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ジェンダー研究家が語る「私がポルノを見るのをやめた理由」

ジェンダー研究家が語る「私がポルノを見るのをやめた理由」

「全ての男性はポルノを見るのをやめるべきだ」。イスラエルの大学でジェンダー研究に携わるラン・ガブリエリ氏はこう提唱し、セックス産業が社会に与える深刻な弊害は、市民の生死にも影響を与えていると訴えました。(TEDxJaffa 2013より)

スピーカー
テルアビブ大学・社会学者(ジェンダー研究) ラン・ガブリエリ(Ran Gavrieli) 氏
参照動画
Why I stopped watching porn

ポルノがもたらす弊害

ラン・ガブリエリ氏 私がポルノを見るのを止めた理由は基本的に2つあります。1つは、ポルノがたくさんの怒りと暴力を私のファンタジーの世界に持ち込んだためです。これらの怒りや暴力はもともとは私の中にはなかったものです。私はそれを避けるため、それを終わらせることにしたのです。言うことは実行するよりも簡単ですが……。 2つ目は、ポルノを見ることで撮影された売春への需要を作っているのだと気付いたからです。ポルノグラフィは本当は撮影された売春だからです。ポルノは売春を意味しますし、グラフィは映像を意味します。 売春が子供の頃からの夢だった、という人はいませんよね。それはいつも困難と貧困の結果です。私はボランティアをするにつれて徐々にそれを理解しました。売春宿や路上で、人身売買の犠牲者などを含む男性、女性のためのボランティアでした。 しかし、ポルノと売春のメカニズムを理解するためにはボランティアをする必要はありません。ポルノのジャンルはエロチックや健全なコミュニケーションではなく、男性が女性を支配すること、従属させることなのです。そしてそれは性的な意味でだけではなく、人間として、この世界にあるジェンダーの階級なのです。 もしポルノに、「何をセクシュアルと定義するのか、何がセクシュアルなのか」と質問するとしたら、ポルノは笑い飛ばし、「男性が興奮するものは何でもセクシュアルだ」と答えるでしょう。 男性は女性の首を絞めたり、キスもハグも触れることもなく、優しい愛撫もない野蛮なセックスをすることに興奮します。それがセクシュアルになります。男性は、女性や子どもが泣いているのをみて興奮します。そしてそれがセクシュアルなのです。男性は女性を強姦することで興奮します。それがセクシュアルです。 Web上にあるすべての主流ポルノには、レイプカテゴリーがあります。そして隣には凌辱のカテゴリー、虐待カテゴリー、泣いているカテゴリーなどと続きます。普通のポルノでさえ、そのような動機をもって作られているのです。軽いバージョンのポルノでさえも、80%、90%は「手を使わないセックス」を映しています。それは私たちが望むものではありません。 すいません。みなさんの反応を見ました。「手を使わないセックス」ってなに? ……OK、説明しましょう。

少年期の純粋な気持ちを失ってしまうのは何故か

もしポルノを見るのを止めないのであれば、次にポルノを見るとき、気付いてほしいことがあります。 ポルノを撮影しているカメラはいちゃいちゃしたり、キスをしたり、ハグをしたりなどという普通の行為を捉えることにまったく興味がないのです。カメラが捉えようとしているのは、挿入だけなのです。普通の構成では、男性がいて女性がいます。彼のペニスは彼女の中にあります。口うるさく言わないでください。彼女の中のどこかです。 (会場笑) その挿入をカメラが極端に近づいて撮影するのを邪魔しないように、男性の手はほとんど間、自分の体の後ろにまわっています。そして女性は居心地の悪い姿勢で、髪型やメイクが崩れないようにしながら、自身の中にあるペニスを扱わなければいけません。 髪型やメイクには時間もお金もかかっています。女性は男性の強引な行動を邪魔しないように、そして最も重要である、カメラの邪魔をしないようにしなければなりません。だから2人が変わった姿勢、アクロバティックな体勢でセックスをしているとき、触れ合っている部分はペニスと挿入されている部分だけなのです。手が使われることはありません。 私は毎年、軍人や学生など250~300人の人と話をする機会があります。今まで誰も私に「手を使わないセックスはもともとの自分の考えで、11、12歳のとき、誰かにキスしたいとか、誰かに触れたいと思ったことはなかったよ。そんなことに興味はなく、最初から挿入だけが大事だったんだ」と言ってきたことはありません。ポルノを見るまではです。 ポルノを見る前の私の個人的なファンタジーの中にはいつも、官能と相互関係が物語の構造の中心にありました。つまり、私はいつも「彼女に何を言おう。彼女はどんな反応をするかな? 私はどんな反応ができるかな?」と想像していた、という意味です。 現実では計画したようにはいきませんが、興奮することに関しては、私の頭の中では、場所や背景、私と彼女が突然ふたりっきりになる状況、どうやってだんだんとふたりが興奮していくのかはとても重要でした。もう一度言います。「ポルノを見るまでは」です。 ポルノを見るようになってからは、ポルノが私の考えを征服し、私の脳を侵略したのです。だから私は想像できなくなってしまいました。あまりはっきりは言いませんが、自分がマスターベーションをしようとしたとき、目を閉じて本当に想像したいもの考えようとするけれども、それができないということです。 なぜなら私の頭は、女性が強姦され、従属させられ、非道なセックスを楽しむふりを強要されるというイメージによって破壊されたからです。それがポルノの結果なのです。私たちはみな、ポルノの被害を受けやすいのです。若い人だけではありません。人いうのは食べ物や栄養など体内に入れるものだけでなく、頭の中の栄養にも気をつけなければならないと私は思います。それはどういうことでしょうか?

