多様性の受け入れは欧米のほうが進んでいる

梅澤高明氏(以下、梅澤):多様性というキーワードがあってもなくてもいいので、澤邊さんのつくりたい未来を一言で言うとなんですか?

澤邊芳明氏(以下、澤邊):もともと多様性は、2000年前も今もそんなに変わってないと思っています。本来はあったんですけど、量子力学的というか、観察することによって生まれるというか。今、われわれは、そこに目を向けていっている多様性は感じとってますけど、本来はあったわけで、僕はやはりそれを意識していって、あぶり出すというのは必要です。

さきほど言ったようにバイアスがかかる状態を避けたいので、あまりセグメントで分けることはしたくないです。特殊な人々ではないので、その意識がいかに薄れていくのかが僕は大事だと思っています。ただ、今は物質的なバリヤーがどうしてもあるわけで、そこに弱者と強者が生まれるのは当たり前の話で、それが未来的にはもっと薄れていけばいいと思います。

例えば、映画1つとっても、『STAR WARS』などに小人症の人が昔から出てたりするじゃないですか。日本の映画にああいう人が出るかというと、あまり出ないですよね。

そういう意味では多様性の受け入れは欧米のほうが進んでいて、日本でまだちょっと思い込みというか、触れてはいけないみたいな、タブー意識があるので、そこをどう取っ払えるかが2020年に向けた課題のような気がしますね。

ダイバーシティのためには意志や行動が不可欠

梅澤:「つくりたい未来」について林さんはどうですか?

林千晶氏(以下、林):そもそも、社会や私たちは多様なんですよね。だから「多様になろう」ではなくて、そもそも多様です。重要なのは、ダイバーシティをインクルージョンでどう受け入れるかという、意志であり行動です。ダイバーシティは状態でしかないから、そんなものは生物多様性でダイバースなのは知っています。でも、その存在に気付かないでインクルージョンしていないので、問題なんだと思います。

義務も重要なんだけど、人間が持っているすごい能力って、毎日会うだけでその人のことを好きになれる。議論してなくても、その人の詳細を知らなくても、「多様性を受け入れよう」と思ってなくても、変な話、毎朝「おはよう」というだけでも仲良くなれるのが、人間のすごい能力だなと思っています。

「代官山ロータリークラブ」(注:毎月1~2回、スピーカーを招いて「卓話」を実施し、代官山のおすすめスポットや自身の生い立ちを話す座組)というものがあるんですが、なぜ代官山だけでなく世界中でロータリークラブをやっているのか、その秘訣は何だろうかと思ってるんです。

梅澤:超おもしろいチームですよね。

:でも、(お互いを)ぜんぜん知らなくて、精神科医やアーティストたちを集めて、別に身の上話もしなければ、「お互いに理解しようね」なんて言わないです。週1回「こんにちは」って会って帰ってくるだけで、家族もそうだけどすごく仲良くなります。だから大切なのは、議論もいいんですけど、目の前の生活の中にいろいろな人がいることです。でも、日本は年を取ると家の中にいる、障害があると外に出ないようにする。

だから、もっと海外に行くと、おじいちゃん、おばあちゃんがたくさんいて、道で遊んでいたりします。要は障害がある人も(お笑いなどの)芸には出るし、テレビにも出るし、それをなくしすぎているような気がします。

だから、もっと生活の中にあったら、こんなカンファレンスをやらなくても、要は「当たり前だよね。みんな違うよね。でも、あれおもしろいよね」「あいつ何かお笑いのあれなんだよね」みたいな。

2020年で2人がいろいろ活躍されていると思うんだけど、そういう状態をつくっていくことがすごく大切です。きっと見たことがないと「なにあれ?」ってなってしまいますからね。だから毎日それがあればいいんじゃないかなって思います。

生徒の特別支援、日本は海外の流れと逆行

梅澤:長谷川さんはどうですか?

