東アジア情勢の本質的なポイント

ムーギー・キム氏(以下、ムーギー):ここで、Q&Aセッションにいくというのもあるんだけれども、もしもみなさんが許してくれるんだったら、まさかの。

男性:またか(笑)。

ムーギー:私の本に関して、今どんなことが起こっているのかということについて10分間話すとね、これはもう世の中の安保情勢とかよくわかりますよ。聞きたい? ぜんぜん聞きたくない?

(会場拍手)

ムーギー:どうでもいいですけれど。もしくはQ&Aのほうがよかったかな。じゃあいく前にQ&Aを先に取ろうかと思うんですけど、なにか今までの話のところで「これが聞きたいんだけれど」というのはありますか?

じゃあね、私が文脈をまったく無視したこの話を5分間やっている間に、最後にこれ聞いてから帰るというのをちょっと考えてください。いいですか。

これは、今から5分間話す内容をお聞きになられると、これで今の東アジアの複雑な安保情勢のなかで、ものすごく本質的に重要なポイントを知っている人になれちゃう。もう家に帰ったら、まずお母さんに電話して、「本当になにが起きているのか知っているの?」ということを言いたくなる。間違いない。

少なくともこのへん一帯の方のFacebookに、この『粛清の王朝・北朝鮮』がめちゃくちゃシェアされるんじゃないかと思ってドキドキしてるんだけれども。

粛清の王朝・北朝鮮

これはどんな人が書いた本かというと、韓国の北朝鮮政策の第一人者なんですね。これ、ラ・ジョンイルさんといって、ケンブリッジの博士課程を出られていて、専攻的にはマキャヴェリの研究家で。だから、権力の本質とかを研究されている方です。

理論だけじゃなくて実務のほうでも、イギリスと日本の全権大使をなさっていたと。かつ、盧武鉉政権、金大中政権で対北の北朝鮮政策の国家安全保障政策のトップをやっていた方だと。つまり一番北朝鮮情勢をわかっている方なんです。

北の脱北者の高級官僚のファン・ジャンヨプとか、もしくは去年イギリスの大使が脱北して、今、処刑リストに入ってる人とか、そういった人たちとも交流がものすごく深い。だから、本当に起こってることを知ってるわけですよね。

日本は今ものすごく韓国、朝鮮半島情勢の話がいっぱい出ているけれど、あれって実際ほとんどしゃべれなければ、向こうにネットワークもない人の伝言ゲームで、嘘がいっぱい入っています。

私の問題意識としては、物事を正しくわかっている人が、本当に起こっていることをちゃんと浸透させてほしいことです。今、北朝鮮という困っているわりにものすごくパワフルな、核を30個持っていてミサイルを1発打つとソウルと東京が火の海になるような、そんな国と対峙しているのに、ここで日本が政策判断を間違うと、つまり国民が政府に言う声を間違うと、これは取り返しのつかないことになっちゃいます。

私のモチベーションとしては、本当にどんな判断をするにしても、正しい情報にもとづいてジャッジメントすることが大切で、そういう強い問題意識の下、これをぜひ広めたいと思うんです。

なぜ北朝鮮は独裁体制が続くのか?

この『粛清の王朝・北朝鮮』の原本自体は、韓国でものすごくベストセラーになって、アメリカのNew York Timesとかにも出て、かつ、アメリカの英語にもよく出てくる本でとても評判の高い本なんです。

解けるのはこの謎なんです。私はこの謎をいつも思っていた。「なんで北朝鮮だけ改革できないのかな?」と。思いません? 「なんでここだけ社会主義ができているんですか?」と。

だって社会主義とか共産主義の親分や兄貴分みたいなところは、みんな壊れたわけですよね。ソ連にしても、中国にしても実質は資本主義みたいになって。東欧もみんな資本主義に変わっているのに、なんでこの孫の孫の孫みたいなところだけ一生懸命に社会主義ができるのかと。これちょっと不思議だと思いません?

