料理に使われる科学的手法

マイケル・アランダ氏:もしあなたがおしゃれなレストランに行ったことや、テレビの料理番組などを見たことがあれば、多くの人が「料理は芸術である」と言うのを聞いたことがあるかもしれません。料理はそれと同時に、「科学」でもあります。私たちは化学と物理に頼ることにより、食品を蒸したり、炒めたり、焼いたり、または料理をレンジに入れたりするのです。

シェフのなかには、自分の食品科学の知識を用いて、新たな創作料理手法を生み出す人もいます。その手法の中に、「分子ガストロノミー」というものがあります。それではここであなたの台所を実験室に変えてしまうような、9つの食品調理法をご紹介しましょう。

食品の組み合わせのなかで、とても相性のいいものがあります。ピーナッツバターとジェリーのサンドウィッチ、ベーコンエッグ、グリルドチーズとトマトスープ、またはホワイトチョコとキャビアが合うという人もいます。いずれにせよ、「フードペアリング」とは、食品の分子構造により、科学的に食品を組み合わせることです。

あなたがなにかを食べるとき、化合物が味蕾を刺激し、それが脳に味の情報を送ります。しかし食品の味はほとんどが香りにより決まります。香りの化合物が、鼻にある臭覚を刺激します。同じ香りの化合物を持つ食品同士を組み合わせると、同じ感覚器官を反応させ、お互いを引き立てるのです。

そのような相性の良い食品を見つけるために、「フードペアリング」をする時には、GCMSとも呼ばれる、「ガスクロマトグラフィー」と「質量分析法」が関係します。

まず、科学者は食品サンプルを蒸発させることにより、その化合物を分解します。そしてその化合物を質量を計測します。そのようにすることで、味の決め手になる化合物がなにかを突き止めます。そのデータとコンピュータアルゴリズムを用いて、シェフは似通った香り化合物を持つ食品を組み合わせることができるのです。

例えばホワイトチョコレートとキャビアの組み合わせはおかしく感じるかもしれませんが、ホワイトチョコレートとキャビアはいくつかの味の化合物に共通しているものがあります。それには「トリメチルアミン」という魚臭い物質が含まれます。それによりよく合うのです。

ちょうどパイナップルとブルーチーズの組み合わせや牡蠣とパッションフルーツの組み合わせが合うのと同じです。ですからもしあなたも自分の臭覚に頼れば、新しい奇妙な、でも願わくば美味しい食品の組み合わせを見つけることができるかもしれません。

加熱や冷却を自在に操る

「メチルセルロース」は、まるで逆に聞こえる物質を含む化合物です。この物質は冷たくなると食品を溶かすことができ、熱くなると固まります。

石のように固くなるわけではありませんが、固まったゼラチンのように固まるのです。これはセルロースより合成されたもので、セルロースとは砂糖の分子のチェーンで、植物を構成する物質です。

つまり、砂糖から飛び出ている水酸基の水素原子が、メチル基と入れ替わります。この化学変化によりメチルセルロースが親水コロイドとなります。つまり、これが摂氏50~70度の熱い水分と混ざると、ジェル状になります。ジェル状とは、炭水化物分子が水中で拡散し、完全に溶ける代わりに、絡み合ったネットワークを形成します。

メチルセルロースジェルのユニークな点は、これが冷たくなると溶けて液状になるのです。この熱可逆性の特性のおかげで、シェフは温かいアイスクリームのようなものを作ることができます。温かいうちだけクリームの形を保つことができるというわけです。メチルセルロースはまた、泡状のものやメレンゲといったほかのレシピでは、水分を飛ばすことにより濃化剤としても使われます。そうです、このジェルを使って創作料理を作ればクールですよね! いや、ホットだといったほうがいいでしょうか?

