高校生から社会人まで、文章に苦手意識を持っている人に

阿部紘久氏:みなさん、本日はお集まりいただきありがとうございます。

この『文章力の基本の基本』は、タイトルから「初歩の初歩」のような印象を受けるかもしれませんが、実は私が書いた『文章力の基本』『文章力の決め手』を含む3部作の違いは、内容がコンパクトか広範囲に及ぶかということであって、いずれも初級から上級までのすべてのレベルの読者を対象としています。

文章力の基本の基本

文章指導の経験を振り返りますと、高校生、大学生から40代、50代の社会人まで、文章に苦手意識を持っている人は、皆同じような基本的なところで躓いています。

ですから私は、基本的な原理原則を身につけると、誰でも楽に文章が書けるようになると思っています。この本のソデに、「この33の“基本の基本”を押さえれば、明日から、とても楽に文章が書けるようになります」と書いたのは、そういう意味です。また、「書くのが好きな人はもっと好きになれます」とも書きましたが、これは、中級・上級の方の役にも立つ本でもある、という趣旨です。

この本は6つの章からなっていて、第1章のテーマは「文の基本形を作る」です。文の基本形というのは2つあって、1つは「何がどうした」、つまり主語と述語です。もうひとつは「何をどうした」、あるいは「何にどうした」で、これは目的語と述語です。この2つの組み合わせがきちんと書けると、文章が非常に分かりやすくなります。

当たり前のことのようですが、実はここで躓いている方がけっこういらっしゃるので、今日のワークショップもここから入りたいと思います。その後も、この本の章立てに沿って進めていきましょう。

述語を共用するときは要注意

それでは早速問題に入ります。

【問題】  急な雨になったらコンビニに入って、雨宿りか傘を買う。

どなたか、どこをどう直せば適切な文章になるか、おっしゃっていただけますか。

【参加者の改善案(以下、参加者)】  急な雨になったらコンビニに入って、雨宿りをするか傘を買う。

はい、正解です。

原文では「雨宿りを買う」になってしまいます。明らかにおかしいですね。先ほど「2つの文の基本形」と申し上げましたが、実は、「主語と述語」よりも、「目的語と述語」の組み合わせが上手くいっていないケースが非常に多いんです。その中でも用心しなければいけないのが、「述語の共用」なんです。

たとえば、「海を眺める」。これは正しいですよね。「山を眺める」。これも正しい。したがって「海や山を眺める」も正しいことになります。つまり、「眺める」という述語は、海と山が共用する(一緒に使う)ことができるわけです。

しかし、「海や山に登る」となるとどうですか。明らかに間違いです。「山や海で泳ぐ」これもおかしい。このように目的語と述語の組み合わせが上手くいっていないケースは非常に多いんです。述語を共用するときは、特に注意が必要なんですね。

述語の共用、あなたならどう直す?

次の問題、これはどうですか。なお本日は、『文章力の基本の基本』の中にある文例は、演習問題に含めておりません。

【問題】  詳しくは店頭のポスターか、スタッフにお尋ねください。

【参加者】  詳しくは店頭のポスターをご覧になるか、スタッフにお尋ねください。

正解ですね。これも同じです。実はこれは、新宿西口を歩いていた時にあるお店のスピーカーから流れていた言葉で、しめしめと思ってメモしました。ポスターに尋ねても答えは帰ってきませんね。この場合は「ポスターを見る(ご覧になる)」「スタッフに尋ねる」と、別な述語が必要です。

