「Amazonがレコメンドしてきて、ムカつくじゃないですか」

丸山裕貴氏(以下、丸山):どうしたら、そういったマインドセットで働けるのかなと思うんですが、なにかアドバイスはありますか? 今、自分の仕事が目の前にあって、でももう少し視野を広げたいと思ったときに、どこから取りかかればいいんでしょうか。

竹下隆一郎氏(以下、竹下):自分とは真逆の部署の人に話しかけてみるとか。朝日新聞で記者をやっていると、やはり編集部が王様みたいなんです。一番偉い、と勘違いしている人も。

経理部の人と話してみよう、と思って話してみると、「編集部は経費を使い過ぎだ」とかって話から始まって、いろんな話ができて。その人は、「自分は発信する力はないけど、お金を管理するのは得意だから、好きなメディアでお金を管理して支えになりたい」みたいなことを語ってくれたんです。自分とはぜんぜん違う部署の人と話してみるのは、いいんじゃないですかね。

丸山:まずは社内の、違う部署の人と話してみる。

竹下:これは私の先輩なんですが、毎日社内の誰かにメールするということをやっている人がいたんですよ。いきなりです(笑)。社内の名簿を見て、知らない人に。それで、返ってこない人が多いらしいんですけど、なかには返ってくる人がいて、その人とお茶をすると言っていましたね(笑)。

丸山:「お茶したいんですけど」とかってメールするんですか?

竹下:「お茶したいんです」と言ったり。あるいは記者だったら「こういう記事よかったですね」とか。あと、もし社内報があるんだったら、社内報を見て「これ、よかったです」と言ったり。

丸山:そこから社外に広げていくためにはどうしたらよいですか?

竹下:こういうイベントに出るのが本当にいいと思います。あとは、親戚の友達と話してみるとか、子供の友達の親と話してみるとかじゃないですかね。

丸山インタビューでおっしゃっていた「動く的」とも関係あると思うのですが、竹下さんは、ハフィントンポストで常に動く的を追いかけていて、テーマを深追いするんじゃなくて、「今、こういう話題を投げかけるといい」というものを探していく、その動体視力を上げていくことがこれから重要なのではないか、とおっしゃっていました。

自分の仕事の周りにある的もけっこう動いている気がしていて、そこにつなげた話ができるんじゃないかなと思ったんですよ。いかがですか?

竹下:今日のテーマだと思うんですが、どれだけ広く視野を持とうと、1人では限界があると思うんですね。今後、人工知能が職場に入ってくると、人間以外の人(モノ?)も入ってくるじゃないですか。彼らと勝負するときに、1人では無理ですよね。そうなったときにどうしたらいいかというと、やはり人脈で。

「ここがおもしろいよ!」という声が、一番人間に響くと思うんですよ。例えば、今日この後、みなさんがご飯に行くとしたら、「ぐるなび」とか「食べログ」で検索したりすると思うんですけど、それより、誰か1人が「ここ、めちゃくちゃおいしいんだよね!」と今、立ち上がって言ったら、みんな信じると思うんですね。「この近くに、ぼくが何年も通っている料理屋があって、女将さんがすごくいいんだよ」みたいな。

テクノロジーがどれだけ発達しても、その声は、人間の声なので振り向くと思うんですね。

その振り向くための人を、自分のエリアにどれだけ確保……確保というのはあまり好きな言い方じゃないですけど、それでメディアも保っていますよね。日々いろんな情報が世界中から入ってきて、ある人が「これは本当に大事ですよ」と編集長である私に言ってくることがあるんですけど、そこはやはり、振り向きますよね。そうすると、発見があります。

人工知能とかアルゴリズムが発達して、Amazonがレコメンドしてきて、ムカつくじゃないですか。たしかに最近、精度が上がってすごいなと思うんですが、やはり自分が好きな人が「この本はすごくおもしろいよ」と薦めてくれることに勝るものはないと思うんですよね。そういうふうに声を上げてくれる友達がいかにたくさん、いろんな場所にいるかどうかということが大事なんじゃないかと思います。

人工知能には“色気”が必要

丸山:人工知能の話はおもしろいですよね。レコメンデーションエンジンでどんどん精度を上げていくということで、ここではじめてEightという名前を出しますけれど(笑)、Eightでも、「明日この人に会ったらいいよ」みたいに言われると、「それならちょっと会ってみようかな」と思う人もでてくる気はするんですよ。