答え知りたいよね? あ、よかった、よかった。ぜんぜん興味ないと言われたらどうしようかと思った。でもね、私はこれが本当に謎だったんですね。

そのポイント、3大ポイントに絞って言うと、こういうことなんです。まず1つは、みなさんこれを言うたびに自分の会社をちょっと想像してほしいんですけど、「確かにうちの社長もこうだよな」と思われるかもしれない。

1つ目の問題は、やっぱり改革がまったくできない理由の1つは権力の維持自体が自己目的化しているわけですよね。

これ、例えば金正日も金日成も過去に言っているわけです。「いや、うちも対外開放したらいいのはわかっている。経済発展させるためにはそうしなくちゃいけないのもわかっている。ただし、情報が入ってきてほかの改革が進むと、この体制を維持できないんだ」と。だから、(現体制の)中で改革を口に出した人はみんな粛清されているんですよね。

これは会社の中でもいますよね。そのボスがいることによって、なにかいいアイデアがあるわけでもなければ、いい戦略があるわけでもない。顧客にいいサービスを提供できるアイデアがあるわけでもないんだけれど、とにかく自分がついてるポジションを守ることが目的化しちゃっている人。

これは矛盾した権力の典型例だと思うんだけれど、権力自体が自己目的化しちゃっている現象。本来、権力というのは社会にコレクティブに良いことをするために権力を集中するわけだけれど、その維持自体が目的化しちゃうと、というのが1点と。

北朝鮮の粛清は、現実の企業にも起こっている?

もう1つは、これはおもしろいんですけど、北朝鮮の成功自体が失敗の始まりだったと。どういうことかというと、北朝鮮ってすべての面で失敗した国ですよね。経済にしても圧迫しているし、民主主義の制度にしても、社会主義とはいえないような制度になっちゃったと。

北朝鮮が一番成功したことは唯一、権力の集中化に成功したんですよね。どういうことかというと、選択肢をほかにまったく作らないことによって、自分の絶対王政を維持しようとするから、例えばナンバー2になった人はみんな粛清されているわけですよね。張成沢にしても粛清させてしまいましたし。

歴史を紐解いても、金日成が最初にいわゆる革命国家、社会主義体制を作った。まずその時にやったのが、一緒にその国を作った同志をみんな粛清したわけですね。

そこでおもしろい言葉があって。「異教徒よりも異端児が怖いんだ」と。つまり、異教徒というのは正当性はどっちにしろないわけですよね。ただし異端だったら、同じグループの中にいると、その人はもうリーダーシップの候補者として見なされるわけじゃないですか。

これは社会主義革命を起こしているどこの国の例でも共通するんだけれど、革命を起こした政権が真っ先にやることは、自分の革命同志をみんな殺すことなんですよね。それをやったのが金日成だと。

みなさん、この言葉聞いたことありますか? 「枝葉の枝」だと。つまり、金正男が殺された時も、「あれは枝の枝で……」みたいなキャンペーンを国内でやるんだけれど。

枝というのはどういうことかというと、あれは正妻の子どもじゃなくて、いわゆる浮気相手とか不倫妻とか、第3第4夫人の子どもだから、あれは枝葉なんだと。枝葉が意味することは、枝というのはカットして、幹が蓄えられるように、そこにくべなくちゃいけないですよという、そういう文脈で言われているわけです。

私が不思議に思ったのは、なんで異母兄弟そんなに恨むのかなって。だって異母兄弟っていっても、まあ兄弟でしょ。ちょっと仲良くって「ご飯でも食べに行こうか」ってならないのかなと思ったんだけど、これでおもしろかったのが、歴代の朝鮮王朝も異母兄弟ってみんな殺しているんですよね。

そのコンシステントにあるのは、自分の権力の代替案として誰かに担がれそうな人はみんな殺すというのが、やっぱり独裁国家なのかなと。それを徹底して成功したから、常にライバルがいないということなんですよね。

今回、金正男が殺されたのもそういった理由で。次の粛清リストにあがっているのは金正男の子どものキム・ハンソルだけれど、潜在的に担がれる可能性のある人をみんな殺すことに成功していると。

だからすごいのはね、代が替わるごとにものすごい粛清があって。例えば金正日のときには2万5,000人も粛清している。代が替わるたびに指導者候補がみんな死ぬっていうのはすごい国だなという気がします。

これが2つ目のポイントで、なんで改革できないか。それはライバルである人たちをみんな殺してしまうと。過度な権力集中に成功することで、選択肢がない状態になっている。

こういうのってありませんか? ここで日頃のビジネスとつなげたい。ログミーさん、これ録ってない? これもログに載せようと思っていたのに。

おもしろいのが、このポイントはすべて現実の会社に関係があることだと思うんですよね。みなさんの中にいませんか? 会社で、仕事はものすごくできて業績に貢献しているのに、なんか不遇の目に遭わされて、いつの間にか窓際に追いやられている人って。

