「楽しく登り続けること – 実践と科学から見た努力論」

尾原和啓氏(以下、尾原):今回、「楽しく登り続けること – 実践と科学から見た努力論」ということでお話をさせていただきたいと思います。

私は尾原と申しまして、実は昨年まで楽天におりました。今はインドネシアのバリ島に住みながら、インターネットの良さとか、インターネットによって人間がより人間らしくなっていくということを広めていくためにいろんな活動をしている者です。

今日は石川さんが存分に栗城さんと絡んでいくというかたちで進めていただきます。それで、僕が店舗様向けの翻訳をしながら進められればと思います。

石川善樹氏(以下、石川):わかりました、よろしくお願いします。山登りと言うと、「なぜ山に登るのか?」という有名な言葉があるじゃないですか。「そこに山があるから」だと。

栗城史多氏(以下、栗城):ありますね。

石川:実は、研究者はあまり「なぜ?」という問いかけをしないんですよね。というのは「なぜ?」を繰り返していくと、最後は神様にしか行き着かないので。

だから、「なぜ宇宙は誕生したのか?」と言われても、最後は神様にしか行き着かないんですよ。WhyよりかはHowを問うことが多いんですね。

「どうやって山に登ってるんですか?」という。実はあまり聞かれないのかなと思うんですけれども。たぶん同じようにエベレストを登っている人とは違う登り方をされてるんですよね? まずそれを教えてほしいなと思いまして。

栗城:僕は秋季エベレストの単独無酸素のチャレンジと……。

石川:秋? 普通はいつなんですか?

栗城:普通は春なんですね。今日ここに来ていただいているお客さんは、おそらくみなさん、エベレストに登りたい人が多いんじゃないかと。そんなことないですかね?(笑)。

尾原:楽天というエベレストを(笑)。

(会場笑)

秋季エベレスト・単独無酸素登山のチャレンジ

栗城:まさに僕のメッセージはよく「見えない山を登るすべての人たちへ」と言ってるんですけど。みんなやっぱりそれぞれ山を登っているなと思っていて。

エベレストは世界で一番高い山なんですけれども。そもそも標高が8,848メートルありまして。ただ、今はけっこう登頂者が多くて、世界でだいたい7,000人ぐらいですね。意外と多いです。

なぜ多いかというと、それは春という時期に、いわゆる酸素ボンベというテクノロジーのおかげで登りやすくなったというのがあるんですね。

石川:この間、三浦さんという……。

栗城:そうです。三浦雄一郎さんが80歳で登ったというのがあるんですけれども。

石川:じゃあ春に?

栗城:だいたい春です。

石川:酸素ボンベを使って?

栗城:はい。僕は秋という時期に行くんですけれども。頂上近くは風速が125メートルぐらいなんですよ。

石川:1秒間に125メートル飛ぶんですか!?

栗城:いや、本当なんですよ(笑)。ジェットストリームという成層圏に流れてる風が秋に降りてくるんですね。すると、とんでもない風が吹いてくるんですよ。

そのときは人間はいられないんですけれども、だいたい風が弱まる瞬間があるので、そこを狙っていくんですね。

石川:弱いというと、どれぐらいなんですか?

栗城:完全に弱いときは無風なんですけれども、強いときは30〜40メートル。

石川:まだそんなにあるんだ。それでもけっこうすごい。

標高7,500m、生存不可能な“デスゾーン”の恐怖

栗城:秋という時期はほとんど人が入れないんですよね。そこに僕は無酸素で、いわゆる酸素ボンベは使わないで登っていくと。

どういうことかと言いますと、人間が生存不可能と言われている標高は8,000メートルと言われています。そこから先はデスゾーンと言って、本当に遺体が出てくる標高なんですね。

酸素は3分の1で、気温も−35℃になって、風速30メートルぐらいの風がバンバン吹くので、体感温度は−60℃ぐらいなんですよね。ひと言でいうと寒いという。

石川:寒いですよね(笑)。

(会場笑)

栗城:酸素が少ないと、人間はまずどうなるかというと、7,500メートルから8,000メートルに動いたときに、機械で脈を測ったんですね。そしたら、脈がだいたい平均170ぐらいあるんです。もうフルマラソンしてる状態なんですね。

