学生たちが「なにかできるのでは」と思い始めた

山岸広太郎氏(以下、山岸):さて、ディスカッションに入っていきたいと思います。

先ほど「なぜ支援しているのか」について、鎌田さんや漆原さんが仰っていたように「おもしろいから」「世界を目指そう」などの個人的動機もあると思うのですが、だいぶ状況が変わってきていますので、その背景も含めてみなさんにお知らせできるといいなと思っています。

では、漆原さんから、ここ2〜3年で変わってきている状況と、その状況をどのようにご覧になっているか。また、個人的な動機などを順番にお願いできればと思います。

漆原茂氏(以下、漆原):まず、ここ2〜3年の変化は「急に来たわけではない」と思っています。昔からやっていたことのうち、ようやくいくつかが実を結んできた。それが今、花開いてきているのではないかと思います。実は、始まったのはブームよりずっと前でした。ただ、昔はいろいろな失敗がたくさんあったんですよ(笑)。

山岸:死屍累々だったと。

漆原:死屍累々のなかで生き残り、なにか学びを得て「次はもっとうまくやろう」という流れのなかで、成功確率も高まり、やり方も少しずつわかってきたのではと思います。

ただ、「今の若い人たちを成功させて、その人たちが次を育てていく」というエコシステムは、まだテック系ベンチャーはネットのスタートアップ系には及びませんでした。

そういう意味で、人材も興味もお金も、テック系ベンチャーに集まりつつあるというのが、この2〜3年なんじゃないかなと思っています。

山岸:ここ2〜3年で創業したベンチャーも増えている印象を受けるのですが、学生さんの雰囲気がなんでも創業するように変わってきたのかなと。

漆原:意識が変わってきたのではないかと思います。

それまで「僕は研究者にしかなれないのか」「大手企業の研究所に行って楽しいのかな」「彼女できるのかな」とか(笑)。そういう、非常に切実な悩みのあった人たちが、自分たちで一念発起して「実はビジネスになることがあるんだ」に気づき始めた。

そうすると、むしろ「自分たちもやろう」となり、先輩にあたる先生や学生さんも、母数はまだ少ないですが、確実に増えてきているのではないかと思いますね。

山岸:東大の雰囲気も、私がお付き合いを始めたのはここ2年くらいですが、だいぶアントレプレナーコミュニティができてきている印象を持っています。ゴリゴリの理系のアントレプレナーコミュニティがあることに驚いたのですが、そのあたりは、初期から関わられてきた漆原さんはどう思われますか?

漆原:学生さん、おもしろいですよね。ゴリゴリの理系の人たちが「なんかできるんじゃないか」と思っていて。

最初に「おもしろいから支援している」と言ったのはまさにその通りで、若い人たちと触れ合ってるとこっちが元気になるんですね。

実は、僕の支援の理由の1つに、「若者のエキスを吸う」という大事な目的があって(笑)。そうすることで、こちらも若返るという。そういう意味での相乗効果があると思います。

ただ、彼らはビジネスの知見をそれほど持っていないので、「そんなにフッと会社を立ち上げてどうなるの」というところがある。やはり、僕たち社会人のほうで目利きなど、支援できる余地は広いと思っています。

ユーグレナの成功事例による影響

山岸:僕も東大でエンジェル投資家っぽいことを何社かやったのですが、研究の支援と創業の支援でお金を出したときに東大の方から言われたのは、「東大はまずお金がない。じゃあ、とりあえず鎌田さんのところに行こう」と最初に鎌田さんの名前が出て、次に漆原さんの名前が出て(笑)。「最近、山岸さんの名前も3番目くらいに入ります」と言われたのですが、要するに「積極的に投資するのは2人だけなんだ」と思ったんですよね。

そのあたりは、鎌田さんに話していただければと思うのですが……。このコミュニティを作るところからずっと関わられてきて、そもそもイグジットした人や経験のあるアントレプレナーが少ないという理由もあるのですが、鎌田さんや漆原さんみたいなご経験のある方はあまりいないという感じなのでしょうか。