長谷川敦弥氏(以下、長谷川):僕は今、林さんがおっしゃったことにすごく共感していて、障害者の人に会ったことがないと、それを概念的に捉えて、あまり理解していないんですよね。会うとただのアキラ君、○○さんというだけで。

:だから身体が不自由でも「893」は「893」という話なんだよね。

長谷川:今、日本の場合、教育の中でも特別支援学校の生徒さんは、基本的には教育インクルーシブではないですね。基本的には分けていく。特別支援学校の生徒数は増え続けているんですね。ちなみに、特別支援学級という通常の学校の中にある別の学級自体も、人数は増え続ける一方です。これは海外のトレンドから言うと逆なんですよ。

だいたいイギリスなどの海外でも特別支援学校は廃止になっていっているんですね。どんどん廃止にしていって、既存の学校と統合していっているんですよね。日本だけは学級が別のほうが障害者の人もハッピーのような考えがある。

梅澤:でも、発達障害の人は何パーセントぐらいいますか?

:だいたい6パーセント、7パーセントぐらいですね。

梅澤:だから、結構いるということですよね。そこらへんにたくさんいるということですよね。

:そうですね。これは本質的にはグラデーションです。あとは、どこからのグラデーションの人が困難を持つかも、結局、環境によります。

梅澤:ですよね。

:日本はADHD(注:注意欠陥多動性障害)とけっこう診断されるんですよ。たぶん「落ち着きがない子たちは学級で浮いちゃったりするから先生が困る」みたいな。だから病院で診断が出るんですけど、シンガポールの場合、障害じゃないし、困らないからADHDの診断がほとんど出ないんですね。

梅澤:逆にそれこそカンファレンスとかでお会いするような、「この人すげー」という人の半分ぐらいはたぶんADHDかなって思います。

長谷川:というか非常にありますね。

:メディアラボやMITなども、そうなんですかね。

梅澤:そうでしょ。けっこう多いですよね。

長谷川:ADHDかアスペルガー、どちらかの方がけっこう多いですよね。

梅澤:そういう人たちが学校でドロップアウトしてしまいます。ドロップアウトしてしまっても、自力で天才になった人はいいけど、ならずに埋もれてしまっている人が相当いるということですよね。

逆転現象が今すでに起きはじめている

長谷川:まさに今、梅澤さんがおっしゃったように、僕は精神病院という精神疾患の人が入院している隔離病棟に何度も行ったことがあります。みなさんがタバコを吸いながらテレビ見ながら話すと非常にユニークです。僕がふだんこうして会うみなさんと傾向としては似ているんですよね。非常に個性的で一方的に喋る、非常に話が上手いという方がいます。

梅澤:うん、まさに(笑)。

長谷川:自分で言っちゃった(笑)。そういう方が精神病院にいて、ある種、運がよかった。同じような個性をもって運が良かった方が、こういう舞台に立ってて、たまたまいい先生に出会えなかった家庭環境で、いろいろな問題があった方が、そういう結果にいたっているのはもったいないなと思いますね。

澤邊:恐らくシンギュラリティが起きるまでのあと数十年の間に、きっと観察者としての主観が変わるのではないかと思っています。それは何かというと、例えば完全なるAIや、例えがアレかもしれないですけど、ほぼ人間のモノが出てきた時に、われわれがそれにどう向き合って、その人格を認めるのか。絶対にどこかでくるじゃないですか。

それと一緒で僕がよくパラリンピックのことを話す時に、(ウサイン・)ボルトの記録を抜く義足の選手が出てきた時に、どちらを賞賛するのかという、逆転現象が今すでに起きはじめています。

梅澤:そうですね。2020年でたぶん本格的に起こるかもしれません。

澤邊:けっこうきますね。例えば、IPS細胞を使って治る人が出てきたり、超人類ではないけど、通常の人よりも能力が高い義手を持つような人が出てきたりした時に、その義手の人に「ごめん、ちょっとこの荷物重たいから持って」というような、逆転が起きはじめると思っています。

その時に観察者として、いわゆるマイノリティではないというか、ある種の普通という立場にいる人が、それをどう捉えるかという変化がきっと起きるのが21世紀というか。過去にない大きな変化が今起きているんじゃないかという気はしています。

例えばADHDの方が、個性や能力という部分で、われわれが気づいてないいろいろな能力を持っているとすると、そこがだんだんあぶりだされて能力化、開発化されるとした時、その人たちが全員東大に入ったりするじゃないですか。それを社会は受け入れるのか。

