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「誰もが儀式に興味があるわけじゃない」ユーザーのニーズに合わせた葬式やお墓のあり方を考える

「誰もが儀式に興味があるわけじゃない」ユーザーのニーズに合わせた葬式やお墓のあり方を考える

人生を締めくくるための準備として、近年注目されている「終活」という言葉があります。そうしたライフエンディング領域でポータルサイトなどを運営する株式会社鎌倉新書が、「ライフエンディング業界の現状と未来予想図」をテーマに、プレス向けカンファレンスを開催。代表取締役社⻑の清水祐孝氏が登壇し、「2025 年問題」が間近に迫る日本におけるライフエンディング市場や業界トレンドに関する解説を行いました。

シリーズ
鎌倉新書 プレス向けカンファレンス 【第 1 回】 「ライフエンディング業界の現状と未来予想図」
2017年8月7日のログ
スピーカー
株式会社鎌倉新書 代表取締役社長 清水祐孝 氏

葬式や墓が大きく変化している?

清水祐孝氏(以下、清水) 次に、我々が今メインのビジネスとさせていただいております、お葬式やお墓ですね。こちらが近年大きく変化しているというお話を少しさせていただきたいと思います。 最近は、例えばお葬式だったら、今日来ていただいてるぐらいなのでみなさんはご存知だと思いますけれども、いわゆる直葬だとか家族葬みたいなものの比率がどんどん上がってきています。簡素なもの、あるいは低価格、「安く済ませよう」というようなものを人々が求めるようになりました。 だけれども、それには大きな流れというか社会的な背景があるというお話をさせていただこうと思います。 これを大きく括ると3つ、単独で存在しているというよりも、これらが絡み合っているという話なんです。 kmkr06 1つは「世帯人員の減少」が大きな流れとしてある。それから「産業構造の変化」、それから「少子化」、あるいは「高齢化」もそうですけれども、そういったところがすごくこのマーケットに大きな変化、大きな影響を与えています。 例えば、「戦後、1つの家に何人住んでたの?」っていう話をよくします。1955年ぐらいですから、戦後10年ぐらいはまだ5人ぐらい人がひとつ屋根の下に暮らしていましたよね。それが、ちょうど10年経って、65年に4人ぐらいになりました。ところが今、これは古いですけども、今は2.4人とか。最近の数字は調べてないんですが、似たようなものだと思います。 要は、戦後60年、70年で、1つの家に暮らす人っていうのは半分になりましたよね。5人住んでいると、親・子だけじゃなくて、おじいちゃんが混じってたりするわけですよね。おじいちゃん、おばあちゃんと3世代で住むっていうのもぜんぜん珍しくなかった。 その時には、例えば歴史的に、家で行われているような習慣を、世代をまたいで伝承ができたんですね。ところが1つの家に住む人が減ってきて、世代間が一緒に住むことがなくなると、その前の世代でやっていたことを次の世代へ引き継ぐということが基本的に難しくなるんですね。 例えば仏事ごとに対する行動様式も変化していきます。これはもう、その人たちのせいでもないです。お寺さんがときどき「日本人の仏教離れ、宗教離れ」と言いますが、そんな話はぜんぜん的外れもいいところで、もうすでにそういう環境がなくなっているというところです。 あなたたちのお寺には興味はないけど、宗教的な心を持っている人は同じように存在していると思いますし、特に大きな変化があるわけでもない。社会が変わった結果として、そのような接点が少なくなった結果として、全体像として見たら、お寺に行ったり、宗教的な行事に参加することが少なくなっていっているっていうだけの話です。

