「イクボスにあらずんば上司にあらず」

蟹瀬誠一氏(以下、蟹瀬):Googleなんかもそうなんだけど、アメリカはすでにこの先端的な「明日も来たい会社」というのをつくろうとしています。

どういうことかというと、やっぱり福利厚生が非常に整っている。それだけじゃなくて、みんなが仲間になっている。今までの上下関係じゃなくて、仲間として1つのことを達成するような、そういう雰囲気を醸し出してるところは、ずいぶん変わってきているという気がしますよね。

駒崎弘樹氏(以下、駒崎):おっしゃるとおりですよね。Googleとかだと、やっぱり持ってるお金も違うんで、何か遠い感じがするんですけど。

例えば我が社は本当に中小企業なんですけれども、本部の事務のスタッフの採用コストってゼロなんです。ほとんどお金かけてないんです。

それは何でかというと、SNSとかWebで出せば、ほとんど来てくれるんですね。大企業から転職もしてくれる。でも、給与は3分の2から半分ぐらいになるんですよ。

蟹瀬:それでもだよね。

駒崎:そう、それでも来てくれる。なぜかということを面接で毎回聞くんですけれども、それには2つあって、1つは働きがいです。働くことの意味ですね。ここの組織であれば社会の役に立てる。あるいは、「もう自分に嘘をつかずに働くことができると思いました」ということが1つ。

2つ目は、働きやすさですね。やはりある程度、長時間労働ではなく、自分の家庭や、あるいは自己実現の時間というものを確保できて働けるということが保証されているということは、実は給料と天秤にかけたときに、給料よりも勝る場合というのがある。

蟹瀬:だから管理職だってイクボスになりやすい環境って当然あるんですよね。イクボスであることが別に恥ずかしくないというか……。僕らの世代はどうしても「男がね〜」みたいなところがあるんです。

駒崎:なるほど。

蟹瀬:「お前、もっとこんなこと頑張らなきゃダメじゃないか」と。「そんな生っちょろいこと言ってたんじゃ、いつまでたっても一人前になれねーぜ」みたいな発想があるんだけど。

そういう発想から飛び出して、もうちょっと自由な働き方。それから働くことによって得られる喜びというものが実現できるような環境というのは、我々が思っている以上に実現しつつあるって考えたほうがいいんじゃないのかという気がする。

駒崎:そうですね。僕は逆に「イクボスにあらずんば上司にあらず」という時代が来るんじゃないかなと思っています。というのも、イクボスって育児というところだけがフューチャーされてますけれども、今後2050年には人口のうちの4割が高齢者になりますね。ハイパー高齢社会がやってくるんですよ。

蟹瀬:僕、十分入ってる(笑)。

駒崎:まあまあ(笑)。

管理職に求められるのは多様性のマネジメント

駒崎:そのときに、基本的には介護と仕事の両立というのがみんなのテーマになる。昔であれば専業主婦家庭がマジョリティーでしたので、奥さんに任せておこうというような家庭内アウトソースが行われるんですけれども、今は共働き世帯のほうがマジョリティーになっていますので、「奥さんに任せとこう」は通じないわけなんですよね。

そうすると、家事、育児、介護というものを、夫婦でともに分かち合うというふうになってきたときに、だいたい母親の介護というのは40代ぐらいから始まってきますね。

30代、40代では育児じゃないですか。そうすると30代から60代ぐらいまで、仕事と何かの両立ということをしてない年代ってないんですよね。

なので、みんながそれぞれ何らかの制約状況を抱えているという多様性をコントロール、マネジメントできなければ、「上司としては失格です」というような時代が来るわけなんです。

蟹瀬:だからこの育児離職、それからもう1つの大きな問題としての介護離職。そこにある働く形態というか、働けなくなってしまう形態って一緒なんだよね。

駒崎:そうですよね。

蟹瀬:だから管理職の人、だいたい介護のために仕事を辞めざるを得ないという方々、年齢にしてももうかなりのポジションについてる方が多い。そういう人が、今度は育児ということを考えたときに「あ、同じ問題だ」と。このことに気がつくというのは、ものすごく大事だと思うのね。

駒崎:そうなんですよ。イクボスって、すごいわかりやすい言葉で言ってますけれども、ちょっと難しい言葉で言うと、ダイバーシティーマネジメント。ダイバーシティーマネジメントができるダイバーシティーマネージャーというものが、今後必要ですねと。