もう1つ怖いのが、実は一番やっちゃいけないことは……寝ちゃいけないんです。寝れないんですよ。

なぜかというと、7,500メートルより先は酸素が薄くなりますので、人間は寝てるときが呼吸が一番少なくなるんですよね。そうすると、調子が悪いと翌日にもう動けなくなってしまう可能性があるわけです。

その最後の頂上に行って帰ってくるまでの3日間はもうほとんど寝ていないという。スタートしてから頂上までだいたい1週間ぐらいかかるんですけれども。そういうことをやってますね。ちなみに僕の座右の銘は、「酸素があればなんでもできる」と(笑)。

(会場笑)

極限状態で下山したときに体が一番欲するもの

石川:毎年そういう過酷なことにチャレンジされてるわけじゃないですか。地上に戻ってきたときってまずどう思うんですか? まずなにがほしいですか? なにかありますよね。外国に行くと和食が食べたいとか。

栗城:これは、僕も含めて山の先輩方がみんな共通してるものなんですよ。これは不思議なんです。極限状況を経験して……。

石川:みんなほしがるもの。

栗城:はい。ちなみにご飯を食べる量は、頂上に行って帰ってくる1週間でカップラーメン1個分が1日分なんですよ。250カロリーだけなんですね。

本当はたくさん持って行きたいんですけれども、少しでも軽量化しないといけませんので。ですので、お腹ペコペコの状態で帰ってくるんですね。

そのときになにが食べたいか、なにが飲みたいかといったときに、なんだと思いますか? ほとんど一緒、みんな共通しています。

尾原:直感的に思ったんですけど、チョコレートとか?

栗城:チョコレート。糖分。石川さんは?

石川:僕なんかだったら、暖かいスープとか。

栗城:スープ……ちょっと近いですけど、コーラなんですよね。

石川:コーラ?(笑)。

栗城:コカ・コーラです。これ別に、スポンサーとかじゃないですよ(笑)。本当にそうなんですよ。ほかの先輩もみんな極限の世界を体験しているので、「帰ってきてなに食べたい? なに飲みたい?」って話をしたら、全員「コーラ」って。

石川:コーラはふだんから飲まれてるんですか?

栗城:ふだんはコーラは飲まないんですけど、行って帰ってくると。

石川:極限状況にいくと、なぜかコーラの記憶があるの?(笑)。

栗城:たぶんあれ、なにか入ってるんじゃないかな(笑)。

尾原:コカ・コーラはコカですもんね(笑)。

栗城:たぶんそれが効いてるんじゃないかと思いますね(笑)。

石川:もう思い起こされるんですね。

栗城:思い起こされますね。ふだんは飲まないですけどね。

死と隣り合わせの山に立ち向かう心理

石川:そういう極限状況で、普通の人は逃げ出したくなると思うんですけれども、それに立ち向かってるという感覚なんですか? どういう感覚、どういう感情で登られてるんですか?

栗城:立ち向かうという感じではないですね。どちらかというと、山と一体化してくるというか、透明になってくるといいますか。

実際によく「なに考えて登ってるんですか?」って言われるんですけど、あんまりなにも考えないですよね。

なにも考えないと言うと語弊があるんですけど、考えると酸素を使っちゃうんですよ。実は人間の体で一番酸素を使う場所は脳なので。

ここでだいたい3割ぐらい使うと言われてますので、ここがいろんなことを考えたりするときって、やっぱり集中しないですよね。ですので、立ち向かうというよりは溶け込んでいく感じですね。

石川:そうなんですね。無心で登るみたいな?

栗城:無心ですね。例えば、昔は本当に僕は体に正直にならないとスタートできないなと思っていまして。シシャパンマ南壁という1,800メートルの壁があるんですよ。8,000メートルの山なんですけど。

それで、「出発します」と言ってから、出発するまでに3日かかってるんですよ。3日間ずっとテントのなかに1人でいて。要は怖いんですね。

それが自然と足が出るまで待とうと思って。出なかったらやめようと思ったんですよね。そういう感覚ではありますね。

尾原:逆に言うと、3日で足が出たんですか?

