迷信は信じたほうがいい!?

DaiGo氏:結局なにを信じればうまくいくのか、というところをまず最初にお話ししたいと思います。例えば、迷信を信じてたり、科学的に根拠がないことを信じることに対して、メリットがあるのか・ないのかという話なんですけど、実はあるんですね。

科学的に根拠がないことを信じることに対しての科学的な裏付けというか、科学的根拠のない迷信を信じるとどういう効果があるのかってことは科学的に検証されててわかっています。

実は特定の状況においては、迷信を信じたほうがいいという場合があることがわかってるんですよね。

(コメントにて「スピリチュアル信仰みたいな?」)そう、スピリチャルとか信仰ってよく言われるんですけど、スピリチュアル自体には科学的根拠はないんですね。ただ、スピリチュアルを信じることによって、なにかしらの心理的な効果を得られる。

例えば、「誰々を信じていたのに裏切られました」とか、「なになにを信じていたからうまくいきました」とか、みんな言うじゃないですか。

実は「信じる」という行為には、その行為自体に意味があるわけです。信じたあとの結果がどういうものかというのには、あまり関係がないんですね。

なぜ迷信を信じるようになった?

「信じることの目的はなんなのか?」とかいう話もしていきたいと思います。人間ってなぜ迷信を信じるようになったと思います?

例えば、血液型診断は科学的な根拠もないし、僕もテレビとかでやったことがありますけど、実験でA型B型O型AB型の診断を全部シャッフルして、ぐちゃぐちゃにしても、みんな当たってるっていうんですよ。じゃあ、なんで迷信を人間は信じるんですかね?

あとは、僕もよく言いますけど「俺は晴れ男だから」とか。「晴れ男」というのはないじゃないですか、科学的に考えたら。なぜそれを信じるのか。

(コメントにて「私もゆきりん信じてたよ」)ゆきりん信じてた。それはちょっと違うけどね(笑)。「ポジティブになる」なるほどね。

(コメントにて)「なにかしら根拠がある」「アホだから」「話の種」「血液型信じてない」「ゆきりんwwwww」ゆきりんおもしろいね。ゆきりん信じてたっていう(笑)。信じるもなにもという感じが……。

迷信が生まれた理由

迷信がなぜ生まれたかというと、科学的にみると、人間ってやっぱり科学とか自分の力を使ってもどうしてもコントロールできないものがたくさんあるんですね。

例えば、天候とか、自分の将来の運勢とか、あとはお医者さんに行っても治せない病気とかありますよね。そういうものは、やはり自分じゃどうにもできないものじゃないですか。

人間って自分ではどうにもできない、自分でコントロールができないことに対して強烈な不安を感じる生き物なんですね。だから……。

(携帯電話のアラームが鳴る)

すっげー鳴った。すいません。アラームが鳴りましたね。僕が最近、勉強とか読書する時に使ってるアプリがあって、そのアラームを切るの忘れてましたね。

(コメントにて)「アプリ紹介」「スヌーズ注意」はい、大丈夫です。「殺人者のTシャツは着れない」「めっちゃいいとこだったのに」なんでしたっけ? どこでしたっけ? あ、そうそう。

信じることで不安が消える

つまり、迷信というのはなにかというと、自分でコントロールできないようなこと、アウト・オブ・コントロールな自分で絶対コントロールができないようなことをコントロールできるって感じさせてくれるためのものなんです。

そうするとどうなるかというと、100パーセントじゃないけど、自分でこうすればコントロールできるんだ、自分でどうにもできない問題じゃないんだと考えることができるので、安心することができたんですよね。安心して行動したり、不安を取り除く効果があった。

それから、迷信を絶対的な法則として信じるのはよくないんだけど、不安を取り除くためには非常にいいツールだということなんですね。

だから、迷信だとわかっていて信じるのはありなんです。ところがそれを、「絶対的な真理である引き寄せの法則で、私は成功しました」みたいなのは迷信ということですよね。

つまり自分が頑張ったら、自分が頭の中で思ったり、引き寄せの法則で、自分が思っていることをイメージすると、結局、必ず実現するみたいな。

でも、自分がイメージしてることややってることを「必ず実現するんだ」って信じることができなかったら、どうなるかというと、未来を目指してがんばることができないですよね。