それと、普通に周りの人たちが声を上げてくれるみたいなこと、そういったことがうまく折り重なっていく社会にできたらいいなと思って。

竹下:やはりそこには、色気が必要だと思うんですよね。単に機械的に言われるのではなくて、ある種の色気を持って言われるというか。カラフルな言い方で言ってくれるとおもしろいです。

単に「おすすめです」というより、すごく熱く語ってくれて、本当にこの人に合っていると言うのか、あるいはただ淡々と言うのか。

例えば、みなさんご存じだと思うんですけど、AmazonはShip before you orderという、人が商品を注文する前に、商品がもうトラックに載っかっているという仕組みを作っているんです。今日、私が水をほしがるだろうと人工知能が前もって先取りして、トラックに載っているんですよ。私が注文した時点でもう運ばれてきているので、注文する前に運ばれてくるという。

それが人脈にも起こってくると思っています。明日この2人は会うはずだろうということで、Facebookが勝手にメッセージのやりとりを始めたり。ぐるなびと連携していきなり店を予約していったり。あの人と会おうかなと思ったら、人工知能が予測していて、実は店まで予約していたということが起こると思うんです。

だから、やはり、それ以上に、本当にこの人に会いたいというふうにしたいんですよね。そうなると、たとえ人工知能が「この人に会うべきだ。店も予約しましたよ」といっても、そこをキャンセルしてまで、「やはりぼくはこの人に会いたい」と。そこが人間のすごさだと思うので、両方が併存する社会になってほしいなと思います。

丸山:人工知能にまつわる話で、1つお聞きしたいことがあって、ニュースも人工知能によって書かれるんじゃないかと言われていますよね。

竹下:もう書かれていますよね。

丸山:では、もう実現されているということなんですか?

竹下:はい。アメリカでは実現されています。

丸山:それはどういう仕組みになっているんですか?

竹下:アメリカは公開情報が多いので、例えば、企業の決算とかはすぐ公開されるじゃないですか。どこにどういうデータがあるかということはパターンで決まっているので、コンピュータがそこから抽出できるんです。それで、過去の業績とかはデータベースにあるので、そこと組み合わせて記事にするとか。

あるいはスポーツの記録とかは決まったパターンで書かれているので、それをもとに、ここで広島が逆転したということは、コンピュータはすぐわかります。そこをメインに記事を書いたり。

あとは要約技術がけっこう発達していて、ある特定の文書を読んだ後に、どこがポイントかということを、機械が抽出して要約できるので、プレスリリースが1枚あればネットに上がった瞬間に記事ができると思います。そういうふうにはなっていますね。

SNSのポストに宿るリアリティ

丸山:そうなってきているけれど、でもちゃんとした記者がハフィントンポストにいるという理由はなんですか?

竹下:例えば、今日の対談の記事、ここにロボットくんがいたら、対談が終わった後に全部記事になっていると思うんですよね。

でも、今日、私が取材で丸山さんにインタビューしているとするじゃないですか。そうしたら、ひと言ひと言を聞きもらすまいと、ここにメモを置いているはずなんですよ。でもロボットくんがやってくれるとしたら、それ置いておいて、関係ない話をしたり、ロボットくんが要約によって拾わない、「趣味はなんですか?」とかって話ができるので。

人間のよさというのは、カーブが投げられるとか、突拍子もない質問ができることだと思うので。ハフィントンポストが人間をおいている理由は、人間はなぜ生き残るかという発想であると思うんですね。つまり変わった質問と変わった文章、要約とは違う文章が書けるのが人間だと思っているので、質問の答えから少しずれてしまいますけれど、だから人間は必要だと思います。

丸山:さっきのおもしろい人、おいしいお店を声高に叫んでいる人を見つけてくるということも、メディアの1つの機能じゃないですか。それは自動化されていくものなんですか?

