背景作業は大儲けできない

庵野:そんなに大儲けもできないのが背景作業です。どうしても生産性の問題があるので。そこにそういうかたちで投資をするっていうのは、すごくいいことだと思いますよね。

まあ、うちも含めてですけど。これは投資なんで、お金じゃないことで還元……、世の中とかアニメ業界とかに還元できればと。お金では還元できないんで。

西村:新人も今年3名でしたっけ?

庵野:ええ。

川上:そうですね。

西村:入って、手描きの背景美術っていうのを、どんどん増えていけばいいと思うんですけど。

いや、さっき川上さんの話聞きながら、川上さんをちょっと褒めますとね。僕、……こんなところで褒めてもしょうがないんですけど、「川上さん、すげーな」って思ったことが1個あって。

このでほぎゃらりーの話をしに行った時かな。川上さんが「あ、いいですよ」って言って、「協力します」って言ってくれて。

「なんで協力してくれるんですか?」って聞いたことがあったんですよ。そしたらね、「会っちゃったから」って、「会っちゃったから協力します」って言って。「こういう人かっこいいな」って思ったんですよね。

川上:……そんなん言いましたっけ?

西村:言った言った(笑)。

川上:(笑)。

西村:いや、言ったんですよ。「なんで協力してくれるのかなあ」って思って。

川上:まあ、縁っていうのは言いそうですよね。

西村:そうそう、さっきの縁っていう話で思い出して。もともとだって、縁とかってよく……、そういうの大事にしてきたんですか?

川上:いや、大事にしてきたというよりは逆で。僕は基本引きこもりなんで、人と会わないんですよ。人と会わないんで、もうとにかく会う人断ってるんですよね。そのことに対する後ろめたさがあって、それで会ってる人には、じゃあ……。

一同:(笑)。

川上:いや、会ってる人にもちゃんとね、本当はいろんな迷惑っていうか、不義理とかいっぱいやってるんですけども。

思い出した時にはちゃんとやるっていうふうに(笑)、せめて知ってる人の間はしようと思ってるんですよ。

西村:そう。それでね、助けてくれて、本当助かってますもん。

川上:でも、でほぎゃらりーよかったですね。本当おもしろいですよね。僕らも本当、それこそ人工知能のチームとかね、ちょっと。

西村:あ、やってるんですか? なにか。

AIはアニメーション背景を描けるか

川上:あ、そうです。データとか見せてもらったりとかして。すごい勉強になってますよね。

西村:人工知能で背景美術を描くっていうことですか?

川上:いや、そこまではいかないですけども。いろいろ参考になりますよね。

西村:最近、Googleがなにか絵を描くみたいな、Googleの人工知能が絵を描くみたいなやつありましたよね。

川上:はい。

西村:ああいうのって、どこまでいけるんですかね?

川上:いや、人間ができることは、基本的に全部できると思いますね、最終的には。

西村:最終って(どのくらいですか)?

川上:うーん……、いや、100年はかかんないと思うんですよ。

西村:あ、そうですか。

川上:はい。もっと早いと思いますけども。

西村:ぜんぜん想像つかないですね。

川上:そうですね。まあ、……なんだけども、結局はね、やっぱりコンピューターが進化しても、コンピューターの進化って人間とは違う進化をするんだと思うんですよね。

で、人間と同じような人工知能を作ろうと思うと、やっぱり人間のことを学習しないとコンピューターも進化しない、できないので。

そういう意味では、もし手描きの技術がなくなってしまった未来に、それの再現って人工知能を使ってもできない可能性って高いと思いますよね。もう別の方向に行っちゃって。

西村:さっき庵野さんが言った手描きの偶然性みたいなものとか、それこそ、あの、庵野さんにアドバイスいただいた時に、「手描き背景あるんだったらカメラで撮ったほうがいいよ」っていうふうに。

庵野:あー、はい。スキャンじゃなくってね。

西村:背景技術って今、デジタルだったらもちろんパソコンで描くわけですけど、パソコンというか、デジタルタブレットとか液晶タブレットで描くわけですけど、だいたいスキャナーで取り込むわけですよね。「それじゃないんだ」って言って、庵野さんが。

背景のキーは一眼レフ?

