質問にまったく答えない蓮實氏

司会者:三島賞を受賞された蓮實重彦さんです。最初にうかがいますが、凡庸な質問で恐縮ですが、三島賞を受賞された知らせを受けてのご心境をうかがわせていただければと思います。

蓮實重彦氏(以下、蓮實):「ご心境」という言葉は私のなかには存在しておりません。ですから、お答えしません。

司会者:ありがとうございます。質疑に移らせていただきます。誰かございますでしょうか、ウカイさんどうぞ。

記者1:読売新聞のウカイといいます。どうもおめでとうございました。本日、蓮實さんはどちらでお待ちになっていて、連絡を受けた時にはどのような感想をお持ちになりましたでしょうか?

蓮實:それも個人的なことなので、申し上げません。

記者1:わかりました。それと、今回、三島賞の候補に蓮實さんがなられた時に、当然のことながら事務局のほうから「候補になっていただけますか?」という連絡がいって、やっぱり了解されたと思うんですが。

自分の意見言う前に、お答えしていいのかわからないんですけど、正直、蓮實さんが新鋭の、新人の前途を開く賞の候補になることにずいぶんビックリした思いがありましたので。

もしかしたら、もし候補になるとしても、蓮實さんはお断りになるのではないかなとも思っていただけに、お受けになったことにたいへん驚いたんですが。蓮實さんとしてはどのような思いで、今回候補になるということを決められたのか、おうかがいできればと思いますが。

蓮實:はい、それもお答えいたしません。

記者1:わかりました。じゃあ、もう1つ、別の質問に変えさせていただきます。今回、選考会の選考委員を代表して、町田康さんが出てきました。それで、さまざまな議論があったけれども、これまで退廃的な世界も描かれてきた蓮實さんではありますが、今回の作品は言葉で織り上げる世界がとても充実していて、小説としてのできは群を抜くという、そのような……。

蓮實:質問ならば簡単におっしゃってください。

記者1:はい。わかりました。という評価がありましたが、そういう評価に対しての思いというのはなにかありますか?

蓮實:ありません。

記者1:わかりました。

司会者:ほかにございますでしょうか? 

蓮實:ないことを期待します。

私の受賞は選考委員の暴挙

司会者:どうぞ。

記者2:共同通信のモリハラと申します。こういう場ですと、受賞が決まった方に「おめでとうございます」という言葉を投げかけてから質問するのが通例なんですが、ちょっとためらってしまうというか、先生は受賞について喜んでいらっしゃるんでしょうか?

蓮實:あの、まったく喜んではおりません。はた迷惑な話だと思っております。80歳の人間にこのような賞を与えるという機会が起こってしまったことは、日本の文化にとって非常に嘆かわしいことだと思っております。

もっともっと若い方が、私は順当であればいしいしんじさんがお取りになるべきだと思っておりましたが。今回の作品が必ずしもそれにふさわしいものではないということで、選考委員の方がいわば「蓮實を選ぶ」という暴挙に出られたわけであり、その暴挙そのものは非常に迷惑な話だと思っております。

記者2:今、日本の文化の状況にとってはよろしくない。つまり、ほかの若い作家の方が選ばれるのでなく、ご自身の作品が選ばれるということは。文化の状況とおっしゃいますか、もう少し今の文学の状況に照らして、なにか先生の目からご覧になって、物足りなさを感じるようなことがあるんでしょうか? 今回、ご自身が作品を発表なさる背景にあるいはそういうお考えがあったり。

蓮實:いや、それはありません。

司会者:どうぞ、ウカイさん。

記者1:もっと若い方がお取りになるべきだということがありましたけれども。ついこのあいだ、蓮見さん、早稲田文学新人賞で黒田夏子さんを選ばれて、それで彼女は芥川賞を取られました。

必ずしも「80歳の……」ということが理由なのか、それともまた別の理由があるのか、黒田さんも70代の後半ぐらいになっていたと記憶しておりますが、暴挙と言われる理由についてもう少し具体的におうかがいできればと思います。

蓮實:黒田さんは若い方ですので一切問題ないと思います。若々しい方ですし、文学としても若々しいものであったと。したがって、若者的な若々しさとは違うなにかがあったので、私は選ばせていただきました。

記者1:しかし、今回の作品はいわゆる舞台が、戦争の始まる直前とはいえ、若い男の子が主人公で、非常に映画が好きで。なにか蓮實さんの世界を読んでいると、それはもちろんおっしゃらないとは思うんですけれども、蓮實さんの若い青春期も思い起こさせるような……。

蓮實:いや、まったくそれはありません。

記者1:わかりました(笑)。いずれにしても……。

蓮實:馬鹿な質問はやめていただけますか。

記者1:わかりました。でも、少しだけ、記者会見ですので、おうかがいできればと思いますが。

黒田さんの世界は若々しさがあるということなんですが、ご自身の世界は、私はつまり若々しさを感じたということなんですが、そういうふうにはご自身では理解して書かれてはいなかったという?

