クラウドソーシングは新たな社会基盤を作れるか

宇野:もうすこし「バラバラのまま生きる」ということを僕らは考えてもいい時代に来ていると思っていて、クラウドソーシングが結果的に拾っている社会のニーズって、そういうものなんじゃないか。

吉田:たしかに。うちは日本語でしかサイトやってないんですけど、世界180か国ぐらいからアクセスがあって、会員登録も90か国ぐらいあるんですよね。それを考えると、世界中から日本人がうちのサービスを使っている。時間と場所に関係なく、日本円で稼げる、でも生活は向こうにあるみたいな、そういう部分はあると思いますね。

宇野:究極的に近代国家のいいところは何か、ということに突入していくわけですが、要は別に友達とかいなくても税金さえ払っていれば、警察と自衛隊も、戦争や災害から守ってくれるし、小中学校はタダで行かせてくれるし、病気になっても三割負担ぐらいで病院にいけるんです。友達がいなくても、そうやって人に支えてもらえるから、119番を押すと救急車も消防車も来る。究極的にはそういうことなんですよ。

それを今の自称インテリ的自意識を持っている人であればあるほど、逆行しようとしているんですよね。「人と人とのふれあいって大事だよね」って、そりゃ大事に決まってますよ。でもそれって、主張として意味なくないですか? だって「夏は熱中症なんで水分補給をまめに」って言ってるのだって、100%正しい議論だけど、そんなことキリッとした顔で言われても……という話なんですよ。

吉田:(笑)。

宇野:人と人との心のつながりって大事に決まってますよね。でもそんなものが、社会の処方箋になるわけないじゃないですか。

実際に社会について考えるとか、何か提案をするような仕事についている人であればあるほど、後ろ向きな思考というか当たり前のことを全力で叫ぶしか無くなっていて、世の中を仕組みから変えていこうという想像力を失っているんですよね。これを叩きなおす方法は、僕はもう現実を見せるしかないと思っていて、申し訳ないけど彼らの眼中に入っていない吉田さんみたいな人が、成功して見せることだと思っているんですよ。

吉田:なるほど。

宇野:実際にクラウドソーシングサービスが21世紀前半の日本では普及して、働き方の多様化も実現し、地域コミュニティや家族コミュニティ、あるいは大企業コミュニティから疎外された人でも、しっかりと生活できる社会基盤になりました、と歴史の教科書に書かれたとき、多分それが吉田さんが勝つ瞬間なんですよね。僕はそれを見たいなって思うんですよ。そこまで行かないと、日本人はわからないと思う。だって新聞の社会面から、取材来たことないでしょ?

吉田:確かに。

宇野:いや本当に。新聞の社会面や文化面の人たちは、集団的自衛権の問題に関しては誰もが取材に行っているけど、吉田さんのところには話を聞きに来ていないわけですよ。はっきり言ってそれは間違っている。

吉田:最近議員さんとのやり取りが増えているんですけど、議員さんの中では雇用の話って超マイナーなんですよね。雇用問題を専門にやっていると「お前変わったことしてるな」、みたいな。本来は国防論とかのほうがメインストリームで、みんなそっちばっかりやっているんですよね。

でも、マイナーということはそんなにとやかく言われないということなので、ある意味チャンスだなと思っていて。そこは自分で整備していけばいいかなと思うんです。

宇野:たしかに、目立っていないということは、いいことかもしれないですね。クラウドソーシングで多様な働き方を、と言っているうちは、良い話枠に入っていて、うまくマスコミの横をすり抜けられる。

ビッグデータとクラウドソーシングが合わされば、インターネット共済も可能になる

吉田:そのためには、宇野さんとは常々話しているインターネット共済の実現というのがすごく重要です。

宇野:あれは素晴らしいアイディアですよね。ぜひ、会場の人たちに説明してあげてください。

吉田:非常に単純で、私は多摩ニュータウンのような集合住宅地に育ったのですが、その町の「住」以外の残りの全ての機能を生協=コープが担っていたんですよね。共同購入、共同共済があって、「衣」「食」をすべてそこで賄うことができた。みんなで積立金を積んで、何かあったらこのコミュニティの中で助け合おうよ、というやり方です。

その概念をオンラインに持ってきて、今18万人ぐらいクラウドワーカーがいるのですが、そこで一人1000円ずつ集めたら1億8000万円、1万円積み立てたら18億円になります。これは大きなパワーになると思っています。新しい共同体というか、新しいコープ。インターネット共済とは、そういう考え方です。