なにを信じればいいのか考える

だから、高みな(高橋みなみ)さんのスピーチとかすばらしかったですけど、「努力は報われない努力もあるけど、私は努力した人が報われると信じたい」と言ってましたけど。

あれなんかまさにそうですよね。努力したからといって報われるとは限らないけど、でも、努力をしたら必ず報われるんだって信じることができれば、それが行動につながっちゃうわけですね。

だから信じるというのは、その行為自体で行動を促したり、不安を消し去ったり、心理的な効果があるんですよね。

だから、不安を取り除いたり、将来になにか行動につなげたり、夢を実現したいと思ったら、なにを信じれば自分がちゃんと行動できるようになって、不安が取り払われて計画性を持って行動できるようになるのかということを考えて信じるといいですよね。

(コメントにて)「信じ疲れ」(笑)。「やっぱりゆきりん信じるわ」早えーな(笑)。「今のスクエニを信じてもいいですか」「ゆきりんもういいわ」「準備しない風は吹いてこない」。

(コメントにて「アプリ教えてよー」)アプリ? アプリはあとで紹介しましょうかね。「早口ですね」すいません。早口なんですよね。

だから、結局一番なにかを信じるということで大事なのは、そういうことになってくるんですね。

迷信が必ずしも悪いとは言えないんですけれど、だから、信じるという行為自体には、科学的根拠はいらないんですよね。

ただ、例えば、ビジネスとか、科学の実験とか、研究とかという場合はダメですよ。信じるとか信じないとかの問題じゃないですから。

信じたことは現実のものになる?

いろいろお話しようと思ってまとめておいたんですけど、どこから話そうかな。そうですね、例えば……。

(コメントにて)「上から順に」上から順番にいきます? 「この倍早いの?w」「迷信だとわかってて信じるって難しくないですか?」迷信というと難しそうに感じるんですけど、ジンクスとかと同じですね。

「自分はこういうふうにすると必ずうまくいったから、こうやったらきっとうまくいくんだよね」とか。「自分がこれを持っている時に、必ずこういうことが起こる」と。

結局なにが大事かというと、人間ってすごく変わっていて、信じるというよりは、人類学者のエドワード・タイラーという人が言ってるんですけど、人間って想像上のつながりでも、現実のものとして考えてしまう傾向があるんですね。

だから、例えば自分が朝起きてから一番最初にサプリを飲んだと。サプリを飲んだから、その日はすごく集中できたと考えてたとしますよね。

実際にそのサプリを飲むということと、集中力が上がるかってことはぜんぜん、サプリの種類とかにもよりますけど、関係なかったとしますよね。

関係なくても、自分の頭のなかで想像上のつながりができてしまうと、それに因果関係があると人間は考えるんですね。錯誤相関とか言いますけど、関係がないものに関わりをつくっちゃうんですね、人間というのは。

(コメントにて「プラシーボ」)プラシーボとはまたちょっと違うんですけど。プラシーボじゃないんですよ。

後付けの因果関係を脳がつくる

だから、なんでもいいんですけど、引き寄せの法則なんかもまさに同じですね。自分が頭の中で「成功したい。成功したい」と思ってたとして、それで成功するチャンスとかが舞い込んできたらどうなるかというと、「あ、自分がイメージしてたから、これが来たんだ」と思うわけです。

でも、実際はイメージしてなくても来てる可能性はありますよね、人との出会いとかは。

だから、後付けで、正夢とかと同じですよね。そうやって想像上のつながりをつくっちゃうんですけど、実際、人間は、現実の因果関係と想像上の因果関係を区別することがあまりできないんですね、基本的には。

だから仮説とかと同じで、科学で仮説を立てる時も、この2つの原因と結果に因果関係があってというふうに考えて、実際に因果関係があるのかなって、いろんな実験をして試すわけです。

試してその因果関係が認められた場合は、それがちゃんと証明されるという結果になるんですよね。だから大事な機能ではあるんですけどね。