竹下:そういう部分もあると思います。新聞記者時代に一番嫌な取材があって、これは本当にやめてほしい、これをやっているのは本当にだめなんじゃないかと思ったんですけど。

「街の声」取材というものがあるんですね。「広島カープが優勝しました」「安保法制が成立しました」みたいなときに、街に出て行って、よくあるじゃないですか、新橋のサラリーマンを捕まえて「どう思いますか?」みたいな。それがけっこう大事な仕事だったんです。

なぜかと言うと、市民の声を載せるということ。でも、飲食店で飲んでいて、いきなり安保法制の話をされても、答えようがないんですよ。それはすごく嫌だったし、みんなが飲んでいるなかに行って、難しい話をしたら「こいつ、なんだ?」と思われたり。それで飲まされたりして、嫌だったんですけど、その話は置いておいて(笑)。

今って、すでに発言している人がいるんですよ。なにかが起こったら必ずTwitterやFacebookに、「これはすごい」というコメントがあるんですね。

ハフィントンポストの場合は、実際にその人に話しかけて、Twitterを引用してもいいですかと聞いたり。Facebookの文章をそのまま寄稿文としてハフィントンポストに載せていいですかという聞き方をしています。つまり街の声を取りにいくのではなくて、拾ってくるという、逆のことをやっています。

これがやはり読まれる記事の1つで、街の声を取材すると、どうしても不自然なコメントになっちゃうんですけれど、本当に発言したくてしょうがない人が発言しているFacebookとかTwitterを拾うと、すごくリアリティがあるいい記事になるんですね。

そこは今は、人間がやっているんですが、もしかしたらロボットが全Facebookをクロールして、拾ってきたほうがおもしろいかもしれないですね。

丸山:でも、叫んでいる人はいっぱいいるし、増えているじゃないですか。そのなかからどうやって、おもしろい人を見つけ出すんですか?

竹下:1つは実名かどうかということと、もう1つは過去の発言を見ますね。過去にもすごくおもしろい発言をしているとか、非常にフェアな考えを持っている人かどうかとか。

例えば、Facebookでヘイトスピーチをしている人がいるじゃないですか。ある特定の人種の方に、「死ね」とか。でも、2個前の投稿を見ると、子供と抱き合っている写真をアップしていたり。「俺たちは最高の仲間だぜ」とか言って同窓会をやって、「こんな仲間たちと出会えて幸せ」みたいなこと言っているじゃないですか。本当に信じられないですよね。

そういう人がいるなかで、ヘイトスピーチがあるので。すごくいいコメントを言っていても、2個前の投稿を見ると、ちょっとレイシスト的な人がいたりするので、そこはかなり見ています。もしかしたらそこには、ロボットじゃなくて人間独特のセンスが必要かもしれないですね。

人に会うことはすごく暴力的なこと

丸山:実際に会いに行くということは、薄れてきているんですか?

竹下:薄れてきていますね。そこは、ポジティブにとらえています。記者の職人的な世界では、人に会うということは、すごく価値のあることなんですよ。

丸山:そうですよね。

竹下:やはり人に会ってこそ、本音を引き出せる。人に会ってこそ、誠意がある。アメリカはSkype取材とかが発達しているんですが、とくに日本はそうなんですね。これって一見、正しいように見えて、実は違うところがあります。

具体例を申し上げると、オバマ大統領が広島に来たじゃないですか。そのとき、ある人にインタビューをしたんです。どういう人かというと、原爆を落としたエノラ・ゲイにおじいちゃんが乗っていたというアメリカ人が広島にいたんですよ。

Skypeでインタビューをしました。そのとき、彼は広島のホテルにいて、我々は東京の編集部にいました。広島に1歩も行かないで、広島の方のインタビューをしたんですけど、すごくいい内容になりました。

あとになってその方と話したら、「すごくリラックスできました。仰々しいインタビューとして、あなたたちとカメラがやってくるのではなくて、ホテルのなかでリラックスして、自分が普段着のままで話せたのがよかった」と言っていたんですね。

つまり、人に会うということはすごく暴力的なことで、人に会うのは緊張が伴うし、自分の本音が言えないときもある。でもSkypeだと、自分が好きな時間に好きな部屋でリラックスして話せるので、もしかしたら、直接会うより、その人と心と心の交流ができたんじゃないかと思います。

とくに、原爆というアメリカ人にとってすごくシビアな問題を聞くときに、初対面で会うよりは、もしかしたらそっちのほうがよかったのかなと思うので。人に会うという定義も変わってきているんじゃないかなと思います。

丸山:それは、今聞いていて納得しました。Skypeでやるからこそ、聞き出せることもあるということですよね。ぼくも前職で海外の方を取材する時にSkypeでインタビューしていたのですが、これだったら国境を越えて誰にでも取材ができるな、という感覚はありました。

