クリエイターの“無理難題”にどう応えるか

佐藤詳悟氏(以下、佐藤):ここから、具体的なテクニックというか、ふだんどう考えて、どうプロデュースをやっているのかというところにいきたいのですが。今のお話では、無理難題にどう応えるかというものがあります。

川窪くんは、あまり無理難題はありませんか?

川窪慎太郎氏(以下、川窪):無理難題……。

佐藤:クリエイターからの無理難題。

川窪:クリエイターからの無理難題は、僕はあまり経験がないですね。業界で噂になるのは、ワンコールで電話に出ないと怒る先生。

(会場笑)

佐藤:(笑)。いるんですね、そんな人。

川窪:1回電話が始まると、5〜6時間は絶対に終わらないから……携帯充電器というんですか?

佐藤:はいはいはい。

川窪:あの、重いバッテリーを持ち歩かなきゃいけない先生など。

(会場笑)

佐藤:(笑)。

川窪:そうした話は聞きますね。

クリエイターと対等であるためには誠実であれ

川窪:僕は基本的には……。これは、あくまでも僕が目指しているものですが「漫画家と編集者は対等であるべきだ」と個人的には思っています。もちろん中には、「漫画家さまさま」と唱える人もいるでしょうし、それが正しい面もあるかもしれません。しかし、僕は対等であるべきだとやっぱり思っています。

それはつまり、作家に対して「僕らは対等ですよね」と言えるだけのことを自分がしなければいけないと思っているからです。だから「言われたことをやる」「お願いされたことに応える」というようなものではなくて、こっちからも積極的に仕掛けていかないといけないし、この人に無理難題を吹っ掛けるぞと思われるようじゃダメだというか。

そうした関係でいたいと思っているので、あまり無理難題は言われませんね。

佐藤:クリエイターとの向き合い方やコミュニケーション方法では……例えば今でいうと、こっちから仕掛けていくというと、具体的にはどのようなことをされていたりするのですか?

川窪:ちょっと質問とは離れちゃうかもしれませんが、僕が意識していることでいうと「嘘をつかない」などですかね。それって当たり前のことなのですが、いろいろやっていると不都合なことがいっぱいあるじゃないですか。

例えば漫画家さんでいうと、他社からのお話などもいっぱいある。『進撃の巨人』の連載を初めに「ウチでも描いてほしい」「ちょっとしたイラストだけ描いてほしい」といったものです。

佐藤:はい。

川窪:そうした依頼がごまんとくるんですよ。それって直接作家のところにはいかないので、編集部を通じてお話がくるんですね。

佐藤:はい。

川窪:そういうものは僕らとしては、正直に言えば握り潰しちゃいたいんですよ。

佐藤:はい。

川窪:なぜなら、諫山さんで言えば『進撃の巨人』を描いてほしいからです。『進撃の巨人』を描く妨げになってほしくないし、本当はがんばれば45ページ描けるのに、それがあるせいで40ページになっちゃったりしたら困ります。なので、基本的にはそうしたお話は握り潰したいのですが。

それは、諫山さんに前もって「全部僕にハンドリングを任せてほしい」と宣言をしてあるのです。その代わりに、絶対に握り潰したり、嘘をついたりはしないので、信じてほしいと告げています。

基本的に、お話はほとんど9割くらい僕が判断します。残り1割くらいはどうしても諫山さんに聞かなければいけないことを聞くのですが、その判断を「自分に不都合だから」「講談社にとって不都合だから」という判断は絶対にしません。

各社から依頼されるクリエイターとのコラボ、判断基準は?

佐藤:その一番大事にしている、(スライドを指して)この右上に「ブラさないこと」とあるのですが、判断基準にしていることはなにがあるんですか?