「僕、ADHDにないたい」という人ばかり出てきた時に、なれないと思いますけど、能力のどちらが優劣なのかは、けっこう考えていかないといけないというか、そういう視点の変換が起きる気はしますね。

梅澤:価値観の相対化や流動化が相当起こるということですね。

出産でも逆転現象が起きる

:逆転現象が本当にいろいろなところで起こってしまう気がしていて、私が想像するのは出産。なぜかというと、自分が一番大切な子どもの運命がかかるからです。たぶん自然分娩は「えー、あなた自然分娩なの?」というレア種になると思います。つまり、どこまで許されるかは別としても、ある程度の強い6個の受精卵の中から、どれを選ぶという話まではもう起こっている。

そうした場合、今、自然の動物としてある程度、多様な能力と表現を持った人間が生まれている。しかし、コントロールして、いわゆる「6個の受精卵の中からどれを取りますか」と人間が問われると、取りたいものはみんな似てきてしまうと思います。そうなったら一時的に多様性が失われるのか。そういう時に、たぶんこの上(壇上)にいるような人たちは「自然でいこうぜ!」と、ヒッピーみたいになるかもしれません。

「あの人たちって、いまだに自然分娩でやっているらしいよ」となってしまいそうだなと思うし、恋愛もそうなるかなって思います。「リスクが高いから相性チェックをお願いします!」と言って、「いや、私は恋愛主義でいきます」「えーっ、あなたたち人工知能のサポート受けないで結婚したの!?」みたいな、そういう逆転現象が起こる(笑)。

マッチングアプリに見る恋愛における効率・非効率

梅澤:でも、それはマッチングアプリですでに始まりつつあるよね。

:本当にそうなんだよね。だから、どれだけそこに抗うことができるのかは、次の世代は大変よ。

澤邊:恋愛はどうなんでしょうね。効率化が進むとそれはハッピーなのか、非効率なところにわれわれはハッピーを求めているのか。

:そうなの。だからハピネスはすべてと関係がないの。

梅澤:いや非効率なところにハピネスを覚えるというところは、やはりたぶん肉食の印ですよ(笑)。草食君たちには、それはないでしょ。10人声かけてダメでも、11人目でよければいいやと思う人と、もう2人目でダメ出されたら折れちゃう人の差があるじゃないですか。

:そうね。でも、そういう意味でそこさえも含めて、アプリ好き、完全人工知能依存型、完全自由主義型、お見合い主義型、○○主義型って、そこも多様になっている意味では、いいといえばいいの?

梅澤:たぶん、多様ならいいんですよね。だけど、みんながAI頼みになってしまった時に、それを長い目で見て「人類は大丈夫なのか」という話でもあるわけですよね。

澤邊:僕はやはり肉食系ですね。

(一同笑)

:肉食の社会がいいと。結論が出ましたね(笑)。

(一同笑)

そういうセッションでしたっけ?

梅澤:忘れちゃった。なんなんだか(笑)。

澤邊:梅澤さんは肉食系?

:そうだよね。梅澤さんは?

梅澤:自分もAI頼みにはならなそうですね(笑)。

:本当? でも、案外使ってみてしまって、「ちょっとテクノロジーの力も知りたくて」とか(笑)。

梅澤:確かに好奇心旺盛だから使ってみるかもしれないね。使ってみたらどんなレコメンデーションがきて、どのぐらい上手くいくのか・いかないのか試してみたいと、ちょっと思う部分はある。

:それでハマっちゃってそうですね。「いやあ、案外あのサービスいいんだよ」って言って(笑)。

日本の「担ぎ上げて落とす文化」は問題

澤邊:そういう意味でいくと、言い方は嫌いですけど、テーマとして今のマイノリティとマジョリティを仮に分けた場合に、恋愛は一番ベーシックな人間の活動というか。けっこうセンシティブなことを言ってますけど、そこはどうなんでしょうね。

例えば去年、ある有名な方がいるじゃないですか。「満足」と言っていた人。あの人は社会が担ぎ上げて彼は競技者でありいい人にした。僕は直接知らないので、悪く言う気はまったくないですけど。

