蚊から学んだ痛くない注射針

マイケル・アランダ氏:人間は物を発明することに長けています。ここ50年間で、携帯電話やインターネットのように、人間の世の中がすっかり変わってしまうようなものを開発しました。

しかし何億年もの間、諸問題を解決してきたのは自然淘汰であり、非常に効率的な解決策が導き出されてきました。そのため、多くの研究者が、人間の頭では考えつかないような解決策を見出そうと、自然へ目を向けています。

これから挙げるのは、人間が自然から借りて来た8つのアイデアです。

蚊に刺されるのは、問答無用で不快なものですよね。ところで、実際に刺される瞬間を知覚することはほとんどないことにお気づきでしょうか。

蚊の唾液は痒みを発生させ、病気を媒介します。しかし、蚊が人類に成した唯一の貢献とは、痛みの少ない注射針の開発です。

蚊が人を刺す時に使う「吻(ふん)」は、7つの可動部で構成されています。2つの部分が人の皮膚をしっかり固定し、もう2つが皮膚をノコギリのように丁寧に切り裂き、ストロー部分が内部に侵入して血を吸い上げます。こう描写するとぞっとしますが、単純に皮膚を突き刺すよりも、痛みは少なく済みます。

2008年、インドと日本の研究者が雌の蚊の吻をコピーして、血を吸い上げるための極小のポンプ付きの極細針を製作しました。ポンプと繋がった極細の針は、刺す時の痛みを事実上なくすことができました。

さらに2011年には、別の研究グループが蚊の吻の7つの可動部のうち3つの部分の模型を作り、極小の2本のノコギリが振動しながら交互に皮膚を突く自動針を開発しました。このようにして鋭い針を入れ、血を抽出したり薬品を注入したりできます。ノコギリ状の刃であれば、通常の皮下注射針よりも皮膚との接点を少なく抑え、痛みを軽減することができます。

岩にくっつくイガイのような接着剤

人のヘルスケアを手助けするもう一種の動物を紹介します。イガイです。

イガイは、岩や波止場、船など、海中のあらゆる物に、体内で分泌する接着剤を使って付着します。この接着剤は耐水性であるだけでなく、海中でしっかり固定されたつなぎ目が破れても、自己修復してしまうのです。

イガイの接着剤の研究者たちは、粘着性を生む特定のたんぱく質を突き止めました。この研究により、耐水性があり毒性の少ない合板用の接着剤など、新しい製品が次々と開発されました。

2014年、MITの開発チームが、この糊状のたんぱく質を作る大腸菌を、遺伝子操作により、大腸菌が菌膜を形成するために使うたんぱく質と結合させて生成しました。こうして、天然のイガイ接着剤と同様に、海中でもしっかり付着する接着剤が完成しました。

開発当初は少量ずつしか生成できませんでしたが、この接着剤はやがて、船舶修理から手術中の患部の接着まで、あらゆる用途に使われるようになりました。

デンマークの開発チームは、イガイのたんぱく質を基に、海中で接着できるだけでなく、イガイのそれと同様、自己修復機能を持つ接着剤の合成に取り組んでいます。

イガイの接着剤は、鉄と強力に結びつくアミノ酸を含み、結合部が破れても、自己修復します。デンマークチームの接着剤は、同様の働きをするように開発されています。いまだ途上ではありますが、今後は手術やその他の、耐水性と自己修復機能を持つ接着剤を必要とする場面で活躍していくものと思われます。

サメやクジラの海洋生物にもヒントが

さて、みなさんはサメとお近づきになったことはありますか?

なんらかの理由でサメを撫でることができたら、きっと皮膚がヤスリのようにざらざらしていることに気づくでしょう。これは、サメの皮膚が小さな歯のような小歯状突起で覆われているためです。

この小歯状突起は、早く泳ぐためと、寄生虫やバクテリアの付着を防ぐためのものです。

小歯状突起は、サメの身体の周囲の水流に作用し、水中で泳ぐ際の摩擦を減らしてサメの泳ぐスピードを上げます。このコンセプトは、ハイテク競泳水着に導入され、素材には似たような極小の突起が施されています。

同様に、船舶への付着物や、病院の壁面への菌の付着を防ぐために、サメ肌を応用する研究がなされています。サメの小歯状突起を顕微鏡で見ると、ギザギザ状態になっており、寄生虫やバクテリアの付着を防ぎます。ある企業がこれをテクスチャに応用し、滑らかな面に比べ94パーセントものMRSAバクテリアを減らす素材を開発しました。

サメと同様、クジラも泳ぎが上手です。クジラにもまた、泳ぎを助ける働きをする突起を持つものがいます。

ザトウクジラは、小魚の群れを追って海で生活しています。しかし、小魚は泳いで逃げてしまうため、口いっぱいのプランクトンをすくい上げるシロナガスクジラのようにはいきません。

そこでザトウクジラは「バブルネットフィーディング」という技を使います。巨大なヒレを飛行機の翼のように使って輪を描いて泳ぎ、泡を吹きつつ、その輪を狭めていきます。こうして魚の群れが密集したところで、その真ん中を泳いで浮上し、魚を飲み込むのです。

さて、研究者たちは、ザトウクジラのヒレ前縁部に結節と呼ばれる小さな瘤や突起があることを疑問に思いました。調べてみると、ヒレの結節が作る谷間へ漏斗のように水流や気流が流れ込むことにより、ヒレの翼のような働きがたいへん効率良くなることがわかりました。

