ロケット打ち上げから月面調査までの4ステップ

清水敏郎氏(以下、清水):中村から、ispace全体の将来の目的と現状の話がありましたが、ここからは技術よりの話をさせていただきます。

今回、月に行くまでには4つのステップがございます。1つ目は、地球をロケットで脱出する。2つ目はクルージングといって、月まで行く。3つ目は、降下して着陸する。最後4つ目、ローバーで500メートル走るという。我々は最後の月面移動の部分を担当しています。

月面でどのようなデータを取るかという話で、地球から月に送るコマンド情報は、電力制御・無線制御のようなシステムレベルのコントール情報、あとはミッションレベル、走行・撮影情報などがあります。

テレメトリ情報という、月面から戻ってくるものは残電力、各種モジュールの情報、移動距離や速度、カメラの状況などがあります。

あとは「Google Lunar XPRIZE」のレースに勝つためのデータ。これが一番大事になってきまして、高解像度の動画。30fpsまではいらないみたいなんですけど、5fpsや10fpsぐらいで撮れないかなと考えています。   あとは準リアルタイム動画と言って、走行中に画像を見ながら操作するんですね。当然、遅延はあるんですけれども、低解像度で、できるだけリアルタイムに近いかたちの動画撮影もいります。

横山翔氏(以下、横山):月面でデータを残しておいて、撮影が終わったタイミングでオペレーションで送ることはできるんですか?

清水:はい、できます。その場で送らないといけないんですけれども、360度のイメージとか、ローバーを回転させながら全景を静止画で7〜8枚撮ることを考えているんですけど、実はこれもルールで決められています。

佐々木直氏(以下、佐々木):準静止画はRGBなのか、白黒やグレースケールなのか、どのように検討されていますか?

清水:これはカラーを考えています。レースでは「最低限、各色8ビット以上」という制限があります。今日日24ビットじゃなくて、32ビットでもいいかなとは思うので、いわゆる普通のWebカメラで撮るようなイメージでいます。

地形データの変化への対応

草野悠太氏(以下、草野):地形のデータはリアルタイムで変わっていったりするんですか?

清水:はい、しますね。

草野:1回撮って、もう一度行ってみたら違ったというときは、どうやって撮影・分析するんですか?

清水:すごくいいポイントだと思うんですけど、実は今回マップ情報のようなものを考えています。今、GPSが月にあるわけではないので、「今、北緯何度、西経何度にいる」ということはわからないので。

今回の場合は、ランダー(月面着陸船)からの距離が何メートルで、どのくらいの角度に行ったかというところで、まず場所を特定して、その場所に対しての地形情報をマッピングしていきたいと考えています。

例えば、後日行って、帰り道に通ってみたら(地形情報が)変わっていたというのは、おそらく“ある地点”というキーがあって、それに対する時間情報が2つあって、それぞれ別のかたちに見えたという情報が持てる感じです。

中村貴裕氏(以下、中村):月面は大気がないので、地球ほどの地形の変動は少ないです。隕石が衝突するか、月震という揺れによって地形が変化するぐらいです。

佐々木:ローバーの移動による地形変形はないですよね?(笑)。

清水:大きくはないと思います。轍(わだち)ができるぐらいです。

森智也氏(以下、森):HAKUTOが着陸する点も、「雨の海」といって、比較的平らな地形というか、周りにあまり丘がない地形なので、障害物がなくて走りやすいんです。

清水:中国が行ったのが「雨の海」の「虹の入江」だっけ? 中国が行ったときに撮った画像があるんですけど、石ころがあるところをコトコト行くような…。こんなでかい岩があったら、そもそも行きません(笑)。

ローバーの車輪の直径がだいたい20センチなんですけど、その3分の1、5〜6センチの石だったら簡単に乗り越えられるように設計しています。積極的にこういう所には行きたくないので(笑)、隙間を狙っていくか、そもそも逆側に行けないか(を考えます)。

ローバーによる月面探査の最終ゴール

草野:中村さんがおっしゃっていた、自律走行でリコメンドするというのは、ちょっと未来の話だと思うんですけど、インプットデータがあって、そのデータを解析して、その結果何を成功だと定義するのかがすごく難しいなと思いました。

自分は学生の就活サービスを作っているんですけど、学生の行動と企業情報から、学生がいい企業を見つけられる、エントリーできるという、成功の定義がしやすいんですけど、「自律走行の成功ってなんだろう?」と思って……。 中村:すごくいい質問だと思います。そこはまさに我々の悩みどころですし、問題の課題定義できるというのは、ある意味ゴールに近いところだと思うんですね。

いくつか考えられているんですけど、ひと言でいうとパスプランニング、ローバーが経路を見つける問題です。

例えば、その経路を見つける時に、最低限の消費電力で動く経路なのか、岩がゴロゴロ落ちてくるところをできるだけ回避する、安全に軸足をおいた経路の最適化なのか、あるいは「できるだけ長期間動けるように」「電力も供給しながら、温度も逸脱しないで」という副次的なものなのか。最終的なゴールはそのあたりだと思います。   将来的に、10台とか100台とか複数台のローバーを送る場合は、1個1個は壊れても、とにかく屍を乗り越えていって、中継局になってもいいし。最終的に水がありそうなところにバーッと集中したり。ドラクエの「ガンガンいこうぜ」「いのちだいじに」みたいなパターンもいくつかあると思います(笑)。

今回のHAKUTOのミッションでいえば、500メートル走って動画像を送るということなので、通信の確保がかなり大事になってきます。

月面における水の分布図

熊手光志氏(以下、熊手):今、わかってるかぎりでいいんですけど、水を実際掘るとなったときに、どの程度動く必要があるのか。どういう分布なのかあまりイメージできてなくて、どうですかね?