庵野:まあ、一眼レフかなんかで、カメラでちゃんと撮影する。

川上:それは何が違うんですか?

庵野:空気。

川上:空気?

庵野:空気とレンズ。

庵野:カメラのレンズと。結局はデジタル情報になるんだけどね。デジカメだとね。デジタル情報にはなるんだけど。

その間の取り込む過程が、やはりここに空気があるのが違う。それは、音が、やっぱり空気を通す音と電子音とは違う。

川上:確かに、人間は絵を空気を通して見てますからね。描いてる人も空気を通した状態で絵を描いてますよね。

庵野:なんとなくね、1メートルでも空気があると違うの。それはもう、すごいこだわりの人にしかわからないところかもしれないですけど。

西村:でも、ジブリでもやってましたもんね。ジブリでも背景取り込むときは、カメラで取り込んでいたし。

今回も、全部カメラで、本当に手書き背景美術、全部それでやりたいなっていう思いもあったんですが、最終的には、7分くらいかな、7パーセントくらい、ぜんぜん足りなくて。

手描きの職人が足りなかったので、デジタルの方にも手伝ってもらってやったんですけど。なんだろうな、だから悪いとかじゃなくて。適材適所な感じがしますよね。

庵野:そうなんです。どっちでもいいんですよね。良いところがあるので。デジタルはデジタルの良いところでやればいいし、やっぱりハイブリッドが日本に合ってると思いますけどね。

西村:今回もやっぱり手描き背景を、それこそ「この部分を描き込もう」とか、あるいは「こうやって色を変えていこう」とか。全部手描きだけじゃなくてやってますしね。

手描きだけでやってくってときに、それってもう表現の上限が決まってしまうようなもので。デジタルがあるからこそ、保管して、なにかできたりとかしますし。

クリエイター界の現状

庵野:両方混ぜるのが1番いいと思いますよ。そのためには、手描きの技術を持ってないとできないのでね。

西村:手描きの技術っていうのは難しいじゃないですか。この前ね、美術大学の学生に会ったときに、絵を描くということをやってこられてないという方が多くて。

これね、おもしろかったんですけど、美術じゃなくて、僕、自宅の近くのホールで、オーケストラコンサートを聴きに行ったんですよ。お金がないもんだから、東京都の学生連合オーケストラというのを聴きに行ったんですね。

そしたら、学生連合が8割女性だったんですよ。すごく重い楽器も含めて女性がやってて。これは一体なんでだろうなと思って。

いわゆるプロフェッショナルなオーケストラって、なにかバランスの取れてるような気がしません? 男女比っていう点で言ったら。女性がすごく多い。

今、このご時世もあるのかもしれませんけど、音大とか美大に、あんまり男性が入ってきてないんだっていうことを美大生とかからも聞いて。

その入ってきた人たちも、描いてないんですよ。紙に。描いてないっていうんです。グラフィックデザインのほうにいっちゃってて。

そうすると、今回、でほぎゃらりーっていうところで、4月に新人さんが3人くらい入られましたけど、描かれてる方々がそもそも少ないっていう。絵を描くっていう作業が。

これ、聞いてておもしろいなと思うのが、ピクサーとかディズニーに行かれる方って、それこそカルアーツっていう、California Arts Institute(カリフォルニア芸術大学)でしたっけ?  ああいうところで描いてこられてますよね。絵にするっていうことをわかってらっしゃる方々がCGにも参加されていて。

一方でこちらは、日本って、どういうふうな道を歩んできてこられたかわからないけれども、絵にするっていう作業をしてから、クリエイターになってきてる人が極端に減ってきているっていう現状がある気がするんですけどね。

庵野:なかなかもう今描く機会がないですからねぇ。そういうのもあるかもしれませんね。

ジブリの絵を残してほしい

司会者:みなさま、話が盛り上がっているところ大変心苦しいのですが、そろそろ終了時間が近づいてきましたので、締めのご挨拶をお1人ずつお願いできますでしょうか?