この瘤を、風力発電のタービン羽に応用すると、風力をより効率良く電力に変換できます。飛行機の翼に応用すれば、効率が上がって低速でも航行が可能です。サーフボードの操作性は上がり、ファンのブレードはより静かに高効率になります。研究者たちは、潜水艦からカヤックのパドルまで、この瘤をあらゆるものへ導入しようと試みています。

魚群から風力発電機を改良

海洋生物からヒントを得た改良タービンはまだあります。具体的には、魚が群れを作る方法がモデルとなったものです。

水平軸風車として知られる、背が高くブレードを備えた風力タービンは、互いの動力に干渉し合うので設置が近すぎてはいけません。距離が近ければ近いほど干渉が大きくなり、土地の広さ当たりで生産できるエネルギー量が限られてしまいます。

しかし魚群は、お互いの水流に干渉することなく密着して泳ぎます。そこで研究者たちは、魚群の力学を、狭い土地でも風力発電ができるよう応用できないかと考えました。そして、見事に成功したのです。

垂直軸風車は、短翼を軸で回転させるタービンです。しかし、ただそれだけでは、電力生産量は水平軸風車に及びません。

垂直軸風車が空気に干渉する様子は、魚群が水に干渉するさまとよく似ています。そこで研究者たちは、魚群について発見したこの類似点を、風力発電機の並べ方に転用してみました。すると、狭いスペースでタービンをより緊密に設置することが可能になり、手持ちの場所が狭くても、より多くの発電量を得られるようになりました。

サンゴのおかげでCO2削減?

サンゴはすばらしい建築家です。サンゴポリプという小さな個体の動物が、石灰岩と呼ばれる炭酸カルシウムを分泌し、骨格により礁を形成します。サンゴポリプは、海水に含まれる二酸化炭素を利用してサンゴ礁を形成します。

我々人間は、よくコンクリートを利用して建物を建てます。しかし、人類やサンゴ礁、そして地球全体にとって残念なことに、人間による二酸化炭素の年間環境放出量のうち実に5パーセントが、コンクリートの主成分であるセメントの精製過程で放出されるのです。これはたいへんな問題です。

さて、サンゴが骨格を形成する方法を参考にして、多くの企業が、二酸化炭素をセメントやセメントボードのような建築資材に練り込んでしまうことに取り組んでいます。

通常であれば、セメントを何トンも精製すれば、二酸化炭素もまた何トンも生成されてしまうはずです。しかし二酸化炭素をセメントそのものに使ってしまえば、こういったエミッションを5パーセントから40パーセントも減らすことができるのです。

さらにボーナス特典として、こういったCO2を練り込まれた建築資材は、旧来の製法の物よりも頑丈なのです。

多くの企業が、いわゆる「グリーンコンクリート」のさまざまな種類を精製してきました。現在はそのスケールを拡大するべく、製造工程を開発中です。

乾燥しても生き延びる生物たち

クマムシやアナスタチカ属の植物やイースト菌は、乾燥しても生き延びる能力に長けています。

通常の細胞は乾燥を嫌い、永遠に死んでしまいます。しかし、クマムシや別名「復活草」とも呼ばれるアナスタチカ属の植物の細胞は、乾燥しても楽々と生き延びてしまいます。

こういった細胞を生き返らせるには、単に水を与えてやればよいのです!

この能力を研究したところ、トレハロースという糖分に、徐々に水分を失っても細胞を防衛する秘密があるらしいことがわかりました。

将来的に、人命を守ることにトレハロースを活用する手段としては、運送中のワクチンを高温と乾燥から守ることが挙げられます。世界保健機関が提唱するワクチンはいずれも高温に脆弱であるため、長距離運送は困難で高コストです。研究者が長年取り組んで来たこの課題が、うまく解決できそうなのです。

たとえば2010年のある研究によれば、顕微針にインフルエンザワクチンを安定化させるためにトレハロースを用いたところ、経験が少なく訓練を受けていない人材でも、ワクチンの運搬に成功することがわかりました。

さらに、安定させるためにトレハロースを使ったワクチンは、インフルエンザへの抵抗力を増すことがわかったのです。

マジックテープも自然に着想を得ていた

マジックテープは、物同士を接着させる簡単な方法です。ところが、マジックテープが発明されるのは、1940年を待たなくてはなりませんでした。

スイスの技師、ジョルジュ・デ・メストラル が愛犬を連れて狩りにでかけたところ、ゴボウのイガが彼のズボンと犬の毛に絡みついてしまいました。べたべたと絡みつくイガは、おそらく何千年もの間、人類を悩ませて来たはずですが、メストラルはふと思きました。「これで再利用可能な接着剤を作れないだろうか?」。

メストラルがイガを顕微鏡で覘いて見ると、細かいフックで覆われていることがわかりました。これで物に絡みついていたのです。彼はイガに似たフックを作り、これがマジックテープの粗い方の面になりました。対の面は、フックが引っかかるように柔らかいループで覆いました。1950年代の終わりには、メストラルは特許を取り、発明品を売り出しました。

すると、これを活用し始めたのはNASAでした。衛星軌道上では物が浮いてしまうため、宇宙飛行士たちが壁に物をくっつけて固定させ、なおかつ剥がせる簡単な方法が必要だったのです。マジックテープは、理想の解決策でした。

さらにマジックテープは、スポーツの備品や血圧計などに活躍の場を広げました。もちろん、すばらしいスニーカーもそうですね。これらはすべてメストラルが、人をイライラさせるイガから着想を得たおかげなのです。