イギリスの大女優が卒業スピーチ

ヘレン・ミレン氏:フィッツ学長、大学理事会のみなさん、ご家族のみなさん、ご友人のみなさん、素晴らしいブランフォード・マルサリス(注:アメリカのジャズサクソフォーン奏者)、不屈のダイアン・ナッシュ(注:市民権運動家)、魅力的なシェリー・テイラー(心理学者)、ペリカンのリップタイド(注:テュレーン大学のスポーツチームのマスコットキャラクター)、そして最後はもちろん、2017年の偉大な卒業生のみなさん、すべての方々にご挨拶を申しあげます。

そして、すべての卒業生とご家族のみなさん、父親と母親そして、兄弟姉妹、祖父母のみなさん、叔父さん叔母さん、同居人のみなさんに、「こんにちは」だけでなく「おめでとう」と申し上げます。卒業生のみなさんをここに称えます。

ついにやりました。すべての授業に出席しレポートを書き、議論や講義に加わり、毎晩毎晩コンピューターの前で、おそらく大変な忍耐を擁する試練だったと思います。また、カメリアグリル(ニューオーリンズを代表する定食店)やF&M(ニューオーリンズのナイトクラブ)のパーティで毎晩過ごしたかもしれません。

しかしながら、このような競争を終え、通り過ぎてみなさんはここにいます。今や1人の人間の話を聞くのみです。私はそれを講義にしないよう全力を尽くします。

フィッツ学長に素晴らしいご紹介をいただけたことに感謝します。そしてみなさんにくつろいで聞いていただけることをお約束します。今日のために宿題を終え準備をしてきました。どのような役をお引き受けするにしろ、私は演じるキャラクターを真に理解できるようなリサーチを行います。

映画『RED』で諜報機関のエージェントを演じた時は、拳銃の発射の仕方を学びました。そして女王を演じたとき(注:2007年『クィーン』でエリザベス2世役)、首相とどのように駆け引きするかを学びました。

『鬼教師ミセス・ティングル』(原題:Teaching Mrs. Tingle, 1999年)で、サディスティックで恐ろしい教師を演じたときは、ルイジアナ州立大学の教授たちを観察しに行きました。

人生で大切なことは、すべてこれらのことから教わりました。今日の準備をするために、私は、卒業式スピーチになにが期待されるかを調べました。何百という秘訣がありますが、大きく分けて3つあります。

ニューオーリンズは「心の故郷」

まず、最初に短くすることです。誰も30分のスピーチを聞きたくありません。ですから終わったあとバーで会いましょう。ライム1切れを添えたウォッカ・マティーニを私に作ってください。というのも、私は健康マニアだからです。

卒業式スピーチの第2のポイントは、自分自身の道のりについて話すことです。観客と感情を共有させるのが大事です。

今日のスピーチは、イングランドに生まれ、「シェイクスピアが原作の女優になりたい」と決心し、10の映画でヌードシーンを演じて人生を終える人間が贈るアドバイスを含みます。

今、みなさんのお父様がスマートフォンを取り出し、Googleで私のことを検索しようとしないか確かめるために言ってみました。お父様、適切ではありません。どうかスマートフォンを片付けてください。

そして3番目です。卒業式スピーチをする誰もが、今から40年後に学生たちが覚えているような印象深いことを1つ言うようにアドバイスします。これは大変難しく、思いつくのに数週間かかりました。

そしてついに、このことは真実ですので、2057年にも思い出せるであろうことを考えつきました。それでは始めましょう。

みなさんがフレンチクォーター(ニューオーリンズの一地区)にいても、大統領執務室にいようとも、午前3時にツイートするのは適切ではありません。

ここ数日夕食に行き、キャンパスを歩き回り、ニューオーリンズにいる自分自身を再認識させるように過ごして、1つの疑問を持ちました。

なぜみなさんは卒業するのでしょうか? 一体どのような理由でここを発ち世に出るのでしょうか。理にかなわないことです。今からでも学長に卒業証書を返し寮に戻っても遅すぎることはありません。

ニューオーリンズは初めてではありません。故郷のロサンゼルスと同じくらい、この都市を愛するテイラー(注:ハックフォード、ヘレン・ミレンの夫)が案内してくれた時から、ビッグ・イージー(ニューオーリンズの愛称)を愛しています。10号線から降りて交差点を見下ろした時、「この場所で死にたい」と思ったものでした。

しばらくして私はここに家を持ち、義理の息子のリオはミッドタウンで「Pal’s Lounge」、フレンチクオーターで「One Eyed Jack’s」というバーを開始しました。

この街は、みなさんのご両親が大変な思いで稼いだお金で支えられています。ですから、私はここではまだお客さんであり、街の歴史と共にあるわけではありません。ですが、芸術的なニューオーリンズは、私の心の故郷といえます。

