サイバーエージェントの新規事業のつくり方

琴坂将広氏(以下、琴坂):今回のセッションは、「事業創出」と「グローバル展開」という全然違う時空の話を入れ込む不思議な構成になっていますが、国境を越えると必要なものが変わってくるのと同じで、事業が変わると(必要なものが)やっぱり変わってくると思うんですね。

たぶんサイバーエージェントさんはすごくうまくいっている事例のひとつだと思うんですけど、どうして30個ガーッと作った事業に対していつも強みを発揮できるのか、宮﨑さんにぜひ教えていただきたいなと思っていたんですが。

宮﨑聡氏(以下、宮﨑):50個事業があるといっても、50個違う事業をやっているわけではなくて。大きくは我々がスタートしたときからずっとやっている広告事業が中心になってまして、あとアメーバを中心としたメディア事業ですね。あと2008年くらいからやっているソーシャルゲーム事業・そして投資育成事業があります。

広告だと新しい分野が出てきたとき、例えば今だとスマホというデバイスで新たな動画広告のフォーマットが出てきてますし、ちょっと前だとDSPとかDMPとかデータをどう活用して広告効果を向上させるかというトレンドがあったわけですけど、そういうホットな分野があったときにちゃんと専門子会社をつくって参入する。そういう地道な取り組みをわりと淡々とやってる印象ですね。

一方で、ゲーム事業は2009年に、メディア事業は2011年に、既存事業に配置していた人員を民族大移動のように移しまして、数百名体制でガガっと進めました。ゲーム事業は副社長の日高(裕介)が立ち上げた事業なんですけど、今は収益の3本の柱の大きな一角を担っています。

絶対にマーケットがあるから、競合他社もこぞって参入するような分野でもチャレンジしてみようと決めて、創業メンバーの日高クラスが「立ち上がらなかったら責任持つ」くらいの覚悟で自らを追い込んでやってるものはだいたい立ち上がってるかなと思います。

新規事業の成功確率と撤退基準

井上高志氏(以下、井上):お二人に伺いたいんですけど、事業創造とか新規事業みたいなところでいくと、(サイバーエージェントは)今50社の子会社の事業があって。分母はどのくらいで、成功確率はどのくらいなのかなというのをそれぞれお聞きしたいです。

企業カルチャーでいうと、新卒中心で内部から創り出すというキャラクターの会社じゃないですか。グリーさんだと買収とかしたりという感じで。うちは半々のハイブリッドみたいな感じなんですけど。

事業創造のときの考え方……自前で作るとか、撤退基準がもしあるんだったら(聞いてみたい)。さっきのFringe81の田中(弦)さんは「撤退基準なんてくそくらえ! ずっとやり続けるんだ」って言ってましたけど(笑)。

そこはどう見てるんですか? 外部から買収してくるとか、内部で創りだすとか、そこの成功確率ってどんな感じなのか。そのへんちょっと、洗いざらい教えてください。

琴坂:洗いざらいお願いします(笑)。

宮﨑:成功確率といっても「どれ以上が成功か」っていうのもあると思うんですけど……ちょっと今日はデータを持ってきてないんでアレなんですけど。今まで100個程度は子会社を作ってきていて、今残ってるのが約50個くらいと考えるとだいたい半分。

井上:すごい打率ですね。

宮﨑:ただ、今ある稼げてるもので、クォーターに営業利益を5,000万円以上出してるもの、年間に2億円以上の利益を出してるものは20個あるかないかくらいです。その目線を最低ラインの成功とした場合、100分の20くらいで成功確率20%という感覚です。

井上:撤退するときはどうやって決めたんですか? ルールに従って機械的にどんどんバサバサ終わりにしていく?

宮﨑:そうですね。うちはCAJJ制度というものを入れてます。また、その制度の前に特区的に「スタートアップステージ」というのを作ったんですけど、特区的に切り出してちゃんと光を当てて適度に晒すというのを始めました。

今は本体の事業規模が大きくなってきているので、やっぱり細かい新規事業は目立ちにくい。わりとそこをスタートアップ特区のように扱って、光を当てるということを意識的にやらないと育ちにくくなってしまうと思います。

そこである一定の規模、クォーターでtoBの事業が5,000万円くらいの営業利益が出るようになったら、(元の制度に)移す。toCの事業は収益を一旦見ていないので、「会員規模がこれくらいのDAU(Daily Active User)に成長したらそのジャンルの中では合格点だよね」ということでスタートアップのステージを卒業してCAJJの制度に入れるみたいなこともやってます。

井上:さっきの資料に「1億円の投資」とかありましたっけ。

仮に1億がマックスで平均的に5000万くらい投資してるとしたら、150社投資して100社をダメにしたってことになると、50億くらい事業としては失っている。投資をロスしている。それでもリターンのほうが大きいっていう感じなんですか?