蓮實:いや、黒田さんは、これは傑作であり、私の書いたものは到底傑作と言えるものではありません。あの程度のものなら、私のように散文のフィクションを研究してる者にとってはもういつでも書けるものであるわけですが。あの程度の作品というのは、すなわち相対的に優れたものでしかない、ということだと思っております。

小説は「向こうからやってきた」

司会者:どうぞ、タカダさん。

記者3:すいません。「相対的に優れたものでしかない」とご自身の目で見て、ご自身の作品を批評されるとそういうことになるかというふうに思って、さすがだなというか、驚いているところもあるんですが。

蓮實:あの、前……おっしゃることと質問とが噛み合ってないと思います。今おっしゃったことは必要ないことだと思います。

記者3:では、ちょっと、単刀直入にうかがいたんですが。今回の受賞作ですけれども、今回3作目ということになると思うんですが、小説。執筆しようと思われたきっかけ等あればおうかがいしたい……。

蓮實:まったくありません。向こうからやってきました。

記者3:依頼があったから書いたという?

蓮實:は?

記者3:依頼があったから書いたと?

蓮實:いえいえ。そうではありません。

記者3:小説が向こうからやってきた?

蓮實:そういうことです。

司会者:ほかにございますか? どうぞ、マツダさん。

記者4:すいません。逆にうかがいたいんですが、研究者の目で「相対的に優れたものでしかない」と思いながら、小説というのは、逆に、書いたりできるものなのでしょうか? やっぱりなにか情熱とかパッションみたいなものがないと書けないんじゃないかなと。

蓮實:いや、情熱やパッションはまったくありませんでした。もっぱら知的な操作によるものです。

記者4:もう1つ関連してうかがいたいんですが。そうすると、この小説を読んだ時に、例えば戦争に向かう今の時代の危うさとか、なにか「卑猥なイメージで現代を揺らせてみたい」とか、そんなことをつい思いたくなってしまったりもするんですが、そういう意図というのはあまりない感じなんですか?

蓮實:なんですか、最後の……。

記者4:卑猥なイメージで読者を揺すぶってみたいとか、そういったことをちょっと思ったりさせるような小説でもあるような気がするんですが、あまりそういう意図もないという感じなのでしょうか?

蓮實:申し訳ありません。おっしゃることの意図がわかりません。

今後の執筆予定はあるのか?

司会者:タカダさん、どうぞ。

記者5:先ほど「小説が向こうからやってきた」ということをおっしゃっていました。「知的好奇心」ともおっしゃいました。『「ボヴァリー夫人」論』を書かれたことは大きかったんでしょうか?

蓮實:それは非常に大きいものであったことは確かです。『「ボヴァリー夫人」論』に費やした労力の100分の1もこの小説には費やしておりません。

記者5:それから先ほどお答えにならなかった質問をあらためておうかがいします。三島賞を与えたことが「暴挙である」とおっしゃったんですが。であるとすれば、候補になることをお断りになる方法もあったと思うんですけれども、それをされなかったのはなぜかということを……。

蓮實:なぜかについては一切お答えいたしません。

記者5:あ、えー……わかりました。

蓮實:あの、お答えする必要ないでしょう?

司会者:ほかにございますでしょうか? どうぞ。

記者6:NHKのカワイと申します。講評のなかで、すごく作品として1つの時代の完結した世界を描いているということを話していたんですが。なにかこの作品を現代のいま書く理由というものが蓮實さんのなかにあったんでしょうか?

蓮實:いや、まったくありません。あの、まったくありませんというのは、向こうからやってきたものを受け止めて、好きなように好きなことを書いたというだけなんです。で、それでいけませんか? なにをお聞きになりたかったんでしょうか?

司会者:ほかにございますか?

記者7:ちょうどいま80歳になられるということですが、これから今年の、例えば執筆予定とか、決まってるものがあれば、教えていただければと思うんですが。

蓮實:なにについてでしょう? 小説をまた書くかという?

