女性活躍推進は不可逆のトレンド

司会:それではさっそく、1つ目のプログラムをスタートしたいと思います。タイトルは、「なぜ、いま、働き方改革なのか」というテーマです。

皆様のお手元にあります、「人事のための時短推進説得マニュアル」「課長のための時短推進説得マニュアル」「なぜか早く帰れない人のための時短生活開始マニュアル」の3部作は、昨年から今年にかけて発行しておりますが、そのプロジェクトの責任者であり、現在はリクルートワークス研究所の機関誌Worksの編集長を務めております、石原よりお話をさせていただきます。

それでは、石原さん、よろしくお願いいたします。

石原直子氏(以下、石原):皆様こんにちは。今日はお忙しい中、そしてだんだん雨も降り始めて足元の悪い中、足を運んでいただきまして、ありがとうございます。

リクルートワークス研究所でWorksという人事の方々向けの専門誌の編集長をしております、石原と申します。

最近の女性活躍推進というテーマや働き方改革というテーマが、ここ数年の私の関心事と重なっていることもあって、いくつかのアウトプットを皆様のお手元にお届けしてまいりました。そうしているうちに本日の様な場で、「どのように女性活躍推進を進めるのか?」や、「どのように働き方改革進めていくのか?」ということをお話させていただく機会が少しずつ増えてきています。

今、女性活躍推進や働き方をなんとかしようというのは不可逆のトレンドです。この機会を、本当は女性活躍推進はやりたくないのにと思いながら取り組んでいると、限定的な効果しか得られないと思っています。

いかにこの機運に乗って人より遠くまで行くのかということを企業人として考えたいですし、今日はそのためにいくつかヒントになるようなお話をしたいと考えております。 つまり、「なぜ、いま、働き方改革なのか」ということを、皆さんと一緒に考えて、腑に落ちた状態でお帰りいただきたいと思っています。よろしくお願いします。

日本人の年間総実労働時間は2000時間を超える

1765時間、これは日本人の年間総実労働時間です。この時間を見ると、実はOECD平均よりやや下です。これを見ると「日本もそんなに長時間労働じゃないんだな」という気もします。

実はこれにはからくりがあって、一般労働者に限定したデータにすると、その時間はパーンと2000時間まではね上がります。非正規で働いている方、パートタイマーで働いている方の労働時間が短いので、それを合わせると先ほどの1765時間になるという仕組みです。

いわゆる正規労働者、正社員に限った労働時間の平均は2000時間で、こんなに働いている国はあまりないわけです。

また工場などシフト勤務の方は1日の労働時間が8時間で残業していないケースがありますから、その方々を除いて正社員のホワイトカラーに限定しますと、なんと労働時間はプラス239時間の2239時間になります。

さらに男性に限るとあっという間に労働時間は2300時間になります。これはかなり長い時間です。

週60時間以上働く男性は12.5%に

別の言い方をすると、週50時間以上働く男性ホワイトカラーが4割程度もいることもわかっています。そして、週60時間以上働く男性もなんと12.5%います。

「うちの会社の社員はそんなに働いていない」と思う方もいらっしゃると思います。しかし、週60時間以上働くというのは、週5日、朝9時に出社して、途中1時間の休憩をはさんで、夜21時まで仕事。

さらに土日のどちらかに、「ちょっと会社行ってくるわ」と午後から会社に行って18時くらいまで働いて帰る、という働き方です。それで週60時間になります。

ちなみに週60時間というのは、WHO世界保健機関が過労死の危険性があるとしている働き方です。そういう働き方をしている人が日本には一定数いるということです。

さきほどの数字は全国のものですが、東京の辺りに限定して見ると、「週60時間くらい働いてるわ」という方が12パーセント以上出てくるのではないかと思っています。

男女で変わるストレスの源

こちらはお手元にお配りしている働くマザーのストレス調査報告書の一部ですが、日常的なストレスの強さをトップ15項目を男女別で見ています。トップ15は、ポイント数は同じような値のものが並んでいて、けっこう強いストレスになっていることが分かります。それを男女で比べています。

詳しい中身は、お帰りになられてからゆっくり調査報告書をご覧頂くとして、グレーで網がけしてあるのは、仕事に関わるストレスです。網がけしていないのは、プライベートで感じるストレスです。皆様から向かって左側がワーキングマザーのもの、右側はワーキングファザーのものになっています。

