稼いでいることが、自分の絶対的な評価になっている

ジェーン・スー氏(以下、スー):仕事で人生が埋め尽くされると、めんどくさくなくていいなという思いもあるんですよ。プライベートを充実させるよりも、燃え尽きるまで仕事がしたい。遅れてきたリゲインみたいなところもあるし。

田中俊之氏(以下、田中):遅れてきたリゲイン(笑)。

スー:稼いでいるということが自分の絶対的な評価というか。稼いでいるといっても金額じゃないですよ、動いたぶんだけお金が入ってくるということが自分の評価とイコールとなっちゃうところもあるので、そのおじさま方の気持ちがよくわかります。

田中:なるほど。スーさんの場合は、僕がちょっと仕事中毒の男性とは違うのかなと感じるのは、人に命令されてやらされているわけでもなければ、他人から評価されたくて仕事に没頭しているわけでもなくて、自分の納得を基準にしている点です。

会社で働いているわけではないので、個人事業主の働き方がいいなと思うのは、仕事と生活が一致しちゃっていれば、ワークライフバランスとかいらないわけじゃないですか。アフターファイブだから今から遊ぼうとか。

スーさん的な、自営的なタイプの場合は生活と仕事が一致しちゃっているというのは、会社員とまた違うかなぁと。

スー:せざるを得ないですからね。どうしても自営の人とかは。

田中:ネタとかもね。すごく自分の生活と密着されたエッセイとかも、あのマッサージの連載はおもしろいですよね。

スー:『AERA』の連載ですね。

田中:『今夜もカネで解決だ』でしたっけ。

スー:ひどいタイトルだ(笑)。サラリーマンのときも働いてばっかりでしたけどね。もうずっと。不規則な仕事だったので、朝はそんなに早くなかったですけど、夜中2時3時とかまで普通に働いてましたから。

田中:仕事が好きだったんですね。

スー:そうですね。ただ、いつか役職に就く人間にという期待はされてないことは、残念なくらい感じていたので。だから、会社に捧げ切ったというのはないですね。

好きなことを仕事にしていいのか?

田中:若い人の悩みで、「好きなことを仕事にしたいんですけど」という悩みってよくあると思うんですね。実際、これも『相談は踊る』で2014年の5月24日に「好きなことを仕事にするのはあきらめたほうがいいですか?」という、テレビ業界でADしてた男性が音楽業界で働きたいという相談があったと思うんですけど。

スー:ありましたね。

田中:好きなことを仕事にしたいという悩みと、あとは、僕、大学で教えているので、「好きなことがそもそもわからないんですけど」という悩みも学生から聞きます。とくに僕は文系の大学で働いているので、一応なんでもなれちゃうという建前がある中で、好きなことがわかりませんと。この2つがわりと若い人にある悩みだと思います。

まず、好きなことを仕事にしたいということについては、スーさん、どう思われますか?

スー:私はそれは賛成で、好きなことというか興味のあることを仕事にして、音楽業界に最初入ったんですけど。好きなことなんか仕事にしないほうがいいって思ったこともあります。3割くらいはありますけど、やっぱり7割は楽しかった。

でも働いてみて、「あ、これ音楽だから楽しいんじゃないや」って思って。宣伝の仕組みが楽しいから、ほかの業界に行ってこの仕組みで仕事してみようと思って、メガネ業界に行ったりしたので。

田中:メガネ業界に行ったときに、全部の工程が見えるのが楽しかったという話を書かれてましたよね。

スー:楽しかったですね。最初に入った会社が大きい会社だったので、自分の部署のことしかわからないし、不良が出るとかがもうないんですよ。ほぼ。ちょっと印刷にミスとかはありますけど。

ベンチャーの会社に入ると、風上から風下まで全部見えるし、難しいデザインにチャレンジすると、仕上がっても半数は検品に耐えられないようなことがあったりして。

「(数少ない良品を)各店舗にどうやって割り振る!?」とか「どうやってこれ修正しよう?」とか「ここまでの細工をやっちゃうと結局不良が多くなって採算が取れないから、もうちょっと優しいデザインにしなきゃダメか」とか、そういう試行錯誤が楽しかったですね。

就職するなら、中小企業よりも大企業がいいのか?

