名物編集者2人の編集談義

佐渡島庸平氏(以下、佐渡島):僕たちは初対面ですよね。というわけで、はじめまして。ただ、お会いはしていませんが、お互いの存在は知っていましたよね。

三木一馬氏(以下、三木):はい、そうですね。僕が佐渡島さんの2つ上で年も近いですし、こっちの小説業界にもよく噂は届いていました。

佐渡島:どんな噂でしょう(笑)。

三木:それはこれから……(笑)。

そしてご挨拶早々、いきなりで恐縮なのですが、僕、「コルク」と契約する漫画家さん大好きなんですよ。三田紀房先生も小山宙哉先生はもちろん、安野モヨコ先生は『ハッピーマニア』(祥伝社コミック文庫)の頃から読んでました。

ちなみに僕が一番好きなのは『花とみつばち』(ヤングマガジンコミックス)なんですけれど、まあそれは置いといて……。

佐渡島:はい(笑)。

三木:僕が一番最初に佐渡島さんの存在を知ったのは、たしか僕が集英社の週刊漫画編集者と呑んでいるときに、話題に上ったんです。

『ドラゴン桜』(モーニングKC)の制作秘話で、あの漫画を連載していたら、編集部に「こんないい加減な受験勉強法を教えるとは何事だ!」とお叱りの電話が読者からかかってきたと。そこで担当編集である佐渡島さんが対応したとのことで、読者が「あんな勉強方法で東大に入れるわけない! お前はどこの大学出てるんだ」と言われて「東大ですけど」と返事をして論破したという……。

ドラゴン桜(1) (モーニングコミックス)

佐渡島:そんなことあったかな? なかった気もするけど、みんなが信じそうな話ですね。噂話は、たいていはそんな感じで、コルクができてからも相当、根も葉もない噂話の真偽を確認されることがあります(笑)。僕が東大卒なのは本当で、『ドラゴン桜』のときは、それを積極的にプロモーションに使いました。

お互いの著書の印象を語る

三木:「すげー、『ドラゴン桜』の担当編集はやっぱり東大なんだ!」って思いました(笑)。そのときはお名前は存じ上げなかったんですけど、後日「コルク」として独立されるニュースを見て、「あ、あの人なんだ!」となりました。『宇宙兄弟』(モーニングKC)はずっと雑誌『モーニング』で読んでいましたし、『ハルジャン』(モーニングKC)も連載を追いかけていましたので。

佐渡島:ありがとうございます。

三木:優れた編集者だとは当然知っていたのですが、「コルク」代表になったあとは、糸井重里さんとか堀江貴文さんとも対談されていて、一介の現場編集者とビジネスマンを両立されていらっしゃるのはすごいなと感じました。

双方は直列回路と並列回路くらい違うような気がしているので、「切り替え」のスイッチがとても深いところにある人なんだなあって思いました。

佐渡島:もの作りは近寄った視点、経営はひいた視点が必要で、その切り替えはかなり苦労しています。

三木:そして去年の11月くらいかな? 僕が『面白ければなんでもあり』(KADOKAWA)を出すことになって、Amazonのぺージが登録されたときに記載情報を確認していると、「あなたにはこの本がおすすめです」のところに『ぼくらの仮説が世界をつくる』が出てて、「あれ?」って思って(笑)。

面白ければなんでもあり 発行累計6000万部――とある編集の仕事目録

ぼくらの仮説が世界をつくる

佐渡島:セットでね。僕もAmazonからおすすめされていました(笑)。

三木:それで僕は知りました。

佐渡島:なるほど(笑)。僕も『面白ければなんでもあり』を読んで、僕の本も、かなり編集側に寄せた内容も検討していたことを思い出しました。でもそうしたら相当似ていたなぁと思って。

三木:佐渡島さんの本はなんというかオシャレなんですよ。ぜんぜん僕には作れない(笑)。あと、本の装丁も真っ白で統一されていてピュアな感じがして、すごいよかったです。あの本に登場される三田先生とのパートナーシップもいい感じですよね。

できる作家は、お客さんの反応を見て自在に話を変える

佐渡島:この前、三田さんと打ち合わせしていて、改めてすごいなぁと思いました。世間の反応に敏感で、ストーリーを変えることをためらわないんです。その一方、ぶれないところはぶれない。

三木:そうなんですね。

佐渡島:『ドラゴン桜』も「東大の理1へ行け!」っていう話で読者が反応して、これは学園モノじゃなくて勉強モノで行けるな、と。それで「受験の情報をバーッと出すぞ!」みたいな感じだったんですよね。