栗城:そうですね(笑)。3日間待ち続けて「今だ!」と思った瞬間になったので、行けたんですけどね。

プロフェッショナルに共通する2つの特徴

石川:今のお話を聞いててふと思い出したんですけど。NHKで『プロフェッショナル』という番組があるじゃないですか。

あれを企画されてずっとプロデューサーをやられてた有吉(伸人)さんという方がいて、その人は日本で一番プロフェッショナルを見てる人なんですね。

(プロフェッショナルの)「共通点はあるんですか?」と聞くと「いくつかある」と言っていて。僕がそのなかで印象的だったのが2つあるんですけど。

プロフェッショナルに共通してるのは、まず第一に、とんでもなく高い目標を立てるらしいんですよ。本人もちょっと嫌になるぐらいのでかい目標を立てる(笑)。

2つ目の特徴は、やっぱり当然不安になるんですね、目標が高いから。そうしたときに、不安と戦う術を持っていると言うんですね。

それはやっぱり1人だけだと不安になるから、だいたい助けてくれる仲間がいるんですけども。その仲間というのは、異分野の仲間の場合のほうが多いんですね。

同じ分野だとどうしても、それができるとかできないとか言われちゃうので、異分野の友達を持っているということがあったんですけれども。

栗城さんの場合ってどうなんですか? そもそも秋に単独無酸素で登るなんて、別にやらなくてもいいわけじゃないですか(笑)。そのような目標をまず立てられて、不安ってどう解消されてるのかなって。

彼女の影響で登山を始めてやがてエベレストへ

栗城:1つは、僕が登山を始めたのが20歳ぐらいで今は34歳なんですけれども。もともとは山好きな彼女がいまして。その人に「2年間付き合ったけど、あまり好きじゃなかった」ってふられて(笑)。

最初から「山に登るんだ」というモチベーションはまったくなかったですね。彼女が山を登っていたんですね。その人はけっこう本格的な登山家だったんですけど、一緒に登ったことがなかったんですよ。

ふられたときに、「じゃあ、自分になにが足りないのかな?」と考えて。そこから山というものに興味を示してやってみたというのが最初のきっかけなんですね。

そこからいろんな山を登っていくうちに、世界の6大陸の最高峰を登って、今はエベレストなんですけれども。エベレストは今けっこう登頂者が多いと。ただ、秋という時期の単独無酸素で成功した人は世界でまだ0人なんですよね。

そもそも無酸素で登るということ自体がけっこう大変なことでして。ただ僕自身、いろんな8,000メートルの山を登ってきてるなかで、やっぱり1つトライしたい大きな目標ではありますね。

石川:誰もやっていないんですね。

栗城:秋という時期で単独無酸素はいないですね。夏という時期に(ラインホルト・)メスナーさんという、世界で唯一やっている方がいるんですけれども。

石川:同じようなチャレンジをしてる人っているんですか?

栗城:今はあんまりいないですね。

石川:それってたぶん危険過ぎるから(笑)。

栗城:まあ、そうですね(笑)。

あとはやっぱり登山家の人たちって、それぞれみんないろんな哲学を持ってるので。例えばエベレストだったら、一番ということではまったくないんですね。たまたま僕はエベレストというのがあっただけなので、みんなやっぱりバラバラですね。

オリンピック選手と一般選手の目標設定の違い

石川:おもろいですね。最初はふられて山に興味をもったのがきっかけで、積み重ねていったら自然とその先にエベレストがあったということなんですね。

それに近いなと思うのが、「オリンピック選手というのは、そもそもどうやって目標設定してるんだろう」という研究をしたことがあるんですね。

為末大さんと一緒に、いろんなオリンピック選手、トッププレイヤーとそうでないプレイヤーは目標設定でなにが違うんだろうって調べたら、トッププレイヤーほど日々の目標設定がものすごくうまかったんです。

実は最初から「オリンピックに行くんだ!」とはあんまり思ってないということがわかって。聞かれたら、「小さい頃からオリンピックを取りたくて」って言うんですよ。「あれ本当なんですか?」って聞くと、「いや、マスコミが聞くから一応そう答えるだけ」って(笑)。最初はたぶん楽しくやっていたんだということです。

やっぱり並の選手と違うのは、まず日々の目標設定が柔軟だなと思って、決して無理しないんですね。

目標設定のうまさのポイントは、その日その日の体調って違うじゃないですか。「今日は快調だぞ」とか、「今日は疲れてるぞ」とか。自分の体調に応じて、柔軟に目標設定をうまく変えているんですね。