鎌田富久氏(以下、鎌田):もともと、東大生はみんな大企業に行っちゃいますしね。お役所へ行くか、もしくは大学に研究者として残るのが、東大生の正しい……正しいかどうかはわかりませんけど(笑)。キャリアパスだったので。ベンチャーをやる人は、ラインから外れた感じの人たちだったわけですよ。私も含めて。

こういう支援を4年くらいしてきて、本当に「変わったな」と思う点は、「優秀な人がベンチャーをやるようになった」という違いだと思います。

トップレベルの研究者やドクターを取得後、助教授くらいの人たちが、スタートアップをやるようになってきています。経営は勉強しつつですが、やはりトップレベルの人たちだと世界で戦えるといいますか、強いですよね。

そういう人たちのなかから、ユーグレナのような成功事例も出てきてるので、みんな「できるのかな?」と思い始めた。テック系ベンチャーの身近な例が出てきたのは、そういう意味では結構大きいと思います。

山岸:たしかに、ネット系のベンチャーも「渋谷で先輩がやっていて、なんとかなった」のような例があったので、事例が出てきたことは大きい気がしますね。

論文を書いていても、世界は変わらない

漆原さんや鎌田さんは、ソフトウェア系、ハード系、電子電機系などのご専門ですよね。丸さんはバイオ系で10年〜15年なさってきたと思うのですが、その分野でなにか変わってきたことはありますか。ユーグレナの成功の秘密も含めて。

丸幸弘氏(以下、丸):みんな、飽きちゃったんですよ。つまらないんですよ。今若い人たちは、リアリティがなくて、リアルなことをやりたくなってきちゃった。

例えば、世界でも一流の『セル』『ネイチャー』『サイエンス』の3誌に論文を出したとしますよね。あれ? 世界は変わったかな? 変わってないんですよ。リアリティがないんです。

「これだけがんばってやっているのに、本当は、僕はなにがやりたかったんだっけ?」「世界を変えるために研究をやっているのに、一番いい論文を出しても引用件数が10件。10年かけて10人しか見ないペーパーを出すのは、完全に自己満足だ」と。

そこで今の若い研究者はリアリティを求め始めたんです。「本当に自分たちが変えたい世界ってなんだろう」を考え出した。

さらに就職氷河期を経て、リアリティがないことに対して適当にお金がついた時代から、これからリアルなものにお金がつく時代になるだろうと考え、自分たちでやり始めたんですよ。そうしたら、お金がちょっとずつついてきた。彼らは儲かるとか、関係ないですからね。「世のなかがどう変わるか」しか考えてない。

サイバーダインやユーグレナの例はすごくわかりやすい。前は、バイオといえば創薬だから、目に見えない架空のテクノロジーにお金が10億くらい集まって、全部つぶれていくという。ずっと黒字にならなくて赤字のイメージだった。

そのなかで、リアリティのある事例の先陣を切ったのが、サイバーダインやユーグレナだった。リアルな課題を解決できるなにかが見え始めたのが、1つのフラッグシップになって、今の若い人たちが「やばい。あれはリアルだよね」と。

つまらなかった時代からすごくおもしろい時代がきているという感覚で、助手や准教授のような人たちが「いっちょやったるか」「世界変えてやるか」となったのではないかと思います。

この14年間、僕もリバネスを作って、ずっと博士の仲間と一緒に「どうやったら世のなかがよくなるかな」と考えていて。ようやくベクトルが合い始めたのが去年、もしくは2年前くらいだと思ってます。

鎌田:背景として、社会の要請もけっこうあると思うんですよ。

経済がこれだけ進んで、豊かにはなっている。けれど、環境やエネルギー、食料、医療などの新たな地球的課題が出てきた。それをこれから解決しなきゃいけない。革新的なブレイクスルーのニーズが出てきているのに、大企業は既存事業の改良にとどまっていて、ゼロからイノベーションを引き起こすのは難しい。

世のなかは新しいイノベーションを模索する時期に入っているので、その意味で大学でも研究していたものを活用してスタートアップを興していく、成功させていくことの意味がある。