私が某外資系金融機関にいた時に不思議に思ったのが、「なんでこの人、ディールをいっぱい持ってきて、どう見ても働ける、社長よりも役に立っているのにクビになるのかな?」と。そういったことがあったんですよね。

私はその時はまだ入社して間もないぺーぺーだったから、社内政治のダイナミクスなんて知らなかったけれど、大人の事情を知る人たちによると、「いや、これはね、社長のMさんが将来自分の器を脅かすと思っていて、ある一定以上の活躍をしている人はみんなクビにしているんだ」っていう話を聞いて。

私はね、北朝鮮の事情とリンクしたんです。そういった観点でこれを読んでいただけると、「あっ、金正恩、うちの会社にもいるじゃん」という観点で、制度上の問題点についても簡単な話、見ていただけるんじゃないかと。

権力移譲のシステムの重要性

でね、最後のこのポイントを私は一番強調したい。ひと言でいうと、「権力移譲のシステムがあるかどうか」でその国の安定的な成長が決まる、と。

どういうことかというと、私がアメリカをうらやましいなと思うのは、とんでもない大統領が選ばれたとしても、権限移譲するときは、power transition processのところではもうフルコミットですよね。もう両派分かれずに。すごく権力移譲に協力するということが国是になっていますよね。

これに対して、あかん国というのは権力が変わるたびにすごいバトルが起こって、粛清しまくってもうわけがわかんなくなっちゃうでしょ。この社会的コストってすごい高いですよね。

この権力移譲のプロセスについて言うと、やっぱり絶対権力者に権力が集中すると、もしも「次、この人が権力者になる」と言った瞬間に第2のオプションができて、自分の言うことを聞かなくなる人が出ちゃうわけですよね。だから自分が死ぬ直前に、「私が死んでも自分の意向をちゃんと守ってくれる人」となると、結局は自分の子どもに譲らざるをえない。こうなっちゃってると。

でね、もしも権力移譲のルールがあったら、事前に候補者がいて、その人がテレビ討論に出て「この人がいい政策だよね」と。かつ、選挙で勝つという、その安定的なルールがあることで権力交代のときに血を見ないという。これはね、民主主義の勝利だと思うんですね。非常にすばらしいシステムだと思いません?

それに対して、絶大な権力はあるけど、これを移譲するための明確なルールやプロセスがないと、その大混乱と粛清合戦を避けられないのは、ここがポイントなんです。

これで私が思ったのは「これ、会社にも共通するよな」と。例えば、こういう会社ないですか? 社長とか会長がずっと居座っているんだけれど、この人どう見ても役に立ってないなと。でも、なんか知らないけれど、「なんでこのバカ息子がそのまま社長になるのかしらね?」みたいなことって、日本の企業だとけっこう多いですよね。

そのなかで、今、コーポレートガバナンス改革のなかで、私が安倍内閣のなかで一番これはよくやったと思っているのが、やっぱり社外指名委員会を作っているかどうかなんですよね。

つまり、日本の企業でたいていダメなのって、前任の社長が次の社長を選ぶから、次の社長っていうのは前任の社長の間違ったことを指摘できないわけですよ。

これは北朝鮮の体制でも同じことが言えていて。金正恩や金正日が、自分が権力の正当性があると言える唯一の理由は、先代が神様だったでしょ。こんないいことやったんじゃん。神様の子どもだから、王権はずっと継がれるんですよと。これが権力の正当性の根拠だから、先代を否定することは自分の権力の根拠を否定することになる。だから改革はできないと。

このことは、日本の社長が前の社長に選ばれているから改革できないとか、間違いを正さないというさっき言っていたことにリンクしてくると思うんですよね。

そんなことがあって、先ほど述べた、本当に権力の維持自体が目的化していることと、過度な権力の集中の成功、そして権限移譲のシステムがないという、この3つに関しては、国の問題のみならず、組織や会社など、全般がうまく運用されるためにはどんなポイントがちゃんとなされていなくちゃいけないのか。政治システムとか権力の本質について学ぶ上でも非常にいい本だと思いますので、6月1日に出たときにはぜひとも買っていただければありがたいなと。

まさか今日は、モチベーションを高めるための社員研修のはずが、最後は「北朝鮮の本の宣伝かい?」というような展開でしたけれども、これはビジネスとも非常に関係がある話ですので、温かい目で見ていただければありがたいです。