幻覚は本当に存在するもの

ハンク・グリーン氏:「幻覚」と聞くと1つか2つぱっと頭に浮かんでくるものがありますよね。

野外コンサートなんかで見かけるきらきら輝く照明をずっとうっとりと眺めているマリファナ柄のシャツを羽織った人たちが吸ってそうなもの。

または、精神的な障害、聞こえるはずのない声に脅迫され普通ではない行動を取り病院、または監獄送りになってしまった人たちなどです。

何世紀か前まで、幻覚は幽霊や神様や魔女などの仕業であると言われていましたが、今では主に精神障害が原因となって起こるものだと解明されています。

しかし、さらに本当のことを言うと、幻覚の原因はドラッグや精神障害、または幽霊の怨念のほかにもいろいろあるのです。

みなさんのなかの全員が幻覚を体験したことがあるわけではないでしょう。ですがこれだけは言っておきます。どんな人でも特定の条件がそろえば幻覚を見たり、感じることができるのです。

実は私たちの大半は人生で何度かはなんらかの幻覚を経験します。私も幻覚を見たことがありますよ。例えば、あなたがなんらかの原因で五感のうちのひとつを感じられなくなったとしましょう。目が見えなくなったとか、匂いを感じなくなったとかね。それでももし時に匂いを感じることがあったら? それは幻覚です。

もしあなたが大きなストレスに直面していて、頭の中から誰かの脅迫するような声が聞こえたりした時、しかしあなたの周りには誰もいなかった時。それは幻覚です。

バス停の前を車で通った時に見かけたかもしれない、ベンチに腰掛けて新聞を読んでいる亡くなったはずのお父さん、それも幻覚です。

本当に不思議ですよね、ですが1つ断言できることがあります。幻覚の裏に存在する科学は本物(リアル)ですよ。

あなたが幻覚を楽しんでいたとしても、啓発されていたとしても、混乱していたとしても、または怖がっていたとしても。すべての幻覚は本当に存在するものを感じることで発生する症状なのです。

幻覚が現れるメカニズム

幻覚は夢ではありません。幻覚を見るためには起きていなければならないですし、幻覚とは五感の混乱なのですから。

幻覚はさまざまなかたちで私たちの前に現れます。光のパターンが見えたり、存在しないはずのものが見えたり、または匂いがしたり、声が聞こえたり、音が聞こえたり。

そして時には、本当に体で感じたりもします。皮膚がひっかかれているように感じたり、自分の臓器が動いているように感じたりです。幽体離脱や金縛りなども幻覚症状のうちの1つだといわれています。

さて、一体なにが本物であり、なにが幻覚なのかを判断するには、まず私たちの脳がどのようにして本物の感覚と偽物の感覚を判断するのか知る必要があります。そのプロセスには実際に感じ、そしてその感覚を認知しなければなりません。

実際に感じることと認知することは同じではありません。あなたの感覚器官は視覚、聴覚、嗅覚、そして触覚器官によって外部の情報を受け取ります。このプロセスが「感じる」ということです。

この感覚器官から仕入れられた生身のデータは脳に送られ、それらが具体的にどのような感覚であるのかが定められ、そして認知データとなります。この認知データを経験として蓄積することが「認知」です。

もうすこしわかりやすくまとめてみましょう。脳は外からランダムに入ってきた感覚をいろいろなカテゴリに分け、意味を付け、それを繰り返すことによって脳内に外の世界とはおそらくこういったものなのだろうなといった、いわゆる「外の世界のモデル」を作り出します。

もっとたくさんのことを「感じ」てゆくにつれ、さらにたくさんの「認知データ」が集まり、それらのデータを元に私たちの「外の世界のモデル」は本物の「外の世界」とより似たものへと成長してゆきます。そうして私たちは外の世界がどのようなものかを理解しています。

ですが、私たちの脳はとても明らかな事柄にはあまり注目しません。例えば、空は青いということや猫は飛べないということ、または雪は冷たいということなどです。

しかし、そんな脳の正常な働きがLSDや発作、病気や外傷などで邪魔されてしまった場合、私たちの脳内にある「外の世界のモデル」が不安定になり、実際の外の世界とはかけ離れたものへと変貌してしまいます。

