先は見えないと言い切る勇気

出口治明氏(以下、出口):めちゃくちゃおもしろいのが、未来食堂は1人で全部回せるシステムなんですけれど、お手伝いをしたら、50分1単位でごはんを1回食べられるようになっているんです。

これもよく考えてみたら、もともとの労働というものがそうですよね。最初の形態は、働いてごはんをもらうことでした。シュメール(編集部注:メソポタミア文明の基礎を築いたと言われる文明)の場合は、大麦だったんですよね。それが今、通貨になっているんですよ。

そういう面では、本当に「ものを食べる」というそのもののかたちが凝縮されていて、伊勢神宮みたいになっている。

(会場笑)

あまり上手な比喩じゃないですけれども。

小林せかい氏(以下、小林):ちょっと難しいですね(笑)。

出口さんは、歴史的に人を見ています。昔の労働がどういうもので、貨幣がどうだったかが見えているから、そこへ思いを馳せてくださったのかもしれないですね。もちろん、懐古主義という意味ではなく。

「50分で1食」を、ネオ資本主義と言ったり、資本主義や貨幣を越えたあり方と言ったり、新しい余剰として解釈してくださる方もいます。やはり出口さんは、ご自身に貯まっているものからまた新しく見ているような感じがします。50分働いて1食、というかたちで未来食堂を支えてくださる方もそうなんですが……。

たまに聞かれるんです。「手伝う人のほうが必要なんですか?」と。でも、このどちらかが欠けてもうまく回らないと思うんですよね。来てくださる方がいないと潰れちゃうし、手伝う人がいると事業として進化できないし。両輪なのかなと思いますよね。

出口:この本を読ませていただいて、1つわからなかったことがありました。

小林:出口さんに?(笑)。

出口:これだけきちんと考えている小林さんが、「先の姿は見えない」「今の私の力では、この未来食堂の未来って本当に見えない」と書いてあるんですよね。

思っていたのは、これも一種のベンチャーじゃないですか。なにか事業を起こすときには、人間はついついイージーにゴールを作っちゃいます。僕も「100年後世界一」など、めっちゃイージーに作っちゃったんですけれど(笑)。

(会場笑)

でも、よく考えてみると、そんな先のことは誰にもわかりません。「どう進化していくのかわからない」と、この言い切る勇気というか、この透徹した世界をリアルに見る力というのも、やはりすごいと思いました。

一所懸命に今を生きていくこと

小林:ものすごくよく聞かれるところですね。この未来食堂の「未来」。とくに映像系の取材などでは、「未来はこうしたい」という絵があると番組として最後が締まるので、「なんとかお願いします」と言われることがあるんですね。でも、難しい。

例えば「100年後とかこうだ」、あとは「小林せかいだから、世界に出ていくんじゃないか」と、出口さんはおっしゃったりしてくれましたけど。

なんでしょうね。自分がやるべき範囲と、自分が託す範囲がある気がしています。それが会社だったり組織だったりするのかもしれないです。でも、自分ができるのは、せいぜい種を蒔いて苗木を育てるレベルです。ここから先、リンゴが実るかどうかは、私の知能ではよくわかりません。

いつも、そういうことを話すと「もうちょっとお願いします」「もうちょっと、りんごかどうかくらいまで言ってください」みたいなことを言われるんですけどね(笑)。

出口:それが、本当は正しいと思うんですよね。僕は、人間は動物なので、次の世代を育てることが一番大事だとずっと思っているんです。僕自身、両親が考えたように育っているかといえばまったく育っていないので。

最近思うんですが、親ができることは、名前をつけることと、あとは、一所懸命に育てること。そのあとどうなるかは、たぶん誰にもわからないんですよね。でもまあ、ホモ・サピエンスは20万年くらい生きてきました。それなりにいろいろ歴史が長くて、まだ滅んでいないので、しばらく大丈夫だと思ったりはするんですけれど。

よく人間は、ゴールがわかったら簡単でがんばれそうな気がします。でも、それは本当にそうでしょうか。将来なにが起こるかわからないけれど、今、一所懸命に、精一杯、自分で考えてやりたいことをやる。そのなかで、未来も変わってくる気がするんですよね。

誰かが「分け入っても 分け入っても ダーウィン」なんてことを、TwitterかFacebookに書いていたんですが。

小林:(笑)。

出口:本当にそう思いますよね。強い人や賢い人が生き残るんじゃない。「どう変わるかわからないんだから、適応だけなんだ」というのが、たぶんダーウィンの真髄だと思うんです。そうであれば、僕ができることは一所懸命に今を生きていくことですよね、と思ったり。

小林:ダーウィンの真髄って、けっこう難しいですね(笑)。

出口:真髄というほどのものでもないんですけれど(笑)。

小林:変わっていくことはやはりしんどいというか、それがわかっているけど、「こうだ」と決めて毎日を続けていくほうが楽だったりします。

出口:それは楽ですよねぇ。同じことをやってごはんを食べられたら、めちゃ楽。

小林:(笑)。

出口:20年くらい前にロンドンに行ったとき、5〜6人で話をしていて、「世界で一番理想的な企業はどこだろう?」となりました。今だったらGoogleとかいろいろと言うんでしょうけれど。

当時、びっくりしたのは、ロンドンにいた経営者がみんな「コーラ」というんです。「なんで?」と聞いたら、「だって同じものをずっと売り続けてごはんを食べられたら、こんな楽なことはないやんか」「あれがビジネスの究極である」と言われて、虚を突かれたんです。そうですよね。変わらなくて、ごはんが食べられたらいいですよね。

小林:そうですね。

変わらないことを美徳にする

自分が未来食堂をやる前は、いろいろな飲食店で修行をしていたんですけれども。

出口:たしか、6つくらいのお店で?

