ダメすぎて、興味がわいた

―今回の買収について、驚きました。まずは、そもそもお三方は知り合いだったのかどうかから聞きたいのですが?

片桐孝憲(以下、片桐):知り合いです。とくに宮本くんに関しては、彼が起業前に沖縄で自分のサービスを作っていたときから一方的に知っていましたね。

どういうサービスだったかというと、砂浜に書いてほしい文字を送ると、宮本くんが実際にそれを書いて、写真に撮って送り返してくれるというものでした。例えば「◯◯ちゃん、好きだよ」とかいう文字を……。

(一同笑)

このサービスを知ったとき「かなり尖りすぎてて変だ」とレッテルを貼っていたんですよね(笑)。そのあと、ピクシブ(片桐さんが代表を務めていた会社)になぜか就職のエントリーしてきたんですよ。僕は、「いやだ」って思ったんですよね(笑)。

(一同笑)

宮本拓(以下、宮本):確かにそうでした(笑)。

片桐:次に再会したとき、宮本くんはネットショップのBASEでアプリ開発をしていました。再会というか、ここで初めて対面するわけだけど。「ピクシブに応募したことがあるんですよ」と言われて、「ああ、あのときの!」って。話を聞いていると、BASEを辞めて自分のサービスをやるというので。彼が起業するとき、いろいろアドバイスしたりしていました。「POOL」というサービス名は、僕が考えたんです。

宮本:そうなんです。いろいろ案を出していたんですけど、なんだかダサくて。片桐さんに相談したら、「POOL」の名前が出て、「じゃあ、これでいこう」みたいな感じで決まりました。

そもそもPOOLは、僕の好きだった女の子に「スマホの画像データがいっぱいになってて困っているんだけど、どうしたらいいの?」と相談されて、いろいろクラウドストレージサービスを紹介したんですけど「全部わからない」と言われたのがきっかけでした。ああそうか、わからないんだ……って。

僕としては、ショックでした。IT界隈では使えて当たり前ですけど、世の中の女の子は使えないんだと思いました。「これを解決するプロダクトを作ろう」とその日に決意して、次の日に「会社を辞めます」といって、作り始めたんですよね。

片桐:でも、僕が考えたのは名前だけですよ。あとはなにもよくわからなくて「インストールすれば画像が勝手に保存されるんだね、いいね!」みたいな。だから、別にUIのアドバイスをしたわけでもない。ただ、名付けを手伝っただけです。

「これひょっとして、いいサービスなんじゃないかな?」って(笑)

―文原さんとは、いかがですか?

文原明臣氏(以下、文原氏):片桐さんとは……たしか2年前くらいですか。なにが最初のきっかけだったか、ちょっと覚えていないんですけど。

片桐:いやー、awabar(東京・六本木にあるスタートアップ界隈の人々が集まるスタンディングバー)で会ったのを覚えているよ。

文原:けっこう酔っ払っていたときにお会いしたことは覚えているんですけど(笑)。なので、そのときちゃんとお話をすることはなかったんですよね。

片桐:「なにやってんの?」と聞いたら「『nana』というサービスをやっています」と言われて。見てみたら「うわっ、儲からなさそう」と思って(笑)。

文原:酷評されたんです(笑)。nanaは、ユーザーたちが投稿した音楽を聴くことができます。楽器同士のセッションができたり、すでに投稿されている音楽に自分の声を重ねたり、音楽を中心にユーザーがつながれるものなんですけど……。

片桐:「大丈夫か、これ?」「どうやって食ってるの?」と。ダメすぎて、儲からなさそうすぎて、興味がわいたんです。

僕自身「pixiv」をやっていて周りの人たちから言われたのは「これ、どうやって儲けるの?」でした。だから、nanaには同じものを感じたんですよね。でも、pixivは収益化できました。nanaは収益化できてなさそうな感じだったので「こういうのはさ、収益化するのにめちゃくちゃユーザー数がいるけど、(収益化)できるの?」みたいな話をした記憶があるんです。

―最初はお2人とも「ダメだ、これ」と思われるところから始まったわけですね。

片桐:そうだね。特にnanaは本当にダメだと思った。

(一同笑)

―そんなにダメだと思ったのに、今回の買収の流れに至ったのはなぜですか?

