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“性同一性障がいの人”の印象が窮屈だった LGBT当事者が活動の原点となった「生きづらさ」を語る

“性同一性障がいの人”の印象が窮屈だった LGBT当事者が活動の原点となった「生きづらさ」を語る

あらゆる人たちがアイデンティティを確立し、それを受け入れる組織や社会にするために必要なこととはなんでしょうか。グロービスのMBAプログラムの学生・卒業生、講師、政治家、経営者、学者、メディアなどを招待して開催されるカンファレンス「あすか会議2017」で、LGBTについて語るセッション「 LGBT ~個人が輝く多様な社会をつくる~」が行われました。セクシュアル・マイノリティ支援の法案成立に向け、さまざまな活動が行われる中、当事者や周囲の人たちが思うことは? あるべき“多様性”に向けた挑戦と志について語りました。

シリーズ
GLOBIS(グロービス) > あすか会議2017 > LGBT ~個人が輝く多様な社会をつくる~
2017年7月1日のログ
スピーカー
特定非営利活動法人東京レインボープライド 共同代表理事 杉山文野 氏
あすかホールディングス株式会社 取締役会長 谷家衛 氏
ドイツ証券株式会社 共同株式営業部長 柳沢正和 氏
株式会社講談社 第一事業広告部長 瀬尾傑 氏

「LGBTだ」とカミングアウトできる職場こそ「いい職場」

瀬尾傑氏(以下、瀬尾) よろしくお願いします、瀬尾です。LGBTの話でこんなに満席になってくれて、すごくうれしいなと……最初の実感ですね。みなさんLGBTに関心のある方なんだと思いますが、改めて「これまでもLGBTという言葉は知ってた」という方、手を挙げていただけますか。 ありがとうございます。じゃあ「LGBT」というこの4つのレターのそれぞれの意味がわかる方、手を挙げていただけますか?  (会場挙手) ありがとうございます。けっこうな方が理解していただいていますね。 もう1つおうかがいします。「職場や友達にLGBTの方がいるよ」という方、手を挙げていただけますか。ありがとうございます。けっこうおられます。うれしいですね。 実は、僕らが働いている講談社にも、やっぱりカミングアウトされている方がいてですね。もう非常になんて言うんですかね、ナイスガイで(笑)。一緒にやってて楽しいので。 やっぱりそういう方がいると、職場の雰囲気がすごく変わるんですよね。マイノリティの問題や多様性の問題にすごく理解のある職場になっていく、というのを感じております。 そういう方が身近にいる。だけど、まだカミングアウトできないという方もおられて。そういう方がカミングアウトできる職場というのが、本当にいい職場であり、多様性、あるいは新しいイノベーションの職場なんだと、僕も日々働きながら感じているんですね。 それで、今日集まっているパネラーの方々は、LGBT問題にいろんな立場から取り組んでこられている方です。(会場に向かって)みなさんLGBTの基礎知識がある方が多いですけども。(パネラーに向かって)改めて、どういう立場からLGBTの問題を取り組んでこられたのかについてお話いただきます。 では杉山さんから、お願いします。