これを見て感じていただきたいのは、男性のストレスはほぼ仕事に関することである一方で、女性のストレスは半分くらいがプライベートのストレスであるということです。 私はこの状況を「ものすごく偏りがある」と見るのがよいと考えています。「男性のほうが仕事に熱心だから男性は仕事にストレスを感じていて、女性はあまり仕事に熱心でないから、プライベートのストレスがいっぱいある」と理解するのは、間違った解釈だと考えています。

では、どう解釈するべきかと言いますと、男性は仕事以外の時間がほとんどないので仕事でしかストレスを感じない一方で、女性は仕事だけとはならないので仕事のストレスもプライベートのストレスもあるということです。

男性がもう少し仕事以外のことも、自分のこととして向き合うと、間違いなくそこからもストレスが出るわけで、望ましいのは、男性のほうも仕事のストレスとプライベートのストレスが半々くらいになっていて、女性のほうも半々くらいになっているという状況だと考えています。

19時までに帰宅する人の割合を世界で比べると日本は最低水準

今お話したのが日本人の働き方、日本人の仕事におけるストレス、仕事以外でのストレスの話ですが、次に世界の人はどの様に働いているかを見ていきます。

これは19時までに夫が帰宅する割合です。スウェーデンのストックホルムでは8割の人が帰宅します。ドイツのハンブルグで6割、フランスのパリで5割、東京では2割です。

ただ、2割の人が東京で夜7時までに帰っているというこの数字に実感を持ちにくい方もいらっしゃるのではないかと思うのですが、一応統計的にはこういう数字が出ています。

一方で、週7回家族全員で夕食を取る割合はストックホルムで4割か3割ですね。ハンブルグで4割、パリでは約半数。東京でも17パーセントのお父さんが週7回家族と家でご飯を食べているというデータが出ています。これも本当?と思うのですが、世界で見ると、それでも低い水準なのです。

次は誰が長く働いているのかを見ていきます。このグラフの紫や水色で示されている部分が長く働いている人たちです。

日本ではマネージャーも一般社員も長時間労働

上の2列は中国のデータで、一番上が課長クラス。その一つ下が部下で、いわゆる平社員の方々のことです。紫と水色を合わせても10パーセントくらいしかないことから、中国では課長クラスの人も部下の人もあまり長く働いていないことが分かります。

3列目4列目がタイのデータですが、タイになると、課長よりも部下のほうが少し長く働いているということを示しています。

インドでは、マネージャーの3割くらいの人が「10時間働いています」というデータになっていて、部下はそれより少なくなっています。

次はアメリカです。「アメリカのエグゼクティブはよく働いてる」と反論をいただくことも多いのですが、アメリカでは確かにマネージャークラスは5割くらいの人が10時間近く働いていますが、いわゆる一般社員の人でそこまでに働いてる人は多くありません。

最後は日本です。日本は特徴的で、課長も部下も長く働いています。これは世の中の国々と比較すると、不思議な傾向です。

つまり、日本人の働き方の現状をまとめると、第一にホワイトカラーは働き過ぎです。第二に仕事中心性が高い。「家族よりも仕事が大事」という働き方をしている国民は他の国では多くありません。

第三に部下も上司も長い時間働くのがあまり嫌でないように見えてしまう。これが日本の状態なんですね。

日本の正社員はフルタイムワーカーではなく、オーバータイムワーカー

「日本人の働き方が変わっている」ということを説明するのに、労働政策研究・研修機構の濱口先生が仰っていたことをご紹介します。

「日本以外の国々では、パートタイマーの反対語はフルタイムワーカーです。つまり、労働者は8時間働かない人たちと8時間働く人たちにわけられます」と。

「日本では違って、パートタイマーでないいわゆる正社員というのは、つまり残業する人のことです。日本の正社員はフルタイムワーカーではなく、オーバータイムワーカーなのです」と、濱口先生は仰っていました。

日本のフルタイムワーカーは「何時間でも働く人」とほぼ同義になっているわけです。何時間でも働ける人でないとなんとなく居心地が悪い組織、なんとなく楽をしているように思われてしまう組織が、日本の多くの会社の現状です。

では、「なぜいま働き方改革の話をするのか?」ということを考えたいと思っています。 今お話した様に、残業できない人はなんとなく正式メンバーでないように感じる。2軍のように感じる、居心地悪く感じるという無言の共通理解や共通前提があるのは、つまりは「インクルージョン」が実現されていない職場です。

居心地の悪さを感じると能力を発揮できない

インクルージョンとは一体どういうことかと言うと、自分の存在が100パーセント許されていて、認められている、歓迎されているというふうに、そこのチームに入っている人たち全員が思えている状態です。

