ウォール街が悟った、トランプ政権の本気

広瀬隆雄氏(以下、広瀬):トランプが「(下院議長は)ポール・ライアンでいい」とシグナルしたということはわかったと。でも、ドナルド・トランプは、もう言うことがコロコロ変わるわけですよね。

だから、今は「税制改革やる」と言っているけど、「本当にやるのかな?」ということで、投資家は半信半疑の面がかなりあったわけです。

その疑念が本当に晴れたというか、ウォール街が「こいつ本気だな」と悟った理由は、トランプ政権の人事ですよね。

まず開口一番、ドナルド・トランプのすぐ下につくNo.2のポジションに、ラインスプリーバスという方を指名しました。首席補佐官というタイトルですよね。彼はもともと共和党全国委員長というポストを務めていた人です。

なぜこの人事が非常に重要かというと、さっき言ったポール・ライアンと田舎が一緒で、同郷なんですよね。加えて、この2人はすごい親友で、夏休みを一緒に過ごしたりする仲なんです。

結局、トランプは自分のNo.2にラインスプリーバスを指名して、マーケットに対して何をシグナルしているかというと、「まず税制改革いってみようかね。税金に関してはポール・ライアンが専門家だから、お前に下駄を預けるわ」と言っているわけです。だから「お前ら2人で好きにやって」と言っているわけですよ。いいですか?

もう1個大事なことは、ウォール街は減税というか税制改革が大好きだということです。それと下院議員も代議士たちも税制の議論が大大大好きなんですよ。

だから、議題に税制改革がポーンと乗ったら、もうほかのことは全部忘れる。それが下院の性格なんですよね。

税制改革の議論がもたらす影響

何が始まるかというと、陳情が始まるわけです。すると、代議士は自分の選挙区を代表してワシントンDCに来てるわけですよね? そうすると「おらが村では、今度橋を架けてほしいです」とか、そういう地元のリクエストを背負っていると。

税制改革というのはものすごくでかいプロジェクトなので、議員が税制改革の法案をずっこけさせようと思ったら今しかないわけですよ。わかります? 要するに、自分の田舎に対して「私もがんばりました」というパフォーマンスを見せようと思ったら、今しかないわけです。

だから、下院でもパフォーマンスをするし、1月末にトランプが大統領になって、ホワイトハウスに座ったら、ホワイトハウスの前に、iPhoneの新発売の当日みたいな感じで、議院さんがずらーっと数珠つなぎに行列して、トランプに謁見を求めるわけです。それでトランプに会ったら、「いや、実はうちの田舎はこういうふうになっていまして……」と事情を説明するわけです。

なぜこんなことを説明するかというと、税制改革のたたき台になる下院案というのは、実はもうできているんですよ(笑)。

だから、下院の仕組みとして「おい、採決するぞ! ポンっ」と投票しちゃって、すぐにその議案が可決するということも実は可能なんです。だから今、タイミングの話をしています。

ただ、それはドナルド・トランプにとって得策ではない。なぜかというと、トランプは政治の素人です。ワシントンDCは誰も知らない。だけど今、税制改革という餌をぶら下げれば、議員さんたちは参勤交代みたいにして自分のところに来るわけですよ。

それで「私はこうです」「私はこうです」といろいろ陳情して、それをトランプは「う~ん……」と聞いていればいいわけです。

そうすると、相手の弱みを握れる。そして、どういうところでぎゅっと懲らしめればいいかというレバレッジのかけ方をじっくり考えながら話を聞けばいいわけです。

つまり、この税制改革を通じて、今は完全にアウトサイダーなドナルド・トランプが、半年後にはもうがっちりワシントンDCのサーキットのなかに組み込まれるということなんです。