田中:この本の中でも、「中小企業よりも大企業ですか?」みたいな質問もあるんですけど、今スーさんがおっしゃったとおりかなと思うんですよね。

大企業に入っちゃったら、その会社がやっていることをトータルで見るというようなことはどうしても不可能ですよね。それがもちろん大企業の中で自分が一部分として貢献するのが得意な人もいるし、全行程見たいと思ったら、やっぱり中小ですよね。

スー:働くことがそんなに好きじゃなくて、やりたいこともとくになくて、プライベートなことで充実させたい、楽しみたいことがある、そのためにお金が必要だという人は、逆に大企業に行ったほうがいいのかもしれません。

やりたいことがある人にとって注意しなければいけないことは、何を働くかじゃなくて誰と働くか、誰の下に付くかというのがすごく大きいことだと思います。

田中:組織ですもんね。

スー:そこだけは難しいですね~。

田中:いくら好きでやりたい仕事やってても、自分が属したところが人間関係ダメだったらどうにもなりませんもんね。

スー:私も最初の会社では、6年目くらいまでは悶々としてました。

影響を受けるいい先輩はいっぱいいたんですよ。ただ、効率的な仕事のやり方とか、仕事ってなんだっていうのは、わからないままだった。もちろん社会人ですから、自分で学ばなければいけないんですけど。

働き始めて7年目くらいにビシっとそれを教えてくれる先輩がいらっしゃって、ほぼ、今、そのやり方でほかの仕事も全部やってます。

田中:出会いって大きいですよね。職場で出会ってすごく影響を受ける人もいるってことですよね。

スー:そういう人に出会えるかどうかというのは、運もあるんですけど。私はラッキーだったと思います。

田中:後者の、とくに大学生にありがちな、好きなことがわからないんですけど、ということについては、どう思われますか?

スー:そういう人って、5、10分話すとだいたいわかりますよね。実は好きなものがあったりとか、得意なものがあったりとか、本人が無自覚なだけで。適性は、誰にでもなんらかのものがあるので。

田中:それを見つけていくことがまだうまくできてないんじゃないかなということですね。

スー:一番大事なのは、好きなものが自覚できないほど自己肯定力が弱いとかいう人がいるんですよ。あと、あきらかに素晴らしい才能を持っているのに、自己肯定力が弱いのと、失敗するのがすごく嫌ということと、人に批判されるのが嫌という。

全部自己肯定力が低いからそのダメージが大きくなっちゃうんですけど、だから一歩飛び出せないという人がいて、私はそっちのほうが歯がゆいです。なんでこの人こんなにこれが得意なのにやらないんだろうって!

田中:本の中で、僕の教え子のことを紹介したんですけど、教育実習まで行って、せっかく苦労して教員免許取って、しかも先生になりたいのに企業に就職した子がいたんです。スーさんの言っているのは、そういうことですよね。

僕から見てて、教師向きだし、でも中学校とか高校の先生になりにくい時代だったんですよね。10年くらい前のことですが。

すぐなれないかもしれないとか、非常勤の勤めになっちゃうかもしれないと思ったときに、彼はフルタイムの正社員が保証される企業のほうに行ったんです。結局転職して、今は教師になってるんですけど。

スーさんのおっしゃるとおり、僕も思うんです。30歳くらいまでって別に何かあっても、全然どうにでもなりますよねって。

状況が悪いことが、ある意味チャンス

スー:残念ながら悪い意味で、明日はどうなるかわからない時代ですもんね。以前のように終身雇用がほぼ約束されていたり、少なくともクビは切られないとか、全員正社員で契約社員ではないという雇用形態だったら、大きい会社に入ってずっと居続けるというのも手だったと思うんですけど、今、全然そんなことないじゃないですか!

人を切って、どんどん替えていくのが普通になってきました。そういう意味では、保証なんか何もなくなったから、好きなことやったらいいんじゃないのとも思います。

田中:状況が悪いことが、ある意味、僕ら男性にとってはチャンスかもしれないということですね。

スー:そう思います。

田中:スーさんって、ラジオでお話しされたりとか、物書きをされているので、若い人から「どうやったら物書きになれますか?」とか「ラジオのDJやりたいんですけど」って相談も多いと思うんですけど。

この間、番組にもそういう相談があって、物を書きたいという相談がきたときに、「誰にでもおもしろいエピソードがあるし、自分しか書けないものがあるんじゃないですか?」というふうに回答されていましたよね。

僕はそれはそうだと思いながらも、スーさんがなぜおもしろい文章が書けて話せるのかということについて、僕なりに観察して思ったことがあります。

たとえばTBSラジオ『たまむすび』の中でスーさんが担当されている『スー刊現代』とかでもそうなんですけど、まず調査をされたりとか、友達に話を聞いたりとかされますよね。

僕、社会学で社会調査方法論というのを大学で教えているんですけど、グラウンデッドセオリーアプローチというのがあって、どういう意味かというと、グラウンデッドオンデータ、必ずデータに基づいて、理論を構築していきますよということなんですね。スーさんの言っていることってそういう仕組みになってるんですよ。