宮﨑:1社あたりの平均投資額は平均6,000万円程度で、結論リターンのほうが大きいです。打率でいうと……スライドって出ますか?

井上:この下のところですよね。

宮﨑:このプログラムの中でも結構やめてるのもたくさんあります。「あした会議」というのは役員クラスと事業責任者クラスが50人くらい集まってやってるんですけど、役員対抗で藤田(晋)がジャッジをするっていうシンプルな(もの)。新規事業だけじゃなくて制度とかいろいろ決める、幹部合宿みたいなものを年2回やってまして。

そこで今まで数十社くらい事業を作ってるんですが、そこから出た子会社の打率はわりと良くて。この前計算してみたら、売上を累計700億作って、営業利益も100億くらいそこから創出しているので、英知を結集して考え抜いたものはわりとうまくいくケースが多いです。

一方で「ジギョつく」というのは普通の社内事業コンテストみたいなものですが、これは最初は年に2回くらいやっていました。毎回300案くらい応募があって最終選考に残った10案ほどを役員の前でプレゼンするっていうのをやってたんですけど、そこでグランプリをとって事業化したもので成功した事業はありません。

どちらかというと、「ジギョつく」は新規事業をやりたい人たちとか分野別の適任者の洗い出しとして使ってる役割がわりと強かったです。そして、何より半年に1回だと世の中の事業トレンドのタイミングとズレてベストな参入タイミングを逃すこともあるというのが問題でした。

そこで、そのコンテスト形式を止めて最近まではペラ1のシートに思いついたら(書いて)いつでも提案できるという「いつでもジギョつく」スタイルに変えてリニューアルしてみました。しかし、これもうまくいきませんでした。

そこで「NABRA(ナブラ)」という新規事業勉強会を社内で立ち上げて、新規事業をやりたい人はそこに集って、不定期で事業テーマを決めて合宿をする形式に変えています。最終的には確度の高い事業案とそれを検討する事業責任者まで決めて、実際に事業化を検討するという方法を試しているところです。

琴坂:青柳さんどうですか。

事業の撤退基準はあったほうがいい

青柳直樹氏(以下、青柳):撤退基準の是非と成功確率みたいなところでお話しさせていただくと、「撤退基準はあったほうがいい」というのが私どもの学びです。海外事業をやるとき……ちょうど5年前くらいに僕が社内で「Go global」って叫んで、それ一色になったんですね。

「グローバル展開をやりたい人がグリーにどんどん集まる」みたいなのが2011年、2012年にあって。それはすごく良いモメンタムを作ったんです。

会社にはミッション・ビジョン・バリューみたいなものがあると思うんですけど、うちのバリューの中に「成功するまでやり続ける」っていうのがあって。このバリューは、撤退というものを基本的に否定してるわけなんです。否定しているように見える。

当然それを作った過程の中では、「そこが言ってるのはこういうことで、こういうバリューを体現してほしい」ということであって、無謀なことをやり続けろということは言っていないわけなんですけど、非常に撤退が難しい。

撤退するとなると、現地のマネージメントとか事業責任者とのコミュニケーションのコストがすごくかかります。私も「中国、明日閉じよう」と。社員130人の前に僕が出て行って話をしようという日の前日に、泊まっているホテルに責任者が来て涙ながらに訴えるわけですね。そういう人は、結局中国をやめたら会社を辞めちゃうんですけど。

そういうことがあります。というか、ほとんどの事業で思い入れのない事業責任者なんていないので、当事者が(事業を)やめるという判断をくだすのはなかなか難しいと。やっていなかった人が急に出てきて「これはうまくいかないからやめるんだ」、(事業責任者が)「もっと時間をください」と。これが会社に残すダメージというのは非常に大きい。

このマネージメントに時間をかけても、正直それで売上も利益も上がらないわけですよね。そういうことをやってて、僕らは「大変だ……疲れた……」と。「やっぱりマネージメント大変だよね、経営大変だよね」と、こういう場に来ると経営者は話したくなるんですけど、それは別に何も将来の価値を生まない。

