募集要項を確認することの大切さ

司会者:村上さん、ありがとうございます。こうした背景を踏まえまして、上西先生と嶋﨑先生からもお話をうかがえればと思います。では、上西先生からお話をお願いいたします。

上西充子氏(以下、上西):法政大学キャリアデザイン学部の上西と申します。私たちの学部はキャリアデザインということで、生き方・働き方を考えようという学部です。

いろいろな授業をやっていて、私は若者の就職問題などを取り上げているんですけれど、そのなかでこうした就職をめぐるトラブル、求人をめぐるトラブルの話もしています。

実態を見ると、今の相談事例に出てくるような、入ってからぜんぜん違う実態がわかってしまうということがあるんです。

この問題は大きく分けて2つあります。嶋﨑先生は中途採用の話なんかもされると思いますけれど、とりあえず、私からは学生の就職活動の話をします。

学生が就職活動をするときは、大学から「いかに内定をもらうか」という指導を受けていて、本人もそういう意識なんです。なので、労働契約という意識がないので、そもそも労働条件をしっかり見なきゃということをわかっていません。

大学が作っている「就職ガイドブック」を持ってきたんですが、募集要項ってありますよね。民間の就職支援サイトなり、企業のホームページの新卒採用サイトなり、そこに必ず募集要項が書いてあります。

募集要項には、初任給がいくらで、勤務時間は何時から何時で、週休2日制で、社会保険があってとか、そういうことが書いてあるんですが、それを見なさいという指導が実は入っていないんですね(笑)。

「自己分析をしましょう」「業界分析をしましょう」「企業分析をしましょう」。そして、エントリーシートの書き方、面接の受け方、内定をもらったら……、そういう話はあるんですけれど、「応募をする段階で、企業研究をするときには必ず募集要項を確認しましょう」ということが、実は入っていないんです。

だから、募集要項を見ないで応募している学生もいるんじゃないかと思います。「だいたいどこも(初任給は)20万円ぐらいだろう」の感覚で。

実際に、だいたいどこも20万円ぐらいなんですよ。ただ、今、村上さんがおっしゃったように、実は20万円のなかに5万円の残業代が入っているかもしれないですね。

それってものすごく大きな労働条件の違いなんだけれど、そもそもほとんどの学生は残業代が入っていることがありうることなんてことも知りません。たぶんキャリアセンターもそういう注意喚起をしないです。そもそも募集要項を見なさいということさえ入っていないので。

労働条件は募集要項通りではない場合も

そういう問題があった上で、「でも、実際の労働条件は募集要項通りじゃないんですよ」と。そこがややこしいところです。労働法的にも、募集要項と実際に働き始めるときの労働条件通知書の内容は必ずしも同じでなくてもいい。

「最初に募集要項で労働条件を明示しなさいよ」と言っていて、労働契約書でも明示すべき事項はあるわけですね。けれども、「変わるなら変わっていいけれど、ちゃんと説明して合意を取ってね」というのが、法律上の問題なんです。

明らかに最初に悪意を持って嘘を書いていたら、それについては一応今も「法律じゃダメだよ」ということにはなっているんだけれど、「いろんな事情が変わって……」みたいなことで合意を取ればいいことになってしまっている。

だから、学生からすると、最初に確認をしていないことがあるし、最初に確認をしていても、そこには当たり障りのないことしか書いてない可能性があるんですね。それこそ、「初任給20万円です」「勤務時間は9時~18時です」「休憩時間は1時間です」とか、本当に普通のことしか書いてなくて。

4月になって、「じゃあ、これが労働条件通知書だからサインしてね」「労働契約書だからサインしてね」というところに、なんの説明もなく「固定残業代5万円含む」とか書いてあったりします。

そして、サインをしてしまうと「合意したよね?」みたいなことになってしまう。実はなにも説明されてない、「合意した覚えもないのに」というようなこともあるんです。

ですので、問題は2重なんです。募集要項をちゃんと読みましょう。でも、募集要項は本当とは限りません。労働条件通知書をもらうときに、もう一度きちんと確認をしましょう。

入社するまで本当の労働条件がわからない

さらにもう1つ難しいのが、入社時に労働条件通知書がもらえないという問題。入社時でさえ、労働条件を書面でもらったと覚えている人は3分の2しかいない。口頭説明しかなかった、なにか書いたけど回収されちゃった、そういう人もいるわけです。

これは入社時なんです。入社時、4月でしょう? 4月になって実態がわかっても、取り返しがつかない、就活のやり直しは無理ですよね。

本当は、(入社前年の)6月頃に内定が出るんですよね。実質的な内定が出る。4月というところもあります。

6月に「内定です。おめでとうございます。うちに来ますよね?」みたいな意思確認をされて、ほかはもう断るわけですよね。ここに行こうと思って、決める。その段階で書類がもらえない。「内定です」ということが、実は電話でしかもらえないんですよ。証拠を残してくれない。

では、今度は10月の内定式。先日ありました。内定式に、なにかもらえます。でも、なにかもらうものも、ほとんどは「4月にあなたを入社させることを認めます」みたいな書類なんですよ。入社の確約はもらえたけれど、どんな条件で働くか、まだ書面がもらえない。だから非常に困るんですよね。

学生はそういうことを意識もさせられない、気づかないまま、入ってから「えっ?」と思うこともあるし、気になっていても聞けないということもあります。

ですが、私たちは「最初にちゃんとした労働条件を示してください」。残業代が入っているんだったら残業代が入っていることをきちんと明記してください、ということを要望しています。

それから遅くとも内定式のときまでには本当の労働条件を受け取り、そこではじめて労働契約が成立するわけです。その労働条件を書面で渡してほしいというような要望を、今日のこの政策提言のところにも書いてあります。

労働条件より働きがい!?

一応、こういうのを読んでくれる学生もいます。でも、Twitterの情報を調べてみると、「ああ、そうだよね。私たちもほしいんだけど、でもほしいって言えないよなぁ」みたいな学生のつぶやきが出てくるんですよ(笑)。

面接の段階でそういうことを聞くと、「こいつはめんどくさい奴だな」みたいに思われて、選考を通過しないかもしれない。6月の内定の段階で「ください」と言っても、「やっぱりにらまれるかもしれない」みたいに考えちゃうんですね。

「労働条件を聞くのが当然だ」「教えるのが当然だ」って社会になってないんですよね。普通に企業の方が「いや、イマドキの学生っていきなり労働条件聞いてくるんだよね」みたいなことを平気でおっしゃるんですよね。

「労働条件を聞くより、まず働きがいだろう」みたいなことを言うんだけれど、労働条件が先でしょう。普通にレストランに行ったり、服を買ったりするときに、値段を見ないまま「これ、ください」って言えないですよね。

それと同じように、労働条件を提示するのが当たり前だと思うんだけど、当たり前じゃないし、聞いちゃいけないみたいな雰囲気があるなかで、今のような問題が起こっている。

ですので、「うちはまともです」というところに率先してやってほしい、ということを私たちは今、求めています。罰則という話もあったんですけれど、やはり罰則は非常に制限的にしかつけられないんですね。

なので、罰則は罰則としてきちんと整備をしていただきつつ、経団連に加盟しているようなまともな企業が「うちは最初からきちんとした詳しい労働条件を募集段階で出すし、内定時には改めて詳しいものを出しますよ」ということで、それを売りにして「うちに安心して来てください」としてもらいたいと思っています。

司会者:ありがとうございます。