それは、先ほど言ったようにみんな制約条件があるような時代になってきますから、その多様な制約条件を持つ人たちをマネージしなくてはいけない。それは育児もあり、介護もあるでしょうと。

あるいは男性女性、LGBT、さまざまな性を持つ人のマネジメントというのを行わなくてはいけない。あるいはナショナリティー、日本人の人もいるし、外国人の方もいらっしゃるでしょう。

そうした多様な人々の多様な働き方をマネージするという能力が、管理職の方々や企業には求められていく。そこを乗り越えられなければ未来がないという時代が来るんじゃないかなと(思います)。

ブラック企業認定されることのリスク

蟹瀬:乗り越えられない誤解の1つは「やりたいけど、やるとコストがかかる」と。「コストばっかりかかっちゃって、結果が出ないんじゃないの」という漠然とした不安や思い違いがあると思うんですよ。

実際に、そういう環境をつくると生産性が高まるというのはもう実証されてるんですね。アメリカの企業なんかがそうなんだけど、極端なケースでいうとEvernoteとかNetflixとかもそうだし。

最近日本に上陸してきたRiot Gamesっていう会社があるんです。ここは何を提供しているかっていうと、無期限の有給休暇。想像できますか? 無期限の有給休暇。

僕だったら、新入社員で入った途端に有給休暇をとって、定年退職するまでずっと給料だけもらっていくと思うんだけれども、これを提供する会社がものすごくふえている。実際に、この無期限の有給休暇をとる人はいないんですよ。

駒崎:まあ、いないでしょうね。

蟹瀬:いない。なぜかというと、僕みたいに怠け者はそういうのがいるかもしれないけど、基本的には、会社は金を得るためじゃなくて、それ以上に自己実現をしたい。

あるいは、もっといいものをつくりたいとか、仲間と一緒にやりたいとか、そういう思いが強いから、上司と働く人の信頼関係が構築されてくると、そういう制度を導入しても利益は上がる。むしろ生産性が上がってるんです。

なぜかというと、「この会社は働く人たちのことを思ってやってくれてる会社なんだ」と。優秀な人材が集まってくるわけ。

おもしろいのは、優秀な人材が集まるところには、さらに優秀な人材が集まってくる。だから、「人材が集まらない」って悩んでる経営者とか中間管理職の人がいるけど、それは自分たちのポジション、あるいはやり方、考え方に間違いがあるってことに早く気がつかなきゃいけないような気がするんですよね。

駒崎:そうですよね。日本がユニークなのは、労働人口が2050年ぐらいまで減少し続けるというところは多分ポイントで、要はブラック企業であることのリスクというのはものすごいでかくなるということがありますよね。

もちろん今でもブラック企業認定されている企業は採用ができなくなって、つぶれようとしているというのは、具体名をいくつも挙げられるかなと思うんですが。

蟹瀬:僕の友人の会社もあるけどね(笑)。

駒崎:……(笑)。これからそれがもっときつくなってくると思うんです。具体的な数字で言うと、2050年までに働く人は3分の2になります。高齢化率は4割ですから、要は働ける人はむちゃくちゃ減るんだけれども、ある種働けない人がふえるという構造に今からなっていくんですけど。

そうなると、本当に一人ひとりの働く人がものすごい大事という状況になるんですね。なので、ある種の人を食いつぶしていくみたいな合理性というのはほとんどなくなりますし、そうやった瞬間に、労働者からそっぽを向かれてしまうという。

なので、一人ひとりに寄り添った環境というのを提起しなければいけないというような時代が来ているということですよね。

社員の不安をどう払拭するか

蟹瀬:だから、社員の不安をどうやって減らしていくか。離職率の高い会社というのは、もちろん待遇もあるんだけれども、将来に対する展望とか不安が大きくなってくるんですよ。この不安をどうやって払拭してあげるかというのは経営者とか管理職の大きな仕事だと思うんだね。

駒崎:そうですね。

蟹瀬:先ほど申し上げたけれども、それが売り上げとか業績につながっていくというところを理解できるかどうかにもよる。全部が全部成立するとは限りません。だけども、いろんなケーススタディーを見てると、社員に対して待遇をよくしたところのほうが、業績も上がっていっている。

極端な例でいうと、世界大恐慌の前に……フォード自動車という会社ありますよね。フォード自動車をつくったヘンリー・フォードさんという人は、あの大変な時代に社員の給料を倍にして、自分の売ってるフォードのモデルTというのがあるんだけど、これの値段を半分にしてるんですよ。こういう決断ができるかどうかね。