20分間のテレビ視聴から知らずのうちに受ける影響

性的なものとは関係ないところで、短い例を挙げてみましょう。私がこの前家に帰ったとき、私の彼女は文化的なくだらないテレビ番組を見ていました。カラオケのオーディション番組でした。私たちの家にはテレビはありません。それは、ただ自分たちを知的な人間に見せるように偽るためです。 (会場笑) 「え? 誰が乳腺切除をしたって? ……アンジェリーナって誰? 聞いたことがないな、家にテレビを置いていないんだ」と言うためです。 でも私たちはすべての文化的なくだらないテレビ番組を見ています。難しいことなんて考えません。私たちはダウンロードするのです。くだらない番組全てをです。 (会場笑) そして私は20分間、そのカラオケ番組を見ていました。とてもつまらなくて退屈でした。2分話して、次の4分間は言い争いをして……。20分後には我慢の限界でした。だからシャワーを浴びに行ったのです。 一番興味深いことはシャワーの中で起こりました。私はとても情けない状態だったと言えるでしょう。でも私はみなさんとこの話を共有します。みなさんに私を受け入れ、愛してほしいからです。私は最も情けなかった話をみなさんに話すのですから、みなさんも私を受け入れなくてはいけません。 (会場笑) その現象に気が付くまで5分、10分くらいかかりました。私はシャワーの下に立ち「もし私がオーディションを受けるなら、何の曲を歌おうか?」と真剣に考えていたのです。 (会場笑) 言っておきますが、私は知的なのです。リアーナレディー・ガガなどはやりません。ボブ・ディランブラインド・ウィリー・マクテルをカバーするでしょう。知的だと思いませんか? そして私は自分が馬鹿だということを自覚しなければなりませんでした。私には音楽の才能なんてないからです。 それ以上に、私はミュージシャンやシンガーソングライターになりたいと思ったことはありません。それが私の内に秘めた願望のひとつだった、ということもありません。でも私だって人間です。そのような番組を20分間も見ていて、頭の中がしばらくそれでいっぱいになっていたのです。 この例で考えてみましょう。20分間何かを見ている場合のインパクトを測ってみると、私たちの頭はそれに侵略され、私たちの願望は征服されるのです。

