「Ustreamもない時代」から、映像中継はどう進化した?

藤崎智氏(以下、藤崎):みなさん、こんにちは。藤崎でございます。

今日この場を設けさせてもらってすごく感謝しているんですけど、実は今日の僕の話は完全にアウトドアな現場の話なので、他の登壇者の話とは若干違うかもしれないです。

もし今後中継をやりたいとか、将来的に自分のところで、生中継のチャンネルを持ちたいという方がいらっしゃいましたら、非常に役立つ話ができると思うので、ぜひ聞いていただければと思います。

では、まず簡単なプロフィールですが、僕は某お台場のテレビ局で3年働いた後、自分でインターネットの会社を、まだ「Ustream」ができていない頃から設立して15年やりました。その後サイバーエージェントに入って、今AbemaTVを担当させていただいております。

今日は3つお話したいことがあります。まず1つ目が中継の進化。私が某テレビ局にいた時代から、このAbemaTVまでどういう進化を遂げてきたのか。次に、実際に将棋の中継ってどうやっているのかというのを見ていただきたいです。

最後、時間があったら、実際に現場にいて「まじか!」みたいな感じの状況があったんで、そのベスト3を発表したいと思います。

まず1つ目ですけど、中継の進化ということで、テレビ局および当時からですけど、昔はこういうFPUというマイクロ波がありまして。中継車があるんですけど、その上にアンテナがついていて、近くにあるビルのアンテナにいったん電波を送った後、ビルから地上の専用線を使ってスタジオに画を送っていたんです。

この利点としては、もちろん専用線なのでテレビとしては完璧ですし、秘匿性が高いです。遅延も少ないんですけど、いかんせん免許が必要になりますし、とにかくお金がかかるんです。

これ、「1時間にいくら」ってNTTにお支払いするんですけど、むちゃくちゃ高いです。そして1つの映像しか送れないです。中継先に1つの映像があって、1つしか送れない。

中継車3台、ナミブ砂漠から6分間の中継で5,000万円

一番きついのが、この見通しと狙いが困難ということ。現場に行くとまず必ずやることが、そこから専用線がきているビルが見えるかどうかを探すんです。そのビルに向かって、アンテナを一生懸命に合わせてから放送するということを、今までずっとやっていたんです。

これがあまりにも大変だということになって、次に登場したのが衛星です。衛星とは……みなさんが考える中継車って(スライドの)これだと思うんですけど、車の上にお皿みたいなのががついていて、このお皿から上空に電波を発射にテレビ局で受信します。

もちろんこれも専用線で秘匿性も高いし、世界中どこでも使えるんですけど、免許が必要です。あと、遅延が多いです。どれくらいの遅延かというと、35,000キロくらい上に電波を発射するので、だいたい行って帰ってくるのに1秒くらいかかるんです。それでずれてしまう。

もちろん、1つの映像しか送れません。さらに天候に左右されやすい。今日のような天候だと放送できないです。完全に雨が降って雲が出ているので、衛星車は放送できない。そして伝送費用がとてつもなく高い。

この伝送費用がどれくらい高いかというと、覚えている人もいるかもしれないですが、第63回NHK紅白歌合戦でMISIAがナミブ砂漠から中継車3台で某テレビ局から放送したんです。6分間放送したんですけど、この費用がなんと5,000万円。中継を6分やるのに5,000万円です。3台中継車。ナミブ砂漠なのでとんでもない。

衛星が飛ばないんで大変だったようですけど、このようなことをAbemaTVでやるのは難しいです。6分だけで毎回5,000万かかるんで。なので、当時AbemaTVができる前、サイバーエージェントでタレント向けの動画プラットフォームを提供していたんですけど、私が考えたのは、まずSkypeでやろうということだったんです。

AbemaTV立ち上がりのタイミングで起きた4Gの革命

Skypeは有名だと思いますが、とにかく簡単で画質もそんなに悪くない。遅延が実は0.2~0.3秒くらいなので、けっこう使えるんです。

ところが、通信状況によって不安定でばんばん落ちちゃうんです。一番つらいのは、PCベースなのでPCがハングアップするとか、PCのスペックが低いとすぐに放送ができなくなる。

一番きついのが、出力が難しいこと。(スライドを指して)ここを見てもらえればわかるんですけど、入力PC、出力PC、配信PCとかで1つの映像を送るのに、これくらいのPCがいるんです。外に出すのにえらい負担がかかります。

これが、だいたい4年前くらいに放送させていただきました。ここから1年後、マイクロソフトさんが新しいプラット「Skype TX」を考えたんです。

これは放送用Skypeっていうんですけど、先ほどのものと見比べてもらえればわかるんですけど、あれだけのマシンがたった1台になるんです。これ1台で簡単で、画質も最大720Pくらいいけるし、遅延が少ない。

ちょっと不安定というのは、相手先のネットワークが低いと不安定になっちゃうんですけど、こういうかたちでSkype TXができたんです。

こちらを利用した放送というのが、うちの社員が自撮り棒を持って、仙台とか博多とかいろんな現地に行って、おにぎりを集めて東京に帰ってくるという番組です。これが当時Skype TXを利用した、日本、いや世界で初の放送だったんです。