つまり、給与を倍にすることによって、労働者たちが本当によく働くようになった。よく働くようになると生産性が上がる。生産性が上がるから、我が社がもうかる。

もう1つは、この社員の人たちというのは、一歩外に出たら、うちの商品を買う消費者なんだと。この消費者の財布に、ポケットにお金が入ってなかったら、うちの車は売れないというので商品の値段を半分にして、社員の給料を倍にした。

こういう一種のあり得ない決断というのを、今の時代に企業の経営者もマネージャーも求められてるんじゃないかなという印象ですね。

駒崎:社員の給与2倍というのはなかなか……。

蟹瀬:すぐまねしないほうがいいですよ(笑)。

長時間残業の見直しに成功した小さな工夫

駒崎:ハードルが高いんですけど(笑)。でも、明日からできるようなことというのはたくさんあって。

例えば僕たちの職場は、残業の時間がだいたい平均1日15分なんです。全社員の残業者の平均。これは、ベンチャーにしては結構いいかなと思ってるんですけれども。

それを実現する前は、ものすごい長時間労働の職場だったんですが、それを実現していくに当たって何をやったかというと、ほとんどお金をかけてないんです。

例えば、会議の時間を短くしようとかっていうのも、ちょっとした工夫で短くすることができました。どういうことをしたかというと、会議に参加する人数を絞ったんです。

というのは、その会議をやっていく中で、最初から最後まで一言もしゃべらない人とかがいたわけですよ。「じゃあ、いて何の意味があるんだろう」と思って聞いてみたら、「いや、何とかっていうアジェンダだけ、自分に関係があると思って出てます」というふうに言ったんですね。

だったら、例えば5つアジェンダがあったとして、1つにしか関わってないんだったら、「このアジェンダに出る人」という意味で、サブメンバーにしようと。

通して出る必要があったらフルメンバーということで、会議の参加者を2層に分けたんですね。そうすることによって、非常に会議参加者をスリムダウンできて、結局その会議自体も短くすることができました。

これって、はっきり言ってお金を全くかけてないですよね。でも、こういうちょっとした仕組みの工夫をやってみることによって、格段に生産性が上がったりするんですよね。

別に全社的にやる必要はないです。何かみなさんの職場で、課で、係でちょっとやってみて「うまくいったな」と。だったら、これを横に展開してみようという形で、ちょっとずつそこを改善できる。さながら製造業の改善のように、ホワイトカラーのみなさんの職場でもそれが可能なんだということをお伝えしたいなと思いますね。

蟹瀬:先ほども申し上げたように、その製造業的発想。つまり長時間働いたら生産もたくさんできるという時代は、もうとっくの昔に終わってるんだということを認識して、今日は管理職の方が多いと思うんですけれども、「我が社はどうすればいいか」と。

つまりユニバーサルな答えってないでしょう。多様性って結局そういうことだから。これをやれば全員成功するって話じゃないし「全員子持ちになれ」って言われてもなれないケースもあるだろうけど、それも認めていく。

つまり、自分が賛同できないときも、相手の考えてることを尊敬できる、あるいは敬意を払える、理解ができるという位置づけですよね、自分のポジショニング。

そういうのが1つ大事なのと、もう1つはやっぱり「会社にとって一番いいことは何なんだろう」ということも常に考えておくことが必要。

これがないと、自分の自己満足のためだけに社員の人たちが勝手に休みをとって「これはいいよね? もうこういう(多様性の)時代だから」ってなったら生産性が上がらない。

そうじゃなくて、お互いにリスペクトし合って「みんなでこの会社をよくしていこうよ」っていう気持ちをつくり上げていく。これはマネージャーのすごく大事な仕事だと思うのね。

成果やKPIの見える化による改善

駒崎:そうですね。成果とかKPIを見える化すると、それはやりやすいかなと思っています。例えば我々のフローレンスでは、各事業部と各チームで残業時間を出させていて、グラフつくって、「何でこう上がってるの」とかいうことを毎月見てるんです。

そうすると例えば「何とかっていう業務があって、突発的に入ってきたから」みたいな話が出てくるわけですね。

「でもそれって、去年の同じ時期もそうだったよね」「だったら、前もってこれはできるはずなんじゃないの」とかいうことで業務改善につながるので。成果とか、あるいは働いている時間、残業時間、そうしたものを指標としてとって常に見続けていくことによって、業務改善の種は必ず生まれるんですけど。