自分がなんとなく思ったことでしゃべって、「だいたい世の中こんななんじゃないですか」っていう話をするんじゃなくて、必ず調べて、聞いて、話を貯めて、貯めるだけじゃなくて、それをうまく抽象化されるんですよね。

スー:ありがとうございます。

田中:『スー刊現代』の最終回って中年がこれからやりたいことを何個かあげたじゃないですか。抽象化されたときに、あれこの項目が入っていないぞというものがあると聞いているほうは不満足なんですよ。

このカテゴリーもありえるじゃないということになっちゃうので。それがうまくトータルで、そのカテゴリーで説明できているだろうという納得感があるんですよね。

スーさんの場合は素晴らしい結論に対して、サンプルの数が社会調査的には少なすぎるんですよね。にもかかわらず、人が納得するようなものまでいくわけですから、この間に何があるのかなと思って、このスーさん独自のフィルターの存在について何か秘密があるなら教えていただきたいんですけど(笑)。

僕らは社会学だから、地道に調査して、たくさんの人に聞きましょうと。その結果、こうなってますよって言うんですけど。そういう言い方しちゃうとアレなのかもしれないけど、やっぱりスーさんが持っている独自のセンス的なものがあるのではないでしょうか。

スー:どうですかね? そんなこと全然ないと思うんでが……。調べてからじゃないと書きたくないとも思ってないし。

田中:え~!? そうなんですか!

スー:結果としてそうなるというか。「今日こういうことがあってさ」とか隣の人にしゃべるとか、家に帰ってきて親にしゃべるという感覚で書くので、そうするとどうしても人としゃべった話になる。

書くこともしゃべることもそうですけど、あんまり言いたいことはないんですよ(笑)なんか自分の論説で世間にインパクトを与えようっていう思いが透けて見える文章ってつまんないと思っちゃう。

田中:あ~……。

スー:いやいやいや(笑)。田中先生のことではなくて。

(会場笑)

伝えたいことがそんなにない

スー:こうやって私は人を傷つけていくんですね(笑)。まったく無意識に。新しい提案をと書かれたものではなく、他者の意識を自分に振り向かせようとして書かれたものって、その欲望が書かれた文章以上に行間からにじみ出てしまうと思うんですよ。

それはやりたくないなという意味で、書きたいことがそんなにないから……。違う、伝えたいことがそんなにないから、書く仕事は向いているのかなと思いますね。

田中:それはなんか逆説的ですけど、納得感はありましたし、意図が透けて見える文章って、おっしゃるとおり嫌ですよね。ステルスマーケティング的な。結局この商品を売りたいんでしょっていうのが見えちゃうと、読んでいてシラけるし。

エッセイじゃないですか。スーさんが書かれているジャンルって。こちらの思惑に巻き込んでやろうというのじゃなくて、「クスクス」みたいなものとか、「そうそう」みたいなことで、読み手は楽しみを享受したいですもんね。

スー:友達におもしろおかしく話を聞いてもらう感覚で書いてます。それですね。主語を大きくしないとか、広いことを書かないというのは意識しているかもしれない。

その結果、友達の話ばかりになるので、友達がみんな「いくらかくれ」と(笑)。言わないんですけど、目がそう言ってる。

田中:(笑)。『わたプロ』とか『貴様女子』とかは本当そうですもんね。お友達の話。

それは、なんか、今日僕引き出したんじゃないかなぁと(笑)。スーさんの秘密が明らかになったんじゃないかな。みんなが知りたかったんじゃないかなと思います。

スー:どうですかね。そんなこと知りたい人はいないと思いますけど(笑)。

田中:僕が最初に『男がつらいよ』を書いたときに、スーさんに帯を書いていただいて。男の問題と女の問題はつながっているという意図の帯を書いていただいたんですね。

男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学

スー:そうなんですよ。

田中:僕は、さっきお話ししたサイボウズ式でスーさんと話が噛み合ったのも、スーさんが女性の問題だけみているわけでも、僕が男性の問題だけを見ているわけでもなく、それは裏表の問題だよという認識が一致してたというところで、話がすごく噛んだのかなと思うんですよね。

スー:女性の権利について話したとき、それに対して揚げ足を取ったりとか、ギャーって嫌なことを言ってくる人って社会的弱者をうっすら自認している人……全員とは言いませんが、……その傾向があるなと個人的には思っているんですね。

TwitterやFacebookで見てもそうだし。

たとえばSNSでわざわざ私にブスだのなんだの言ってくるのがいて、その人のホームを見に行くと、「久しぶりの仕事にドキドキして今夜眠れない」とか書いてある。うわーっとなります。「ん~、がんばれよ!」と。

田中:(笑)。

男が働かない、いいじゃないか! (講談社+α新書)