清水:数キロの単位で動く必要がある可能性はあります。結局ランダーの着陸地点にもよるんですけど、だいたい10キロの範囲、クレーターの中に分布しているという話を聞いたことがあります。

中村:水があるのは南極、北極なんですね。南極、北極の永久影と言われている日光が当たらない場所に、Cold Trapといって、そこに氷がキャプチャーされています。結局そこのクレーターの中にあるらしいんですけど、そのクレーターの直径が数キロとか、そんな感じです。

清水:結局クレーターの中なので、クレーターのエッジが鋭いとそこを乗り越えていけないとか。あとは周りの行きやすさとか、単体で存在しているとか。クレーターが重なり合っているところだとボコボコしちゃって、そもそも行きにくかったりします。

あとは発電が困難です。永久影は日陰になってしまうので、周りに丘のような場所があれば、そこで発電して無線伝送ができるんですけど、なにもないところだと、全員がそのまま死んでしまうという話があるみたいです。

中村:なので、水を探すとしたら北極か南極なんですけど、技術的にはすごく着陸が難しい地域となっています。   今、重要なのは結局、月の周回から測定したデータはたくさんあるんですけど、実際にその場所に行ったことはまだないので、そこに行くことが一番今重要だと言われています。

:月全体で平均してみると、1トンの月の砂から1リットル程度の水が採れるとNASAが発表しています。南極と北極に行くと、その比率が増えると思います。

清水:僕が聞いたところでは、地球の砂漠の砂から採るより難しいぐらい(水が)少ないという話らしいです。ただ、その価値がすごくあるなと思います。

HAKUTOとリクルートテクノロジーズの挑戦

横山:我々リクルートテクノロジーズが主にHAKUTOさんに貢献できるのは、やはりデータですよね。「ミッションが成功した暁にはこんなデータが得られるので、それを解析しよう」とか。今日のお話をうかがっていると、今のエンジニアリングの段階で貢献できる余地がありそうだということが1つの収穫だと思っています。   ただ、開発もいろいろ進んでいるなかで、そこの邪魔になるようなことはしたくないので、「こんなところで困っている」とか「なにかtipsはないか?」というかたちでお手伝いができればすごくうれしいです。

清水:そういう意味では、ローバーのオペレーションもそうですし、データサーバのトラブルも起きるかなと思っています。

もちろんそれが統計的に有意なトラブルか、単にバグでfixしたらよくなるものかというのはあるんですけれども、オペレーションは地上局側でもなにがしかのデータは取れますので、そのあたりでご相談させていただくことがあるかもしれません。

中村:みなさんの得意分野というか、日々やられている業務はどういうものなんですか?

横山:メインではソフトウェアのアーキテクチャ設計が多くて、実装もけっこうしています。BizDevOpsを一気通貫してきかせるみたいなところでやっていて、いわゆるJavaのガチガチのシステムでバリバリに組むみたいなことをやっています。

今回は、宇宙での資源探索というテーマが興味深かったです。月ならではの制約を踏まえた上での技術選定・設計の話が聞けて勉強になりましたし、自分ももっとスケールの大きな挑戦がしたいと思いました。

佐々木:僕も業務でいうと、JavaでビジネスのWebシステムのところで、自分が組むというよりかは、レビューや要件定義をやっています。

お話を聞いて、静止画・準静止画・動画の使い分けやローバーの制約条件などに気づきがあり、エンコーディング方法に始まり、さまざまな箇所で低レイヤーにおける工夫をする必要性を感じました。

熊手:僕は、新規事業においてフロントエンドをメインでやっています。ふだんはJavaScriptを書いていて、最近はEnd-to-Endのテストの自動化をやっています。

今日は、ふだんのweb開発ではなかなか考えない低レイヤーの話が興味深かったです。ローバーの移動経路選択や、外乱に対して自動的に反応することを目的としてデータを解析するとのことで、自身は強化学習などをまったく知らないのですが、社内の凄腕データ解析勢には頑張っていただきたいです。

草野:僕は企画とWebデザインがメインで、既存サービスのプランニングをデータと比較したり、ヒアリングから考えていくというので、学生にとっては何がよいか、企業にとっては何が儲かるかという狭間で企画をしていくという(笑)。それをWebの画面に落とし込むという仕事をしています。

今日はふだんの業務とはまったく違う話を聞くことができて終始楽しかったです。また、ispace社の「宇宙を人類の生活圏にする」というビジョンには、純粋にワクワクしました。引き続きなにかしらのかたちで関われるといいなと思いました。

横山:また情報がアップデートして、「HAKUTOさんがこういうところで困ってる」という課題の部分が増えてくると思いますし、リクルートテクノロジーズも「こういうことができるかもしれない」ということが出てくると思うので、定期的にやるほうがいいかもしれませんね。

中村:そうですね。もともとは最後のミッションが終わったあとのデータ解析の部分をご依頼する前提だったんですけど、実際に今やられている内容をお聞きして、ご協力いただけそうな部分もあるかなと思います。

横山:データ解析という文脈でも、打ち上げ前から関わらせていただく余地がありそうということですね。次回またよろしくお願いします。

一同:よろしくお願いします。