少子化でお墓を継いでいける家が減っている

例えば、今度は少子化の話。やっぱり戦後のベビーブームの時、戦前でも1人の女性が4~5人子どもを産む。ベビーブームの時でも4.3~4.5人で産んでおりました。50年代には3人を割り込んで、75年には2人を割り込んで、今は1.4人とかですね。 さすがに5人も子どもがいたら、男か女しか生まれないわけですから、確率的には男の人がいる確率が高い。家というのは一般的に長男の方が継ぐと想定すると、だいたい家は継いでいけたというのがこの時代には言えたわけですね。 ところが、75年に2人を割り込んでくると、2人いないと1つの家族は形成できないということを考えると、2人生まれてやっと全員がきれいに結婚できたとして、やっと家が維持できるということになっていくわけで、それを割り込むということは、当然維持できない家がたくさんできてくるというのは当たり前の話ですよね。 例えば、日本のお墓で言うと、お墓の制度は「家墓」制度で、家がお墓の祭祀を継承していくということが前提になってるわけですよね。このモデルが通用しなくなったということです。つまり、継いでいける家が、どんどん少なくなっている。「うちは娘2人で、2人とも嫁に行った」「子どもが生まれなかった」「チャンスはあったけれども生涯独身だった」みたいな方が今はたくさんいるわけですよね。 一方で、その人たちも亡くなる。亡くなった時に、さすがに「ゴミと一緒に捨ててくれ」という方はいらっしゃらないわけですから、なんらかのかたちで、遺骨をどこかに安置して、誰かが手を合わせる機能は必要だと認識をされているわけですから、当然今までの「○○家代々のお墓」みたいなものは変わっていきます。 そういうなかで、今いろんな形態のお墓が生まれてくるということなんですよね。なにもお寺の境内地のどこかに「○○家代々の墓」を作らない人が当然増えてくる。ということで、それはお寺にとっては大変厳しいお話なんですけれども、この傾向というのは当然続いていくよと。

産業構造の変化が葬式や墓に与える影響

それから、産業構造の変化です。戦後間もなくは半分、50パーセント以上が第一次産業に従事していたわけですよね。日本の産業構造というのは50パーセント強が戦後はまだ一次産業中心の社会でした。 一次産業というのは、すごく大雑把に言ってしまうと、秋田県の農家で生まれた人は、秋田県の学校を卒業して、秋田県の農家でそのまま働いて、そこで一生を終えるということですよね。 そうすると、そこにはもちろん家族、親戚、血縁の人たちもその同じエリアの中にたくさん存在する。そこには地域の社会、地域コミュニティができあがって、町内の人たちとの濃密な人間関係もできる。そこにお寺という機能があって、檀家としての関係が生まれ、檀家としてお寺を支えるということも当然成り立ってくる。 そして日本が高度経済成長していくと、だんだん一次産業人口が、二次産業、三次産業に、どんどん移っていく。今やサービス業が7割、8割という社会になってるんですね。 一次産業は、秋田県で生まれた人は秋田県でそのまま一生を終えるという人がたくさんいらっしゃったわけですけれど、今や、秋田県で生まれて、高校までは秋田県で行ってた、だけども大学で東京に来ました、就職したら大阪の支店に配属になりました、そのあと北九州の工場に行って、そのあとブラジルの合弁会社に行って、45歳でやっと本社の東京に戻って来れました。子どもも小学校高学年になったのでボチボチお家を探そうということで、松戸市にお家を建てましたと。 そうすると、秋田県で生まれたけれど、あちらこちらに移り住んで、最後、終の棲家が松戸市になるということですね。そこには当然親戚がついてきてくれるわけもありませんし、町内会も当然ついてきてくれるわけもないし、当然地域のコミュニティとの関わりもなくなります。 そうした方がだんだん年を取って、ご家族の中心になった方が、80歳を過ぎてお亡くなりになった時に、葬儀が今までのかたちを維持できるかといったら、そんなの絶対無理なんですよね。 そういう社会の変化が、お葬式やお墓に影響を与えているのであり、宗教心のなさが影響を与えてるっていうのはぜんぜん皆無ですよね。だから、お坊さんでそんなことを言う人がいたら「もうちょっと勉強した方がいいんじゃないですか?」と。言うと怒るから、私は言わないんですけれども、まあそんなような話ですね。