西村:すみません、中途半端になって(笑)。マニアックな話ばっかりしてしまって。すみませんでした、本当に。

司会者:川上さんからお願いします。

川上:はい。今日は、でほぎゃらりーの話なんですけど、でほぎゃらりーっていうのは、今日観ていただいたアニメ映画の背景にも、そのスタッフが活躍しているんですけれども、もともとジブリの背景美術をやっていた人たちを中心に作った会社です。

そういう会社があれば、今後も、僕らが作ったときは、スタジオジブリが無くなったあとに残すんだっていうふうに言ってたんですけど、スタジオジブリまた制作始めちゃいましたもんねぇ(笑)。

西村:なんかねぇ。

川上:これなんだったんだっていう(笑)。

庵野:まあ思った通りですね。

川上:まあ、まあ、予想してましたけど(笑)。一応そういうために作った会社ということで、その成果は、今日ご覧になっていただいて、みなさんどうだったかなあというふうに思っています。これからもよろしくお願いします。

(会場拍手)

司会者:それでは、庵野さんお願いいたします。

庵野:アニメーションは、みなさんご存知の通り、本当におもしろいんですよ。おもしろい中にもいろんな幅があっていいと思うんです。全部デジタルでね、ポリゴンとかやってますけど、そういうのも僕はいいと思います。

そういう中で、こういうジブリのケースって言うんですか、手作り感のあるような映像を残すようなスタジオとかが、僕はあったほうがいいと思うので。

でほも賛成してるし、もちろん僕らがアニメーションを作るときには、やはり、でほにも協力してほしいし。

あと、西村君にもう1つ言ってたのは、宮崎さんの絵の系譜っていうんですか、ああいう、米林さんがやれば、誰もパクリって言わないから。

一同:(笑)。

庵野:「これジブリでしょ!」って言われても、「はい、そうです」って言えるのは米林さんのところだけなんですよ。

西村:そうですね(笑)。

庵野:だから、それを残してほしい。どうぜ、宮さんもう1回くらいやるだろうけど。中編だと思ってたら、長編になっちゃったね。たぶん中編になるんじゃないですか?

西村:どうでしょうか。

庵野:まあ、できるところまでやるんだろうな。それもあってですね、いろいろ残るのはいいかなぁと。そんなに商売にはならないと思いますけど、いろんなアニメーションの業界に貢献していくためにも、こういうプロジェクトというか、仕事は進めていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

(会場拍手)

司会者:最後に、西村さんお願いいたします。

西村:『メアリと魔女と花』を作るのは大変でした。やっぱり手描きの背景を描かれる方に、一旦こだわって作ろうと思って、アニメーション映画を1本作りましたが。

実は、それこそ、こういう画面を作るときに、背景美術だけじゃないんですね。庵野さんがおっしゃっていた、宮さんのキャラクターっていうこともそうかもしれませんけど。

いろんな系譜が出て来て、森康二さん、小田部(羊一)さん、宮崎駿監督、そして米林宏昌監督。

キャラクターだけ似てればいいかというと違くてですね。そのキャラクターの動きもジブリ独特の動きがある。背景美術に関しても、ジブリが培ってきた独特の背景美術というのがあって。あるいは撮影技術も、あるいは色に関してもそうなんですね。

なので、こういう画面が、まずは一旦できたこと。スケジュールとかね、限界ありましたけど、できたことは、クリエイターがみんながんばったなぁと思います。

『メアリと魔女と花』、7月8日に公開しますので、ぜひみなさん、もう1回観てください。よろしくお願いします。以上です。

(会場拍手)