自撮りはアートだった?

カリン・ユエン氏:セルフィー(自撮り)は今の若者たちの自意識をあらわす一種の好例ですが、カメラが発明されて以来、多くの人々によって自分自身が撮影されてきたことはご存知でしょうか?

今日は、5つの自撮りの美術史をみなさんとシェアしてみたいと思います。

自撮りであると定義づけられるには、腕の長さや鏡を駆使したりすることによって、明らかに写真のなかの人間が撮影したものでなくてはなりません。よって、セルフタイマーは自撮りに含まれません。では、もっとも古い自撮りからスタートしてみましょう。いいですね?

これが、ロバート・コルネリウス(Robert Cornelius)による、もっとも初期の自画像として知られています。

彼は、アメリカの写真のパイオニアで、この技法はダゲレオタイプと呼ばれています。鏡面になるまで銀メッキされた銅の版を磨き上げ、それから、感光性の化学物質で処理します。それをカメラに入れ、光が表面に当たると化学反応が起き、イメージが版の上に定着します。

その後、いくつか化学物質を処理することで、非感光性になり、取り出すことができます。その後すすぎ、乾かして、ガラスで保護して密封します。今日のiPhoneの画像よりも、明らかに労力を使うものだったのです。

イリゼ・ビイング(Ilise Bing)は、2つの大戦の間に活躍したドイツのアヴァンギャルドの商業写真家でした。またの名を「ライカの女王」といい、報道写真家でもあり、建築写真家でもり、広告やファッション写真も撮影した多芸な写真家でした。

彼女の作品は、『Le Monde illustré』や『Harper’s BAZAAR』、『VOGUE』誌で発表されていました。意表を突くような大胆な構図で知られていて、時には周囲を切り取ったり、自然光を使用したり、あるいは幾何学形を用いたりしました。

また、彼女は、一種のネガ写真のソラリゼーションを発見しましたが、これは、マン・レイが展開させたものと似たようなプロセスをとっています。マン・レイは、アメリカ出身ですが、ほとんどのキャリアをフランスで過ごし、ダダやシュルレアリズム運動に貢献した重要な芸術家です。

まったくの無名だった乳母が自撮りで有名に

ウィージー(Weegee)は、写真家であり報道写真家でした。1930年から40年の間、彼はマンハッタンで新聞カメラマンとして仕事をしていました。とりわけ、市の救急活動に従事しその活動を記録した仕事によって知られています。

これらは、都市生活で起こる、犯罪や、傷害、そして死といった現実的な情景だけでなく、放浪者やヌーディストや、サーカスのパフォーマンス、狂信者や路上生活者などの姿です。そのキャリアの間に、ウィージーは1,500枚もの自画像を撮影しました。これは、遊園地のびっくりハウスの鏡によって、ユーモラスに歪められた自分を反射させた像です。

リー・フリードランダー(Lee Friedlander)はアメリカの写真家です。彼の写真の多くは都市の「社会的風景(ソーシャル・ランドスケープ)」を扱い、しばしば、店舗の正面や車、道路標識など、都市生活のイメージが切り離されています。

ヴィヴィアン・メイヤー(Vivian Maier)は、その無名の人生の間に、15万枚もの写真を撮影しましたが、ほとんど未出版のまま残っています。実際、写真をほかの人に見せたことはなく、大部分は現像されないままでした。彼女は乳母をしていて、空き時間に写真を追求していました。多くはニューヨークや、ロサンゼルス、シカゴなどの人々や建築を写したものです。

彼女は、写真を撮るために世界中を旅行し、人生の終盤にはやりくりに苦労した結果、持ち物は競売に出されてしまいます。彼女の写真のいくつかは、2007年にシカゴのコレクターが入手し、ほかの2人のコレクターが、同時に箱やスーツケースに入っていた作品群を発見し入手しました。

彼女の作品は、初めて2008年にロン・スラテリー(ほかの2人のコレクターのうちの1人)によってオンラインで公開されました。しかし2009年秋に最初のコレクターであるジョン・マルーフがブログをFlickrにリンクしてから、彼女の写真は瞬く間に広まったのでした。

さて、今回は自撮り写真の5人のアーティストでした。みなさんお気に入りの自撮り写真はなにか、(動画の)コメント欄にお知らせください。ご視聴ありがとうございました。また次回お会いしましょう。