お寺はスポーツクラブと似ている

もうちょっと言うと、檀家制度っていうのも、先ほどの秋田県の話ですが、人が移動しないで同じ場所で一生過ごすという時代にできたビジネスモデルなんですね。そのビジネスモデルは、もはや完全に崩れちゃってるわけですよね。 宗教会というか日本の仏教会が、ちゃんとセブンイレブンとかファミリーマートを見習って、「こちらに移動した人はこちらが引き継ぐ」という檀家を引き継ぐシステムをちゃんと作っていれば、もしかしたら今も維持できたのかもしれません。 もはやそういうことは不可能ですから、お寺では、1人抜け、2人抜けということがこれからパラパラ起こってくる。宗教法人よりも、1つの個人のお家がそういった活動を空いている時間に担うことが中心になっていかざるを得ません。 お寺は、スポーツクラブと似ています。要するに、檀家という会員を中心に、会員によって経済基盤を成り立たせている組織ですから。 スポーツクラブの場合は、引っ越したり「入ったけど運動しねーや」みたいに、退会を適当にしていきますので、そうすると「会員が減ったね、まずいね」ということで、「そうだね、7月・8月は入会金無料キャンペーンをやろう」なんていって、チラシをバーンと入れると、また会員が集まります。 また会員の会費を基盤としてビジネスを成り立たせることができますが、お寺組織は、チラシを入れてもなにしても、今のままでは会員が集まりません。会員が抜けていくだけの会員組織なんですよね。 引っ越したら会員を続けるということは物理的に不可能です。で、「引っ越していきます、私会員を抜けます」と言った人に「離檀料200万円よこせ」みたいな、そんなバカなことをときどきやってたり、うちの会社にも相談があるわけですけれども。そういう状況が今起こっています。 いずれにしてもこのような変化というのは、なにか日本人の心が変わったとか、人間関係が殺伐としたとか、そんなことではなく、要するに、我々が生きていく社会の環境が変化したことによって、それが人々の行動様式をただ変えているだけだよね、という話です。 亡くなる方はこれから2015年の131万人から、2040年には167万人程度まで増えていきます。それから、高齢化率は今25~6パーセントぐらいだったような気がしますけれども、どんどん上がって、10人のうち4人が高齢者になっていくという現実があります。というなかで、社会が変わったことによる行動の変化というのが、ますます切迫していくんだろうなと。 さっきも言いましたように、そういったところで、お墓やお葬式が必要ないと望む方というのは、それほど増えていくとは私どもは思っていないんですね。さまざまな変化が起こっていくものだと思っています。 あとは資料のところはぜひ見ていただけたらと思っています。医療も少しずつ変わっていくということであったり、葬儀のことであったり、データはございますので、そのへんについてもしなにか聞きたいことがございましたら、なんなりとお申し付けください。