この街は、羽根がついたステキなクローゼットを住人みんなが持っていて、カクテルを手に道を歩くことができ、朝5時に孤独なサックスプレイヤーのステキな演奏が聞けます。この街を好きになってしまったのは避けられないことです。

ファンキーで美しく、洗練されていてエレガント。斬新で想像力が豊かでウィットに富み、暴力的だけど平和。卒業してから長い期間、ニューオーリンズはみなさんの魂であり続けることでしょう。

ヘレン式5つのレッスン

さて4分経ちました。卒業式スピーチのスタートです。みなさんに珠玉の知恵を共有したいと思います。

みなさんはハイスクールを卒業し、先の見えない未来に緊張と興奮で包まれていた新入生として大学に入学しましたが、さらに先の見えない未来に緊張と興奮で包まれている新社会人として出発しようとしています。

はじめまして、携帯電話の請求書。はじめまして、賃貸料。はじめまして、車保険。こんにちはオフィスの政治学。はじめまして、Netflixの月額契約。

はじめまして、野望、そして失望。なにもかもが計画通りにいかない、神経質で頭の痛い瞬間よ、こんにちは。そして、本当に珍しいけど、なにかに没頭してなにかを達成した興奮すべき瞬間よ、こんにちは。

大人になった時の明確な計画を持っている人もいるでしょう。5歳の頃からわかっている人もいれば、あるいはまったく考えがない人もいるでしょう。どちらの人も心配することはありません。

どちらにせようまくいきます。私の甥は16歳のとき学校を卒業し、ロンドンでバーテンダーになり、左官になり、しまいにはハリウッドで成功した作家になりました。

私はそうしたかったのですが、演劇学校に行ったわけでもありません、その代わりに行きたくなかった教師養成学校に行きました。甥も私も両方とも、行くはずだった場所に結局いることになりました。

その導きがあった時は、本能に耳を傾け、現れたチャンスをつかみ、すべてを捧げるのです。もちろん、つまづいたり落下したりするでしょう。

しばしば勝利と困難を同じ日に経験するでしょう。しかしながら、二日酔いと同じように「勝利も困難も永遠には続かない」ということを忘れないことが重要です。両方とも過ぎ去り、新しい日がやってきます。新しい日を心待ちにしてください。

これからの人生をお手伝いするため、私が勝利と困難の日々の中で拾った、いくつかのルールを共有してみたいと思います。「ヘレンの幸福な生活のための5つのルール」と呼びましょう。

第1のルールは、急いで結婚しないことです。私はテイラーと人生の終盤で結婚しました。これがよかった。パートナーに自由と野心にたどり着くためのサポートを常に与えることができました。

第2のルールは、人を人として扱うことです。かつてずっと昔、友人の女優が、私に大きな教訓を与えてくれました。ほんのささいなことだったように思います。映画撮影のためのロケ現場に行こうとしていて、車の後部座席に私たちは乗っていた時のことです。

ずっと昔、車で喫煙できたのですが、彼女は自分の煙草に火をつける前にひとつ取り出し運転手に与えました。簡単なことですが、思慮深いと思いませんか?

彼女にとって、彼は運転者だけでなく、喫煙者だったのです。今日では殺人を試みた罪で逮捕されるでしょうが、この教訓は決して忘れたことはなく、この友人の女優に感謝しています。

あなたの人生を支配していようがいまいが、あらゆる人は等しく敬意と寛容さを払うに値することを忘れないでください。

ルール2の補足です。いかなる性別であれ人種であれ、フェミニストであってください。スウェーデンからウガンダ、シンガポールからマリ、今まで訪れたあらゆる国と文化において女性は敬意を払われてきました。個人的な夢と野望を追求する為の能力と自由が与えられれば、人生は誰にとっても改善されるのです。

フェミニストとしての信条

ごく最近まで、私は自分自身のことをフェミニストと決めていませんでした。しかし私はいつもフェミニストとして生き、明らかにこれを信じています。

女性は男性と同じように能力があり精力的でありそして影響力を持ちます。しかしながら、フェミニズムと呼ばれる運動に参加することは、あまりにも教条的でそして政治的でした。

されども、フェミニズムは決して抽象的な考えではなく、私たちを「私たち」によって実際に前進させ、「無知や恐ろしい嫉妬のために後退させないよう必要である」と理解するようになりました。今や私は自分をフェミニストであると宣言できますし、みなさんも同じようにおすすめことができます。

さてルールに戻りましょう。第3のルールは、みなさんの見え方を審判する人、とりわけインターネット上に潜んでいる匿名の人たちを無視してください。そしてみなさん自身がそうなのであれば、それをやめて外に出てなにかをしましょう。

第4のルールは、「恐れること」を恐れないでください。中学の校長であり、修道院で真摯に人生を過ごしてきたシスター・マリー・ミルドレッドが言った、言葉を思い出します。