片桐:nanaを見ていて、サービスのコンセプトはわかるんだけど「そういう世界、絶対に作れないでしょ」「(サービスとして成立させるには人数が必要だけど)そこまでユーザーは集まらないだろうな」って思っていました。

ある日、Facebookを見ていたら、僕の昔の知り合いで、プロを目指している歌手がnanaを使っているのを見て「まじで?」と思ったんですよ(笑)。「え、こういう層もふつうに使っちゃってるの?」みたいな。しかもその人は、まったくインターネットの人じゃなくて、むしろ「普段インターネットを使わない人」だったわけで。

ニコ動のユーザーがnanaを使う、というのは理解できる。でも、普段からネットで配信とか投稿をしていない人がnanaを使っていて、それにちょっとびっくりしちゃって。「これはひょっとしていいサービスなんじゃないかな?」って(笑)。

(一同笑)

まぁ、ある一定のところを超えているんじゃないかと思って、文原さんにまた話を聞きに行ったりし始めたんですよね。

ビジネスモデルがないサービスの強み

片桐:nanaはビジネスじゃないから、みんな本当の価値がわかってないんじゃないかって僕は思ったんですよ。

ネットビジネスでいうと、nanaはpixivと同じ、ネットカルチャーなんです。カルチャー系には、わかりやすいビジネスモデルがないんですよ、pixivにもないし。でも人気があってビジネスじゃないものは、やっぱり強いんですよね。ほかとの競争にならない。

―ビジネスモデルがないということは、マネタイズができないということですか?

片桐:カルチャーでも、マネタイズはできるんですよ。

ネットカルチャーというのは、ある意味、FacebookやInstagramみたいなものですよね。ああいうものにはビジネスモデルがない、けれど、人がいっぱい集まればなんとかなる。これは実際にpixivをやってきて感じたことだし、今、nanaに対しても思っているところではありますね。

では、ビジネスモデルがあるとなにが問題なのか。でかい資本にすぐ負けちゃうんですよ。例えば、動画ビジネスをやろうと思っても、Netflixにはなかなか勝てません(笑)。ああいった、ビジネスモデルがはっきりしていて、かつカルチャーじゃない世界には、必ずジャイアンみたいなヤツがいる。だから、うまく市場を選ばないと絶対にうまくいかない。

―片桐さんが持つ、買収の基準みたいなものを教えてください。

片桐:好みの話で言うと、nanaはめっちゃ好み。やっぱり、ネットカルチャーだから。これに関しては、pixivで培ったものをそのまま活かせる。

でも、亀山さんにとってはよくわからないものかもしれない。さっきも言ったとおり、ビジネスモデルがないから。ビジネスモデルがあるものに対しては、亀山さんはめちゃくちゃ強いんですよ。だけど、pixivやnanaみたいな「人を集めれば、なんとかなる」というのは、ネット特有の考え方なんですよね。そういう意味で言うと、僕にとってnanaはすごく得意分野。

―亀山さんだったら、nanaを買わなかったであろう、と?

片桐:たぶん、興味ない。買ったとしても「それ、どうやって儲けるんだ?」となると思う(笑)。

(一同笑)

―ビジネスとして勝算があったということですね。自分ならマネタイズができると。一方で、POOLはどうですか?

片桐:POOLは、すでにアプリとして完成に近くて、こうやっていけばいいというのが決まっている。

宮本:そうですね。

片桐:むしろ宮本くんに期待しているのは、POOLでたまったいろんな知見です。やってほしいのは、モバイルのエンタメ分野で、まったく新しいサービスを作っていくことです。例えば「SNOW」みたいなサービスを作るとかですよね。ああいった、モバイルのエンタメの世界を作っていける経営者だし、エンジニアだと思っているんですよ。

優秀さより「一緒に仕事をやっていけるかどうか」が重要

―一方で、買収の基準として「いくらサービスがよくても、そこの経営者がよくないとダメ」みたいな方もいますよね。いわゆるタレントバイ的な観点。そこはどうなんでしょうか。

片桐:その議論そのものがすごく難しいところでもあるんですが。純粋に「優秀な人だから」といっても、みんな辞めちゃうから(笑)。だから、優秀さよりも「一緒に仕事をやっていけるかどうか」はすごく重要だと思っています。

なので、今回の2人に関しては「あの人は優秀だから、なにか仕事をやってもらおう」というより、「DMMというグループの中で一緒に新しいものを長く作っていけそうだ」と感じたところも大きいですね。

―それは「友達・仲間としても一緒にやっていけそうな人」という感じですか?