だから、税制改革の議論というのは、ある程度時間を費やしてやったほうがいい。その間に法案そのものにはぜんぜん関係ない、いろんな案件・陳情が入ってくるわけです。

そのことをアメリカの政治学ではpork barreling、つまり豚肉を塩漬けにするために突っ込んでおくための樽だと。

要するに、できあがった税制改革法案は、関係ないことがものすごくいっぱい入っている、グロテスクな怪物みたいな法案になるということです。ちょっと話が長くなりましたけど、これから起こるのはそういうことだと。

それが起こっている間というのは、ほかのことをいろいろ心配しなくていいということが言いたいわけです。もうそれ(税制改革の議論)が下院の空気をを全部吸い上げてしまうので、ほかの案件が動く余地はないということです。

トランプ政権の人事体制

トランプ政権の人事の話で、先ほどトランプの下にラインスプリーバスがついたという説明しましたけど、もう1人並列でNo.2がいます。その人がスティーブン・バノンという方です。

彼のタイトルは首席戦略官兼上級顧問。これは普通のポジションではありません。彼のために用意されたポジションです。

じゃあ「バノンって誰なんだよ?」「どんな奴なんだよ?」ということなんですけれども。この人は「Breitbart News」と呼ばれる右翼系のWebサイトを主催しているオーナーです。要するに、まあネトウヨみたいなものだよね。ネトウヨ(笑)。

本当に突き詰めていくと、僕はそんなに危険人物ではないと思います。マスコミにはものすごく叩かれているけど。

でも、要するに『New York Times』とか『Wall Street Journal』とか、そういうエスタブリッシュされた新聞から見ると、Breitbart NewsみたいなWebメディアはもうけしからん存在なわけですよね。だから、バノンもボロクソ言われていると。

要するに、彼は世相を読むのがうまいんですよ。今、庶民は何を考えているか。その空気を察して、「今度こういう感じじゃない?」とトランプにアドバイスをする。

「ドナルド・トランプはアウトサイダーだ」という話をしましたけれども、その庶民の声、外部の意見をホワイトハウスに持ち込んでくる役目をしてるのがスティーブン・バノンだということですよね。

司法長官は、ジェフ・セッションズという人になります。アラバマ州の検事を長く務めた人です。

この人事の重要性は、彼はメキシコからの移民に対して非常に反対派というかタカ派だということです。だから、いずれ移民問題がまた蒸し返されてくると思います。

今後のアメリカとイランの関係

CIA長官には、マイク・ポンペオという人が使命されました。彼はWest Point、つまり陸軍士官学校出身です。ハーバードロースクール時代には『Harvard Law Review』という学生雑誌、いわゆる学術雑誌の編集長を務めました。これは非常にprestigiousなポストです。

例えば、歴代の『Harvard Law Review』の編集長には、バラク・オバマがいるわけですよね。錚々たる歴代編集長ですけれども、マイク・ポンペオという人も編集長を務めたと。

何が言いたいかというと、軍人なんだけれども、こいつは馬鹿じゃないということが言いたいわけですよ。

そのマイク・ポンペオは、イランに対して非常にタカ派です。イランは核開発をめぐって、経済制裁を受けました。

しかしその後、6ヶ国核合意文書と呼ばれるagreementでもって経済制裁が解除されました。だから今、イランは国際社会に復帰しつつあるわけです。

ポンペオは、この6ヶ国核合意文書はすごく悪いディールだと言っています。ということは今後、一時雪解けの兆しを見せていたアメリカとイランの関係は、またささくれたものになる可能性があるということです。

それが相場にとって意味するものは何かというと、具体的にはイランが増産できないということを意味します。なぜか? イランの現在の原油生産高は1日あたり369万バレルです。これはほぼ経済制裁の前の水準に戻ってきている。

ただ、イランは1979年のイラン革命以降ずっと、アメリカから石油探索生産機器を買えていません。ということで、設備がめちゃくちゃ古い。そうすると、これ以上増産しようと思うと、設備を新しくしなきゃいけないんですね。