研究者の思いと時代の要請がちょうどマッチして、若い人たちがチャレンジする目標が「変えたい世界」とシンクロして、いいタイミングになっているのではないかと思います。

性能面と価格面の変化が、革命をもたらす

漆原:逆に、山岸さんがこのタイミングでKII(慶應イノベーション・イニシアティブ)を始められたきっかけはなんですか。ぜひ聞きたいです。

:聞きたい聞きたい(笑)。こっち側ではないですし。

漆原:どうしてですか? このタイミングで。

山岸:僕はモデレーターなので、ここは自分のことを話す場ではないのですが……。

パネラーのみなさんは、技術や科学に純粋にご興味があると思うのですが、僕が興味があるのは違って。

僕は経済学部出身で、歴史が好き、社会が好きで、「世のなかが変化するときの、どさくさにまぎれたい」という気持ちがありまして。よく言えば知的好奇心、悪く言えば野次馬根性、どうやって内側に入っていくかという気持ちがありました。

大学1年のときにインターネットに出会って「これは世のなかを変えるから、この内側で仕事をしよう」と思い、成り行き上でグリーをやって、経営もして、上場して。その流れでずっとやってきました。

コンピュータやインターネットの歴史の流れから考えてみたとき、半導体やMEMS(Micro Electro Mechanical Systems/微小電気機械システム)の微細加工技術の発展によって、今まで性能面、価格面で実現できなかったけれど、それがどんどんできるようになっていくことは変わらないと考えています。

センサーデバイスやデータ通信の値段も下がってきているので、ビットからアトムと言われますが、インターネットで起きたような革命が物理領域でも起きていきます。データも増えるし、ロボットのようなものも出てきます。それに、バイオインフォマティクスなどもあるので、バイオの世界もどんどん変わっていきます。

今までは単におもしろいので研究の支援をやっていたのですが、たまたま慶応でも「ベンチャーキャピタルをやりたい」という話があり、自分の興味と合うので設立に参加しました。

VCをやるのは、起業したり、会社を成長させて上場したり、上場企業を経営したりという経験が活かせる一方で、他人からお金を預かって投資をするのは、自分にとって新しいチャレンジにもなるし、興味もありました。

「世のなかの役に立つかな」ということで、やらせていただいている感じです。けっこう動機は不純というか、おもしろそうだからと(笑)。

僕はぶっちゃけ、その、もう働かなくてもいいので……。

漆原・鎌田:(笑)。

:いいな〜(笑)。

山岸:金を稼ぐことにも興味ないし、慈善事業をやっていると思われていますが。とはいえ、さっきお見せしたように、自分のなかでは10年くらいでまた100億、200億くらい儲かるんじゃないかと思ってやっているんです。

漆原:きましたね〜。

研究で、人類を一歩前へ

:でも、研究者も儲かってないけど、もともと「儲からなくていい」という人たちじゃないですか。だから気が合いますよ、今。やっと気が合います。

山岸:でも、短期的には儲からないと思っていますが、僕は10年くらいで年収10億くらいになると思っています。

:じゃあ、それちょっとくださいよ。

山岸:(笑)。

:ちょっとくれたらいいですよ。僕は研究ができて、人類が一歩前に進むんだったらいいんですよ。インターネットはまだ終わっていない。例えば、Google Earthも、海のなかが見えないじゃないですか。ぜんぜん地球のことがかわからない。あれも結局、気圧や水圧の分野のイノベーションが起きないと地下は見えないよね、と。

そういう話は目の前にたくさん転がっているのに、テクノロジーがないと行き着かないんですよね。それに物理的テクノロジーで解決しようという人もいますが、僕らバイオの人間は「深海魚を使っちゃえ」という話で。「深海魚のなかにセンサーを組み込んで、生態系のなかで下を見れるような仕組みができないか」を大まじめに、寝食忘れて話しているんです。

周りからみると、完全にイっちゃってるんですよね。でも、それがやりたくてやるんですよ、僕ら。そこの研究のためのお金が欲しいだけで、「勝負に勝つ」「お金を儲ける」などの意識はなくて。そういうバイオの人と、インターネットで成功して、もうお金稼ぎに興味ない人が……。

山岸:お金稼ぎに興味はあるんですけどね。

:そうなんですか(笑)。

漆原:ようやくミートしたって感じですね。

:そういう人がたくさん来てくれるとうれしいですよね。

山岸:興味がある分野は間違いなく一致していますよね。