なのでそういったときのコスト、意思決定を円滑にするために、あらかじめ取り決めをしておこうと。もちろんその中の最終判断で「これは基準としてはダメなんだけど意志を持ってやる」というのが例外的にあってもいいけれども。

「こういうルールだからダメだよ」というのがあったほうが、「俺もお前の事業をやらせてあげたいんだけど、このルールを俺が壊しちゃったら会社としてはよくないから、今後の事業創造のためにもここはこらえてくれ」と言える。そのほうが、私も私の部下もいいんですよ。そういった意味で、撤退基準というのは非常にマネージメントを楽にするんだと思います。

琴坂:この基準と例外は難しいですよね。仕組み化しすぎてしまうと、逆に仕組みで拾えないものが出てくる。逆に仕組みがないと、毎回コミュニケーションコストがかかるし議論も必要になる。今、撤退基準という話があったんですけど、何を仕組みとか形にするべきで、何をするべきじゃないかというところでご意見があれば。

青柳:それは仕組みだけど厳格な仕組みじゃなくて、ある種の目安だと思うんですね。それをやった上で「これは会社として社運を賭けてるから例外なんだ」「それを超えるときには経営会議なり取締役会で言ってください」という形で、責任ある人たちがそれでもいいって言ったら、会社としてはいいので。厳格すぎないように例外運用は経営に委ねるという形で、うちの場合はやってます。

経営に“泣きの1回”は許される?

琴坂:井上さんどうですか?

井上:僕らもさっき「100人の子会社社長を作る」って言ったんですけど、目的は経営者をたくさん増やしたいってことなんです。

失敗そのものを責めるというより、チャレンジして経験を増やすということに価値を感じてるので、資本金制度という形にしています。今はリーンスタートアップができる世の中になったので、どんどんアイデアを事業の形にしていく。

最初に自分の立てた計画のうち「3年間キャッシュフロー」とかやって、一番底になるところはいくらかを見て、そこに若干バッファを乗っけて資本金をドンと出すわけですね。それで子会社社長になるわけですよ。そのお金が尽きたら終わり。

琴坂:終わり。例外はなしですか。

井上:なしです。「泣きの1回」みたいなのはやっぱり出てくるんですけど(笑)。それはケースバイケースで「ここはKPIが良くなってきてるからもうちょっとつなぎ融資しようか」とかはありますけどね。基本はそういう考え方です。

青柳:でも、やってるうちにピボットするじゃないですか。「最初はECの事業だったんですけどメディアになりました!」とか、「このKPIは最初に言ってたKPIだと達成してるんですよ!」とか。例外なくそういうのを見ているんですけど、泣きの1回をやる・やらないというのはどういうふうに決められてるんですか?

井上:別に、ピボットすることは僕らとしてはいいので。「社長なので任せる。経営だから」ということで、最初の事業から変わってきたとしてもそれはそれで「いいよ、やれよ」と。とにかくお金が残っている間は何にチャレンジしてもいいって感じなので。

お金を失って「ピボットしたけれども、そっちも数値が(目標まで)いってません」というときに、「でも……」って情だけに訴えられても「いやいや、経営ってそういうもんでしょ」って言ってそこで終わり。「良い経験したな。はい、次頑張れ」みたいな感じですね。

琴坂:宮﨑さんどうですか。

宮﨑:うちも撤退基準はちゃんと持ってますけど、そこは「この撤退基準に引っかかったから止めることにした」と言えるようにだけしています。要はケースバイケースです。「分野はいいけど思ったより時間かかる」というケースってありますよね。その場合は「この分野もアリだし、この事業責任者もいいし、やり方は間違ってないし。ただ時間がかかってるから、つなぎで融資やろうか」と。

そういう場合は継続もありますし、「事業責任者はいいんだけど、事業分野がよくなかったね」というケースは……その場合は早めにピボットの決断を促す役割を担当役員が担っている場合もあります。これはダメだと思ったら速やかにピボットするようにしています。傷が浅いうちにやめたほうがいいので、それは必ず見るようにしています。

最後に1パターンあるのは、「分野はいいんだけど、事業責任者がちょっと……」あるいは「経営チームがよくない」。そういう場合は、うまく社内の「トップジョブロ」という仕組みを入れるケースもあります。

トップ人材のジョブローテーション制度を設けていて、レアケースですが事業責任者クラスの人材を期待するストーリーとセットで新ミッションに送り出しをして、経営チームを変えて再チャレンジすることもあります。