「日本人のお金観と働き方のいま」

藤野英人氏(以下、藤野):それでは、「さあ、人生でいちばん大切な“お金”の話をしよう」というテーマでお話をしたいと思います。

まずは「日本人のお金観と働き方のいま」という話をしたいんですが、最初に自己紹介ということで。

これがなぜ自己紹介なのかということですね。みなさん、これはなんでしょうか? 女性諸君には日常的なもので、男性諸君には楽しいものじゃないかなと思うんですけど。これはワコールの「グッド・アップ・ブラ」というものです。「いきなりセクハラか、何だこの人は?」と思われたかもしれませんが。

日本で一番ブラジャーを販売した母の記憶

これは私の母と私の写真で、左側にいるちょっとバカっぽいのが私で、右にいるのが母です。

実は母は、日本で一番ブラジャーを販売した女性の1人なんじゃないかなと思います。ワコールで40年間、70歳まで働いていたんですね。

どれくらいの枚数かわからないですけど、全盛期には何年間かトップクラスの営業成績を上げていましたので、ブラジャーを販売した女性の中では、間違いなくトップクラスの人だと思います。

食卓の話題は、まずブラジャーでした。「今日は40枚売った」「今日は4枚しか売れなかった」という話でした。

たまにそういう話を聞くならいいと思うんですけど、毎日ブラジャーの話を聞く思春期の男子の気持ちを考えていただきたいですね(笑)。「もうやめてくれ」と思っていました。「はいはい」なんて言ったりしてね。

でもそのおかげで、父も働いて母も働いて真面目に稼いでいたので、大学に行けたり、お稽古事に行けたりということがありました。

ブラジャーで育ったファンドマネージャー

そういう面で見ると、今日はブラジャーで育ったファンドマネージャーということで(笑)、本当にブラジャーに足を向けて寝れないという感じですね。下着売り場を見ると、手を合わせたくなるような気持ちになります。

(会場笑)

藤野:(この話が)お金の話に何の関係があるのかということですが、大いに関係があります。私がファンドマネージャーとしてやってこれたのは、実は母のおかげだなと思っているんです。

しかし、当初はそうは思わなかったんです。 なんでかというと、年頃に、私の友人のお母さんが私の母から下着を買った話をするわけですね。「うちのママがお前のママから下着を買った」と。それだけなんだけど、なにか嫌だったんですね。

今では下着を販売するというのは恥ずかしいことでもなんでもない、むしろ誇らしい仕事だというのが普通なんですけど。当時、母が下着を販売しているというのは、なんとなく嫌だったんです。

でも母は、そういう気持ちはまったくなかったです。母はブラジャーを1枚でも多く売ることが好きだったので、ノートに自分の顧客台帳を付けていて、お客様との会話を全部記録していたんです。

おばちゃん同士だから、試着してる間に何でも喋るんですね。旦那の話とか子供の話とか、いろんな愚痴をワーっと言っているのを全部覚えていて、メモをとっているわけですよ。

そうすると快適な感じで話ができるので、いつも母から買うかたちになって、その娘、お孫さん……と3代を通じて私の母から下着を買っているということがありました。

ファンドマネージャーという仕事

それで少し話が変わりますが、ファンドマネージャーという仕事って何でしょうか? おそらく知らない方が多いと思いますが。

みなさんで、ファンドマネージャーに会ったという人は少ないと思うんですけど、実はファンドマネージャーに無縁な人はいないです。

みなさんの年金のお金というのは、どこかに積まれているわけではなくて、誰かが運用しているんですね。運用しないと、お金って増えないんです。銀行預金に預けていたらみなさんにお金を返すことができないので、年金の運営費も賄えないじゃないですか。

そうすると、誰かがそのお金を運用しているということになります。だからみなさんは、知らないうちにファンドマネージャーを雇って運用してるんですね。

銀行や証券会社にお金を預けた場合も、誰かがお金を運用しているということになりますので、みなさんのお金は、ファンドマネージャーによってどこかで運用されてるということになります。

日本人の根深い“投資嫌い”

ところが、日本人の投資のイメージは非常によくないんですね。さまざまなデータから、日本人の根深い投資嫌いが出てくるということです。

これは金融庁の作ったレポートなんですけど、「各国の家計金融資産の構成比」というもので、イギリスとアメリカと日本を表しています。

日本人の現預金の比率というのは、家計金融資産の中の55パーセントということで、各国の中でものすごく高いんですね。

ほかの国は現預金率の比率が低くて、株式や投資信託、保険、年金等で運用してるんですけど、日本の場合は現金の比率がすごく高いです。

その背景を見ると、「資産形成に投資が必要ない」と思っているということがあります。「資産形成のための有価証券投資の必要性」(投資未経験者への質問)というものを見ると、8割の方が「必要ない」と答えているんです。

年金のお金というのは過去ずっと歴史的に、株式を中心に運用しているのでお金が増えてるわけですよね。

昔からやってたし、その比率が高かったんだけれども、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)という年金で、「株で運用してる、危険だ」と(言う人がいるんですけど)、昔から株で運用しているんですという話なんですね。