クールといえば、液体窒素は食品を素早く凍結させるのに用いられます。

これはフラッシュフリージングとも言われます。窒素は摂氏マイナス195度ぐらいの非常に低温な状態の時に限って液状でいられるのです。伝統的な冷凍方法では、液状の水の分子が固まって大きな氷の塊になるにはしばらく時間がかかります。液体窒素は非常に冷たいので、なにかをそれに浸すと、水の分子の状態をずっと早く変えることができ、小さい氷の塊を形成します。

アイスクリームはミルクの原料が凍る速度が遅すぎると、ザラザラした舌触りになってしまいます。ですから、液体窒素を使ってアイスクリームを作れば、とてもスムーズでクリーミーな食感になるのです。

フラッシュフリージングは食品を保管するのにも適しています。なぜなら大きな氷の塊は細胞の構造を破壊してしまうからです。そうなった場合、食感や味が変わってしまいます。

液体窒素は油やアルコールといった、凍結温度が非常に低い物も凍らせることができます。それに、柔らかい食品を粉砕することもできますから、冷凍フルーツの粉を作ることもできてしまいます。

しかし、多くの調理には熱が必要です。「sous videメソッド」と言われるもので、これはフランス語で「真空」を意味します。

この手法を使えば、食品を均等に加熱することがでします。真空パックにした食品を水の中に入れ、加熱する時に細胞構造のいくつかを破壊し、化学変化を引き起こします。すると、見た目や味が変化します。調理する際にはある程度のこのような変化が必要です。それこそが調理なのですから。

しかし、綺麗な焼き色がついたステーキと外側が焦げてカリカリになったのに中が冷たいステーキのように、温度調節は調理のカギを握ります。この手法を使えば、細かい温度調節をすることができます。望み通りの温度まで温められた水の中に、真空パックに入った食品を入れるからです。

このような調理法だと、加熱しすぎることもありませんし、真空パックですから空気によって酸化し、味が変わってしまったり、蒸発により水分を失うことも防いでくれます。そうすれば均等に加熱できますし、食感や味を保つことができます。毎回完璧でジューシーなステーキを楽しむことができるのです。

形を自在に操る

「液状化」は聞いたままの手法で、液体を柔らかいジェル状の球にする手法です。この手法にはアルギン酸ナトリウムが使われます。これは糖分の鎖で、海藻が柔らかいのはこのおかげです。

これはまたハイドロコロイドなため、水の中で分散すればジェル状になります。味付けされた液体とアルギン酸ナトリウムがカルシウムソルトの中に落とされると、それはジェル状の球体になります。カルシウムとナトリウムのイオンの場所が入れ替わるのです。

カルシウムはナトリウムの1つのつながりの替わりに、アルギン酸分子の間に2つのリンクを作ることができます。

このリンクにより、糖分の鎖が繋がって、調味された液体の周りに安定したジェル状の球体ができるのです。時間の長さに応じて、ジェル化した球体にさまざまな種類ができます。時間が短ければ、球体の外側は薄いジェルで覆われ、中はジューシーな液体が入った状態になります。ちょうど偽物のキャビアや、弾けるタピオカドリンクのようになります。

長く時間をかければ、もっと厚みがあり、しっかりとしたジェルに包まれます。ですから次回あなたがおしゃれなレストランに行くことがあれば、小さい球体を見てそれをしょっぱい魚の卵だと思わないでください。もしかしたらそれは液状化されたミントモヒートかもしれませんよ。

もし固体をくっ付けたいと思ったら、どうしたら良いでしょうか? 「トランスグルタミナーゼ」が使えるかもしれません。

これは、食欲がわかない呼び方ですが、「ミートグルー(肉の糊)」とも呼ばれます。しかしこれは実際の糊ではありません。これは自然の酵素で、タンパク質を凝固させるのを助けます。

例えば血液の塊を形成したり、皮膚細胞をしっかり保護します。調理の世界では以前、「トランスグルタミナーゼ」は牛や豚の血から作られていましたが、現在ではほとんど開発されたバクテリアが用いられます。通常、これはゼラチンのような他の食材と混ぜることにより、凝固の特性を強化するのに使われます。