次の問題は、少なくとも改善案が2つあると思いますが、いかがですか。

【問題】  これから先、お互いに就職や家庭を持ったりして、あまり会えなくなると思います。

【参加者】  これから先、お互いに就職したり家庭を持ったりして、あまり会えなくなると思います。

その通りです。「就職を持ったり」はおかしいですね。「就職をしたり」です。

もうひとつ、ある述語を共用する案を思いつきませんか。

これから先、お互いに就職や結婚をしたりして、あまり会えなくなると思います。

このように「家庭を持ったり」を「結婚したり」に言い換えれば、「する」という述語を共用できます。

主語と述語の正しい組み合わせを

次は「主語と述語」の組み合わせの問題です。

【問題】  本来マスコミは正確な情報を伝える役割である。

これも改善案は少なくとも2つあります。

【参加者】  本来、マスコミの役割は正確な情報を伝えることにある。

いいですね。いろいろな言い方がありますが、次のような表現もいいと思います。

「マスコミは役割を担っている」あるいは「役割は◯◯することにある」とすると、主語と述語の組み合わせがしっかりしますので、もちろん意味が分かりやすいし、読んでいて気持ちがいいですね。「マスコミは役割だ」では組み合わせがずれていて、何となく落ち着きません。

「主語と述語」「目的語と述語」を正しく組み合わせること。まずはここから、ご自分の文章を見直してみてください。

一語でも短く、一字でも短く

では、『文章力の基本の基本』第2章のテーマ「簡潔に書く」に移りましょう。

光文社から出した『文章力の基本100題』に書いたことを紹介します。「簡潔に書く」と何がよいのでしょうか。

「言葉を削ったら、その分伝わる情報量が減るのではありません。逆に余計な言葉を取り去ると、伝えたいメッセージが明確に浮かび上がり、より多くのことを的確に伝えることができます」

簡潔に書くと、当然ですが、読み手の時間を節約することもできるし、歯切れの良い文章は好感を与えるし、説得力も増します。簡潔というのはまさに値千金なんですね。

「一語でも短く、一字でも短く」。私はよく、そのように指導しますが、しばしば抵抗を受けます。「先生、この言葉を削ってしまうと、微妙なニュアンスが伝わらなくなるんですけど」という風に。

気持ちは分かりますが、そういう方は、読み手は一字一句漏らさず注意深く読んでくれて、書き手が何を言いたいのかを一生懸命考えてくれる、という風に期待し過ぎていると思うんです。

実際にはみんな忙しいですから、関心のあるところ、読みやすいところしか読んでくれないんですね。微妙なニュアンスを伝えるつもりで意味の薄い言葉をたくさん盛り込むと、肝心の伝えたいことが伝わらない、ということがよく起きます。

重複する表現をまとめる練習問題

まずはこの問題から。

【問題】  彼は中学校からの友だちで、長い付き合いである、出会いは中学校2年の時であった。私が通っていた中学校に彼が転校してきて、同じクラスになった。

この問題は少し長いので時間がかかるかもしれませんが、考えてみてください。

【参加者】  中学校2年生の時に転校してきた彼とは、長い付き合いの友達である。

ほとんど趣旨は合っているので正解としましょう。私がつくった改善案は次のような文章です。

 彼とは長い付き合いである。中学校2年生の時に彼が転校して来て、同じクラスになった。

ポイントは、原文では「中学校」が3回も出てくるところです。同じ言葉が二度三度出てきたらひとつにしてみると簡潔になる、という例ですね。ちょっと工夫したら42字、率にして40%も文字が減った。これで言いたいことは全部伝わりますよね。簡潔であればあるほど好感を持たれます。

簡潔な文章を書くために、まず注意してほしいのは、「重複にご用心」ということです。

【問題】  策を弄そうとすると、たいていの場合うまくいかないことが多い。

【参加者】  策を弄そうとすると、たいていの場合うまくいかない。

そうですね。もうひとつありませんか?

【参加者】  策を弄そうとするとうまくいかないことが多い。

これも正解です。重複には2通りあります。先ほどの「中学校」のように同じ言葉を繰り返すのも重複ですが、同じ意味の言葉を繰り返すのも重複です。「たいていの場合」と「ことが多い」は同じ意味です。どちらかひとつでいいですね。

同じ意味の言葉や、なくてもいい言葉を削る

次の問題です。

【問題】  私の交通手段は、ほとんど電車で済ますことができている。電車を利用すれば、都内で行けないところはほとんどないように思われる。

一見して回りくどい文章ですが、どう改善しますか?