三木:なるほど。じゃあ『ドラゴン桜』は、たとえるなら『ROOKIES(ルーキーズ)』(ジャンプコミックス)のような、学園モノ路線もあったと……。

佐渡島:そうなんです。当初は、そういうノリだったんですよ。で、学園モノのケンカっぽいストーリーが上がってきたときに、そのときの先輩と僕で、三田さんに「いや、ちょっとこういう感じよりも、『東大行くなら理1を狙え!』とか、そういう情報入れませんか?」って言って、1回書き直してもらったら、その回の読者の反応がよくて。そしたら三田さんから「東大時代の友だちに会ってきて勉強法聞いてこい!」って言われて(笑)。

今、ヤンマガで連載している『アルキメデスの大戦』では艦隊の絵を出したら、世間の反応が熱かったそうなんです。それで、「艦隊についての情報をもっと出すぞ!」ってなって、艦隊について詳しく調べ出したりしたそうです。この作品は、コルクが関わっていないんですが。

アルキメデスの大戦(1) (ヤングマガジンコミックス)

三木:でもだって、『アルキメデスの大戦』って、はじまったばかりですよね!?(笑)。

佐渡島:そう(笑)。

三木:早いですねぇ(笑)。へー。だったら『インベスターZ』(モーニングKC)第1話のアンケートに「麻雀シーン期待しています!」っていっぱい書けばよかった!

佐渡島:(笑)

三木:いや、麻雀スゴイ期待してたんですよ。『インベスターZ』が最初に連載告知をされたとき、主人公が麻雀をしていたんですよね。それで、「あ、これ来た。三田先生の麻雀漫画、スゲー読みたい!」って思ったら麻雀の話は1話で終わった(笑)。それで投資のほうにストーリーが進んでいって……残念でしたが、モーニング読者へは絶対にそっちのほうがいいとは思いました。

インベスターZ(1)

佐渡島:そうですね。「麻雀漫画を三田さん始めるのか!」って反応はたくさん来ました。それは、描きたいことと違ったので、、さすがに反応しなかったですけどね。でも、そういう反応で麻雀のシーンは増えたりするのが、三田さんのすごいところです。

三木:いやいや、『インベスターZ』は今の路線のほうが結果的にいいと思いますからそのままでぜひ……!

作品を読むことで作家の思考を推測する

佐渡島:あと、三木さんの本(『面白ければなんでもあり』)で超共感したのが、「作家より作品に詳しくなりたい」。これは僕の普段の思考法と同じです。

僕が安野モヨコさんとか信頼関係を築いている様子をみて、プライベートでも仲がいいからだと思われることがあるのですが、プライベートでの付き合いはほとんどありません。僕は他の作家ともプライベートではあんまりベタベタしなくて。

三木:『ぼくらの仮説が世界をつくる』でも、一緒に美術館へ行ったというエピソードが書かれてましたよね。

佐渡島:そうですね。それも作品の取材として見に行っているんですよね。

三木:あぁ、なるほど取材で。

佐渡島:取材として目的があっていくことがほとんどで、「今日、美術館行くんだけど一緒に行きます?」みたいなことは絶対に起きないわけですよ。

三木:「今日飲みに行く?」みたいなノリではない、と。

佐渡島:大学の友達と、美術の趣味が同じだから一緒に行くっていう関係性ではありません。安野さんの作品をすごくしっかり読みこんでいる。だから、安野さんだったら、こういうとき、こういうふうに反応するよなっていうことを、作品から推測しています。この映像化をどう思うか、このグッズをどう思うかも、作品から推測できます。

僕が安野さんの代わりに、企画の是非を決断するときがありますが、それは友達として仲がいいからではなくて、作品を深く読み込んでいるからできることなんです。

その関係性は、安野さんだけでなく、ほかのすべての作家さんでも同じです。

同じ漫画を繰り返し読んでいくなかで、新しい発見を何度もしていく。気がつくと、作家の思考がちょっとだけこちらに乗り移ってきます。そういう読み方をして作家よりも作品に詳しくなることが、編集のやることだって僕は思っていますが、同じ感覚の人はなかなかいなくて、三木さんはジャンルは違うけど、作家との関係性が同じだ! と思いました。

三木:僕も、そういった時間をもっとも大切にしたいと思っています。ただその時間がいま圧倒的に足りてないので……反省ばかりなのですが。

3年前くらいに、僕も同じようにお声がけしたい作家がいて、その作家には7~8社から声がかかっていたのですが、僕の誠意を汲み取っていただけたのか、「一緒にやらせてください」と言われたときはうれしかったですね。それと同時に、「絶対に売らなければ」という責任もものすごく強く感じました。