川窪:判断基準にしていることは、僕がむしろ諫山さんから学んだことなのです。相手が求めている案件というのを「楽しんでやってくれているか」「真剣に心からやりたいと思っているか」ということを判断基準にしていて。

ただ作品と商品のコラボで、「パッケージにイラストを貼りつけるだけ」みたいなモノはいくらでもあるのですが。チョコレートのパッケージを『進撃の巨人』にするとか『ONE PIECE』にするとか。

そうした依頼があったときに、向こうの人が「ただ利益を求めてやっているのか」、それとも「『進撃の巨人』と組むと、こんな面白いクリエイティブがつくれる」「『進撃の巨人』が好きだから」だけでもいいのですが……「この案件について楽しんで本気でやってくれているかどうか」を、大事にしていますね。

それがあれば結局、作品にも跳ね返りがあるというか……つまらないコラボをするより面白いコラボした方がいいというか。例えば、チョコレートを通じて作品を知ってもらうこともできるので。そうしたモノが一番大事ですかね。

セカオワから来た球は全力で打ち返す

佐藤:宍戸くんは……僕の直感というか、感覚ですが。無理難題がまぁまぁ多いのではないかなと思っています(笑)。

宍戸亮太氏(以下、宍戸):だらけですね(笑)。

佐藤:判断基準も含め、そうしたモノがきたときに、まずどう感じ、どう動いているのかということにすごく興味があるなぁという。

宍戸:無理難題……。僕個人で感じるとすごく多いなと思いますが、それって僕が感じているだけだと思っています。クリエイターの子たちだから、ピュアに真っ直ぐに、それを発信してくれている。

ずっと関わっていて、ほぼ毎日会っていても、僕の常識と彼らの常識は違う。だから僕の常識ですべてを話しちゃいけないし、僕の常識で彼らの感性を潰しちゃいけない。いろんなことがくる中、無理難題にもちろん聞こえるのですが、それはたぶん彼らにとって無理難題ではなく、叶えたい想いだったり、本当はこうしたいという気持ちであったりします。

ですから、それを無理難題と思わずに、じゃあどうできるかと受け取るようには、すごく意識しています。

佐藤:基本イエスというか、来たモノは基本やるベースから考えている?

宍戸:来た球を返さないと進まないというのは、ずっとやっていて思うので。逃げても追っかけられるし、嘘ついてもバレる。来た球に対して、もちろん不可能なことはちゃんと話をして、説明してあげるとわかる子たちなので。

やれない理由じゃなくて、やれる方法を考える

宍戸:例えば、2013年に『炎と森のカーニバル』という野外ライブを富士急ハイランドでやりました。そのとき「30mの木を立てたい」という話があってスタートしました。しかし30mの木というのはなかなか……他の人はやったことがなくて。「できない」というのをあちこちから言われました。でもメンバーが「やりたい」。そこで、いろんなせめぎ合いがあったのですが。

結果、ある日メンバーが10個くらい画像を送ってきて。「これは30m以上あって、立っている」「だから、できるはずだ」と言われたんです。

佐藤:すごい(笑)。

宍戸:証拠があるから、できるんだと思って。

(会場笑)

宍戸:「不可能じゃないぞこれは」というところから、もう1回チームのみんなに彼らの想いを伝えて。そして、やってみたらできた。あのときに学びました。それ以来、やれない理由じゃなくて、やれる方法を考えようと発想するのは、あの経験から思ったことではありますね。

みんなが無理だと思っていたけど、すごく大変だったけど、やったらできた。無理難題のように聞こえたけど……捉え方を変えると、視点を変えると、そうではないというのはありますね。

意見は一度自分の中に持ち帰る

佐藤:メンバーからくることがブレてることもないのですか? 俯瞰で見て。

宍戸:メンバーからくることがブレてることも、もちろん……彼らも100%毎回100点をとれるわけじゃないから……あります。しかし、それは日々の話の中で整理できることなので。

佐藤:宍戸くんが「ブラさないこと」というのは決めているのですか?

