採用にITが欠かせない時代の問題点は?

司会者:先生方、ありがとうございました。では、村上さん、ぜひお2人と意見交換されながら進めていただければと思います。

村上陽子氏(以下、村上):ありがとうございます。今、嶋﨑先生におっしゃっていただいたんですが、私たち連合は、労働組合で作っているので、すでに働いている人がメンバーです。

それ以外の方々への活動・働きかけとして、いろんな大学で寄付講座を持たせていただいて、大学生のみなさんに「働くってどんなことなんだろうか」とか、「労働法はどんな意味をもつんだろうか」とか。そういったお話をさせていただく機会を設けています。

また、お手元にお配りしていますが、これは若い人たち向けにつくっている冊子で「働くみんなにスターターBOOK」というものです。働くってどんなことなのかとか、実際労働法で最低限決められているルールというのはどういうことなのかということを、できるだけわかりやすくまとめた冊子です。そんなものを作って配布するなど、若い人たち向けの活動も行っています。

お二人の先生方におうかがいしたいことが何点かあります。1つは、今のお話には出ませんでしたが、こうした求人や職業紹介を規制している、ルールを定めているのが「職業安定法」という法律です。

これは、戦後すぐの昭和22年にできた法律で、これまであまり大きな改正はしてきていない法律です。昭和22年ということを考えていただくと、職業紹介というのは基本的に国、公共職業安定所が行うものだという時代で、インターネットももちろんないですし、そんなことを活用した就職活動・採用活動などはまったく想定していないときにできた法律です。

そこからほとんど改正してこなかった一方で、現実のほうは進んでいて、ITを活用した求人媒体がさまざま出てきております。

先日もかなり取り上げられておりましたが、「転職ドラフト」の問題などですね。転職ドラフトで年収500万円保証のスカウトが来たので応募してみたら、実際は残業代含めての額で、月平均30時間の残業をしてようやくその500万円の年収に届くという問題があったことが報道されました。

そういうIT化や、いろんな媒体が出てきたことのメリットとかデメリットということをどんなふうにお感じになっているか、上西先生いかがでしょうか?

就活サイトは誰のためのもの?

上西充子氏(以下、上西):大学生の就職活動では、大半の学生が就職支援サイトを使います。リクナビ、マイナビ、キャリタス就活、その他ですね。

就職ガイダンスでも、まずはそういうものに登録をしなさいと、登録しないと就活が始まらないので、とにかく動かそうということで、そちらのほうに誘導します。

それを見て彼らは就活をするんですけれど、彼らは自分たちのためのサイトだと思っているんですね。自分たちの就活を応援してくれるサイトだと思っているんですけれど、「でも、よく考えてごらん?」と私は言うんです。「誰がお金を出してると思う?」と。求人側が出しているんですよね(笑)。

求人側がお金を出しているから、彼らは無料でそのサイトを利用できる。ということは、そこには都合の悪い情報は載っていないから、まずはそこで「いろんな魅力的なことが書いてあっても、それだけを鵜呑みにするな」ということは言うんです。けれども、やはりそれを通していろんなアドバイスも出てくるし、オススメ企業出てくるし、そこに乗っかっていってしまう。

でも、オススメ企業というのは、要するに「オススメしてくださいね」ってなにか料金を上乗せされているのかもしれない企業なわけですよね(笑)。

そうした仕組みがまったくわかっていないまま就活をしているので、非常に危ないなと思うし、そういうこともわかった上で使おうね、ということも指導として行き届いていない部分がありますね。なにか、波に乗ってしまえばいいという感じでやってしまっているところがあります。

そこに書いてある労働条件は必ずしも正確ではなくて。1つ、大問題は、雇用形態が書いていないこと。つまり、正社員とか契約社員とか、場合によったら業務委託契約の場合もあるんですけど、書いてないんです。そもそもそういう欄がないです。

「初任給」「就業時間」とか書いてあって、雇用形態は書いていないので、学生は当たり前に正社員だと思うんですけど、でも、当たり前じゃないんですね。なので、さっきのような問題はそういうところからも生じているかなと思います。

ブラック求人は昔からあった

村上:嶋﨑先生、いかがでしょう?