日本人の「積極的無知」

なぜそう思っちゃうのかというと、80パーセントの人が、有価証券投資を必要ないと思っているということがあります。それは置いといて、私というか金融庁がものすごくショックを受けたのはこのデータなんです。

というのは、「投資教育を受けたことがありますか?」と国民全般に聞いてみたんですね。そしたら70パーセントの人が「受けたことありません」、30パーセントの人が「受けたことがありますよ」と答えたんです。

この受けたことがないという人に、「将来金融や投資に関する知識を身に付ける気があるか」と聞いたら、70パーセントの人が「身に付ける気がない」と言っているんです。

70パーセントの人が勉強したことがない。そのうち70パーセントの人は将来勉強する気がないということなんです。要は「積極的無知」なんです。「知らないでいること」を積極的にしているという状態なので、これが金融庁にしたらびっくりしたということなんですね。

「金融の知識がないほうが素敵だ」と思っている人のほうが多いです。「お金の知識を持ったり投資の知識を持つことはよくないことだ」と。だから、積極的に無垢であると。「金融の知識から積極的に離れていることが素敵な生き方なんだ」と思っている人が、国民の約半分いるということなんですね。

これは金融庁もガーンと思って。「貯蓄から投資へ」というキャンペーンをずっとやってきたけど真逆だったと。「俺たちは何してきたんだ?」ということで、このデータでとてもショックを受けていたということです。

「夢」はないけど「お金」は大好き

日本人は、世界の中でもお金が超大好きなんですね。お金が好きで好きで好きで好きで好きでたまらない民族だと思います。多くの人は、日本人はお金に綺麗な民族だと思っているんですね。

でもお金が一番欲しい。一番欲しいのは、モノではなくてお金、体験ではなくてお金。お金で何かをしたいということではなくて、とにかくお金が欲しいというのが、日本人の全般的な姿であると言われています。

日本は「夢がありますか」と聞くと「夢がない」と答える人(の割合)が世界で最高なんですよ。「したいことはなんですか?」と聞くと、「節約」なんですね。

だから、お金が欲しいんですよね。したいことはないけど、お金が欲しいんです。例えば日米の寄附の比較ということで、年間の寄附金額(2008年)は、日本人が1人あたり2,500円、アメリカ人は13万円なんです。めちゃめちゃ差がありますよね。

よくわかっている人は、「アメリカのほうが税制が有利だから寄附してるんだ」「お金持ちがたくさん寄附をしてるから差が出るんだ」と言います。それは半分正しいですけど、半分間違っています。

なぜかというと、アメリカ人の場合、家計所得が低くなるほど、寄附の比率が高くなるんです。例えば、年収300万円以下の人の寄附の比率というのは、3パーセントなんです。要するに、年収300万円の人は9万円寄附してるんですね。日本人は2,500円でしょ。だからすごい差があるんですよね。

過去に、日本人の寄附がすごく増えたことが2回あります。それは阪神大震災の後、それから東日本大震災の後なんです。東日本大震災の後、ドケチな日本人が「これではマズい」と思って寄附をしました。

いくらしたかというと、6,500円だったんです。倍以上になりました。すごいです、ドケチな日本人が倍にしました。(それが)2011年だったんですね。翌年以降はどうなったか? また2,000〜3,000円台に戻りました。そういうことなんですね。日本人は寄附が大嫌いなんですね。

寄附をする率も、3人に2人が寄附をしない、年間ゼロ円なんです。アメリカ人は、3人に2人が寄附をします。寄附をしない人は3人に1人なんですね。

日本人は3人に1人しか寄附をしなくて、平均で2,500円ということは、7,500円寄附してる人が3人に1人いて、残りはゼロ。だから平均で2,500円になるということですよね。1万円弱寄附をしている日本人と、まったく寄附をしない日本人という、二極化をしているということがわかります。

実は日本人は、投資が嫌い、現金が好き、貯蓄が好き、寄附が嫌い。それから、消費が嫌い、節約が好きということなので。それで、夢がないという人が多いんですよね。そういうことなので、お金が好きとしか言いようがないんですね。

投資をしない日本と諸外国の差

それで投資をしないで溜め込んでるということで、どういうことが起きるかというと、お金が回っていないということの結果が2つあります。

結果的に株式にお金が回らないから、金融資産の伸びが少ないということです。アメリカ人とイギリス人は株式への投資比率が高いので、この30年間の間で、金融資産が約3倍とかになっているんですね。

ところが日本人は5割増しにしかなっていないので、相対的に貧乏になっているんですよ。一生懸命働いているかもしれない。でもそのお金を全部節約して、そのお金が働かないから。

ほかの先進国は自分とお金が両方働いている。(日本人は)自分は一生懸命働くけど、お金は働かない。

だって大好きだから、働かせたくないんですね。そういうことで、手元に置いておきたい。「僕の大好きなお金さん、君はもう働かなくていいから私の手元においで」みたいな感じでいるということかもしれません。

結果的に、株式市場が(過去20年間の指数で)アメリカは8倍、ドイツは7倍、イギリスは4倍です。日本はほとんど横ばいですね。(2013年を指差して)これがアベノミクスですよ。アベノミクス。

(会場笑)

藤野:多くの人は「バブルが起きた」と言っています。「このグラフのどこにバブルがあるんですか?」ということですよね。

日本の会社の業績が上がらないのはなぜ?