でも、彼には彼の個性があって生きてこられたわけで、社会が勝手にそういうイメージを持っているわけで、ゴシップが出ると「それ見たことか」と一気に叩き落とすというか。ああいうメンタルが日本人はけっこうあって、散々担ぎ上げて落として楽しんじゃうというか。

でも、きっとさきほどからお話しているように、みなさん普通であり普通に恋愛して、きっといろいろな思いを持っているんだろうと考えた時に、そういう固定概念もこれから取っていかないと思うし、まだそこにどこまで踏み込めるかもありますけどね。そういう部分もきっとあるのかなという気はしますけどね。

梅澤:分娩や子孫を残す話も、自然でいくか、AIに頼んで効率化するかという話もあるんだけど、能力開発も同じような話がある気がしています。

いわゆるAGI(汎用人工知能)といわれるAIがどんどん進んで汎用化する世界を考えると、普通に効率的なことは全部AIにお任せする話になりますもんね。そうなった時に残るのは、結局いろいろな類の異彩というか、ビッグデータの結果として出てこない変なことをやる人たちが重要なのかなと思います。

従業員や教員へのフィードバックにもAIは活用できる

:ちょうど先月MITメディアラボにいって、人工知能を研究している人と話した時に、能力開発の分野で人工知能が飛躍的に貢献できるのは、アキュラシー(正確さ、精密さ)とフリークエンシー(頻発性)の2つだと言っていました。

人間は正しいフィードバックがかかると成長する。そして、その正しいフィードバックの回数が多ければ多いほど成長スピードがどんどん加速するそうです。だけど今、判断する側が制約要因になっていて、つまり先生は成績をつけるのが大変だから2期制。要は前期、後期で評価するじゃない? 

梅澤:だからフィードバックがぜんぜん足りないんだ。

:ぜんぜん足りてない。アキュラシーも足りてないかもしれないし、フィードバックするのが大変だから、会社の人事制度もウチなんかも半期なんだけど、半期である必要は本当はない。

梅澤:ないですね。

:だって12月に一斉にやらないといけない。12月にフィードバックされるとすごい燃える人がいるわけではない。単純にフィードバックする側の都合でそうやっているだけ。これからは人工知能、Googleがそうなっているんだけど、すごくパフォーマンスが上がっているものを、いくつかのインデックスで「ねえねえ、この子パフォーマンス上がっているみたいだから、賞与を出すことを検討したらどうですか?」ということが、マネージャーにサジェスチョンがくる。

そうすると、それを実行するかどうかはマネージャーの裁量や、「パフォーマンス落ちてるよ」という人工知能のフィードバック。つまり大切なのはその子がフィードバックが必要なタイミングをキャッチでき、その落ちている・上がっているなどを、できるだけ主観ではなく拾ってあげられる。そこが人工知能やデータがものすごく得意なところで、私たちがこうやって見ていなくても、いくつかのインデックスで「ちょっと変な数字が出てますよ」とくる。

その数字をもとに梅澤さんを見たら「あっ、確かに今これはケアしたほうがいいかも」って判断できるじゃない。だから、そのアキュラシーとフリークエンシーを高める、すごく役立つ手法として人工知能と人間は共生するけども、人工知能がそのまま人間にフィードバックすることは絶対にないそうです。

自殺者のデータもAIで解析できる

:つまり(ロボット風に)「ハセガワサン、アナタハ」とか、どんなにがんばっても「ハセガワサンアナタハ」と言われてもフィードバックにならないでしょ。

そこは取って代わられるというよりは、絶対にデータのほうが多様に早く頻繁にタイミングキャッチできるけど、人間という社会は多様性を増していくし能力も開発されていく。

やはりますます多様になるなと思う。恋愛を見ても、昔はお見合い結婚しかダメだった。家柄同士じゃないとダメだったけど、今は基本なんでもありだし、精査も正確になっているから、それがもっとなんでもありになっていけば、どこまでいけるのかという話ですね。でも、それがいいなと思います。