嶋﨑量氏(以下、嶋﨑):このIT化の社会のなかでいろんな新しい仕事のかたちができてきたので、ある意味では、被害も顕在化した側面もあるのかなとは思っているんです。

法律のちょっとした沿革も村上さんからお話があったんですけれど、昔ながらの古典的な、そういう就職の仕方があった時代はブラック求人がなかったのか……?

私は、IT化の社会のなかで就活サイトや、いろんな就職活動のあり方が出てきた、だからブラック求人が出てきたとはあまり思っていないんです。今でも古典的なハローワークの紙の求人でもしっかりとブラック求人があるからです。

それより被害が出やすくなってきたり、「明らかにおかしいね」というものが顕在化したのであれば、それは今の実態が少しわかりやすくなったという意味ではいいのかなと思います。

ただ、村上さんのお話にありましたが、実際にこういう仲介事業などに対して法的な規制がいいのか、まずはガイドラインから入るかはさておき、私は、公共職業紹介、ハローワークの求人も含めて、ほぼ無法状態だと思っているんです。社会がようやくこれに着目し始めたところで。

ですから、そういう意味では新しい、ようやく被害の実態に目が向き始めたときなのに、新しい市場がいろいろ出てきていて、さらに追いつきづらくなったということはあります。

ブラック求人というのか、求人詐欺というのかはともかく、当事者である就職活動している方がそこまで本当に認識しているのかというと、そうではない。

被害実例でいうと、けっこういろんなメディアのみなさんなんかもお話をうかがっていて、「こんなのひどいですね」と。

まったく責めるわけじゃないですけど、「こんなのは確認しないのが悪いんじゃないの?」「ずいぶんのんびりした人だね」という感覚をお持ちの方もいるかもしれません。しかし、「じゃあ、みなさんどうでした?」って聞くと、「ちょっと黙らないで」って。「そういえば、自分が契約したときの契約書もらっていません」と。

結局ご自身は社名を信じて主観的なイメージで信頼して、たまたまいい会社でだまされなかっただけで、大きなブランド名がある会社でも求人詐欺をしていたということは、昔からあります。

昔と違って今の若者の契約意識が低くなったとは、ぜんぜん思わないです。昔でも、牧歌的な時代はあまり被害が出なかっただけなので。

まず、しっかりとその権利意識を持つ、契約当事者としての意識を持つところから、そういう知識の啓発などもすごく大事かなと思います。

「国だから信じたのに……」

上西:もう1つ補足をしたいんですけれど、村上さんの資料の3ページにハローワークの求人で(申し出・苦情が)10,937件というお話があります。

よく「ハローワークの求人、実態となにが違う」みたいなかたちで出るんですね。ですが、ハローワークの問題じゃないんですよ。ハローワークも民間も共通する「求人票」というものの問題です。

ただ、それがハローワークだと「国だから信じたのに……」というかたちで苦情が出やすくなる。それから「国がなにしているんだ」というふうに国会でも追求されるので、データを取っているし、相談窓口も設けています。それから紹介したときに、紹介したときの条件が違ったか同じかということをちゃんとフォローしているから、こういう件数が出てきているんですね。

では、民間のサイトで「実際に契約したときにトラブルに遭った、実際の条件が違ったらぜひここに連絡してください」みたいなサイトが、求人サイトあるいは民間就職支援サイトに大きく出ているかどうか。みなさん見てほしいんですけれど、見つかりません。

見つからないけど、なんとか問い合わせて(苦情を)言った件数が、この4ページに出ているんですよね。

だから、苦情を集めるシステムもないようなものと、一応苦情が出ないような、あるいは苦情を集めるようなシステムになっているハローワークというものがある現状なので、「これはハローワークの問題なんだ」とはどうか誤解をしないでください。