小林:そうですね。6つ。

出口:本に書かれていましたね。

小林:変わらないことを美徳とするところは、本当に気持ち1つなんですけど、楽かといえば楽ですね。まずは3時間くらい床を磨いて、そのあとに30分間、米を研いでいたらだいたい11時になっていて。そこから惣菜を詰めて……などが決まっていると、楽は楽ですね。ものすごく難しいところは、たぶんみんなが悩んでいると思うんですけど、変わり続けることです。そうは言っても、全部変わっていると、やはりしんどいのかな。

出口:しんどいですよね。

小林:未来食堂の場合、例えば和食でごはんを出すという基本的に変えない。「おひつじゃなくてピザにしよう」は、設備的にも難しいですし。

ごはんと汁物を出すという、オーソドックスなスタイル。しゃもじは残したままでも、変えられるところはどんどん変えていくという切り分けを、けっこう意識していますね。

出口:それは絶対にいいと思いますよね。最近知ったんですけれど、「ごはんがおいしい」「食べやすい」と感じるじゃないですか? これはどのように感じているのかを聞いたら、実は僕たちの味覚や感覚は半分で、あとの半分は僕たちの胃腸のなかに住んでいる無数の動植物の好みらしいんですよ。腸内細菌ですよね。

小林:(笑)。

出口:つまり、子供のころから10年や20年、せかいさんが話していたように、ごはんや汁物を食べていると、その無数の腸内細菌の味覚に合っちゃうんですよ。「これ美味しい」と。わかりやすいでしょう?

だから、カイロに行って水を飲むと、すぐに下痢するんですよね。それは腸内細菌が「こんな水飲んだことない」とびっくりするわけですよ。僕、実は1回やってみたんです。当時、若かったので「そんなはずはないやろ。エジプト人でも飲んでいる」と思って飲んでみたら、ひどい目に遭ってしまって(笑)。

小林:(笑)。

出口:当時は、この話を知らなかったんです。神保町でお仕事をされるんだったら、その基本はいいんじゃないですかね。

小林:そうですね。川の水よりは安全かもしれないですね(笑)。

飲食業は長い波に合っている

前から聞いてみたかったのですが、この『仕事に効く教養としての「世界史」II』を読んで、正直言って少し難しかったんですけれども……。

出口:あ、申し訳ありません。

小林:お読みになられた方は、どれくらいいらっしゃいますか? すみません、興味で聞いちゃって。

(会場挙手)

小林:ちょっとチラチラ。やはり男性が多いですね。

出口:ありがとうございます。

小林:これ、すごくいろんな世界の歴史が書いてあるんです。なかなか歴史に教養がない自分だったり、手に取っていない方くらいを想定していただければいいんですけど。けっこう難しくて、何回か寝落ちしながら読んでいたんです。

でも、印象的なところがいくつかあって。「歴史って3つの波からできている」というのが、自分のなかですごくおもしろかったんですね。波が長いものやスパンが長いものと、中くらいのものと、短い、「ブーム」と呼ばれるようなもの。例えば、そこに地理的なのが影響していることも踏まえてあるんですけど。

『仕事に効く』というタイトルなので、前から少し聞きたかったのですが。定食屋という歴史とあまり関係なさそうな飲食店が、歴史のすごく大きな波だったり小さな波だったり、いろんな波のなかで、どう位置しているのでしょうか。

出口:僕も飲食業について素人ですけれど、めちゃくちゃ荒っぽく言えば、人間は動物で、ごはんを食べなければ死んでいく。だから、飲食業は長い波にはぴったり合っていますよね。どんな時代になっても、ごはんを食べさせたり、飲み物を出したりする商売は廃れない。長い波に合っていますよね。

小林:腸内細菌もいますしね(笑)。

出口:それから、中くらいの波はどれくらいかというと。そもそも世界の波は軽薄短小になっています。ごはんで言うと、軽くて短い方がいい。そして、薄味で少ない方がいい。

どちらかといえば、高度成長期や20世紀のバブル時代、「ランチでフレンチのフルコースで3時間食べていた」みたいなイメージに比べれば、軽薄短小ですよね。

小林:3時間も未来食堂にいた人はかつていないかもしれない(笑)。

出口:ですよね。だから、そういう意味では中くらいの波にも合っていると思います。あとは、小林さんのパーソナリティや能力ですね。

今、この3年間の平均成長率は、たしか0.6パーセントくらいですからね。そういうなかでは、コストパフォーマンスがよくて、本当に内容がいいものが売れる時代になっていると思います。なので、合っているんじゃないですかね?

小林:おもしろいですよね。なかなか歴史的な目でなにかを見るということが、自分の癖のなかにはなかったので。

「仕事に効く」に対して、けっこう半信半疑で読んでいたというか、「自分の仕事には関係ないな」と、ちょっと斜め読みのところから始まっていたのですが。

でも、今の社会情勢などが出てきて、「ああ、そうやって、今こういう問題が起きているけれど、昔の中国で同じようなことがあってこういうふうに収束した」の一節を読んだときに、「歴史ってこういうふうに見えるものなんだな」と、自分のなかに気づきがありました。

これについては、お昼はすごく忙しくてなかなか言えなかったので、ちょっとこの場で。

出口:ありがとうございます。