【参加者】  私の交通手段はほとんど電車です。電車で行けないところは都内でほとんどない。

惜しいですね。どなたかほかに改善案はありませんか? もう少し簡潔にできます。

私の改善案を示しましょう。じつは、「交通手段」という言葉を使っていません。

 私は、都内ならどこへでも電車で出かける。それで行けないところはほとんどない。

これでどうですか。言いたいことは全部言えているでしょう? 文章を書くとなると、ちょっとあらたまった言葉を使いがちなんですが、「交通手段」などという難しい言葉を使う必要はないでしょう。

また、原文を見ますと「ほとんど」と「電車」が2回出てきています。改善案では、これらをひとつにして、さらに、「済ますことができている」「のように思われる」という語尾も冗長なので取りました。

言いたいことを整理して、同じ言葉、あるいは同じ意味の言葉を取り去って、さらに、なくてもいい言葉を削ると、読み手に親切で、好感を持たれる文章になります。

文章の主役を早く登場させよう

第3章のテーマは「分かりやすく書く」です。

文章を書くときに最も大事なのは、読み手の身になって感じたり考えたりする想像力をどれだけ持っているか、ということなんです。そうした想像力が豊かであれば、文章は分かりやすくなるはずです。

次の原文は私が教えている学生が書いた文章です。

【問題】  私は後ろで支える地味ですが大事で誰かがやらねばならない仕事を行う庶務を志望します。

この文は、何を言いたいのかが、なかなか分かりません。どうぞ、改善してみてください。

【参加者】  私は庶務を志望します。なぜなら庶務は後ろで支える地味ですが大事で誰かがやらねばならない仕事を行っているからです。

私の案とは少し違いますが、趣旨は同じなので正解です。私は、次のように改善しました。

 庶務は地味ですが誰かがやらねばならない大事な仕事です。私は皆を後ろで支えるその仕事を志望します。

原文は、前半を読んでいるとき、何の話が始まったのだろう?と考えてしまいます。謎かけのようなものです。「仕事を行う庶務」が出てきて、ああ、庶務の話かと、ようやく分かるんですね。

主役を早く登場させて、何の話をしているのかということを読み手にも早く分からせてあげると、読み手は安心して読み進められます。読み手の身になって考える想像力があれば、原文のような文章にはならないと思うんですね。

また、私の改善案では、主語を「庶務」と「私」に分けました。最初に「庶務はどんな仕事か」を説明し、次に「私はその仕事を志望する」としました。こうすれば読む傍から理解できます。

「最後まで読んで考えれば分かる」という文章は親切ではありません。

時間を追って書くとわかりやすい文章になる

次の問題です。

【問題】  入社2年目になって、次第に窮屈だと感じていた仕事の進め方が、合理的だと感じられるようになった。

【参加者】  窮屈だと感じていた仕事の進め方が、入社2年目になって、次第に合理的だと感じられるようになった。

正解です。原文は、「入社2年目になって、次第に窮屈だ、と感じるようになった」と言っているみたいですよね。でも最後まで読むと、言いたいことは逆のことらしい、と気付きます。

この場合「次第に」という修飾語は「合理的だと」の直前に書くべきです。ところが「窮屈だと」の前にあるので、誤解を誘ってしまいます。

また、文章は、時間を追って時系列で書いたほうが分かりやすくなります。この文例の場合には、2年目の話から始めずに、1年目の話から書くということです。

小説などではあえて時間を逆転させたりすることはありますが、社会人や学生が書く文章は、簡潔明瞭であることがとても大事ですので、時間を追って書くことを勧めたいと思います。

文章力の基本の基本