「履歴書は男と女どっちに丸をしたらいいんだろう?」

杉山文野氏(以下、杉山) 杉山です。こういう場所でLGBTの話ができるような時代がくるとも思ってなかったですし、これだけの方が聞きにきてくださるような時代がくるとはね。当時セーラー服を着ていた自分に教えてあげたいな、と。 僕だったら「コルクの佐渡島さんの話を聞きたいな」と、向こうの会場へ行っちゃおうかなと思うんですけど。それでも今日、ここを選んで来てくださったということに、本当に感謝しております。ありがとうございます。 僕はそもそも、こういった活動をするきっかけになったのは、10年ほど前に、自叙伝のようなかたちで、いわゆる「性同一性障がい」と診断を受けたことをカミングアウトする本を出したのがきっかけでした。 実は僕、幼・小・中・高と日本女子大学という女子校に行って、セーラー服を着て、ルーズソックスをはいて学校に通っていたんです。ずっと女子校で、でも小さいときから自分が何者かというのがよくわからず。「自分だけ頭が変なんじゃないかな?」なんて思って誰にも言えず。 なんとなく高校になって「これ最終学歴が女子高じゃ生きていけないんじゃないか?」と思って。ずっとやっていたフェンシングの推薦で、早稲田大学に入れてもらった。 早稲田に入ったら男女共学で少し楽になった部分もあるんですけど。みんなが就職活動を始める。そうすると「履歴書は男と女どっちに丸をしたらいいんだろう?」「制服があるようなところでは働けないしな」なんて思って、なんとなく将来も諦めた。 そして、悶々としていたときに、ちょうどフェンシングで日本代表チームに入ったんですね。今度は「『俺』だと思ってるのに女子の部の代表ってなんなんだろう」と。今じゃ「なべしこジャパンです!」と言ってネタにはしてますけれども。……もうちょっと笑ってもらったらよかったんですが(笑)。 (会場笑) はい(笑)。でもやっぱり、どうしていったらいいのかわからない。そのときに、たまたま「本を出してみないか」っていうことがきっかけです。

「LGBTの人はすぐ隣にいる存在」だと伝えたかった

なぜ本を出したかというと、乙武洋匡さんに出会ったからなんですね。 その当時、僕は「なんでそうまでして文野は男に変わりたいの?」と言われていたんです。「変わりたいというか元に戻りたいんだよね」という思いで、手術を考えたときに「そういえば、手足があるという状態が人としてあるべき姿ならば、彼は手足を取り戻したいと思ったことがあるのかな?」と。 そんな漠然とした思いで、たまたま道行く乙武さんに「すいません、手術しないんですか?」って声をかけたのがきっかけでした。「なんだこいつ?」って感じだったんですけど、まあそこで話が盛り上がって「おもしろいから本書いてみないか?」と。言われたその翌年に本を出した、というのがきっかけでした。 瀬尾 杉山さんの本は、講談社から絶賛発売中なのでよろしくお願いします(笑)。 杉山 実は10年経ってもまだ、売れ続けている(笑)。ありがとうございます。 その当時、本を出した思いとしては、LGBTの人=「夜の水商売の人」「テレビに出てるバラエティの人」ではなく、「みなさんのすぐ隣にいるような存在なんだよ」ということを伝えたかったんです。 でも、あの本が出たら、どこに行っても「性同一性障がいの文野」と言われるようになって。なんか窮屈だなと。

場所を「替える」のではなく「変えていく」が大事

またそれとはぜんぜん関係ないところで、ゴミ拾いのボランティアに参加してたんですね。 そうしたら、それを新聞に取り上げてもらうことになって。一生懸命、インタビューに答えて掃除の話をしてたんです。そうしたら、出来上がった記事は「グリーンバードの杉山文野さんは性同一性障がいを乗り越えて掃除をしています!」 (会場笑) という記事になるんですね(笑)。いやちょっと待てよ、と。掃除と性別関係ないだろ、と(笑)。 でもその当時、僕がなにかをすれば、とにかく「性同一性障がいの人」。今でこそ「活動家」みたいに言われることもあるんですけれども、活動家になりたいと思ってなったことはなくて。普通に生活してたら、活動になってしまったのです。 それで、日本という国が窮屈だから暮らしづらいんじゃないかと。海外に行けばもっと暮らしやすいところがあるんじゃないか、と思って、逃げるように海外に行きました。バックパック1つでぽんっと2年ぐらい、アジア・アフリカ・中南米をまわってたんです。 今度は世界中で、SHEなのかHEなのか。ミスターなのかミスなのか、ムッシュなのかマドモアゼルなのかアミーゴなのかアミーガなのか。 そして最終的に、南極船に乗ったときに、南極船でも男性と部屋をシェアするのか女性と部屋をシェアするのかで揉めた。「あ、僕はこんな世界の果てに行ってまでも、この性別のことから逃げれないんだな」と思いました。 まあ、性別のことだけじゃなくて、自分自身からはどこへ行っても逃げられない。であるならば、場所を替えるよりも、今いる場所を変えていくというのが大事なんじゃないかな、と思ったのがこういった活動をしている原点です。 今は飲食店の経営をしながら、LGBTの啓発活動として全国の学校とか企業でお話ししたり、LGBTのプライドパレードの運営などをしています。ということで、かなり長くなりました。 瀬尾 ありがとうございます。