じゃあ、なぜ日本のお金に対する意識がこんなに歪んでしまっているのかということですけど、ここはあまり言われていないところで、もっと根が深いと思っています。

働くことの意義ということですけど、去年、18歳から29歳の若者に尋ねたら、「働くことが当たり前」という人が40パーセント、「できれば働きたくない」という人が29パーセントだったんですね。

60パーセントの人が働くことを当たり前だと思っていない。これが現状です。かつ「自分の会社や業界に対する信頼度」ということを聞くと、日本は諸外国28ヶ国の中で最低なんです。「こういう(国の)会社の業績が上がるでしょうか?」ということですよね。

なぜ日本の会社の業績が上がらないのかというと、嫌いな会社で働いてるからかもしれないですよね。もしくは好きでない状態になっていると。でもなんで辞めないのかというと、たぶん変化が好きじゃないから。

社員の組織貢献・愛着度、日本は31パーセント、アメリカは59パーセント、ドイツは47パーセントで、日本は世界28ヶ国中最低ということで、働くことを「ストレスと時間をお金に換えること」だと考えていると。

だからそもそも労働が嫌い。働くことはストレスと時間をお金に換えることだと思っているから、それを提供する会社が嫌い。それを応援する投資も嫌いということになっているので「投資=ダーティ」というのがもはや常識なレベルで、そして今は「働くこと=ダーティ」になっていることがすごく問題なんじゃないかなと思ってます。

ブラック企業問題の背景

なぜそうなるのかというと、実は僕ら消費者に原因があって。こういう現場ってよく見ませんかね? おじさんが働いている若い女の子に対して、ものすごく口汚く、お客様としてちょっとしたことですごく文句を言う、「モンスター消費者」というのがすごく増えています。

でもモンスター消費者以上に、こういう「サイレントモンスター」ってけっこういっぱいいると思うんです。何かというと、黙ってお金のやり取りをしている、「ありがとう」と言わないということです。

みなさん、コンビニエンスストアで「ありがとう」って言ってますかね? お金を投げるようにして渡すとか、携帯を持ったままとか、そのときだけピッとやるとかね。こういうのって「サイレントブラック」じゃないですかね。

これが優しい、正しい対応かというと、そうじゃないと思うんです。これがすごく問題だと思っていて、ブラック企業がなぜブラックかというと、その裏にある顧客側に問題があるということなんです。

例えば電通の問題も、確かに電通が悪かったと思います。でも誰も言わないのは、電通の彼女の顧客ですよね。

その顧客がすごくいい人たちだったら、そうはならなかったんじゃないかなと。やっぱりそこの中に、顧客がすごく詰めたり、無理難題を言ったりというのがあるんじゃないかなと思うんです。これって電通は叩くけど、誰も言ってないでしょ? みなさんも思い当たることはあるんじゃないですかね。

感謝と誇りこそ「投資」の原点

だから私が今日伝えたいことは、働くことは楽しいことだという認識がすごく大切なんじゃないかなと思うんです。そのために必要なことは何かというと、僕ら自身が行動できることがあります。

それは例えば、「ありがとう」と言うことなんですね。タクシーに乗ったときに「ありがとう」と言ったり、コンビニに寄ったときに「ありがとう」と言ったりすることを全員やるようになったら、すごく素敵だと思います。

みなさんもこれだけの人数がいるわけですから、コンビニに行ったとき、スーパーに行ったとき、居酒屋に行ったときに「ありがとう、ごちそうさま」と言うだけでも、みなさんが3回4回会話をしただけで、ものすごい数の「ありがとう」が増えると思うんですね。

だからここが先ほどのところに繋がるんですけれども、結局母から学んだことは何かといったら、母はブラジャーを売ることを、会社をブラックだと思っていなかったんです。

会社もブラジャーを売ることもすごく楽しかったし、そのことに意味を感じていた。だからこそお客様がいて、働くことの楽しさがあったと思うんですね。

だからこのグッドスパイラルを作りたいなというのがあって、実は働くこととお金のことと投資のことというのは、すごく繋がった話だったということが、今日お伝えしたいところです。

感謝と誇りこそ投資の原点なんじゃないかなと思いますし、それがあるから自分たちのお金を正しく使うことができるということなんじゃないかなと思います。

ということで私のパートはこれくらいにして、これからこの3人で「投資家と考える、これからのよりよい働き方」について議論していきたいと思います。今日はどうもありがとうございました。

(会場拍手)