最初の話の、多様性が生まれるというところも、広がりのところにもつながると思うんですけれど。やはりメディアは東京に集中しているので、地方は関係ないみたいなときもそういうツールを使うことで、日本中誰でも取材できるようになったというような視野の広がり方もあると思うんです。

それはメディアじゃないビジネスをやられている方でも、地方に気になった方がいたら、とりあえず連絡してみて、会いに行けなくても、ちょっとSkypeでお話しませんか、Skypeでお茶しませんかみたいなことをやろうと思ったらやれる時代ですよね。

竹下:まさに大事なポイントですね。先ほど新橋のサラリーマンの例を出したじゃないですか。夜、新橋に飲みにいける人って、特権階級なんですよね。だって、子育てに一生懸命なお父さん・お母さんは行けないじゃないですか。子供の面倒みなきゃいけないし。

あるいは、障害を持っている方はいけないですよね。あと、お酒が苦手な方はいけない。その人たちを、今までのメディアは全部すっ飛ばしていたんですが、FacebookとかSkypeを通して、インタビューできる人が増えました。

会うことすら大変な人たちがいる

さっきの「#飲み会やめる」の記事でも、私、子供が0歳の子育て中のお母さんにもインタビューしたんです。記事にはしませんでしたが、Skypeでお話を聞きました。子供が寝静まった11時以降に。11時以降に外に出てこれる人って、あまりいないですよね。

テクノロジーが人間を冷たくしているとか、生身の人間に会わなければいけないみたいな話は、特権階級の人たちの話で、実は、本当は、会うことすら大変な人たちがいるんじゃないかということに気付かされました。

丸山:ハフィントンポストとしては、そういった取材を積極的に推奨しているんですか?

竹下:すごくやっていますね。ここはすごく神学論争的なところがあって、これを言うと古いメディアの人は「それは取材じゃない」と否定するんですけど、ぜんぜん違うんですよ。

例えば、先日、トルコのクーデター未遂があったじゃないですか。バーっとFacebookを探したら、たまたまトルコの空港にいた人がいたんですよ。その方はトルコ人で、なにか発言したら身の危険がある。誰が敵で誰が軍隊かわからないんですよ。Facebookでなら答えられます、と。その方にもアクセスできるんです。

しかも、その人の身の安全も守れる。誰かに聞かれても「いや、ちょっとFacebookしているだけですよ」と言えるじゃないですか。

もしカメラを持って回ってきたら、「お前なにやっているんだ」と言われると思うんですが、そこで本音を聞きました。途中でプチッと切れて、本当に心配になって、CNNをつけたらなにか爆発が起きたみたいだとあったので、これで切れたんだなと思ったり。そういったところにも入り込めるので、実はすごくいいツールなんですよね。

大手メディアはまだ直接会うとか、現場に行くということにこだわっているので、そこはハフィントンポストの狙い目だなと思っています。もちろん現場に行くことも、私が編集長になって増やしましたが、そこは「こだわる」のではなく、「手段のひとつ」ととらえています。

丸山:例えば、それをみなさんのビジネスに置き換えると、という話もしたいんですけれど、今の話を聞いて、「では、誰にでも会えるじゃん」となったわけじゃないですか。

なんなら、Eightで探して、名刺交換リクエストを送って、会いに行くということも、Skypeで話をしようということもできます。誰にでも話を聞けるとなったとき、誰から聞こうかと考えればいいのでしょうか?

竹下:外に出られない人ですね。例えば、新しい水を作るから、マーケティングをしようとすると、ユーザーリサーチと言って、何人か呼んでヒアリングをしたり、企業に頼んでアンケートしたりすると思うんです。でも、そこに出てくる人が一部の特権階級だとしたら、例えば、子育て中でなかなか外に出られないという人にアクセスして、夜にSkypeしてみませんかと聞いてみるとか。

そうすると、「最近は炭酸水をよく飲んでますよ」「子供に母乳をあげないといけないからビールは避けているんですが、あのプシューという感じが忘れられないから、炭酸水を飲んでます」みたいなお母さんもいるんですよね。そうすると、新しい発見があるじゃないですか。炭酸水ってそういう飲まれ方をしているんだ、とか。そういうことに活かせると思いますね。