そして突然たくさんの猫がバラのいいにおいのする雨の中をあなたの名前を叫びながら飛び交ったりする現象が起こるのです。

どのような幻覚を見たり感じたりするかは、脳がどういったタイプのダメージを受けたかによります。時におもしろいもの、ランダムなもの、怖いもの……。

そしてこういった幻覚には、今自分の体に一体なにが起こっているのかを知る糸口が含まれているのです。

統合失調症の人が幻聴を聞くのはなぜか

もちろん、ドラッグを使用したのであれば脳内に奇抜な動きを感じられるでしょう。実際、大昔の文化にはドラッグを使用して神の声を聞こうとした伝統も存在したそうです。

今回はドラッグについてはあまり話しませんが、最低でもそれが植物からできたものなのか、それとも動物からできたものなのか、またはカビの一種なのかそれとも合成されなものなのかは知っておく必要があります。

なぜなら、違う種類の材料から作られたドラッグはそれぞれ違った方法で脳へアプローチするからです。これらすべての種類のドラッグに幻覚作用があったとしても、幻覚が見える原因はそれぞれ違うものである可能性があります。

例えば、ほとんどの科学者はLSDは脳へ気持ちがいいと感じる成分、セロトニンを分泌するよう促すことによって、人体の感覚を精神的に、そして生化学的に歪める作用があるという意見に同意を示しています。

また、オーストラリアの研究者たちは大量のコーヒーを飲むことは幻聴を引き起こすリスクがあることを発見しましたが、カフェインの脳に対するアプローチはLSDのそれとはまた違っています。

カフェインにはストレスに対抗する生理作用を刺激する効果があると言われており、私たちの体内で生産されるストレスに対抗する物質、コルチゾールの生成を増進する働きがあると言われています。このコルチゾールに実は幻聴をもたらす効能があるのです。

しかし、研究によると健康なカフェインを摂取しない人々でも幻聴を経験することがあるようです。とくに大きなストレスを抱えていた場合、例えとして、森の中で脚を折ってしまい死を待つだけの状態に陥ってしまったケースがあります。そんな時、頭の中で聞こえるだけではない、はっきりとした力強い声で「立ち上れ、動け、生き延びるんだ!」と囁きかけられる声が実際に聞こえたそうです。

悲嘆はストレスの一種であり、幻覚は基本的に普通の健康な人でも大きなストレスを感じる環境下において経験する可能性が大きいとされるものです。実際には、多くの人が悲嘆している最中に亡くなってしまった愛しい人を見たり、または声が聞こえたりすることがあったようです。

しかし、幻覚のなかでも、幻聴には精神的な病と深い関わりがあります。70パーセントもの総合失調症の患者には、日常的に幻聴が聞こえているというデータもあります。

ですが、いつも恐ろしい内容の幻聴が聞こえるわけではないようです。オランダが行ったある研究によりますと、多くの精神的に健康な人々も明るく心強い幻聴に励まされることがあるようなのです。

どのようにして幻聴が起こるのかは実はまだはっきりとは解明されていませんが、有力な説としては、脳のブローカ野と呼ばれる箇所が正常に機能しなかった可能性があります。ブローカ野は感覚器官から送られてきた音がどのような音なのかを識別する場所です。

総合失調症の患者から撮った脳スキャンの結果によると、総合失調症を患っている人の脳の記憶を司る場所は、普通の人の脳と比較すると正常な働きがなされていないようなのです。

このことにより、外から入ってくる音を識別することが困難となっている可能性があります。これが普通の人にとってはただの音でも総合失調症の人たちにとってはまるで幻聴のように聞こえてしまう理由なのです。

失った感覚を補おうとする働き

ここで1つおもしろいことをお教えしましょう。もし、私たちの体の感覚機能が完全に機能しなくなったとしても、脳はそれでも外界との疎通を図ろうと感覚に対して反応しようとします。

