『アメリカン・ビューティー』、3つの奇跡

山田玲司氏(以下、山田):(映画『アメリカン・ビューティー』の魅力を語るのにイラストを書くのが)どんだけ大変だったか、これ見てくれる?

アメリカン・ビューティー DVD

わかりますよね、奥野さん。

久世孝臣氏(以下、久世):やば! 今日あかんかったんちゃう? 遅れたら。

山田:ほんまやで!

(一同笑)

お前何やってんだよ、まったくよ。

乙君氏(以下、乙君):いやいや、なるほどね。うん。

山田:なるほどね、うん、じゃねえよ(笑)。

乙君:そういう日でしたか(笑)。

山田:だって『アメリカン・ビューティ』だぞ? しょうがないけどね。この映画、3つのブロックに分かれるんですけど、各ブロックで奇跡が起こってます。

とりあえず最初のブロック1発目から、また恐ろしい奇跡が起こってるんです。ちょっと、順を追っていきますよ。

この映画、オープニングでプライベートビデオの映像が写ります。明らかにノイズが入って、おそらく当時のテープで撮ってるという。1999年だから、そういう時代なんだよ。あのころあった、よく流行ったモキュメンタリー(注:架空の人物や団体、虚構の事件や出来事に基づいて作られるドキュメンタリー風表現手法)の1個みたいな。

乙君:はい。

山田:みたいな感じで、実録ものみたいな感じで始まるんだけど。

女の子の「父親を殺してくれ」からスタート

山田:ベッドに横たわってる女子高生がいてっていう。ここでまた、それがいわゆるジェーンっていう女の子なんだけど。この子ね。

タトゥーみたいな感じですよ。怒れるティーンエイジャー。またおもしろいんだけど、アイラインの時代なんだよ。とにかくみんなアイライン引いてんだよ(笑)。それでみんな病的っていうメイクして。ね、しみちゃん。このころそうだよね。

このジェーンが最初に、いきなり冒頭でカメラに向かって「尊敬できる父親がほしいの」って。「娘の友達を見てパンツの中に発射しちゃうような父親じゃなくて、まじでむかつく。本当に死んでほしい」って言うの。そしたら外から男の声で、「僕殺そうか?」っていうセリフが入る。

乙君:僕にもできるよって?

山田:そう。「僕にもできるよ」「僕にも殺せるよ」って。ふざけんなこのやろう(笑)。そんで……。

しみちゃん:はっはっは(笑)。

山田:映画史に残る話してんだよ(笑)。そしたら、「僕殺そうか?」って言ったら、1発目でカメラ目線になって「そうね、お願いできる?」ところから。そこでタイトルがパンって『アメリカン・ビューティ』。そこから空撮。

このつかみの見事さ。要するに、女の子が「父親を殺してくれ」って依頼するところから始まる。実録系の。そしてパンって、そしたら例の冴えた不穏な。

久世:音?

山田:テン、テン……って。いろんな人がテレビで使いましたけど、あれで淡々としたモノローグで始まる。空撮から始まる豊かな普通のアメリカの住宅街を、鳥の視点でスーッと入っていって、「私の名前はレスター・バーナー」っていうふうにして自分のことを言うんだけど。

穏やかでリッチな住宅街があるって言って、「私はこれから死ぬ」っていう話で。「今から1年後に死にます」って。だから、「殺してくれる?」って言ってから、「私はこれから死ぬ」って言うの。

もう最初から「今から1年後に死にますよ」って宣言して、じゃあいかにして死ぬのか。そしてそれは本当に起こったのか。本当に娘の依頼で(死ぬ)っていうふうに始まるのかって言って。

父親のシーンは自慰行為から始まる

山田:このあとどうしたらいいかって言うと、このお父さんがどんな人間かを見せるカットに入らなきゃいけないじゃん。みんなが興味を示すから。本当に見事なんだけど、シャワールームで(笑)。

久世:ああ……。

山田:オナニーをしてるシーンから始まるんだよね。

久世:これが俺の1日の頂点だっていうところですね。

山田:「これが私の1日の最高の瞬間。あとは坂道を転がるだけ」っていう。

久世:そう。

山田:そのあとにどうなるかって言うと、その男が最悪の朝を迎えている。我々が見るとね。それが彼は最高だと言ってる。これから地獄が始まる。で、パッと場面が変わるとバラが写るんだよ。バラを切るカット。

「これが私の妻」。キャロライン。植木ばさみの色と、それから庭用のサンダルの色が合わせてあるのは、これは意図的だっていう話をするんだよ。要するに、彼女は完璧主義者で。赤いバラを切るときに赤いハサミを持って、赤いサンダルを履いて。そして扉は赤い。