これってやっぱり、何となくやってるとダメで、数値としてしっかりと出していくことによって「改善できたね」とか「ちょっと生産性下がってるね」とか、そういうことが見えてくるので、何か1つでもいいので、チームの数値を決めてそれを削減していくなり、良くしていくということをすると、初めの一歩としてはいいのかなと思いますね。

蟹瀬:今日のテーマの1つである、育児をしながら働いていくという環境をつくるためにもね、やっぱり情報をどこまで共有できるかね。僕らの世代って、年寄りばっかりみたいになって嫌なんですけれどもね、どうしても情報を独占することに喜びを感じる世代なの。つまり、情報を持ってるやつは強かったわけ。

駒崎:なるほど。

蟹瀬:ところが今の世の中というのは、情報をいかに共有するか。この力があるかないかで、上司としての資質も問われる時代になってきてるような気がするんですよね。

駒崎:ブラックボックスつくるのが、逆にちょっと迷惑ですよね。

蟹瀬:それって、何か自分の今まで築き上げてきたものを、相手にただで渡すようなところがあるわけです。

駒崎:そうですよね。

蟹瀬:そこを意識改革して、例えば育休をとる人がいると「この人の空いた穴をどうやって埋めればいいか」とかね、そういうことも自然に議論の中で出てくるんだよね。

駒崎:そうですね。僕も一番困ったのはそういう人で「これは自分の仕事なんで」みたいな感じで「何やってんの?」っていうと(仕事が)見えないみたいな。そういう人は、自分自身が休めなくなるんですね。休むと何やってるかわかんないから業務がとまっちゃうみたいな。

みんなが気持ちよく休めるためには、業務を見える化しなきゃいけないし、誰でもできる化しなきゃいけない。そこから、「ワンタスク・ツーピープル」って制度をつくって、1つの仕事を2人に持たせるような制度にしたりだとか、ドキュメント化したりとか、あるいは定期的に異動してもらって、チームを変えて、いろんな人ができるようにしたりという、チームでやるようにするというふうにさせましたね。

やっぱり休みやすいワークライフバランスと「チームで行う」というのを、コインの裏表の関係でできるようにさせていくことが、みなさんの働きやすい、休みやすい職場をつくるヒントになるんじゃないかなと思いますね。

効率性以上に思いやりが大事な時代

蟹瀬:ワークライフバランスという言葉が世の中に広がっているんですけど、この言葉自体、実はあんまり好きじゃない。なぜかというと「ワーク」は仕事、「ライフ」は人生でしょう。人生と仕事って、別なものなのかどうか。

言葉遊びかもしれないけども、実はその「ライフ」の中に「ワーク」があるわけですよ。1日8時間働いたら、人生の3分の1は仕事場にいるわけですよね。

そういうことを考えたら、やっぱりそれは「ベスト・ライフ・バランス」。ワークライフバランスじゃなくて、ベストライフバランスというものをどうつくっていけばいいのか。これも人によって違うと思うわけ。

その違うのを認めながら、どこまで頑張ってやっていけるかというところが、大げさに言うと、今後の企業が生き延びていけるかどうかにかかっている気がする。

駒崎:そうですよね。そういう、部下の人生を考える。我々は、企業で働く同僚であると同時に、やっぱり人としての存在じゃないですか。

蟹瀬:はい。

駒崎:なので、例えばその人の子供の顔を知っていたら、「その人の子供が熱を出したよ」って言ったときに、「あのかわいい子が、今苦しんでるんだ」と思ったら、「お前何で休むんだよ」みたいなこと言わないはずだし、そこに理解というものができるわけなんですよね。

なので、その人の人生を知るということが、これからは仕事をうまく進める上でとても重要なんじゃないかなと思うので、部下を人間として見る、1つの人生として見るという視点というのは、かけがえがないんじゃないかなと僕は思います。

蟹瀬:今「ROEを上げろ」とか、効率性が日本ですごく叫ばれているけども、実はそうじゃなくて、本当に経営の中で大事なのは、いかに相手を思いやるか。思いやりという、その一言がものすごく大事な時代に入ってきてるという気がしますね。

駒崎:そうですね。

蟹瀬:今日はどうもありがとうございました。

駒崎:ありがとうございました。

(会場拍手)