セックス産業が生み出す「社会的な死」

gazou1 週に1、2回、20分間、ポルノを見ることによる影響を想像してみましょう。それは想像よりも大きいです。望んでいてもいなくても、ポルノは身近にあるものです。それは私たちの幸福に一致するものではありません。どこに行ってもインターネットがあるせいで、携帯を使って90%の12歳児が定期的にポルノを見ているのです。 ポルノは中毒性と麻痺させる力を持っています。どういうわけか私たちはポルノに依存してしまい、中毒性があるのです。麻痺というのは、多くの男の子や若い男性に対して、ポルノは「大きなペニスを持つことと、永久の持続性を持つときだけ、男としてセックスの中で価値があるのだ」ということを教えているからです。 ポルノによると、価値のあるセックスの相手になるためには、「官能的、情熱的、思いやり、優しさ、上手く調整された人」というようなことはまったく関係ないのです。すべての価値は、私たちが持っていない大きなペニスと、永久的な持続性から生まれるというのです。だから男の子たちの感覚は麻痺してしまうのです。 もしポルノを見ても麻痺することがなければ、大抵の場合、彼らは見たものの真似をし始めます。それは攻撃する人になるということです。たとえそこに感情があるとしても、私たちが美しい少年少女の恋愛、健康的な大人の恋愛関係とみなすものの中にでさえ、性的暴力があるのです。 なぜなら私たちがセックスについて話し合うことはあまりないからです。いろいろな場所で目にしますが、それについて話すことはしません。まったくおかしなことです。 女性にしても同じです。若い女の子は、本格的なポルノからだけではなく、ポルノに影響された文化からもメッセージを受け取っています。マイリー・サイラスレディー・ガガのPVやコマーシャルを見たことがありますか? あれらは服を着たままのポルノなのです。 だから女の子は「もし愛に値する女性になりたいのなら、何よりもまず、性的欲求を満たせる女性にならなければならない」というメッセージを受け取るのです。そこで、性的欲求を満たせる女性、イコール、ポルノスターとなってしまうのです。 私はいくつもの中学、高校で講演をしてきました。これらすべての学校で、好きな人を喜ばせるため、親密な状況の中で撮影されることに同意する女の子たちに会ってきました。そして彼女たちが信頼するその相手は、アプリやインターネットでそれを売るのです。よくある話ですね。 通常、誰も彼らにモラルについて話をすることはありません。いつも辱め、くやしさに苦しむのは女の子たちです。それが原因で転校することもありますし、大抵は学校を辞めてしまいます。違う市の学校に転校しても、ソーシャルネットワークのせいでそれはずっとついて回るのです。うつ病を患う子もいますし、たくさんの問題が私たちの文化に存在する中で、この問題のせいで深刻な摂食障害になってしまう子もいるのです。 社会的に孤立し、中にはアマンダ・トッドのように自殺をする子もいるのです。彼女が安らかに眠ることを願っています。人生や自分自身に価値を見いだせなくなるのです。 ポルノは身近にあるだけではなく、死に至る問題なのです。これは私たちの社会の小さな現象ではありません。ときには生死に関わる問題なのです。主にそれは、ポルノに参加する人にとって生死に関わるものになります。 ポルノは言論の自由、職業選択の自由などが具現化されたものではありません。それは性的搾取が具現がされたものであり、人身売買、レイプ、売春斡旋、売春と隣り合わせで行われているものです。本の発売契約や製作会社を持つポルノスターひとりに対して、何十万人もの女性や女の子たちは生き残ることさえできないのです。文字通り、生き残れないのです。 セックス産業では、みんな利用されたあとは、売春宿、エスコート、マッサージパーラー、happy unhappy endingなどに捨てられます。冗談ではありません。深刻なことなのです。これは売春の領域なのです。多くの人が50歳まで生きません。平均寿命が75、76歳の国での話ですよ。それらの国で50歳まで生きることがないのです。 その理由は主に4つあります。ドラッグ、性感染症、売春での客や雇い主や彼氏に殺される、そして4つ目は先ほど話した自殺です。もしあなたが売春婦なら、撮影されていてもいなくても、社会的な死を意味をするのです。 みんなで夕食の席に着いたとします。中にはたぶん、売春宿に1、2回行ったことのある、売春を消費したことのある人がいるでしょう。でも私たちは、売春婦であることを告白した女性たちと夕食の席に着くことはありません。それが社会的な死なのです。華やかなものではありません。華やかさとはかけ離れています。

“感情的に安全なセックス”を

私が自分の部屋でプライバシーを持って、ポルノを見るとき、私はポルノの需要を作っているのです。ポルノはもちろん無料です。お金を払う必要はありません。 もしポルノを消費しているなら知っておいたほうがいいですよ。需要があるところには供給があります。もし私が歳のいった黒人女性のポルノをみれば、誰かが歳のいった黒人女性の売春を斡旋するのです。 未成年のアジア人については、すでにもう人身売買が行われています。その子たちを撮影するためです。イスラエル人女性、パレスティナ人女性。アメリカの女子大生。特にアメリカの女子大生はここ数年、とても人気が高まっています。世界中の人間のくずたちは、すでに存在し、これらの女性たちを撮影することで売春させているのです。 私は自分のため、私の親密なコミュニケーション、自分の性生活のためにポルノを見るのを止めました。私の頭の中のコントロールと責任を取り戻すためです。それをすることは、恐ろしいセックス産業に貢献するのを止めることと同じです。それは良いことだと思います。 私は身体的、感情的に安全なセックスを提案したいと思います。感情的に安全なセックスです。保守的な状態に戻ったり、性的に解放されていない状態に戻るということではありません。私は性的な自由を支持しています。私たちは、ジェンダーの階級は横に置いといて、笑うことを取り戻すことで親密さを生む必要があるのです。 ふたつの魂、ふたりの人間がプライベートの状況で一緒に笑うことができないでしょうか? ふたりが何十年来の知り合いでも、知り合って1時間でも構いません。もし同じ部屋にいるふたつの魂が、一緒に笑うことができないなら、そこからどんな良いことが生まれるでしょうか? 性的なことでも、そうでなくてもです。それが感情的に安全なセックスです。 もっと話したいことがあるのですが、もうそろそろ時間なようです。 私は、私たちがこれからこの問題について話すことができるようになることを願っています。なぜなら私たちが沈黙を貫いてきた歴史は、私たちにとってまったく役に立たなかったと強く信じているからです。その行為は更なる沈黙を生み出すだけでした。 私たちが普通に話すことで、もっと多くの話し合い、識別、健康な状態、変化が生まれるのです。小さな変化かもしれません。でもそれは本当の変化です。感情的により安全になるのです。ご清聴ありがとうございました。

  
※ログミーでは、TED Talksおよび各TEDxの定めるCCライセンスを遵守し、自社で作成したオリジナルの書き起こし・翻訳テキストを非営利目的のページにて掲載しています。
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