それで目の前の扉をバーンと開けて1歩ずつ前に行くんですけど。「今日はこの扉開けなくていいかな」みたいな日はバタンと閉じるんですよ。

ずっとそうやって淡々と毎日をクリアしていくと、ある日気づいたら、「オリンピックすぐそこじゃん」みたいな、日々の目標設定がうまいなと思ったんですね。

栗城:でも、山も近いですね。例えばエベレストも8,848メートルあって、スタート地点が5,300メートルぐらいなんですけれども。そこから見たらドカーンとでかいんですね。

さすがにそこを1人で登るって考えたらやっぱり不安になるんですけれども。どうするかと言うと、500メートルぐらいに区切っていくんです。

まずは目の前にある丘みたいなのに登ってみて、すると次の目標が出てくるんです。それをつなげていったら、気づいたら頂上にいたというやり方をやりますね。

もちろん頂上を目指すという目標設定はするんですけれども、ただそこに執着しちゃうとすごい危険なので。山で一番危険なものはやっぱり執着なんですよね。

頂上を目指しながらも、どこかでそれを捨てて、眼の前の課題に集中していくというやり方をやっていきますね。

石川:そうなんですね。

目標に向かって頑張るのは誰でもできる

栗城:あともう1つは、まさにオリンピックの話に近いなと思うのは、僕自身、最初はエベレストに登りたいという夢はなかったんですよ。

最初は、北米最高峰のマッキンリーというアラスカの一番高い山で、6,194メートルぐらいなんですけれども、ここに単独で向かうという目標を立てたんですね。

その山に1人で向かうというのはけっこう大変だったんですけれども、出発の前に山の先輩が、生きて帰ってくる方法として「次の山のために、生きて帰って来い」と言ったんです。

これは素晴らしい言葉だなと思っていて。エベレストってだいたいそうなんですけど、事故の7割は、登頂し終わった下山中だったんですね。

石川:気が緩んじゃうんですか?

栗城:気が緩んじゃうんです。つまり、目標に向かって頑張るのは誰でもできるんですけれども。その目標や夢が大きければ大きいほど、叶ったあとの心の反動が非常に大きいんですね。

僕がそのとき思ったのが、次の目標設定をきちんと用意して、それを用意しながら登っていくということをやるんですね。それをつないでいったら、気づいたらここにいたという感じですね。

石川:為末さんがおっしゃってたのが、「山頂を目指そうと思う人は多いけれども、山頂でどう過ごそうかと考える人はいない」と言ってて(笑)。

栗城:なるほど(笑)。

石川:実は山頂に着いてみると、次の山がもっと続いてるということに気づくらしいんですよ、アスリートは。

為末さん自身がおっしゃっていたのは、彼は若くして世界選手権で銅メダルをとるんですけれども。彼はそれが人生の夢だったんですね。

それで「よっしゃー!」と思って、マスコミの人から「おめでとうございます!」「ありがとうございます!」とやって、「次は何メダルですか?」「次があるんですか?」って(笑)。

栗城:こんだけ苦労したのに。

石川:だから、オリンピックの世界選手権でメダルを続けて取れる人というのは、はじめから「2、3個取るぞ」と決めてる人だけが取ると。「とりあえずメダル取るんだ」と思ってる人は続かない。

僕のやってるダイエットの研究とも似てるなと思うのが、みんな痩せることは考えるんですけど、痩せたままでいることはぜんぜん考えないんですね。だから、ほとんどリバウンドしちゃうというか。

結局アスリートの人たちは、その目標設定のときに、遠くの「到達したいな」というのは一応置いておくんだけれども、やっぱり日々は足元というか、今日という1日をどう楽しく過ごすのかということだけを考えてやらないと伸びにくいと言ってましたね。

チャレンジから「楽しさ」が失われたときに起こる危険

栗城:でも、「楽しむ」というのはすっごい大切なことですね。

石川:でも山登りって、楽しいことなくないですか?

