大手百貨店が直面している危機

林信行氏(以下、林):続いて、伊勢丹の北川さん、最近の状況も含めて紹介してもらえればと思います。

北川竜也氏(以下、北川):北川でございます。今日は貴重な機会をいただいて、ありがとうございます。

今の森田さんのテクノロジーも見てると、我々の役割とは一体何なんだろうと思うわけです。新宿伊勢丹で森田さんの展示もやっていただいたり、3Dプリンタで作られた商品を展示してみたり、いろいろやってはいるんですけれども。

一つひとつのとらえ方は、それぞれあるとは思うんですが、百貨店の役割を再定義するところに来てしまったのかなという危機感を持って、会社全体の次の戦略を考えています。

伊勢丹ですと、ファッションをかなり広義でとらえておりまして、洋服やアクセサリーだけではなくて、食も自分のライフスタイルを彩るファッションの1つであるとか。

あるいは旅とか、そういった自分のアイデンティティを表現するものはすべてファッションであるという定義でとらえているとすると、ファッション×デジタルの世界はまさに我々のアイデンティティを問われる問いかけなわけです。

これまでの新宿店、あるいは婦人担当とかメンズ館だったら紳士が担当するというカテゴリーは、これまでのある意味最適化された回し方のなかでは非常によくできた仕組みだったんです。(しかし)そこに横ぐしのデジタルが入ってくると、急に機能しなくなるんです。

例えばメンズ館だけのアプリがあったときに、「本館に行ったときにそれ使えないの?」ということが平気で起こるわけです。

なので我々は新しい横ぐしを通さなきゃいけない、新たな戦略をつくらなきゃいけないということを、グループ全体を見て施策をつくっていくということです。

百貨店業界、百貨店というこれまでのくくりでいくと大ピンチです。2000年頃と比べるともう3兆円がなくなり、9兆円が6兆円という産業になっている。これだけ見ると大変な斜陽産業に見えるというところです。

釈迦に説法なお話ですが、収益率も大変低いですし、我々が一番誇りとしているお客さまの対面に立つ販売職の地位というのが、世の中的な認知がかなり下がっていたり、地方と東京の差がものすごく出てしまったりと、課題が山積みなんですね。

三越、伊勢丹ブランドの歴史

意外と知られてないので簡単にご説明だけさせていただくきます。三越や伊勢丹というブランドが一体何なのかという、存在意義を問われてるところで、歴史を振り返ると、三越は342年の歴史です。伊勢丹は129年ですね。

三越は徹底的にお客さまに寄り添うと。我々はお帳場と呼んでるんですが、一般用語でいくとたぶん外商と言われるような、お客さまのニーズに徹底的にお応えする。

伊勢丹はもうファッションミュージアムと名づけて、徹底的にファッションなり新しいライフスタイルをお客さまに先んじてご提供することをやっている。

その2社がなんと合併してしまった。その2社が同じ会社のなかで運営しているという状況です。日本全国で実はけっこう数があるんです。26個もあるんですね。さらにグローバルに行ってみますと、けっこうな拠点を持ってるんですね。

意外と知られてないんですけど、台湾には新光三越という合弁会社がものすごい数ありますし、マレーシア、クアラルンプールのお店はリニューアルしてたりとか。実はけっこう動いてます。

デジタル時代に活かせる価値の再認識

今こそ我々が持ってる価値を再認識すると。これは一見、今日のファッションテクノロジーの話と関係なさそうなんですが、実はものすごく重要です。

見ていただいたとおり、お客さまはもちろん大切です。あとリアルの店舗、銀座4丁目の角に今から建物と土地を買おうとしても、なかなか買えないわけですね。これはお金があるなしの問題だけではなくて。

実は私、この会社に来る前にイーコマースの会社の立ち上げをやったんですけども、国内外のアーティストとかクリエイターとかデザイナーとかのネットワーク、メーカーとのネットワークは今からつくれないんです。つくろうと思っても何年もかかってしまう。