長谷川:確かにそうですね。AIとの関わり方は、まさに私も実感を持っています。うちの場合は能力開発というよりは、人工知能を自殺の予防に使っているんですね。毎日来ている2,000人の精神疾患の方のデータを、テキストで人工知能が毎日解析しているんです。どの人が自殺のリスクが高いのかをランク化しています。でも人工知能が直接フィードバックすることはないんですね。

それを最初はランク化されたものを専門家の人間が見て、どの人が本当にリスクが高いのかを判断して介入していくんですけど、最終判断は人間じゃないと難しいと思います。ポイントは、ある種ダウンサイドを予防することにおいても、アップサイドをより伸ばしていくという話においても、障害になりやすいのは管理そのものです。

やはり、管理者が管理したい、ちゃんとやりたい、楽に効率的に管理したいものを今度はどう手放すか、手放させるかという観点でいくと、AIは管理を委ねさせるものとしては、非常に上手く使えるツールなんだろうなと思います。

梅澤:僕、コンサルタントとして企業の意志決定のグダグダのところもたくさん見てきて、3回に1回ぐらいは、この意志決定は人が関与しないで機械化してしまったほうがぜんぜんいいなと思うことがありまよ。

:ありますよね。梅澤さんがいるような場は、嫉妬や政治で、普通に考えたら「Aだよね」というところを、「あいつが、澤邊が言ったんだったら俺は絶対にBにしてやるみたいな」そういうのがあるじゃないですか。

梅澤:人情の世界はありますね。

:だから、能力の問題というよりは、そういうバイアスがない状態で見るとどうなのかという場面が多い気がする。

梅澤:なので、世の中の相当の部分の意志決定は、自動化をしたほうが話が早いと思う経営者もやはり増えてくるから、自動化できるところはどんどん進むと思うんです。その時に、さきほど長谷川さんが言っていた、いろいろな人がいろいろな尖った能力を持っているところこそが大事になっていく気がしています。それは画一的な教育システムだと、ぜんぜん今は拾えていない。

LGBTの人たちは経済活動とシンクロできている

梅澤:もっとちゃんと可能性を見つけて、その可能性を本人とある意味で共有をしながら、その将来の強みを伸ばしていく方向に社会全体がどれだけ舵を切れるか。どうしたらできるんですかね? 「LITALICOがんばって」というのはもちろんなんだけど、とにかく社会に広げていかないと足らないじゃないですか。

澤邊:そういう意味でいくと、LGBTの方は上手く経済活動とシンクロしている。聞いた話では、ニューヨーク界隈で、美容関係をやっているとLGBTの方のほうが評価が高くて能力があると思われるから、そういうふりをする人が出てきているそうです。

長谷川:ファッションもそうだと思います。

澤邊:そういうのはおもしろい逆転現象だなと思っています。その能力が経済活動に組み込まれていった時に、おそらく見方が変わっていきます。そこに「どう組み込んでいくか」がないと、そこと社会で分断されていると恐らく、あまり発展しないし、能力を磨いたところで……となってしまうんでしょうね。

長谷川:なにしろ、多様性をどう加速させるのかという問題は、例えば先生が子どもを見ることは、ちゃんと判断しようと思ったら一定のラベルが必要です。人間がなにかラベル付けをすることは、国語ができますか・できませんか、男ですか・女ですか、運動できるか・できないかのような、せいぜい10個か20個ぐらいのラベルでしか、ラベル付けができないです。

やはり多様性を活かしてダウンサイドをヘッジしよう、アップサイドをもっとその子らしい生き方に繋げていこうと思うと、ラベルを数万・数億の単位で見ていって、何が一番いい組み合わせなのかを考えなきゃいけないんですけど、これは人間じゃ不可能ですね。だから、思考マシーンの人工知能みたいなもので、何億あるラベルの中の組み合わせで、一番いいものは一体何なのかをヒントとして出していく。

最終的に、先生が組み合わせた提案を見ながら「あっ、この子は今これをやりたいタイミングだからちょうどいいかも」と、その思考の結果を活かしていくやり方ができないと、結局、日本においてコストの問題にもなってくるじゃないですか。

それでは、先生を1学級に10人にしたらいいかというと現実的ではないですね。先生を増やせない前提の中でいくと、やはりこういうシステムをどう使っていくのかは、かなり現実的な解にはなるだろうなと思いますね。