仕事のお客様からカミングアウトを受けて

谷家さんについては、みなさんご存知だと思いますけども。ライフネット生命、あるいは今年卒業生を出した軽井沢のISAKなど、これまで日本になかったベンチャービジネスをつくる投資家です。いつもまったく新しいビジネスモデルをつくるので、本当にすごい方だなと思うんです。 その谷家さんが、LGBTの運動に関わったきっかけはなんなんですか? 谷家衛氏(以下、谷家) (柳沢氏に向かって)12〜13年前ですかね? まささん。 柳沢正和氏(以下、柳沢) 私です。 谷家 まささんは、僕のビジネスのカウンターパーティだったんですよね。 柳沢 はい。お客様でした。 谷家 それで、ヨーロッパで、ファンドのコンファレンスで一緒だったんです。 たまたまみんなは他の飛行機に乗って帰って、まささんと2人だけになりました。今日は仕事の話ではなくて、プライベートなことをいろいろお話ししましょうという話になりました。僕のほうは、その学校をつくりたいと思ってるという話をして。まささんは、正確に言うとそのときはそこまで話されなくて、そのあと、自分が実はゲイなんだという話をされて。 すごく、びっくりしたんですね。そのころ、本当は周りにそういう人がいたんだけれども、カミングアウトしてる人がいなかったんですね。だから、びっくりした。同時にまささんはすごく素晴らしいなと思っていたんで、わりと抵抗なくそういう集まりに行くようになりました。 どんな事業でも、どんなNPOでも、その人の個性を思いっきり発揮することが一番いい企業、あるいはNPOになると思うんですけれども。一般にマジョリティといわれる人たちのほうが、そういうのをやることが難しい。 まささんや文野くんとか、みんな、カミングアウトするまでは本当に大変だったと思うんです。しかしそのあと、カミングアウトをして集まっている人たちを見てると、自分を思いっきり表現している。ずーっと彼らのほうが、おもしろい、生き生きとした人生を歩んでるな、と思うようになりました。 文野くんとかめちゃくちゃおもしろいですよね、どの話をしても(笑)。我々こそ学ぶところがたくさんあるなと思うようになって、だんだん、そちらの人たちとご一緒することが増えていったという感じですね。 柳沢 今ので、すごくハードルが上がりましたね(笑)。

個性を思いっきり発揮している人の魅力

瀬尾 今、谷家さんはどういうかたちで応援されているんですか? 谷家 ヒューマン・ライツ・ウォッチという団体があって。たぶん世界で2番目くらいに大きいNGOだと思うのですが。 最初、土井香苗ちゃん(ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表)に、このヒューマン・ライツ・ウォッチのジャパンを立ち上げたいと相談されたので、それでいろいろお手伝いしたということがありました。 その活動で、オランダ人の初めて同性婚を成立させたボリスさんという元政治家の人に会いました。彼の話を聞いてすごく感動して、すごく彼を尊敬するようになった。それで、そのヒューマン・ライツ・ウォッチを通じて、このLGBTの活動をいろいろ支援するようになりました。 すごくよかったのは、まささんもそこに入ってもらえるようになって。今、ヒューマン・ライツ・ウォッチも、ISAKも、どっちもまささんには理事をやっていただいてるんです。それでいろんな活動が広がっていたという感じですね。

  

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