宍戸:ブラさないのは、彼らの可能性をスタッフがブレて見ちゃいけないなということは思っています。無理かもと思うことがあるけど、それはたぶん僕が無理かもと思っているだけで……そこで可能性を潰しちゃいけない。それを預かって、「僕になにができるのだろう?」というところから、物事を叶えるために、どうできるかというように「止めない」というのは意識しますね。

川窪:それでいうと、諫山さんも、まったく同じような感じです。いろんな……僕が聞いていても、くだらない案件とか「そりゃ無理だろう」とか、「それやってみない?」といったお願いごとが、諌山さんのところにくるのですが。

佐藤:はい。

川窪:基本的に、まず「あり得ない」「絶対やりたくない」といったことは言わない。

佐藤:はー。

川窪:まずは話を聞いてみて、それでやれる可能性があるのか、やる価値があるのかといったことを考える。1も2もなく断るようなことは絶対にしない。

それは打ち合わせでもそうなのですが。僕らが漫画のネームと呼ばれる、絵コンテのようなものを受け取って、感想を言っても。当然、自分は諫山さんはいいと思って描いているわけなのに、それに感想を述べられると、自分がいいと思ったことを否定されるわけされることになるわけじゃないですか。

佐藤:はい。

川窪:その意見も「それはない」「それは川窪さん、わかってない」「それをやったら意味ない」など、そういったことは、今まで1回も言ったことがありません。

佐藤:あー。

川窪:「どうしてそう思うのですか?」「1回家に帰って、考えてみます」など、絶対に持って帰ります。自分の中に持ち帰るというのは、諫山さんは意識しているのかもしれない。

「多数決」か「独裁」か

佐藤:実際、クリエイターの方と対峙しているのは2人じゃないですか。いろんなチームもいっぱいあると思いますが。作品を作っていく中で、具体的に決断していくというか、判断をしていきますよね。

(スライドを指して)「多数決と独裁」というのを書いたのですが。モノを作っていく上で……もちろん、いろんな人の意見を取り入れなきゃいけないという側面があります。とはいえクリエイターが決めなければいけないことや、こちら側が決めなければいけないことがありますよね。

その辺のバランスというのは、どのようにして世の中にモノを届けているか、コンテンツをつくっているのかということもすごく興味があるのです。この辺はどうですかね、宍戸さん。

宍戸:その辺でいうと……もちろん、バランスはあるのですが。「独裁」というと言葉が強いな(笑)。

佐藤:(笑)。

宍戸:でも、そっち側が基本的には強いのかなと思います。それはすごくいい意味で。多数決だと、10人いれば10人意見が違うし、100人いればまたその回答も違うし……かなり不安定なモノではあるから……。

メンバーが話をしていて、なるほどなと思ったことがあるのです。僕、彼らと会って……いろいろな話をして「僕もまだ入って2ヶ月だから」と。音楽業界の人が来たと思って彼らは盛り上がっていたけど「あ、そうなんですね」と。

一方で、たぶん……期待していた人とどこか違う部分もあったとは思います。僕を選んでくれたのは、僕が彼らのことが好きで、彼らの音楽が好きだという気持ちを信用してくれたからです。

「どんなに偉い人より、自分たちのことを全力で思ってくれる人のことを信じたい」と彼らは言っていました。それはたぶん多数決と近い部分があるのです。1つの意見に対して、ちゃんと責任を持ってこうだと強く言える人がいるのであれば、その人を信じて進もうというのは、チームとしては自然とある。

SEKAI NO OWARIのチームでいうと、「多数決と独裁」では、「独裁」という言葉は強いかもしれません。しかし「独裁」という方が、判断の基準としてはイメージが近いかなと思います。

佐藤:メンバーが、この作品はこうだというのをジャッジしていて。それに対してみんなが全力でがんばるチームになっているという。

宍戸:音源制作に関していうと、メンバーがすべて最終的な責任を背負って作る。宣伝でいうと、最初の頃はいろいろと「ああしたい」「こうしたい」という意見をくれていたけど、今はレコード会社がいたり、いろんなチームができてきて、そこは比較的預けてくれています。

一緒にやってきた時間が長いからもありますが、言わなくてもわかるというか……目指している方向、向かっている方向が一緒だから、そこは任せてくれていたり。

ライブでいうと、メンバーがこうしたいという大きな絵があって、それに対して「ああだこうだ」「できるできない」「こうやるとこうなる」みたいな話をしながら、そこは相談しながら決めていく。