ですが現場でも電波が弱いとかいろんなことがあって、ちょっと難しいんじゃないかということになりました。ではどうしようか。

そういうタイミングでAbemaTVが立ち上がりました。「じゃあ将棋をやるときにSkypeでやろうか」「それともやはり衛星でやろうか」「またはFPUでやろうか」といった時に、この4Gの革命が起きるんです。

僕が3年前ぐらい前に幕張に行った時、ある人に呼ばれました。「藤崎さん、イスラエルでやばいものができた」「やばい機械ができた、ちょっと使ってみないか」と。その機械がこのLiveUといい、当時イスラエルが作った機械なんです。

この機械はなにをしているかと言うと、実際こういう機械を背負っているんですけど、中身がわかりづらい。一番左に本体があるんですけど、セルラーネット1から8と書いてあって、キャリアを束ねてボンディングして、渋谷の本社に送る装置なんです。

今まで1回線1本だったところが、NTT、au、ソフトバンクのキャリアを束ねていって、それを8分の1に分散して画を送って戻す装置です。

AbemaTVは8本を束ねて1回線で送っている

中身がどうなっているのか。みなさんよく使っていると思うんですけど、USBのSIMカードがそのままぶら下がっているという(笑)。

(会場笑)

8本そのままっていう感じで。僕も開けてびっくりしたんですけど。「こんなふうになっているんだ!」と。

これのすごいところは、スライドを見てもらえればわかると思うんですけど、au、ソフトバンク、ドコモを束ねて、全ネットワークのビットレートが出ています。AbemaTVは5メガで配信しているんで、この5メガに対して、自動的に8本に分散して送っているんです。

ポイントは、1回線に1本送っているわけではなくて、8本を束ねて1回線で送っていること。これで、どれだけトラフィックが低くてもほかでカバーする。例えばauの4Gが720Kと書いてありますけど、これが300Kになったとしても、2番のソフトバンクが今度600K稼いでくれたりします、というかたちになっています。

これのすごいところは、さすがにイスラエルなのでクラウドで動いているんです。(注:イスラエルが偵察目的で開発した製品で1つの通信拠点で映像を送ると敵にその通信拠点を制圧された場合、映像が送れなくなるため、複数の通信拠点を束ねて送る方法を開発。また作戦本部が敵に制圧されても他拠点でも映像が見れるようにクラウドで制御する方法を採用)

(スライドを指して)クラウドの画面なんですけど、クラウドで動いていて、さら位置まで出る。ここで実際放送している画をご覧いただきますね。今生放送中の、竜王戦をやっているんですけど、実際このようにこの現場からでも画が見えるようになっています。生放送の画ですね。これがあるおかげで、FPUや衛星がまったくいらなくなりました。

従来のテレビであれば、衛星車がメインになって現地から衛星通信を使ってスタジオに送ってたんですけど、AbemaTVとしては、24時間の放送をやるために不向きなんです。現地に何人も行かなくてはいけない。これはきついということで、AbemaTVの場合はこれを4台持っていって、キャリアを束ねて送るかたちをメインにしています。

これを実際のテレビ局でやるんだったら、こういうことになります。4台衛星中継車を持って行って、4個の衛星を使って送らなければいけない。これはとてつもなくお金がかかるので、AbemaTVでLiveUを使っている。

AbemaTVのLiveUの国内保有台数は放送業界で2位

おかげさまで、現状この保有台数がなんと日本の放送業界で2位になりました。NHKさんの数が多すぎるのは問題なんですけど(笑)。AbemaTVは、実は全国2位になっています。

ということで、LiveUを使って放送しているわけですが、問題点を挙げるとすると大量アクセスで速度が低下する、パケットが死ぬなどいろいろあります。それはうまく対策しながらやっています。

ただ、その場所が圏外ということがあるので、現在私が注目しているのが、衛星ブロードバンドサービスです。これは通信衛星を使って、渋谷にインターネット網で送る装置です。

これも1回やってみたんですけど、わかりづらいんですが日本には4ヶ所衛星があるんです。例えば明日、北海道で中継をやるとすると北海道は401衛星、次に九州は404衛星でその都度そのためのお皿(衛星アンテナ)を変えなきゃいけません。

このお皿を僕が新幹線で背負っていくには、亀みたいでけっこうきついんですよね。畳めないですし。やはり、これはちょっと厳しいなというのが正直なところありました。あと、2021年にこのサービスが終わり、その後、新しい衛星が打ち上がると言われています。それまでは別の方法でがんばろうかなと。2021年以降に使ってみようかなと思っています。

将棋中継は2ヶ月前から準備をしている

実際の将棋中継ですけど、どうやっているのか簡単に言うと2ヶ月前から準備しているんです。2ヶ月前から現地の視察をして、1ヶ月前にNTT工事をして、本番に挑みます。ちょっと時間がないので(スライドを)飛ばしますね。長崎の現地の実際の画なんですけれども、全部回線ルートの指示をしなければならないんです。