この段階で、アメリカン・ビューティってどういうことかって言うと、アメリカの固有種のバラの名前なんだよ。これは周知してることは何かっていうと、アメリカの理想。愛と希望みたいなこと。永遠の愛みたいな。要するにアメリカは理想そのものなんだけど、彼女はそれを追っかけてますっていうのを、色でパンって最初見せる。

そうすると、隣にいるのがジム。そして「またジム」って言って(笑)。隣に住んでるジムがいるわけだよ。ジノムズになってますけど、ジムズ。要するにゲイカップル。ゲイカップルがいて、楽しそうに生きている。そこにバラの花の自慢なんかしてて。それを窓越しから見ているレスター。レスター・バーナムが、妻のキャロリンを見ている。

キャロリンは、話しかけて「素敵なバラですね。素敵なネクタイね」なんてやってて。キラッキラしてんだよ、これ。でも「妻はあんなじゃなかった。妻は幸せだった」って言うんだよ。

乙君:幸せそうですけどね。

山田:「あの妻を見てるだけで疲れてくる」って言う。「どう考えても、幸せそのものの状況を見ながら、妻は幸せだった」って過去形に言ってくる。っていうところから、もう本当に数分で全部バーッと見せてくっていうね。

登場人物たちの嫌味が連鎖する

山田:そしてこのあと、ジェーンがパンって写るんだけど。ジェーンは思春期特有の情緒不安定で、コントロールできない。これは一時期のことだと言ってやりたいが、娘にうそはつきたくない。

久世:このセリフすごかった。

山田:これがまた素晴らしい。こういうのがガンガン入ってくる。つまりどういうことかって言うと、「お前もお母さんのように一生イライラして情緒不安定が続いていくんだぞ」「今だけじゃないんだぞ」「今だけだぞって言ってやりたいけど、嘘はつきたくない」って言って、ここには1本線が引かれてるっていうことがわかるように演出されてて。

彼女はインターネットを閉じる。何を見てるかって言うと、豊胸のサイトを見てる。彼女はおっぱいを大きくしたい。そしてめちゃめちゃダサい格好で登校しようとして、お母さんが運転する、お母さんは送ろうと思って、この2人を。

イライラしながらクラクションを鳴らす。娘が家からやってくる、ダサい格好して。それをお母さんは普通に「わざとダサい格好しようとしてるの?」って言うわけ。「わざと自分をダサく見せようとしてるの?」って。そしたらジェーンは、ソッコーで「そうよ」。そしてそれに対してキャロリンが言うのは、「おめでとう。成功してるわ」って。

この嫌味の連鎖。そしてそのあと遅れて来るレスターに対して、「レスター、どうせならもっとゆっくり来てくれないかしら。もう十分遅刻しそうだから」って言って、さらなる嫌味にかぶせてくる。そして遅れたのに、やれやれって言って車に乗る直前にカバンをぶちまけて、中の書類をぶちまける、という。

乙君:うわあ!

山田:っていう、超イライラするところ。でもイライラがマックスのまんま、絶望の状態で3人が車に乗り込むところから物語がはじまっていく、という。そして彼は、「妻も娘も、私を人生の敗北者だと思っている。そうだ。その通りだ」っていうところから始まる。

でも昔はそうじゃなかった、って空を見上げるわけだよ。こんなんじゃなかった。まだ間に合うはずだ。でも私は42歳。広告代理店で働いている。そして広告代理店で働くシーンが始まる。ここも大好きなんだけど(笑)。

レスターです。どうも、お疲れ様でーす。みたいな感じで(笑)。もう完全にいらっしゃいませのトーンで自分を押し殺して。それで「話がある」って上司が来るんだよ。若い上司なんだよ。「1分いいかな?」って言ったら、「君のためなら5分割いてやろう」って(笑)。これもそうなんだよ。

何を言われるかというと、「リストラの対象になってるからなんとかしろ」「残留したかったら、その思いを伝える文章を書いて持ってこい」というふうに言われると。要するに、冒頭から地獄、地獄、地獄というふうに続いていく、と。

主婦や中年男性、少女たちの代弁者たち

山田:この段階で、たいていの中年男はレスターにドハマりするっていう。「レスターがんばれー!」みたいな感じになるし。

キャロリンはアメリカの夢、「私はこんなはずじゃなかった」っていう気持ちの主婦層みたいなのも、やっぱりここに乗っかれるし。こんな親がいたら地獄だよなっていうティーンエイジャーの気持ちも掴めるようなってんだよ。この構造が、もう完璧だよなっていうのがすごいよね。

久世:テンポいいから、すごい嫌味なことやってるんだけど、嫌味の前に次の展開にいくからぜんぜん見てて飽きないというか。ハーって見とれてるうちにいってしまうんですよね。スーッと。

山田:今の一連のシーンが、ほんの数分。

久世:スムーズですよね、ここ。

山田:うん。もうびっくりするぐらい、本当によくできてますよね。