パーセント引きクーポンとかで。そういうことをやっちゃうと向こう側がどんどん消費者的になってくるというか。同じコーヒー飲んでケーキ食べるんだったら支払う金額は1円でも少ないほうがいいって。

井上:いや、そうですよね。

影山:あるいは1,000円払うんだったら、より多くものを持って帰りたい。そういうふうにtakeの動機をむしろそういうクーポン券とかポイントカードみたいなもので引き出しちゃう気がしてまして。そういうことはやらないようにしてると、むしろお客さんのいい面と対面できてるような感覚があります。

状況を作り出す局面と制度を作り出す局面

井上:お金という話なので、価値を測定する物差しとしては、金銭的なものに収斂させたほうが、いろんな地域を超えて交換するにはそのほうがわかりやすいとは思うんですけれども、著書の中で「そうじゃないよね」という、収斂させるメリット・デメリットという話があるかと思うんですけど、そのへんちょっとお聞かせいただけますか?

影山:さっきまさに黒田さんがおっしゃってたように、通貨というのは何種類かあっていいんじゃないかと思うんですね。グローバル資本主義を支える法定通貨というものある一方で、今申し上げたようなローカルな中でお金だけじゃない価値の交換をサポートしていくような通貨というものがそれで別途デザインされればいいと思っています。

1999年に『エンデの遺言』がNHKで放送されて以来、地域通貨みたいな取組みは散々日本各地で行われてきて、ただそのほとんどが残念ながら続いていないという現実がありますよね。

エンデの遺言 ―根源からお金を問うこと (講談社+α文庫)

ただ、その続かなかったものは続かなかった理由がやっぱりあると思います。そういうところを踏まえて、僕ら「ぶんじ」というのを5年前にやり始めたんですけど。

そういうものができてくると、新しい経済、グローバル資本主義と違った経済をより再現可能なかたちで循環していくための1つの制度になっていく。

だから状況を作り出す局面と制度を作り出す局面というのはたぶん両方必要で。今は「そういうケースがあります」「そういう状況がたまたまあります」ということを蓄積していくことが大事かなと思うんですけど、その次に通貨や資本市場の有り様みたいな制度自体を再設計できることが、その先に新たに作り出される状況を望ましい方向に変えていくんじゃないかとは思います。

地域通貨ブームはなぜうまくいかなかったのか

井上:その過去あった地域通貨ブームがほとんどうまくいかなかっておっしゃった。その要因というのはそれなりに見つけていらっしゃるんですか?

影山:いろいろ分析をしたんですけど。

井上:ぜひ聞きたいですね。

影山:それはそれでまた語りだすと長くなっちゃうので、コンパクトに言うと2つ大きな理由があると思っています。1つは単純に楽しくないという。理念としてはそのとおりなんだけど、それを使うことが楽しくないとやっぱり続かないし広まらないというのがあると思うんですね。

その点で「ぶんじ」は、お店の中で使えることに加えて、お渡ししたものにもいろいろ書き込みがあると思うんですけど、実はこれを使って富くじみたいなこともやってまして。みんなで1枚ずつ出し合ってあるゲームをやって勝ったやつが総取りみたいなこととか、これをお誕生日カードの代わりに周りの人に配ったりとか、いろんな使い方をしています。

少なくとも、このカード1枚がお財布の中に入っていないときより入っているときのほうが、地域の人となにかちょっとおもしろい関わりができると思えれば、それは財布に入れ続けるということのモチベーションが出てくると思うんですね。その楽しさというのが理由の1つです。

もう1つは、やっぱりそれを運営してる言い出しっぺとか事務局長の負荷の偏りというのがあると思っておりまして。やっぱり続けて広がっていけばいくほど、その取りまとめをしている人たちの業務が増えていく。それがあるところのピークを超えてしまうと、あるいはその人が忙しくなったり気持ちが折れてしまうと、もう全体が止まってしまうということもあるので。

「ぶんじ」の場合は、おそらく今20名ぐらいと言っていいと思うんですけど、この「ぶんじ」を一緒になってやっていくコアメンバーみたいな人が20人ぐらいいるので、「今年俺忙しいからちょっと離れるわ」ということがそれぞれにできる。そのたびに次の人が現れて担い手になっていくということができているのが続いていく1つの秘訣かなとは感じています。

感謝の気持ちが見える通貨

井上:これ改めて見ると、それぞれのみなさんが書いた、別々の人ですよ、これでどんどん伝わってきてるんですけど。最初の方は「クルミドの縁日最高! 国分寺最高!」で、日付が書いてあるんですね。それから次に、これは「100ぶんじ」ですかね。「ありがとう。カフェ・スローはうちのダイニング!」って、別々の人がみんなメッセージを書いて、今、影山さんから僕がいただいたと。こうやってなにか書いて誰かに渡したくなりますよね。

影山:そうなんですね。

井上:ストーリーがつながっている感じがしますよね。

だから先ほど黒田さんのお話でいくと、みんなたぶんメモったと思うんですけど、4象限にやると、記名式のリージョナルな通貨で、見えるという感じですよね。

影山:はい。その記名式、記名的なものと匿名的なもののちょうど間ぐらいかなと思っています。書いた人が誰々でなにとなにの交換をしたかということが具体的に書いてあるわけじゃないケースも多いんですけど、ただ街のどこかで誰かが誰かに贈る仕事をして、それに対しての感謝の気持ちが交換されたことの履歴はなんとなく想像ができるっていうんでしょうかね。

井上:一方で、先ほど第1部を聞いてたら、4象限の中で、リージョナル、地域通貨で記名式って見えるからいいねと。昔、物々交換時代は全部見えてたじゃないですか。誰が狩ってきたシカとかイノシシなのかとか、どういうふうに捌いてくれたとか、どれぐらいの苦労をして僕にくれてるかとか。それがわかるのでそれを倍返ししようみたいな利他な交換が始まりますけど。

ただふと思ったのが、ちょっとエッチな本を買おうと思うときは無記名のほうがいいなとか、なにか使い分けみたいのがたぶんあるんだろうなとかね(笑)。

影山:ありますね。ええ。