片桐:知り合いだった、という間柄も要因としては大きいですよね。まったく知らない人と出会って「そのサービスいいね」となって……そのままビジネスが回ればいいですけど。nanaに関しては、これからもっとサービスの規模を大きくしていかないといけない。現時点でのnanaが最高というわけじゃないから。

あと、POOL……運営元であるピックアップには、むしろ今後もっと大きいサービスを作ってほしいと思っているので、プロダクト自体の判断じゃないんですよね。

―今回の買収では、それぞれ元の会社は残るんですか?

片桐:株式会社nana music、ピックアップ株式会社として残ります。だけど、宮本くんに関しては、今後新たなサービスを作ったときのサービス名は「DMM◯◯」かもしれないし……まだそこは曖昧ですね(笑)。

―ちなみに「『nana by DMM』みたいなサービス名にしろ」って言われたら、どう思います?

文原:「それはお断りだ」って言っておきます。

(一同笑)

宮本:今後作るサービスだったらどちらでもいいですね。そのサービスによるかなと思うんですよね。そこにこだわりはあまりないです。

片桐:なんでもDMMとつけたいわけじゃないし、これはもう、本当にサービスによると思う。例えば、不動産業をやるとかだと「DMM不動産」としたほうがいいだろうし。亀山さんもそんなにこだわりがない。事業がよりうまくいくほうをとりたいというのが、亀山さんの考えなので。

nanaに関しては、そもそもオフィスが一緒じゃないんです。nanaは音楽カルチャーのネット企業なので文化の熟成を考えると渋谷で独自にやってるほうがそれっぽいし、良いかなと思ってます。 

DMMに決めた理由は、意思決定の速さ

―今回、お2人それぞれがDMMに決めた理由などを教えてください。

宮本:僕自身、「どういうかたちであれ、大きなサービスを作って、世の中の人たちに使ってもらいたい」と思っています。とにかく、多くの人に使われるサービスを作りたいんですよ。そういう意味では、今回は最高の選択になると思ったんです。

文原:僕の場合、最初にお話をいただいたとき、ちょうど次の資金調達を考えて動いているところでした。正直「このまま、自分たちは独立してやっていくのか」「それともイグジットするのか」という選択肢の間で葛藤があったのですが、そこで出た答えが「やっぱり、サービスを作りたい」でした。

先ほど片桐さんも話されていましたけど、nanaにはビジネスモデルがありません。だから、非常に資金調達には苦労しまして(笑)。なんというか「おもしろいけど、ビジネスモデルは?」となっちゃうんですよね。そんな中で、なんとか資金を集めてサービスを作り続けてきたんですけど、どこかで限界も感じていました。

僕は、nanaというサービスで、音楽で世界中の人々をつないでいきたい。でも、サービスを作るためには、当然ながらお金も必要です。サービスを作るためのお金を集めるんですけど「全然プロダクトに関われてないじゃん」と思い始めていました。そこが、今回決断した非常に大きな理由の1つでした。

―今回のことをきっかけに、現場でサービスを作るプレイヤーに戻りたいとかではなく、亀山さんや片桐さんから経営を学びたい、経営者としてまだまだやっていきたいということですか?

文原:あまり経営者なのかサービスの作り手なのかといった切り分けは意識していません。僕がやりたいのは、どちらかというと「自分がつくりたい世界をつくる」がメインなので、必要であればサービスの作り手以外のことをやってもいいと思っているんですよね。ただ、それを実現するには、サービスを作るだけじゃダメです。採用やコストといった、経営的な要素もたくさん必要です。そういう意味では、僕はまだまだ経営の部分が足りていないので、いろいろ学べ……いえ、すでに学ばせていただいているんですよ。

宮本:それでいうと、僕の方は、DMMからオファーをいただいたタイミングで、ほかからも投資のオファーをいただいていました。そういったところも含めてコミュニケーションをしていたんですが、圧倒的にDMMが速かったんです。スピード感でいうと、30倍……いや、60倍くらい違うかもしれない。そこが、圧倒的な魅力でしたね。

ほかの事業会社とかだと1週間かかるところを、DMMはそれを超える速さで意思決定がされていて。それを見ていて、中に入ってもこのスピード感で実現できるんだろうなと思ったんです。あと、プロダクトを作っている側としては、説明する時間も惜しい瞬間があります。そこもがんがん後押ししてくれる片桐さんが相手だと、すごくやりやすいですよね。

文原氏と宮本氏が、片桐氏に期待していること

―改めて、お2人が片桐さんに期待していることはなんでしょうか?