栗城:苦しいことばっかりなんですけれども。そのなかで、いかに喜びとか楽しみに変えられるかという力がすごい重要です。

例えば我々が下山の判断をするときに、山の先輩がよく言うのは、下山の判断基準の1つなんですけれども、「楽しくなかったら下山しろ」という言葉があるんですね。

つまり、チャレンジというのは、やっぱり楽しくてワクワクするという気持ちがあるからいいパフォーマンスが出るんです。それの楽しみさえ失ってしまったら、それまで自分が追い詰められてる証拠ですので、それが事故になる1歩手前だということだったんですよ。

要するに、山の事故って、雪崩とかああいう突発的なことを除いて、ほとんどが精神的な要因で起きると言われていますので。

それを見極めるためにはどうしたらいいかというと、今、目の前のチャレンジを楽しめてるかどうかとか。あとは楽しむ工夫ができてるかどうかというのが苦しい世界ではすごく重要ですね。

尾原:それって投資の世界でも言われていて。楽しくなくなってくると、人間ってリスクを過小評価し始めるんですよね。

栗城:なるほど。

尾原:危険を「まあいいや」と軽く見ちゃう。それで大怪我して、というのがやっぱり多い。実は楽しい状態のほうが周りをよく見ているので、些細な変化から「これって今売り時なんじゃないの?」みたいなことを気づくことができる。

栗城:まったく一緒ですね。

苦しさのなかに「楽しさ」を見出す意義

石川:日々自分の感情に目を向けてるということなんだと思うんですけれども。尾原さん、どうですか? ビジネスの世界は、自分の感情に目を向けるということはやるんですか?

尾原:基本的にビジネスって、残念なことに外の変化のほうが圧倒的に大きいから、やっぱり外を見て内側を見ないですよね。

石川:だから、流行りとか。

尾原:結局Googleがマインドフルネスを採用した文脈って、「世界がどんどん変化していくのをどうやって加速させるの?」と考えたときに、クリエイティビティを発揮するためにはちゃんと内面を見ると。

それで内面を知ることで、結果的に外を見られるようになって、変化に敏感になれるから、結果的にイノベーションができるよねという。善樹さんは、日本人で正式なトレーナーの1人になりますけれども。

石川:今、栗城さんがおっしゃったことでおもしろいなと思ったのが、「一見辛いことのなかに、いかに楽しみを見つけるのかというのが、実はポイントだ」とおっしゃってたんですけれども。よく考えると、人というのは楽しいことはやるし、意味あることはやるじゃないですか?

栗城:そうですね。

石川:ということは、楽しくないことで、意味を感じられないことを楽しくできるようになったら、人生すべて楽しいんじゃないかなとちょっと思ったんですけど。なにかそのコツってあるんですか? 苦しみのなかに意義だったり楽しみを見出すコツみたいのは。

栗城:そうですね……。ちなみに山を登っていて、実は苦しみには3つ特徴があるなということが自分なりにわかったんですよね。

1つ目は、戦ってもまず勝てない。挑めば挑むほどどんどん苦しみが強くなっていくという。

2つ目は、逃げても追っかけてくると。逃げられないですよね。「危ないよ」と思うときには逃げるんですけれども、基本的には逃げられないので。

3つ目は、苦しいままで決して終わらないというのがあると。頂上に着いたときになにが起きるかというと、苦しみの困難とかそういったものがすべて、その分が一気に喜びに変わると思うんですよね。

尾原:報われるという?

栗城:報われるんですね。山の先輩方含めて我々全員がわかっているのは、「なんで秋という困難な時期にそんな苦しいことするんだ?」と思われるんですけれども。必ずその分の喜びが待ってるのがわかってるので。

そういうふうにわかってるからこそ、自分なりに、苦しいということは学びとか成長するチャンスなんだと捉えるようにしますね。

尾原:捉えるようにするという「意思」なんですか?

栗城:というのと、もう1つは、繰り返すうちにだんだんそれが感謝になっていったんですね。よく苦しみに感謝ということで、「ありがとう」と言う。

これは意識的にやってる部分もあるんですけれども。「試されてるんだ、成長してるんだな」と考えたら、「なんてありがたいんだ」と思い始めて。山で本当に苦しいときはよく「ありがとう」と言いながら。

石川:「ありがとう」と言うんですね。感謝するんですね。

栗城:そういうふうにやってますね。

石川:漢字を見ると、「ありがとう」というのは「難が有る」と書いて「有難う」。だからよくできてますよね。

栗城:よくできてます。

石川:難が無いときは「無難」だから。

栗城:無難なんですね。

石川:なるほどね、そうなんですね。