三越や伊勢丹はこれらを全部持っているわけです。今、僕がつくろうと思ったことが目の前に全部広がっていたというのが、三越伊勢丹との出会いの最初の驚きでした。

さらに百貨店なので、先ほど申し上げましたように食から旅行まで何でもあらゆるニーズに応えられるわけです。モノだけではありません。この比類なきアナログの価値が、実はデジタル時代にものすごい使えるんじゃないかというのが、私がわくわくしているポイントでございます。

そこでもう1つキーになるのが、デジタルテクノロジーを使いこなすときに、例えば自分の体のデータをスキャンされて、どこかに保管されたときに不安ですよね。

これをどう使われるのかとか、本当のところまで追いきれないときにキーとなるのが、安心とか安全、あるいは信頼ということなんじゃないかなと。

「いくらなんでも三越だったらそういうことはしないよね?」とか、例えば「伊勢丹で買ったワインだったら間違いなく本物」とか「おいしい」と言っていただける。

この歴史が我々の偉大なる先人がつくってくれた価値であり、今こそデジタルに生かせるんじゃないかということも、もう1つ思ってることでございます。

百貨店の定義が180度変わる

ところが、我々が直面しているのは、もう我々が要らないと言われるぐらいの変化が起きていて、決済もそうですし、ご提案もそうです。

あらゆるお客様が、普通にパッとオンライン上で服にアクセスできて、フィッティングできるようになったら、百貨店に行く必要ないじゃんと。

百貨店に行き、時間を使い、20個ぐらいしか提案されないんだったら、オンラインで好きなときに、好きなだけ、移動時間に見たほうがいいじゃないという。

我々としては、ビジネスの主戦場が大きく変わる、これまでの百貨店の定義が180度変わるんじゃないかなということを思っております。

8月に出したプレスリリースでは、思い切ってデジタル戦略にも挑戦します、踏み込みますということを宣言させていただいています。

Decoded Fashionというところと組ませていただいて、三越伊勢丹コンペティションというのをやらせていただいています。

このIVSで申し上げるのは恥ずかしいんですが、我々が審査員になってデジタル技術を使ったミラーを展示させていただいたり、3Dプリンタの商品を展示させていただいたりしました。

そもそも、モノづくりのデザインから、生産されるところまでが全部変わってしまうので、置く場所をどうしようということなんです。

今まではある一定のメーカーから買っていればよかったんですけれども、そういうことを全部すっ飛ばした方々がいっぱい出てくる。

今、伊勢丹新宿でやってますけれども、人工知能を導入して、お客様へのご提案の精度を上げていこうとか、あるいはデータ解析を入れ込んで、お客様のリコメンドを洋服とか旅とか食とか、あらゆる角度からご提案していこうとか。

こんなことも、我々のふだんやってる業務と全部関わるわけですね。おもてなしの感覚です。さらに「ISETAN NAVI」というのやってるんですが、まだまだ認知がありません。

これはやはり、お客様のニーズに合ってないんだという真摯な反省をしておりますが、これからは双方向にコミュニケーションに使っていかなきゃいけないと。お客様のニーズをどんどん取っていかなきゃいけない。

メディアでも情報を発信するだけでは、情報があふれすぎているので、みなさん飽きてるんです。どういった情報を発信してるか、これも考え直さなきゃいけない。

先ほどウェアラブルの話もありましたが、生地そのものに配線がされてしまうような状態になってしまうと、そういったものも当たり前のものになって。

我々はライフスタイル提案企業ですから、電気が通ってるからどうだという分け方をしている場合ではなくなってきたので、ノウハウはぜんぜんないんですけれども、こういうものにちゃんと取り組んでいかなきゃいけないと。

我々はモノを仕入れて売るというビジネスモデルを300年以上続けてきたわけですけど、今まで我々がお金を稼ぐ、お客様から貴重なお金をいただいて、お客様に価値をお返しするというモデルを変えていかなきゃいけない、再定義しなきゃいけないというところです。

データビジネスがあったり、コンテンツビジネスがあったりということを、考えてるところでございます。

ファッション×テクノロジーで、ど真ん中のいわゆる洋服とか、アパレルとか、アクセサリーというところでは、我々はこのぐらい広義で捉えて、会社を作り直そうとしているという状況でございます。