例えば、なんらかの原因によってある日突然においを感じなくなった人たちがいるのですが、彼らは時に異嗅症、つまりはするはずのないにおいを感じることがあるそうです。

そうですね、もしそのにおいが野花や焼きたてのクッキーの香りならいいのですが、残念なことにそういった異嗅症の人々が感じるにおいは決まっておう吐物やなにかの糞や腐ったものなどの嫌なにおいばかりだそうです。

この時彼らの脳内では、においを失ったことを補おうとする動きがあり、昔嗅いだことのある匂いの記憶をひっぱり出して、いかにも今実際にそのにおいを嗅いでいるような錯覚をもたらす現象が起こっています。

なぜこういった嫌なにおいばかりなのかというと、脳のなかには嫌なにおいだけを収納する神経があり、この嫌なにおいの記憶たちはにおいを感じる感覚器官が作用しなくなるまでの間、この神経のなかに凝縮され保存されているからだと言われています。

こういった現象はにおいだけにとどまりません。実際にはもっとも不思議な方法で幻覚を見る方法は、盲目になることだと言われています。

チャ―ルス・ボネット症候群、またはCBSと呼ばれる病があるのですが、この病に侵された人々は視力を失い、さらには複雑な幻覚を見るそうです。この病状を最初に発見した人はスイスの博物学者、チャ―ルス・ボネットだったのですが、1760年に彼は病の床に伏していたほぼ盲目だった父親の鳥や建物、女の人たちが見えるという幻覚の証言を記録しています。

CBSの患者たちは視力が無いのにもかかわらず、シンプルな図形、色や顔、そしてなぜかたくさんの小人を見ると細部にわたって証言しています。

しかし、こういった幻覚が彼ら自身に訴えかけてくることはなく、どちらかというと音のない映画を見ているような感覚に近いそうです。

CBS患者たちが見る幻覚は、患者自身がその時考えていること、感じていること、またはしていることとは無関係な内容であり、幻覚に出てくる顔たちのなかには彼らの知っている顔はないということでした。顔のなかには時にはきれいな顔もあったようですが、ほとんどの顔は奇形で変わった形の歯が生えていたそうです。

こういったCBS患者が見る幻覚とは反対に、総合失調症の精神的な幻覚には患者自身に訴えかけてくるものが多く、この2つは同じ幻覚でもとても違ったものですね。

CBS患者の幻覚は、異嗅症の患者の症状の起こり方に似ており、視力を失ってしまったことでなにも脳へ伝えることがなくなってしまった視神経が活性化し、脳へともしまだ視力があったならば見えていただろうというものの画像を送ることで失った視力を補おうとしているのです。

以前行われた実験によると、13人のボランティアの人たちに4日間ほど目隠しをして過ごしてもらったところ、13人中10人がさまざまな幻覚を見たと証言しました。

脳内のさまざまな部分にはそれぞれ違った種類の幻覚への関連性があります。例えば、脳内には建物や景色を見たときに反応する箇所があったり、または漫画にだけ反応する箇所があったりします。

さらに側頭葉の中には紡錘状回と呼ばれる場所があり、そこでは私たちが人の顔を認識する際に必要な働きが行われます。なので、もしこの紡錘状回になんらかの異変が生じた場合相貌失認症、または人の顔や時には自分の顔がわからなくなってしまう症状に見舞われます。

ですが、この紡錘状回が活発になりすぎると時に人は幻覚を見るのです。一体なんの幻覚でしょう? もちろん顔の幻覚です。もちろん顔だけというわけではないのですが、脳のこの部位は顔のなかでもとくに目と歯に反応します。

なので、もし顔や目や歯が出てくる幻覚ばかり見るという人がいたとしたら、その人はおそらく紡錘状回の異常が原因の幻覚に悩まされているものだと思ってよいでしょう。

私たちの脳は時にいろんな角度から物事を捉えます。そして時には普通とは違った方法で物事を見極めようとします。私たちは幻覚をとてもリアルな体からの注意サインとしてとらえることができます。

思い出してください、私たちの脳はとてもデリケートで複雑、それでいてすばらしいものなのですから。脳を大切にしてくださいね、そうすれば脳もあなたのことを大切にしてくれるでしょうから。