12世紀より伝わる情熱の物語

アベラールとエロイーズの恋物語は、長く愛されている有名な物語です。とても素敵なお話で、情熱とロマンス、秘密の情事、自己犠牲などが盛りだくさんです。秘められた結婚のエピソードもあり、とてもわくわくします。

舞台は12世紀のパリ。高名なフランスの哲学者、アベラールは、ノートルダム聖堂参事会会員、フュルベールの家に引っ越して来ます。

フュルベールの家には、姪のエロイーズが一緒に暮らしていました。彼女は、若く美しい乙女で、当時としては最高峰の極めて豊かな教養を身につけていました。

アベラールは、エロイーズの美しさと聡明さに惹かれ、フュルベールに彼女の家庭教師にしてもらえるよう頼み込みます。

もうお話の先行きが読めて来ましたよね。

2人は恋に落ち、情熱的な秘密の情事に耽ります。女子修道院の厨房や、叔父の家の、少女の寝室で愛を交わすのです。

2人はただひたすら情熱的に、ありとあらゆる場所で肉体的な愛に耽り、何百通というラブレターを交わします。当然ですが、ほどなくしてエロイーズは妊娠します。

さて、2人がいつまでも幸せに暮らすには、障害が2つありました。

まず、エロイーズの年齢に関しては、さまざまな議論がなされてはいますが、おおよそ17歳から27歳くらいとされています。一方のアベラールは30代後半でした。要するに、2人には10歳から20歳ほどの、歳の差があったわけです。

アベラールには、この関係により職を追われる危険がありました。彼のような地位にある者には、極めて恥じるべきこととされていたからです。また、エロイーズの叔父、フュルベールが立腹する可能性がありました。

妊娠したお腹を隠すことは非常に困難であり、エロイーズは、アベラールの出生地である、ブルターニュに身を隠します。

彼女はそこで、アベラールの妹の元に身を寄せ、やがてアストロラーベという男の子を産むのです。

事が露見すると、叔父は喜ぶどころか、アベラールが姪を汚したと激怒しました。

アベラールはエロイーズとの結婚を申し出ましたが、エロイーズは、アベラールの経歴に傷がつき、彼を辱しめることになるとして、これを拒否しました。エロイーズは、鎖に縛られるよりも自由を愛し、アベラールの妻となるよりも、むしろ彼の情婦となることを選んだのです。

しかしアベラールはあきらめませんでした。最終的には、彼はエロイーズを説得してパリに連れ戻し、密かに結婚しました。

フュルベールが、自分の名誉に傷をつけたアベラールを罰しようと、秘密にしていたはずの2人の結婚のニュースを広めたため、問題が起きました。

アベラールは、エロイーズの身の安全を図り、あるいは未婚で女性に子供を生ませ、いったんそれを否定し、さらに内密に結婚した自らの世間体の保身のために、彼女をアルジャントゥイユの修道院に預けます。理由は、どちらでもあり得たでしょう。

しかしフュルベールは、アベラールがエロイーズを修道女にして捨てたと思い込みます。ここでお話は少々ダークになります。怒り狂ったフュルベールは、ならず者の男たちを雇ってアベラールの宿舎を襲わせ、彼を去勢させてしまいます。

回復した彼は、これをたいへん恥じて、サンドニ大聖堂の修道院に入り、修道士の誓いを立てるのです。

アベラールの強い主張で、エロイーズもまた、息子を残して行かなければならないにも関わらず、尼僧となるのです。

別離の中でも2人は、今でも有名なラブレターの数々を通して、愛を貫きます。「男たちは私を貞淑だと言います」と彼女は書き残しています。「しかし、彼らは私が偽善者であることを知らないのです」。

ミサの儀式の中でも、彼女はアベラールと共にした「快楽の淫らな妄想が、祈りの言葉にではなく、淫乱な想いに乱れる、私の不幸せな魂を掴んで離さない」と告白しています。 「私は、自分が犯した罪に苦しむべきなのに、失ったものに対して溜め息をつくより他はないのです」。

このラブストーリーは、素敵なおとぎ話だと言うことは決してできません。実際、現代の私たちが読むと、疑問点がたくさんあります。現代の教師と生徒との関係として考えると、なんだか気持ちが悪いですし、無責任ですよね。

エロイーズもまた、高等教育を身につけているにも関わらず、フェミニストのヒロインであるとは、到底言えません。望んではいない結婚をし、男の言うままに尼僧になります。2人の関係はあまりにも過激であり、自己犠牲がつきまとい、とても異質なものに感じられます。

しかし、2人の関係の悲劇は崇高さをまとい、世界中の人々の想像力を掻き立て、その注目を集めました。

600年後、ナポレオン一世の最初の妻、ジョセフィーヌ・ボナパルトは、この物語にたいへん感動し、2人の亡骸を一緒に葬るよう命じました。

今日に至るまで、世界中の恋人たちや、恋に破れた男女が、墓を訪れては2人を偲んで、もしくは真の愛を求めて、墓所の地下に手紙を残して行きます。