マッチングできるプラットフォームを

澤邊:例えば、知的障害の方でビジネスの能力が高い人が多いじゃないですか。しつこいですけど、それがマーケットに開放されていないので、どうしてもアウトサイダーアウトプットみたいなかたちで、ある括りの中で展示会などになったりします。

もしかしたら、スマートスピーカーのようなものが普及していって、ある程度ニーズを細分化して拾い上げられるようになると、そういうマーケティングデータの中から、「この人、この絵が絶対に好きだよね」のようになるかもしれません。

自動的にマッチングしてくれると、例えば大きくコマーシャルなどしなくても、その中に自動的に組み込まれていくのが、もしかしたらAIの進化で起きてくるかもしれないですね。

例えば、重度障害を持った方が絵を持って売りにいけないじゃないですか。そこをマッチングしてくれたら、欲しい人と結びついて、それで機材が買えたり、生活ができたりということが起きてくるかもしれないから、そういう進化が起きるかもしれないですね。

それがまた教育にフィードバックされると僕はいいなと思うし、実際問題、なぜ僕がここにこだわるかというと、18歳で怪我をした時に一番絶望的だったのが、手足が不自由なので、もう働けないと思ったわけですよね。

「もう働けない」と思う瞬間は、ものすごく怖いんですよ。「もう完全に俺は社会から必要とされていない」と思ってしまう。まさかこうなるとは思ってなかったので、やはりその社会活動というか、経済活動という中に自分が組み込まれるのがすごい自信になるし、おそらくそれを求めている人が多いんじゃないかと思っています。まず、そこを達成していきたいのがものすごくあります。

それは今、テクノロジーの進化でもっと加速するんじゃないかという気はすごくしますね。僕ももしインターネットに出ていなかったら、今のワン・トゥー・テンという会社はきっとないわけですし。

梅澤:そういう意味でインターネットで、それからマッチングを含めてクラウドソーシングもプラットフォームになるし、さらにそういうプラットフォームがこれから増えていくといいですよね。

澤邊:そうですね。それはすごく期待したいし、何かやりたいですけどね。

脱・欠点のほじくり合いをする文化

梅澤:ということで、そろそろクロージングの時間が参りました。「渋谷」というキーワード、あるいは「多様性」というキーワードで集まっていただいたみなさんに向けて、最後に1つメッセージをいただければと思います。長谷川さん。

長谷川:はい。システムの話もいろいろあったんですけど、それも重要です。ただ、なにか多様性を阻んでしまう文化が問題です。さきほどの「誰かが不倫した」「誰かがああした」と言って、まったく関係ないのにワチャワチャ騒いで欠点のほじくり合いをする文化をやはりなんとか変えていかないといけないなと思っています。

なぜこういう文化があるんだろうなと思うと、たぶん障害ある・なし、変わってる・変わってないとかではなくて、大半の人が自分らしく生きてないということだから。「自分らしく好き勝手に生きてる人がいるのはムカつく」みたいなという感情になってしまうのではないかと思います。僕はある種、障害者と言われている人や、異才だと言われる人よりも、そう言われていない人のほうが、適応過剰のような問題を本質的に抱えていると思います。

「本当は自分はもっとこうしたい」ということを見ないで、適応できてしまうがために上手く適応していて、「自分っていったい本当は何がしたいのか」に向き合わないまま過ごしていっている人のほうが大多数。そういった問題が顕在化してくると思っているんですが、やはり自分自身が何かを我慢して自分らしく生きられていないと、そう生きている人に対して、妬ましく、羨ましくなってしまうと思います。

ここにいる登壇している僕らも、会場に集ったみなさんも、「自分が自分らしく生きる」ということを、「好き勝手に生きることを全力でやっていく」ということが大事なんじゃないかと思っています。子どもたちも障害がある人たちも、自分らしく、主体的に生きてない人から、「そうしろ」と言われても伝わらないですね。

ロジックでだけ伝わるよりも、人間が人間と関わる中で学び合っていくのは、その人の生き様から出る、匂いや表情、そういうものを五感で感じて人間って学びを得ていくと思っています。たぶん学校の先生も親になっている人も、いろいろな人と関わるみなさん自身も、自分自身が主体的に自分らしく生きていく。