トランスグルタミナーゼ酵素が活性化すると、どのようなタンパク質であれ、凝固させることができます。ですからどんな肉のミックスも作れるのです。肉の麺や、ケースに入れないソーセージや、串で刺さなくてもベーコンでホタテを巻いたままにすることができます。肉の糊と聞くと美味しくなさそうですが、肉を混ぜたりくっ付けたりする能力はすばらしいですよね。

食感を自在に操る

わたあめの主な材料は1つ、「砂糖」です。

時々それに食品着色料や風味が加えられることもあります。テーブルシュガーとは化学的なショ糖で、自然界では粒状のクリスタルです。

ではどのようにして雲のようにフワフワになるのでしょうか。これはマジックなんかではありません、科学です。砂糖がわたあめマシーンの中心に入れられると、摂氏185度ほどの融点にまで温められます。それから固形クリスタルのショ糖が個々の砂糖の分子に分解していきます。するとその原料のミックスが液体のシロップになります。綿飴マシーンは結局のところ、大きな遠心分離機です。

中心のバスケットには小さな穴が開いています。そしてそれが一秒間に約60回回転します。すると溶けた液状の砂糖が穴から遠心力により押し出され、外側のバスケットに集められます。これにより、直径約50マイクロメートルの非常に細い砂糖の糸が作られるのです。とても細い砂糖は瞬間的に冷やされて再び固体となります。十分に冷えたらそのフワフワの塊に棒を突っ込めばわたあめの完成です。

もし油の形状や質感をフワフワの粉状に変えてしまいたいと思ったなら、「マルトデキストリン」がぴったりです。

これは炭水化物で、人工的に特定の植物から抽出されるもので、はじめはアミロース分子のような螺旋状をしています。

これには軽く甘みがついているかもしれませんが、そうでなければ無味です。マルトデキストリンの螺旋のなかでは疎水性分子が結びついていて、外側は親水性分子が結びついています。なぜなら、油は水分との関わりを嫌いますから、マルトデキストリンの疎水性内部に引きつけられます。そして互いに分離します。それにより、マルトデキストリンは液体の油を軽いフワフワの粉状に変えることができるのです。

ピーナッツやココナッツの油であれば、デザートの上に軽く粉として振りかけることができますし、シェフはしょっぱいオリーブ油やベーコンの粉を前菜の飾りにするかもしれません。その粉が一度口内の唾液や水と触れ合うと、マルトデキストリンを溶かし、風味豊かな油の分子を味蕾に放ち、味わうことができるのです。

泡は基本的には液体か固形の物体の中に空気のポケットを含んだものです。

シェフが食用の味付けされた泡を作るのが流行っています。

材料は水性の液体、空気、そして泡がはじけてなくならないように安定剤が必要です。大豆レシチンは乳化剤で、異なる液体の溶液を保持する助けとなります。レシチン分子は疎水性末端をと親水性末端を持っているので、さまざまな種類の食材を結びつけ、混ざった状態をキープしてくれます。例えば親水性の砂糖と疎水性のココアバターと固形ココアを混ぜることができるので、フワフワでクリーミーなチョコレートを作ることができるのです。

乳化した液体を、空気のようなガスと混ぜると、大豆レシチンは界面活性剤の役割をするので、空気の泡の表面の膨張力を下げてくれて、破裂しにくくなります。つまり、これは泡の形状を守ってくれるのです。泡は食事の中でメインとなる部分ではありませんが、一番食べるのがおもしろい部分と言えるでしょう。

これらの調理方法はおしゃれなレストランでしか見られないように感じるかもしれませんが、このほとんどが自分の家の台所でもできるものです。もしあなたがその後ろにある科学を理解しているなら、料理は複雑なものではなくなります。「分子ガストロノミー」は科学が芸術、しかも美味しいものとも結びついている事を証明してくれるのです。