なるほど、経済制裁は解かれた。イランはヨーロッパの企業とはビジネスを再開しています。でも、アメリカに関しては、アメリカの国内法との関係があって、銀行業務などはまだ再開できていません。

それは何を意味するかというと、アメリカの企業がイランと商売したときに、代金の決済ができないということです。

だから、「来年2017年にはイランとビジネスが再開できるかね」と言っていたアメリカのビジネスコミュニティが、「マイク・ポンペオ、CIA長官」という人事を見て、「あ、だめだー」と盛り下がってるわけです。

同じことはイラン側にも言えます。そうすると、イランも「何か考えなきゃいけないな」と思っている。

中東の「原油減産合意」の背景

もう1人、中東関係で重要な人事があります。それはマイケル・フリン国家安全保障補佐官という人です。

彼はけっこうユニークな人材です。なぜかというと、彼は民主党なのに、共和党のトランプ政権に抜擢されているんです。

この人は、昔アメリカの陸軍で一番偉かったマクリスタル大将という人の下でNo.2、つまり陸軍中将までいった人なんです。

主にアフガニスタンとイラクで戦いました。そのときの働きが非常によかったので、オバマ大統領に国防アドバイザーのポジションを与えられていたんです。

ところが、マイケル・フリンはイスラム過激派に対してものすごくタカ派の意見を持っていたので、オバマ大統領から「ちょっと抑えろよ」というかたちで疎まれて、クビになった経緯があります。

だからトランプは、オバマがクビにした民主党の人を、これ見よがしに「じゃあうちに来なさい」というかたちでわざとらしく抜擢しているわけです。

マイケル・フリンがなぜ重要かというと、彼が主張していることは、対イスラムです。昔、第2時世界大戦以降にアメリカとソ連の仲が悪くなって、核ミサイルをめぐって睨み合った冷戦がありましたけれども、その冷戦と同じぐらいに、イスラムに対する戦いをエスカレートするべきだと言っているのが、マイケル・フリンなんですよね。

彼は『Field of Fight』という本を書いていて、イスラムに「良いイスラム」とか「悪いイスラム」という区別なんかないと。イスラムは全部本気で腕まくりして戦わなきゃいけない相手なんだと。

それで、イスラム過激派に対して隠れ家を提供している国には、アメリカが友好国とみなしている国もあると。これはサウジアラビアのことを言っているわけだけれども。そういうところに対しても厳しい態度で望まないといけないと言っています。だから、この人事が発表されたあとでOPECの空気がガラッと変わりました。

それまでは、イラクとイラン、サウジアラビアあたりがお互いに反目しあって、「お前減産しろ」と内輪もめをしていたんだけれども、「マイケル・フリン、国家安全保障補佐官」という人事が出た瞬間に、みんなあんぐり口を開けて、「こらあかんわ」と。「俺たちこんなことしてたらダメだ」と。「こいつ危ないぜ、俺たちは冷戦のときのソ連みたいな嫌われた存在になるかもしれない」と感じ始めているんですね。

だから、いったん完全に死んだ思われた減産合意の話が今ぐーっと盛り上がってきて、あと少しで減産できるかもしれないし、減産できないかもしれない。今回は本当にギリギリだと思います。

だから、今年はBrexitでサプライズがあって、トランプ勝利でサプライズがありましたけれども、ひょっとしたら「OPEC減産合意」とポーンと出たら、かなりマーケットのボラティリティが高くなると思います。

そのときに、「なんで減産したの?」とみんな狐につままれたようなムードになると思うので、その理由を今、説明しています。

その理由は、なぜかというと、OPECの側、つまり回教国の側でも、減産という切り札を温存しておくことが非常に大事だと。

これからアメリカとネゴシエーションしていく上で、「アメリカが嫌だったら、俺たち石油売らないよ」と言えるようにしておかなきゃいけないという危機感が、今、高まっているということを認識していただきたいと思います。