そういう生き様を増やしていって、そう生きている人が5割・6割になってくると、だんだん文化も変えていけると思っています。今日は好き勝手に喋りましたが、今後も好き勝手にしゃべって生きていきたいと思います。ありがとうございました。

(会場拍手)

梅澤:ありがとうございました。好き勝手に生きるというのは渋谷っぽいキーワードですね。

「あなたがいてくれて良かった」の幸せ

梅澤:林さんお願いします。

:私はやはり、人それぞれの中にマイノリティの部分があることをちゃんと気付くことかなと思っていて。私自身、実はシングルマザーなんですよ。ここで言ってもなんなんですけど、息子の学校の保護者会でハードル高くて、まだカミングアウトしていないんですね(笑)。ここでは言えるんですよ。でも、息子の学校はみんな素敵な奥様がいる中で言えていない。

梅澤:なんと!

:すごいカミングアウトの難しさを知ってるの。そのように人は、つい「林さん、会社が成功していていいですね」って言われると、「すみません。他人にまだ(シングルマザーだと)言えてないんです」という。その両方があることを知っていたら、自分がマイノリティである・ない関わらず、違いが意識できる。

そうなった時に生きていけるのは、誰か1人でいいから「あなたがいてくれて良かった」という関係があるかだと思っています。別に100人じゃなくていいんですよね。しかも、あなたを助けてあげるじゃなくて、「あなたがいてくれて良かった」という。

その一言を繋ぎ合えたらもう大丈夫なのかなという気がするので、その場面をどうやってつくれるかということを、これからも長谷川さんとお二人ともそうだけど、私も私のフィールドでそういう繋がりをつくっていきたいなと思いました。

梅澤:深いです。ありがとうございます。

(会場拍手)

AIの活用事例が増えれば発見の宝庫となる

梅澤:では、最後に澤邊さんお願いします。

澤邊:渋谷は昔「ビットバレー」と呼ばれて、いろいろな有名な会社もあります。デジタルという話でいきたいんですけど、20世紀はやはり物質的な充足というか消費の時代で、いかに効率を上げるかをやってきたと思うんですよね、

今、21世紀に入って「体験消費」などが叫ばれて、やはり非効率なところに答えがあるというか、自分がこれまで気付いてこなかったところの発見に喜びを感じているわけです。そういった知的探究心みたいなものがある方がきっと、ここにも来られていると思います。

僕はマイノリティという言い方は嫌いですけど、仮に自分とは違うタイプの人に出会ったとすると、やはり気付きが多いじゃないですか。その人を通じて自分はまた変わるようなことだったり、「何が違うんだろう」とか考え出したり、僕はその刺激が21世紀にすごく必要だと思っています。効率を上げる部分はもう完全に達成されているので、非効率のところに宝がある。

やはり渋谷なので、いろいろなベンチャー企業が集まっているところなので、それを対岸の物じゃなくて、そこにおもしろさを見つけて。われわれでいくと、さきほどのサイバーウォッチャーみたいなものをつくってますけど、そこにテクノロジーをかけ合わせたり、クリエイティビティーを入れることで新しいサービスが生まれたり。

でも、マイノリティのためだけじゃなくて、さきほど聞いた自殺者にAIなど、実は「みんながハッピーになれるものなんだよ」という発見の宝庫のような気がしています。企業でも使えると思うんですよ、鬱の方が増えてるわけだから。

そうするとマイノリティのためにつくっていると思っていたものが、マジョリティに展開されることは大いにあり得るわけで、そういうことをヒントとしてピックアップしていけると、きっと日本の産業自体がもっともっと活気づくんじゃないかなと思います。

なにか、今日の登壇で受け取ったら、そういうところにもチャレンジしていただけるといいんじゃないかなと思います。ありがとうございました。

(会場拍手)

梅澤:ありがとうございます。とっても深くて総括できないので放棄します(笑)。とっても深いメッセージをお三方にいただいたので、このままクロージングしたいと思います。澤邊さん、長谷川さん、林さんに大きな拍手をお願いします。ありがとうございます。

(会場拍手)