プロデューサーは「水のような存在」

佐藤:そもそもお2人の、作品を作っていくチームの人数はざっくりいって何人ぐらいなのですか? ライブか音源かによっても違うとは思いますが。

宍戸:モノによりますが……音源でいうと、メンバーが中心であって、メンバーが完成させます。もちろん、その周りにはエンジニアなど、いろんな人がいますが、基本的にあの子たちが、ほぼ全責任を負って完成させる。

あとは……ライブは、作るものがかなり大きいので。何百人だし、バイトのような人も入れたら、それこそ何千人になっちゃう規模ですが。

佐藤:そうしたスタッフの人たちの意識というか、こっちの方向ですというのは、宍戸くんがやっている?

宍戸:うーん、やっているといえばやっている部分もあると思いますが。なんて言えばいいのかな、関わってくれる人はみんなチームの一員だと思っていて。

例えば、ライブでいうと……メンバーが出てきて、ワーッとなります。でもあれって、その前に準備してくれるスタッフがいなかったら、ステージでなにもできないし。音を出すPAの人がいなかったら、いい音も届かない。照明の人がいなかったら、彼らを照らせず、見せられない。誰が1人欠けても実現できないモノをみんなで作っている。そうした意識が、メンバーにも自然とあります。

ライブだとツアーがあって、いろんな人と話す機会があり、その中でそれは伝わっていったりするので……。一人ひとりと話しているわけではないけど、自然とこっちに行きたいんですという方向は、メンバーから発信されたモノを通して……。

佐藤:伝わっていく。

宍戸:僕も含めて、その流れの中にいて、伝わっていく。さっきの“ブレーキを踏まない”というのもそうですが。最近、水みたいな存在で、たぶん自分がいるのが一番、チームにとっていい形だと思っています。

佐藤:うん。

宍戸:メンバーが発信するモノに、水の流れを作ってあげる。「水を得た魚」という言葉があると思いますが、彼らがその魚になれるように自分が作用する。それができたときに、一番チームとして強いのだろうなと思っています。僕がやるというよりは、きたモノに、その流れを作ってあげて、みんながやってくれる。

佐藤:うん。

宍戸:僕は別に、なにもやっていない。でも、それがチームとしては一番いい状態なんじゃないかと思っているので。その点では、水のように存在することで、人に伝えようとしている部分は意識しているところはあります。

『進撃の巨人』は作者を含めて何人で作っている?

佐藤:『進撃の巨人』は作品を作ってく上で、ほぼ2人で決めていっているのですか?

川窪:漫画は、関係者がすごく少ないので。

佐藤:うん。

川窪:最初の頃はずっと、諫山さんと担当は僕だけだったので、作品を作るという意味では2人だけでした。今は、僕の下にもう1人後輩がいるので。

佐藤:はい。

川窪:なので今は3人ですが。日々の連載、作品づくりにおいて他に関与する人は1人もいません。

あとは、宣伝など……うちでいうと宣伝部と販売部という書店と向き合ってる人たちがいます。あとは、ライツチームというのがいます。それは、作品の二次利用ですね。アニメにしたり、映画にしたり、ゲームにしたり、商品にしたり、タイアップをしたりというチームがいて。

そういう人たちを合わせると、うちの会社の人間で15〜20人もいませんかね。15人くらいですかね。アニメをやると、アニメの会社は違いますが、監督など。制作会社の人間。社内の話でいうと、3人か15人かといった感じです。

佐藤:その中で、さっきの話もあって……諫山さんも、いろんな意見を1回は持ち帰って考える人だと言っていましたが、どうしても意見が割れることはないのですか?

川窪:基本的には、結果としては全部「独裁」ですよ。多数決で決めるということは、ほぼないですね。基本的には……誤解を恐れずにいうと、僕が全部決めています。

佐藤:最終的には。

川窪:最終的には、そうですね。ただ、もちろん、諫山さんを差し置いてという局面はありませんよ。