インクルージョンがなぜ大事かと言うと、インクルージョンされていない人は居心地が悪いからです。

なんとなく「私は好かれてないんだなとか、私のことはあんまり必要とされてないんだな、私は本当はいなくていいのにと周りの人は思っているのかも知れない」と感じている人は、自分の力をそのチームや組織のために100パーセント発揮することは出来ないのです。

インクルージョンしてないということは、その人の能力を限定してしまうということです。多くのワーキングマザーが、2013年以降に進んだ女性活躍推進の機運の中で、「もう辞めたらいいのに」というプレッシャーを直接かけられることはなくなりましたが、周りからの「なんとなく働き方が足りていないな」というプレッシャーは相変わらず感じているのです。

この人がいるせいで、「うちのチームのヘッドカウントは6だけど、本当は5.5になってる」などと影で言われている気がする。

この状態、つまりワーキングマザーがインクルージョンされていると感じられない状態は、どれだけワーキングマザーが増えても、会社の業績や新しいイノベーションなどに繋がるパワーとして、彼女たちの能力を使えるようになっていかない、ということとほぼ同義なのです。

ですから、インクルージョンできていない状態、つまり「長時間働ける人しか参加者じゃない、長時間働けない人は正式なメンバーじゃない」という気持ちを、私たちはなるべく早く払拭していく必要があると考えています。

日本人は生産性に無頓着になっている

「なぜ、いま、働き方改革なのか」というお話をする時に、もう1つ大きなポイントがあります。これは日本の会社員にはとても大事なポイントです。

私たちはきっと嫌々ながら長時間労働しているわけではなく、けっこう仕事が好きで、自分の成長のためには長く働くことも苦ではないと思いながら働いているのだと思います。さらに、長く働くとその分上司に「お前は頑張っている」と褒められるということも起こります。

日本人特有の勤勉さと忠誠心の代替指標としての労働時間が、「長時間働くのが嫌でない」という価値観を作ってしまっているのです。この価値観のせいで、我々は生産性にとても無頓着になっています。

「18時までに仕上げないと」と思わず、「21時までかかってもいい」と思いながら仕事をしてしまうわけです。意識すれば18時に終わったかもしれない仕事が、タイムプレッシャーがないと21時までかかってしまうわけです。そういう中で、我々の生産性は日々低下しているんです。

「早く帰らないといけない」とか「残業なんかしたくない」と思っている時のほうが、明らかに仕事も早く終わる、つまり生産性が上がるのです。

我々は「早く帰らないといけない」というプレッシャーがないために、仕事の生産性を高めなくちゃいけないということを忘れがちになるんです。このことも働き方改革をいま進めるべき理由の大きな1つだと私は考えています。

海外のエグゼクティブは職場以外でも責任のある役割を果たす

最後の1つはノブレス・オブリージュ(直訳:高貴なる者に伴う義務)の今日的意味と書いているのですが、これはどういうことでしょうか。多くの国々で産業界で活躍するエグゼクティブの人たちは、それ以外の場でも責任のある役割を果たしています。

例えば地域社会・学校・NPOなどでの活動なのですが、エグゼクティブであればあるほど、何らかの活動に参加します。しかし、決してそれが義務だと言っているわけでないのです。

活動に参加すると何が起こるでしょうか。非営利セクターや非産業セクターは、会社と違いサステナビリティに関してノウハウがないことが多いのですが、会社勤めの方のノウハウがそこに入ってくることによってサステナビリティが獲得できる可能性が高まるのです。

会社にいる人たちが入っていくからそちらも発達するのですが、日本の社会ではその循環がほとんど起こっていないのが問題だと感じています。これはもちろん長時間労働だけが原因なのではなくて、日本型の硬直的な雇用慣行やいろいろなものが影響しています。

今は会社で活躍している人がそれ以外の場で自分の能力を使って、革新をもたらすという現象があまりにも起きていないのです。

非産業セクターの生産性、あるいはサステナビリティを向上させられる鍵を企業エグゼクティブこそが持っているにも関わらず、実際はこういう能力が外部ににほとんど出回っていない。これが日本の社会の現状です。

「日本はとても経済成長をした」と言いながら、なんとなく非産業セクターの効率が悪い、なかなかそういうところが育たない、そういうところの人たちがパワーを持たないというのは、産業界の人たちがそちらにまったく参加できない現状があるからです。

このことも、ぜひ働き方改革を進めていただきたいと私が考える大きな理由の1つです。そういったことを前提に、昨年1年間ホワイトカラーの時短研究プロジェクトをリクルートワークス研究所でやってきました。