文原:先ほどもちらっとお話しましたが、うちのサービスはなかなか評価されにくいところで、片桐さんは「いい!」と言ってくれた。その時点で、非常にありがたいですね。こう言うと上から目線な感じがしてアレなんですが、片桐さんはセンスや目利きがすごいんです。僕からすると、あとはがんばるのみなので、自由にやらせてほしいです(笑)。

(一同笑)

―宮本さんは?

宮本:僕が「こういうことをやりたい」と言うと、その何倍もの勢いで「もっとやったほうがいいよ」と言ってくれるんですよね。そうすると、僕は安心してやれるんですよ。やりたいという考えを肯定して「もっとやれ」と言ってくれる。これだけで、もうすごくいいんですよね。

文原:うんうん、すげーわかる。

宮本:プロダクトは、すごく繊細なものだったりします。「こうしたい」と伝えて「どうなの?」という反応をされると、クチャクチャっとなってしまうこともあり得るんですよ。細かいところはそんなに見ず、大きな目線でもっと大きく攻めさせてもらえるというのは、今後もしていただきたいなと。

文原:なんというか、すでに今感じていることがもう合っているというか。今ある空気感のままいけば、絶対にうまくいくという予感しかないんですよね。

宮本:そうですよね。

DMMから新たなネットカルチャーが生まれてほしい

―そろそろ時間なので最後になりますが、DMMにとって、今回の買収は事業戦略の中でどういった位置づけにあるのでしょうか。

片桐:そういう意味でいうと、まず今回の話は、今までのDMMの文脈上だったら絶対出てこないサービスの2つなんですよね。例えば、nanaみたいな本当にネットカルチャーっぽいサービスにはビジネスモデルがない。今までのDMMなら「なにそれ?」という感じだったと思います。

DMMは動画や英会話、証券なんかも含めて、リアルの世界にある事業+インターネットという考え方で作られたものも多いです。今回、nanaやPOOLというものをまずやっていって、DMMの中からもネットだけで完結するようなサービスも作り出せるというものにつなげていきたいですね。

そもそもDMMは、新規事業を生むのが超得意なんですが、一般的には新しい事業を作り出すのってめちゃくちゃ難しいじゃないですか。というのも、結局のところビジネスで重要なのは日々のオペレーションなので。社内から新規事業が出てくるのは、ほとんどないですよね。……あるかな?

さっき話した「長く一緒に働ける」にも関連するところですけど、単純にいいサービスだと思って買っても、長く続かないんだったら、あまり意味はないんですよね。プロダクトオーナーは超重要だから、その人がいないといけない。だから、DMMにとって今回の買収はめちゃくちゃ賭けです。

―おお、プレッシャーが来てますよ(笑)。

(一同笑)

片桐:いや、買った時点でもう僕らDMMは弱いわけですよ。文原さんや宮本さんのやる気がなくなったら終わりみたいな。

だから、資本上は子会社かもしれないけど、基本的には文原さんや宮本さんたちの言うことを聞かざるを得ないというか。社長を交代させても、サービスが後退するだけですからね。これらの事業にとって彼ら以上のプロダクトオーナー、経営者はいないだろうから、そこは思うとおりにやってもらうしかないです。それくらい信頼できていないといけないし、かつ、それを長く続けていけるような人間関係がないと買収は難しいと思うんですよね。

―ちなみに、今回の買収に亀山さんの意志はどの程度絡んでいるんですか?

片桐:すごくいろいろアドバイスをもらってますよ。nanaもPOOLも、亀山さんには事前に相談しています。nanaに関して言うとawabarで「nanaってサービスがあって、それを買いたいんですけど、どう思いますか?」と言ったら、「じゃあ、今すぐnanaの社長、呼んで」となって。文原さんに「今、来れますか?」と聞いて、来てもらって、そこから一気に話が進んでいきました。

だいたいLINEで。亀山さんに「こんな感じでやろうと思ってます」とか伝えると「OK カメっちスタンプ」みたいな感じで。(笑)

なんというか、「こんなスピード感でやってもいいんだ」と、亀山さんと今回の買収のやりとりをしていて思いました。通常であれば1週間後くらいに予定を入れて「どうもはじめまして」から始まりますよね。

―確かに、速いですね。

片桐:でも、サービスの中身とかはほとんど見ないんですよね。POOLとか、見たことないんじゃないのかな。

宮本:……はい。

(一同笑)