宇野:先ほど述べたように、クラウドワーカー達というのはほとんどが中流文化から外れた人たちで、それは社会保障の格差に一番大きく表れている。そこでクラウドワーカーの共済を作る事によって、そこをカバーしたい。なんでwebベースになるのかというと、クラウドワーカーは職種も住んでいる地域もバラバラなので、webを母体にすることでしかまとまることはできないからです。

その時にもう一つポイントになるのは、webだからこそのつながりは、無機質なつながりであると思っていて。 これはIT業界のある偉い人が言っていたんですけど、このアイディアはおそらくメンバーシップの問題がネックになるだろうと。

例えば僕は、会社辞めた直後にクレジットカードが作れなかったんですよ。会社辞めるぐらいだから、同年代の会社員より少し高いぐらいの、そこそこの収入があったんですけど、会社員じゃなくなった瞬間に、クレジットカードが作れない。多分唯一作れたのが楽天だったんですよね。

吉田:なるほど。

宇野:よく「楽天のカードは審査がゆるい」と言われますが、それはゆるいのではなくて、持っている信用情報のデータの種類がたくさんあるからなんです。「成人男性でどの企業に勤めていて……」「お父さんが公務員で……」といった基礎的なもの以外の情報は、いまネット事業者が買い物履歴などで持っていて、それを使えばおそらく支払い能力を計算できて保険加入や共済加入の資格を与えることができる。

吉田:その意味では、うちは皆さんがどんな仕事をして、いくら稼いで、どういう評価があるかというデータも持っていますから、これが溜まったら今度は共済から融資もできるようになると思います。まあ家とかは買えないと思いますけど、今ちょっとお金に困ったとか言ったら、共済から一時金でお金を得ると。信用があればですけどね。

宇野:皆さん、不動産から家を借りようとするとわかると思うんですけど、すぐに「働いている男の正社員の親戚や親はいませんか?」とか言われません? あれが今の日本社会の象徴なんですよね。今の日本で社会的信用を得て、社会保障をきちんと得ようと思うと、戦後的中流文化の枠に入っている成人男性がいないとアウト、というけっこう終わってる社会なんですよね。

吉田:確かに。

宇野:ビッグデータとクラウドソーシングを組み合わせることで、日々の買い物や仕事受注の集積が社会的信用につながり、しかもコネ社会で空気を読む必要もなくなる。人間関係に対する評価ではなくて、データや数字として量が蓄積されたものを基盤に、擬似社会保険のようなものを作っていけないか、という議論なんですよね。

吉田:そういう意味では、それって国とは別に進んでいるじゃないですか。楽天の話にしても、我々の話にしても。まさに「静かなる革命」というか、別にのろしを上げているわけではないですけど、着実に違う社会を作っている感じはしますよね。

宇野:そうなんですよね。さっきも言ったけど、実際に吉田さんみたいな人が勝つことが大事だと思いますよ。就職しているわけではないし、標準的な会社員のコースから外れてしまった人なんだけれど、クラウドソーシングを使いながらコツコツと仕事をしていくことで人間らしい生活を手に入れられたとか、そういう人をどんどん増やしていく。

クラウドソーシングが入るということが、ある種の生活保護につながっていく、というビジョンですよね。

webサービスのアカウントを一つ持つこと、そしてそこで地道に買い物して地道に仕事して、自分の信用を数値としてためていくこと。そのことが生活の基盤になっていくということが、僕はこの先、震災後のバラバラになった日本を受け入れていくための、一つの回答なんじゃないかなと思うんです。

「普通じゃない人たち」が助けあう社会

吉田:インターネット共済はそういう意味では、さっき言った適度な距離感がありますよね。皆で支え合うのはオンラインでつながっている人なので、ふだん会っている人ではないんですよ。で、ここに家族と一緒にいて、働くわけじゃないですか。この距離感というか。

宇野:それって本来、国家レベルの社会保障そのものだったんだけど、残念ながら今の日本は1億人を一つの単位、一つの家族として考えるのは現実的じゃないですよ。ここまで価値観も多様化して、一つ災害が起こると地域格差も露骨に出るわけだし、思想信条もここまで幅があるし、企業も例えばソニーを日本企業にみなすことにどこまで意味があるのか、疑問だったりするじゃないですか。

そんな世の中で、1億2000万人を一つの家族、一つの共同体とみなすのは無理だと思うんですよね。その時に、今の日本では残念ながら「普通」の働き方をしていない人たちが肩を寄せ合って、人間関係のウザさみたいなものから解放された形で繋がることができる、これは一つのモデルとして見てみたい気がするんですよね。そして実際にどこまでやれるか。