葬式は儀式とイベントが分離していく

そういうなかで、意識の変化、社会の変化が消費者の意識の変化をもたらして、それが目の前に起こる、今までのもの、今までの商品やサービスが変わっていくということを起こしていますが、我々の会社にはさまざまな終活に関わるニーズが寄せられています。 最初のほうでも申し上げたとおり、私どもは葬儀とかお墓のポータルサイトにとどまらず、高齢化がさらに進展していくなかで発生するニーズですね。既存のプレイヤーが気づいていない、あるいは対応していないようなニーズにさまざまトライしていこうと考えているところでございます。 少しお話をさせていただきますと、今、お別れ会、「Story(ストーリー)」というのも手がけています。 何を申し上げたいかと言いますと、例えばみなさんが、今週の土曜日、結婚式に呼ばれていると。みなさんが呼ばれているのは、だいたい結婚式というより披露宴に呼ばれているわけで、結婚式もお葬式も、いわゆる宗教性のある儀式に、結婚式であれば若い2人をお祝いしてあげようというイベントで構成されているわけですね。 お葬式もそうなんです。宗教的な儀式に、亡くなった友達にお別れが言いたいという気持ちを持った人たちのイベントで構成されています。儀式ではなく、イベントのほうに行くわけですよね。 たまに「悪いけど、ちょっとお前だけ30分前に来てくれない?」なんて言って、儀式の方に出る場合もありますが……出る人が、親友とか両親です。 誰も儀式に興味・関心・ニーズがあるわけじゃない。牧師さんのお説教を聞きたいというニーズはないですし、我々のお客様にかかってくる電話も、「お坊さんのお経が楽しみで」という人は今までに1人もいません。ほとんどのニーズは、亡くなった先輩にお別れが言いたいとか、同僚にお別れが言いたいというニーズなんですよね。 結婚式はそんなニーズに早々と応えて、儀式はコンパクトに小さくなって、金はかからない状態になって、そしてメインイベントはこの披露宴のほうに行ってるわけですよね。 おそらくお葬式もこれから、時間は少しかかると思いますけれども、儀式とイベントが分離して行くだろうと私たちは考えています。それが自然の流れだろうと。 例えばお坊さんの説教はもうなくなったり、あるいは火葬しなきゃならないので、ここはもう家族だけで済ませておいて、少し時間を置いて、関係者の方々も集まっていただいてお別れを語り合うようなイベントをする方が、全員とは言わないですけれども、何割かはやるだろうなと。 何割かで十分です。1兆数千万のマーケットですから、それだけで数千億のマーケットになるわけで、きっとそんなことが起こるよねと。結婚式と同じことが、これからお葬式の世界でも起こる。 「お別れ会」というのは、芸能人だとか財界の人が高輪プリンスホテルの飛天の間でたまにやってるようなものではなくて、一般の人も普通にやるようなものにたぶん変わっていくよね、と私たちはユーザーの声を聞いていて思います。 「お坊さん、本当に要るんですか?」「お坊さんなしのお葬式ってできないもんでしょうか?」と。多くの人が思い込んでるんですね。「こうしなきゃならない」「お葬式はお坊さんがいないと」と。 葬儀屋さんが「何宗ですか?」と。「わかんないけど聞いてみるわ」「浄土真宗って言ってるわ」「じゃあ浄土真宗のお坊さん呼んできますね」と。それで、会ったことないお坊さんに戒名をつけられて、1時間なら1時間お経を上げて、「ちょっと葬儀屋さん、あの人にいくら払ったの?」「30から50ですね」みたいなことは、たぶん長くは続かないでしょうね。 そういうなかで、お別れ会をなんで私たちがやってるかといったら、ちょっと葬儀社さんがなかなかやっていただけないという事情があり、私たちがとりあえずやって、そしてやってくれる人たちが現れれば、またそのタイミングで一緒になってやりたいなと思っています。 葬儀社からしてみると、亡くなった2日間でガガッといろいろ葬儀をやっていくのが今までのスタイルですね。流れ作業とはいえ、やってしまったほうが、今まで培ったノウハウもあるわけで、売上も最大化できるので、おそらく都合がいいんじゃないかなと思います。 わざわざこういうことはやらないし、またこれを1ヶ月時間をおいてやろうというと、なにも松戸市市民斎場でやらなくても、「東京まで出てきて、どこか東京ステーションホテルの小さな宴会場でやればいいじゃん」とか、「TKPの気の利いた場所でやればいいじゃん」みたいな話になって、自分たちがやる場所、主導権が移ってしまうということも、もしかしたらリスクなのかなと思っているのかもしれないです。 しかし我々は葬儀社さんや石材店とはパートナーですけれども、一番大事なのはユーザーの声であり、ユーザーのニーズであり、そのユーザーのニーズ・要望に応えていくのが鎌倉新書のビジネスだと思っておりますので、その方向でこういったこともさせていただいています。 これは去年お手伝いさせていただいた、野球の監督をされていた方のお別れ会です。 (お別れ会の映像上映) このようなさまざまな形式でお別れの会をやるということを、「Story(ストーリー)」というブランドで展開をしているところでございます。またみなさまのご質問とか、ご要望にいつでもお答えしたいと思います。

  
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