キログラムの定義の危機

「キログラム」重は、メートル法における基本的な質量の単位です。世界各地、ほぼどこの国でも通用する単位のはずですが、少々深刻な問題が生じています。1キログラム重の質量を定義する基準が、信用できなくなってきたのです。

フランス革命後、フランス新政府は、それまで使用されていた、穀物の重量などを基準にした信頼性の低い単位を廃止し、水の重さを基準にした単位の導入を提言しました。1875年、ヨーロッパの17ヵ国がキログラム制導入の条約を締結したため(注:1875年締結のメートル条約を指す)、キログラムは国際単位となりました。

国際度量衡局、フランス語での略称BIPMが新設され、この機関にはキログラム原器を世界基準として各国に広めること、キログラム原器の複製を導入各国へ配布することが義務付けられました。BIPMが作ったキログラム原器は、比重が高く、安定性と耐腐食性に富む白金イリジウム合金からなる円柱です。1899年に完成し、今日に至るまでキログラム制の公的な基準とされています。

キログラム原器はパリにあり、密閉された保管器にて管理されています。数十年ごと(注:正確には40年ごと)に世界各国のキログラム原器の複製の重量が比較され、精度を保たれています。

さて今を遡ること約30年前、研究者たちはおかしなことに気がつきました。原器と複製との質量が、少しずつ乖離しつつあり、原因が不明なのです。

周期的に行われる洗浄により、原器の表層から微量の金属が摩耗したり、原器が創設された当初の大気中の汚染物質により、少しづつ微粒子が流出していることなどが考えられますが、正確なところはわかっていません。原器の質量が増しているのか、複製のそれが減少しているのかすら判明できていないのです。

現時点では指紋がついた程度の違いでしかありませんが、測量に高い精度を求める科学者にとっては問題です。この場合の最善の解決策として、普遍的な定数を用いて、キログラム重を再定義することになりました。

BIPMは、キログラム重以外の単位についても、国際単位系という新たな単位を設けました。例えば、現在の「1メートル」は、光が何分の1秒に進む距離とされています(注;299,792,458 分の1秒)。

キログラムも同様で、量子物理学の概念である、光子エネルギーの光子周波数に関連するプランク定数(注:キログラムは周波数が {(299 792 458)2/6.626 069 57}× 1034 ヘルツの光子のエネルギーに等価な質量)を用いて、定義がなされています。

もっとも有望なのは、ワット天秤の使用です。ワット天秤とは、電流及び電圧を用いて質量を計量する、きわめて精密な秤で、プランク定数を用いた単位測定に、すでに実用されています。キログラム重の円柱をワット天秤を使って測定し、プランク定数を用いた、公式なキログラムの質量を、恒久的に確立しようというのです。

今後、科学者は信頼性の低い、物質から成る重りに、キログラムの定義を頼る必要はなくなります。BIPMは、2018年に開催される次期会議において、新たな定義を設定することを計画しています。質量は、そう遠くない将来には、光子を用いて測量されているはずです。