記者7:そうですね。小説とか、あと研究・批評とか。

蓮實:小説を書くという予定はありません。あの、書いてしまうかもしれません。なにせ小説というのは向こうからやってくるものですから。あと『ジョン・フォード論』は完結しなければいけないと思っておりますが。

この作品についてどなたか聞いてくださる方はおられないんでしょうか?

1941年12月8日の話を書きたいと思っていた

司会者:どうぞ。

記者8:産経新聞のカワシマといいます。なにがやって来て、なにについて書かれたものであり、文学研究者としては、もし自分が第三者だとすると、どのように評価されますか?

蓮實:評価については先ほど申し上げたとおりです。相対的に優れたものであり、あんなものはいつでも書けるということです。それから、最初の質問はなんでしたっけ?

記者8:なにが来たんでしょうか? 向こうから来たものについて。

蓮實:向こうから来たものというのは、いくつかのきっかけがあったことはお話ししておいたほうがいいと思います。

現在93歳になられる、日本の優れたジャズ評論家がおられますけれども。その方が12月8日の夜、あるジャズのレコードを聞きまくったという話があるわけですね。で、「今晩だけはそのジャズのレコードを大きくかけるのはやめてくれ」と両親から言われたという話がありますが。

その話を読んだ時に、私はその方に対する大いな羨望を抱きまして。結局1941年12月8日の話を書きたいなとは思っていたんですが。それが『伯爵夫人』というかたちで私のもとに訪れたのかどうかは自分ながらはっきりいたしません。

記者8:それは「書きたいな」と思われたのはいつ頃でいらっしゃいますか?

蓮實:「書きたいな」とは一度も思っておりません。

記者8:……わかりました。なにについて書かれた……。

蓮實:へ?

記者8:このなかで自分はなにを書いたと……思われますか?

蓮實:いや、まったくなにも書いてません。お読みになってくださったんでしょうか? そしたらなにが書かれていましたか?

記者8:空想上の表現ばかり……。

蓮實:この小説は私が書いたものの中では一番女性に評判がいいものなんです。私は細かいことはわかりませんが、たぶん今日の選考委員の方々のなかでも、女性が推してくださったと私は信じております。

司会者:ウカイさん、どうぞ。

記者2:今回は場所は日本ですけれども、いろいろ海外の場所とか、思い出、回想のなかでいろんな場所が出てきますし、歴史的な背景も出てきます。このようなことについては、あらためて小説的なディテールを書く時になにかお調べになることがあったのか、それはまったく一切なく、蓮實さんの想像の世界のなかで書き進められたのか?

蓮實:はい。私の想像のなかだけで書き進めたわけですけれども、同時に読んでいた書物のなかから「あ、これはおもしろい」と思って拾ったケースなどがあります。

司会者:ほかに内容についてなにかございますでしょうか?

記者2:伯爵夫人と若い青年との出会いというのは、なんとなく昔の、例えば映画とか、もちろん映画も最初のほうに出てきますけれども、昔『個人教授』という映画とか、いわゆる年上の女性とか、そういうものもありましたけれども。なにか蓮實さんが今までお読みになったり、映画でご覧になったりしたものというのが出てきたのか。

それともなにかまず最初に伯爵夫人のような女性が出てきて、そのあと「これだったら青年がいい」とか、それとも逆に青年が最初にあって、やってるうちに伯爵夫人が逆に出てきてしまったのか。そのあたりをもしおうかがいできれば。

蓮實:あの、今のご質問ですけれども、私を不機嫌にさせる限りでありますので、お答えいたしません。

司会者:マツダさんどうぞ。

記者4:たびたびすいません。例えば冒頭の1文目の文章に「ばふり、ばふり」といいうちょっと変わった擬音語みたいのが出てきたり、なにかおもしろい擬音語とかおもしろいひらがなが多い小説だなと思うんですけれども。

こういう言葉というのは、もちろん小説は向こうからやってくるものだとは思うんですけれども、どういうふうに使われたのかなというのをうかがえたらと思うんですけれども。

蓮實:「ばふり、ばふり」というのは、戦前に中村書店という漫画を出している書店がありました。そのなかで2人の少年が東南アジアに旅する話がありまして。そのなかで、東南アジアの、天井に貼ったカーテンを冷房のために揺らすわけですね。その時に「ばふり、ばふり」という言葉を使っていたので、私が今からほぼ70年前に読んだ言葉がそのままあそこに出てきているというふうにお考えいただいていいと思います。

司会者:そろそろよろしいでしょうか? ほかにございませんね。ありがとうございました。では、これで蓮實先生の受賞の会見を終えたいと思います。ありがとうございました。