11歳のころ、高校進学をためらっている私が礼拝に行ったときにこう言われました。60年たっても、決してこの言葉と先生を忘れたことはありません。

「恐れが自分を支配しないように。例えば、水が十分にないプールに飛び込もうとするときには、恐れることは賢明かもしれません。あるいは飲酒して車を運転するようなときにも。このような時は恐れましょう。絶対にしないでください。

しかし、他の種類の恐怖に挑んでいるとき、例えば、「これでよいのだろうか」「失敗するだろうか?」などという気がかりは風の向こうに捨て去ってください。

恐怖と真っ直ぐに向き合い、醜い顔から眼をそらし突き進んでください。それを乗り越えてください」。

シスター・マリー・ミルドレッドに感謝します。

幸福な人生のための第5のルールとは、過度に複雑なことをしないことです。実際にやっていいこと、やってはならないことに従うだけで毎日を送ることができます。

ワックスを塗った木の表面に熱いカップを置かないように。木の表面にワックスを塗らないように。それができたら感謝すること。

ユーモアのセンスを失わないこと。愛に対して心を開くこと。愛とセックスを混同しないこと。愛は少なくとも2分間は続きます。タバコを吸わないこと、あるいは噛まないこと。もしどれだけ深いかわからないのなら、水に飛び込まないこと。そしてもう1つ、先延ばしにしないことです。

実際にはもっと多くのやるべきこと、やってはならないことがあります。このリストを簡略化するのに今朝ぎりぎりまで待ちました。

若さは決して続きません。若者たちは、時間と空間を突き進み、人類の生活を再生する理想とエネルギーを本能的に持っています。そしてこの近代の厄介な問題に答えるために、物事を正し、修正する必要があるのです。

iPhoneで歌や本を楽しむ方法が発見されても、シリアの小さな子供たちが、毒ガスで殺されようしているのを止める方法がまだ見つかっていません。

エイズのような病気が画期的な薬によって治療できても、世界中では、第二次世界大戦以来、何百万という人々が家を失い、難民キャンプで苦しんでいるのをまだ目にします。

40歳以下の億万長者がこんなに増えたのにも関わらず、ハリケーン「カタリーナ」後のアメリカでは貧困による損害は未だに残っていて、被災地は今日の卒業式とそう遠くありません。

みなさんがこれを変えるのです。みなさんを頼りにしています。「共感の世代」であり「善意の世代」であり「変革者の世代」なのです。

あなたたちの世代は、感情的で配慮があります。その一方で、若さゆえに向こう見ずで問題を引き起こすものとみなされますが、正しい時代、正しい時期に正しいことをしているのですから、決してそれを止めないでください。

刻まれたタトゥーへの思い

みなさんの本能に基づく決断は必然的に正しいのです。今日みなさんがジミ・ヘンドリックスのタトゥーをして夜遅く帰宅しても、それはみなさんにとっては正しいことです。マイク・タイソンの顔のタトゥーは正しくはありません。

あなたたちと私を結びつけるのは、実はタトゥーです。信じられないことかもしれませんが、私にはタトゥーがあります。ヘイズ・エンジェル(注:アメリカのギャング)や船員、有罪判決を受けた犯罪者がするようなタトゥーです。その話をしましょう。

私が、若い頃に旅をしたときは、1970年初頭の栄光に満ちた混乱の時代でした。東にも西にも答えを探すために様々な場所に行きました。マヤの知恵にあるたった数文字で表されたある感動的な答えをみつけたとき、私は左手にタトゥーをしました。

それは「Inlakesh」というフレーズです。「あなたはもう1人の他人であり、我々は1つである。私はもう1人のあなたである」という意味です。古代のマヤの人たちはこれに気づいていたのです。

「私があなたなら、私はあなたに責任をもちます。もしあなたが私なら、あなたは私に責任をもちます」。

マヤ人たちは、「私たちは一緒である」という美しい信条を持っていたのです。この狂った、狂った世界を正すために、私たちは共にあることを忘れないでください。

そしてみなさんもそうするだろうと思います。みなさんが築く世界は、私の両親が予見したものと大きく違っていることでしょう。

古い世代にとってスマートフォンは、火星から来た小さな緑の人間と同じくらい異質であるでしょう。ですが、みなさんにとっては壊れているものを修正するための道具の出発点にすぎません。

ロボティクス、コンピューターインテリジェンス、医学の進歩、これらは絶えず不安な知識の探索です。みなさんの人生は真の意味で、エキサイティングで啓示的で刺激的で素晴らしいものになるでしょう。

一方で人類に共通する普遍の真理もあります。シェイクスピア、孔子、モーゼ、キリスト、みなさんの祖父母、マヤ人が理解した真理は、決して変わらないでしょう。あなたは私であり、私はあなたです。

今日語った言葉「Inlakesh」を思い出してください。2017年の卒業生のみなさん、「流れに任せて楽しもう(注:Laissez les bons temps rouler, ニューオーリンズの決まり文句)」。

テュレーン大学で学んだ5つの言葉を忘れないでください。