3時間で1万冊売る方法

三木:僕がこの本(『ぼくらの仮説が世界をつくる』)を読ませていただいて、なるほどこれはやらねばと思ったのが、美容院400店に2冊ずつ『宇宙兄弟』を送った話ですね。この宣伝施策は、本にも書かれてはいるんですけれども「やってもやらなくても違ってなかったかもしれない」ということを理解した上で動いているのがすごく大事で。

佐渡島:ありがとうございます。

三木:というのも、この行為によってわかることってむちゃくちゃあると思うんです。この規模で宣伝したら、どれぐらい効果があったかがアンケートはがきの比率でわかるし、どれくらいの労力がかかるかもやったからわかる。でも、やらなければ絶対にわからないことですから。

やっぱり担当編集なら、自分だったらなにができるだろうっていうことを考えるべきだと思うんですよ。それをもっとも表現されている動き方だなっていうふうに思います。ちゃんとコストも考えていらっしゃいますし。いいなぁと思ったので、もし今僕に部下がいたら、これはぜひ読んでもらいたい。

佐渡島:本当ですか(笑)?

三木:だって僕これ読んで速攻で担当作家にメールしましたから(笑)。「これ読んで気づいたんだよ。だからいろいろこれからも頑張っていこうと思ってるから!」って。

今はまだ言えないのですが、新しい小説シリーズの宣伝企画に応用することを決めています。こういったところからハレーションは起こると思うんですよね。

佐渡島:美容院が絶対的に正しい場所というわけではなく、作品ごとに送り場所は違うと思います。ただ、でも正しい場所でPRすると、まったく結果が違うのだということを最近、実感しました。投資に興味がある人たちが集まっているサイトでインベスターZを限定販売することにしたんです。三田さんのサイン入りを、1,000セット。11巻なんで、1万1,000冊を売ることになりました。

三木:1,000部サインしたんですか?

佐渡島:三田さんが「する!」って言ってくださって。

三木:大変だ!

佐渡島:実は、そこまで注文がこないと思っていたのです。来ても数百部という予想で受けました。そうしたら、3時間で完売。

三木:本当にすごい。

重要なのは“正しいコミュニティ”に届けること

佐渡島:3時間で1万1,000冊、現実の場で売るって無理じゃないですか。だから正しいコミュニティに届けるっていうのは、すごく正しい営業活動なんだと思いました。もっともっとこういう事例を増やしていきたいし、リアルでもネットでも、こういうことはたくさんできると思っています。

三木:あれは本当に参考になりました。

佐渡島:ところで、三木さん。聞きましたよ、独立されるんですって?

三木:はい、このたびは佐渡島さんの成功した姿を拝見し、僕も一念発起してみました。

佐渡島:それは、すごくうれしいです! 独立すると、仕事がさらに楽しくなりますよ。作家エージェント業が、日本に増えていく方が、作家にとってもいいし、エンターテイメント全体の仕組みも良くなると僕は思っています。

なので、三木さんのようなトップの編集者が、エージェントとなり、作家側の立場で仕組みづくりをする会社が誕生するのは、コルクにとっても心強いです。今年、聞いたニュースのなかでもダントツにうれしいニュースです!

三木:これは誤解なきよう、声明しておきたいのですが、決して前の会社とケンカ別れしたとか、仲が悪くなって退職する……とか、そういうわけではまったくありません。それどころか、元の電撃文庫の職場でこれからも仕事をさせていただけるようなので、本当に電撃文庫編集部には感謝しています。

佐渡島:そうなのですね。

三木:作家は魂を削って作品を創り上げています。その魂の作品に寄り添い、より“面白いほう”を目指して作りあげたコンテンツを、「作品第一主義」で考え、より適合したベストなパートナー、ベストな宣伝施策、ベストなファンサービスを……と考えていると、どうしても出版社社員であるとできないこともあるのは事実で、この決断に至りました。もちろん、出版社内でないと、できないこともたくさんあるんですけど。

佐渡島:出版社にいる時、作家のことを最優先して考えているつもりでした。三木さんもそうだと思います。でも、やっぱり立場や視点が違うと思いつくことがまったく違うんですよね。作家エージェントになると、今の三木さんがまったく発想しないようなことが思いつくようになると思います。

当たり前ですが、三木さんと僕は違う人間だから、三木さんの会社は根っこはコルクと同じでも、違った会社になっていくのだと思います。僕は、その姿に刺激を受けそうです。いいライバルが現れて、こんなに仕事の楽しさが増えることはないですね。全力で応援します。

三木:僕個人的には、これからのコンテンツは、無限にある媒体からベストな施策を選択していくことが大事だと思っています。つまり、「媒体を編集する」……それが、未来の編集者に求められていることだと考えています。