「光の導線をここに引いてくれ」とかNTTに言って、切り分けポイントも言って、光ケーブルの位置を説明してNTTに提出するんです。そして次はキャリアの速度を測ります。速度を測った後に、さらにこれは新潟のデータなんですけど、新潟の全キャリアの位置とアンテナの位置を全部把握します。

それのほかに、電気をめちゃくちゃ食うので、例えば現地に「古い民家なんで、発電機を用意してください」。あとは、(普通なら)ありえないんですけど、97Vしかでないホテルとか、1階から4階までケーブルを吹き上げないといけないなど、いっぱいこのようなことがあります。

これを2ヶ月前から1ヶ月前までやった後に、やっと前々日に入るんです。

櫓(やぐら)っていうんですけど、こういう櫓(注:天井から盤面を撮影するために必要な舞台)を立てるんです。長崎、新潟、岐阜、愛知。愛知とかすごいですけどね。徳島、静岡。そして前日の午前中に中継準備をするんです。例えば、これは新潟県の龍言というところなんですけど、この150メートルを通す工事を僕が1人でやりました。

どうやるのかというと、まずカメラを櫓に設置します。 これは調整を含めてだいたい2時間くらいかかります。その後、左から対局室前にWi-Fiを1台立てます。その後屋根を通して、1階の廊下を通します。

そして、廊下の途中でもう1台Wi-Fiを使います。2本目の廊下を通した後、最後Wi-Fiの中継機を通した後、中継本部に持っていく。ここにLiveUがありますね、光ルーターを置いてます。

次に現場のWi-Fiを測定します。Wi-Fiがかぶっている場合は、手動でWifiのチャンネル番号を入力し、現場とかぶらないようにしていきます。また、これはキャリアアンテナのをカバレッジ(電波方位、電波強度)とセル(アンテナの位置)を表示するツールなんですけど、この結果を元に、LIVEUの向きを決めます。

この結果を元に、実はあまり見せたことがないですけど、キャリアからAbemaTV用にお借りしている、リピーターという簡易基地局みたいなのがありまして、全キャリアの簡易基地局を立てています。

そして検分と言って16時に必ずやるんですけど、対局者の人が「対局の環境はどうだろうか、照明や空調はどうだろうか」などを見るんです。それが終わったらここから一切触れません。我々の仕事はこの手前までなんです。最後に、天井カメラ、横カメラ、そして移動できるカメラの画をスタジオに送って回線チェックをします。

そして、当日は8時から26時まで、15時間以上ずっと見る。簡単なんですけれども、事前準備も含めると2ヶ月くらいかかるんです。放送は1日なんですけど、実は現地の準備も3日4日かかっています

2時間くらいカメラ調整をして、15時間くらいの生中継に耐えうる安定性の確保と監視を行うことが大事です。絶対に放送を止めてはいけないので、ネットワークなり、光なり、キャリアや衛星などありとあらゆる手段を使って、なんとしてでも渋谷に送ろうというのが我々の使命です。

今のところ1回も止まらずやっているんですけれども、ここまでのことをやっているんだよということをわかっていただけると幸いです。

「ネットなし」「国宝だから触れない」、取材先での想定外な出来事

残り少しなので、みなさんが楽しみにしている想定外のお話をします。(想定外だったこと)第3位です。「インターネットが黒電話」。

(会場笑)

昔ある地方の旅館に行ったんですけれども、「ネットはありますか」と言ったら、まずこれ(黒電話)を出されたんです。「えっ」「これは……!?」と言ったんです。「当館は150年の歴史がありまして、ネットは引いてございません。滝など風景を見ていただいて、都会の喧騒を忘れて過ごしていただくのが、当館の方針でございます」と。

まあその通りですし、確かにいいんだけど、「ネットが使えないのはどうしよう」と大変でした。これは結局、光回線を後で3本引くことになったので大変でしたね。

第2位。「8階までクレーンで光工事」。これはルーターが別館1階にあるんですけど、対局が本館8階なんです。なので、クレーン車で8階まで上げるという。NTTさんががんばってくれたんですけど、行ってみたらONU(光終端装置)がなくて、光回線だけが普通にベランダに捨ててあって、「これでは放送できないだろう」と思ったいい思い出ですね。

最後、1位です。これは僕の中で一番の思い出です。「国宝」っていう。

(会場笑)

工事すらできない。もうなんにもできない。行ってみたらNTTからも断られるわ、ネットもつながらないわ……。山奥で、さらに国宝で。もうなんにもできないです。ガムテープも貼れないです。どうしよう、みたいな。

これもなんとかクリアしたんですけど、こういうことが度々起こるので、これから将棋番組をAbemaTVで視聴された時に「なんか藤崎がやっているけど、こんなことやってるんだな」と思っていただければと思います。

AbemaTVでは採用を強化しているので、もし一緒に僕と将棋で地方に、こういう大変な仕事かもしれないですけど、「楽しいので行ってみたいな」と思う方はぜひ応募していただきたいと思います。

それでは簡単ですけれども、ご清聴ありがとうございました。

(会場拍手)