吉田:私は経営をやっているのでつねに未来を想像しているんですけど、なかなか簡単な道ではないなと思うんです。宇野さんにこうして応援いただいて、ぜひ皆さんにもお願いしたいんですけど、公益資本主義という、利益を突っ込んでいく考え方は、日本では総バッシングなわけですよね。

ですがその中で私はやり抜こうと思っています。ここから5年とか10年とかかけて、社会に還元していくんだという強い想いを持ってやる。そういう意味では、勝つというのは何年かかるのかわからない戦いになるなと思います。

宇野:もう一つは、吉田さんがやっていることがある程度成果が出てきた時点で、見せていくということだと思うんですね。実際にこんなケースがあるよとか、こういった制度があって自分の能力を生かすことができたとか、そういった人がある程度の塊になって現れたときに、それをしっかりアピールしていくことだと思うんですよ。

僕はその時に力になれたらなと、すごく思っているんですよね。吉田さんはこの一年でメディアでの露出も増えたと思うけど、ほとんど(の取り上げ方が)「うまくやっているやり手経営者」なんですよ。

吉田:(笑)。

宇野:違うだろうと。うまくやっているやり手経営者を探したいんだったら、極端な話、日本から飛び出したほうが良いわけですよ。もっと景気のいいところはいっぱいあるじゃないですか。「そうじゃないだろ」と思っていて、僕みたいなメディアの人間が、側面から支援できたらな、と。

改正労働法であぶれた人に、クラウドソーシングという選択肢を

吉田:私、今日はけっこう緊張していまして。何でかというとふだん私は、資料を映して語っていることが多いんですよね。その後にQ&Aや対談があるんですけど。ほぼ何の資料も自己説明もないままに今日は話していて。宇野さんに何回も聞いたんですけど、「今日は資料は要りません」と(笑)。だから丸裸にされている感があるというか、普段出していないものを引き出されている感はありますよ。

宇野:本来僕はビジネスの評論家でもなんでもないので、正直言うと苦手なジャンルなんですよ、こういう話。すごい文化論の人間なんで。でも、ネットで他人の足を引っ張ったりとか、そういう空気に少しでも抗いたくて、ユニークなサービスを実践している人や野心を持っている人をポジティブに紹介していきたいなと。

吉田:なるほど。すばらしいですね。本来最初に言った中二病の感覚は、すごく持っているんですよね。

宇野:吉田さんすごく中二病だと思うんですよ。この本の中でもデザイナーの根津孝太さんと吉田さんが飛びぬけて中二病ですよ。

吉田:そうですか!?(笑) 夢語ってます?

宇野:ええ、ええ。

吉田:猪子さんとか現実的ですか?

宇野:猪子さんは超現実的。あの人は実は、目に見えるものしか信じていない。だからアートの世界とかやっていけるんですよ。で、メディアアーティストの落合陽一君は、自分が中二病であることに気付いていない人。素であの世界を生きているから。

吉田:そうですね(笑)。でもなんかあれですよ、うれしいというか、やりたいことはそういうことなんですよね。

宇野:実際に吉田さんにはweb共済……もちろん僕も最終的に考えていたグループの一員として、プランをどんどん実現していって。

吉田:一つ時限装置があって、この春に施行された労働法の改正によって、皆さんご存知の方もいると思いますけど、5年後に、原則5年以上働いている契約社員は正社員化しないといけないということに決まったんです。そのタイミングで5年以上働いている人は、必ず正社員か地域限定の正社員になるんです。

ということは社会はそこのタイミングで大きく変わって、当然その手前で、正社員化したくない人は首を切られる人もいる。それまでに、我々に残された時間でいうと4年で、その間にクラウドソーシングでちゃんと働けるように整備しておくと、一つの選択肢として選べるようになるのかなと。

宇野:そのとき、正社員にも地域限定正社員にもなれなかった人への希望になると良いと思うし、逆に今の日本はすごく保守化していますよね。

つまり、正社員にならないとなかなか生きていけない世の中で正社員の範囲を拡大するか維持していこうという社会か、フリーターや派遣社員というかフリーランスでも何とか生きていける社会に造り替えていこうとするのか、その二択だったんだけど、どうやら国としては前者のほうに傾いて行っているわけですよね。それを政治レベルでひっくり返すのは、この5年では難しいと思うんですよ。

唯一可能性があるんだとしたら、民間のサービスでちゃんと自分のスキルを積んで成果を残していけば、フリーランスでも昔の世の中よりも全然やっていけるよ、クラウドソーシングサービスも日本では発展してるじゃん! と言われたときに初めて説得力を持つと思うんですよね。

吉田:そうですね。